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日々

───……


「レティおねーさま!今日はね、ね、見てほしいの!」


ソフィ様は今日も元気いっぱいだ。

5歳の小さな手には、少し不格好な魔法陣の描かれた紙が握られている。


「これは……?」

「じぶんで作ったの!ほのおの魔法!」


王族であるがゆえに魔法の基礎はもう学び始めているらしいソフィ様。

紙の上に描かれたそれは、確かに理論的には間違っていない。

けれどまだ制御の概念が抜け落ちていて、危ういほど純粋な構築だった。


「ソフィ様、それはまだ少し危険ですわ」

「えー!できるもーん!」

誇らしげに胸を張るその姿が、とても眩しい。

「では、私と一緒に調整してみましょうか」

「うん!」


手を取り魔力の流れを整えていく。

彼女の魔力は素直で、驚くほど真っ直ぐだ。

だからこそ制御が少しでもずれれば、すぐに暴れる。


「ここは少し抑えて……そう、上手ですわ」

ソフィ様が嬉しそうに笑う。

その笑顔を見ていると、胸の奥が暖かくなる。


──ああ、この時間は好きだ。

大切な遥菜と純粋な信頼だけで成立している時間。

余計なものが何もない。


そのはずなのに。

ふとした瞬間、視界の端に別の顔が浮かぶ。


「レティ」

柔らかな声。

顔を上げるとそこにはフレデリックが立っていた。


「今日は早いのですね」

「君の顔を見たくなってね」

何気ない言葉。

軽い冗談のような響き。


なのに、その言い方が妙に自然で。

拒絶する隙がなかった。


「そう、ですか」

返事が少しだけ遅れる。


彼は以前のような“距離を測る人間”ではなくなっていた。

かといって近すぎるわけでもない。

ただ、一定の温度でそこにいる。


「ソフィは今日も元気だね」

「ええ、とても」

彼は小さく笑う。

その笑い方が、以前よりずっと柔らかい。



──この人は、こんな表情をする人だっただろうか。


記憶の中の彼はもっと冷たく遠い存在だったはずだ。

それなのに今は、隣に立っていることが自然に思える。



───……


それから数日の時が流れた後、柔らかい声が廊下に響いた。


「レティシアお嬢様」

振り向くと、そこにはルーカス先生が立っていた。


いつも通りの穏やかな表情。

けれどその瞳は、以前より少しだけ深く見える。


「先生?どうされましたか?」

「少しだけ、魔力の流れに違和感がありまして」

そう言って、彼は自然に距離を詰める。



──近い。



そう思うのに、不思議と拒否感はない。

彼の手が軽く魔力回路の位置を指し示す。

「ここ、少しだけ負荷がかかっていますね」

その指先の動きが、あまりにも自然で。

一瞬だけ、脳裏に別の誰かが重なった。




──……違う。


違うはずなのに。




「どうされましたか?」

「いえ……」


私は軽く首を振る。

「何でもありません」

彼は何も言わず、ただ小さく頷いた。

その静けさが、妙に心地よい。



──この人といると、落ち着く。

そう思ってしまう自分がいる。

そして同時に。



──夫と似ている。

そう感じてしまう自分もいる。



優しい手つき。

否定しない距離感。

感情を押しつけない静かな視線。


全部が少しずつ重なる。

当然、同じではない。

それでも、重なってしまう。



───……



日が傾き始める前に王宮へと到着した私に、フレデリックが私に声を掛けてきた。


「レティ、今日も来てくれてありがとう」

フレデリックの声は穏やかだった。

「ソフィが君を待っていた」

「ええ、私もです」

ソフィ様は駆け寄ってくると、そのまま腕に飛びついた。


「レティおねーさま、遊びましょ!」

「ええ、もちろんですわ」


その瞬間だけは、何も考えなくていい。

ただ目の前の小さな手と、温度だけがある。

──この時間が続けばいい。

そんな願いが心をよぎる。



けれどすぐに、もう一つの影が差す。



もし、この平穏のまま終わってしまったら。

もし、シナリオが変わってしまったら。


その先にあるものは。



考えかけて、やめる。

代わりにソフィ様の手を握る。


──私はきちんと死へ向かえているのだろうか。


答えはまだ、どこにもない。

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