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sideルーカス③

彼女のその表情を見た瞬間、胸の奥に小さな違和感が落ちた。


喜びもせず否定もせず。

ただ「そうですね」と受け入れるだけ。

まるで、それ以上の会話が存在しないとでも言うように。




──終わりが前提になっている?

まだまだ幼い子供が?

そんな発想に至るには早すぎる。


しかし、彼女の表情が何故か私の頭から離れないままだった。




───……


それからの日々、彼女と向き合う時間は驚くほど順調だった。

魔法の制御はすでに基礎段階を超えている。

通常なら年単位で積み上げる工程を、彼女は“理解した瞬間に再現する”。

理論説明をすれば即座に実行。

応用を示せば一度で再現。

失敗はほとんどない。

それは才能というより、構造の違いに近い。


「お嬢様は、どこでここまでのことを学ばれたのですか?」

何気なく尋ねた時、彼女は少しだけ視線を逸らした。

「……多分、ほとんど独学です」

───多分?

これだけの実力があると言うのに、彼女の言葉には誇りが感じられなかった。




───……




そして数週間後、彼女は少しだけ手を止めることが増えた。

集中が切れているわけではない。

むしろ逆で、何かを“考えている時間”が増えている。

だが、その思考の方向が分からない。


ある時、彼女はふと窓の外を見て呟いた。

「先生は……どうして魔法を続けているんですか?」

「理由、ですか」

「はい」

私は少し考えた。


「最初は才能です。次は義務。今は……習慣に近いですね」

「習慣」

彼女は小さく繰り返した。

その言葉をどう解釈したのかは分からない。

ただ、その表情がほんの少しだけ曇った気がした。


「私は……よく分からないです」

ぽつりと落ちたその言葉。

それは弱音ではなくただの事実報告のように感じたが、それが逆に危うさを覚える。


感情として整理されていないまま存在しているような、そんな感覚だった。




───……


そして、いつものように授業を終えた日のことだ。

彼女が私に話し始めた。


「先生は」

「はい」

「もし大切な人が二人いて、一人はもういないかもしれなくて、もう一人は守りたい人で、どちらかしか選べないならどうしますか?」


質問の意図が分からない。

だが、目の前の少女の表情から自身も真剣に考えて答えるべきことなのだろう。

そう考え、私は少し間を置いた後に静かに答えた。


「私なら、死にますね」

彼女の目がわずかに揺れた。

「……死ぬ、ですか?」

「ええ」

即答する。




彼女はしばらく黙っていた。

そして、小さく息を吐く。

「……そう、ですよね」

その声は驚くほど静かだった。

納得でもなく否定でもなく、ただ“確認が取れた”という声音。

その瞬間、私は理解してしまう。




──この子は答えを探していない。

最初から“決めている”。

ただ、その決断を誰かに承認してほしいだけだ。

その歪さに気づいた瞬間、胸の奥がざわついた。

普通なら止めるべきだ。

普通なら危険だと判断する。



なのに私は、なぜか視線を外せなかった。

彼女のその横顔は、静かで、整っていて。


そしてどこか、壊れる寸前の均衡を保っているように見えた。



───……



私は帰り道にふと宰相の言葉を思い出していた。




『放っておくと自分で勝手に壊れそうになる』




今なら分かる。

あれは誇張ではない。

そして同時にもう一つの感覚が残る。




“壊れる前に止められるのか”

それとも。

“壊れる瞬間を見てしまうのか”




どちらにせよ私はもう関わってしまっている。

馬車の窓の外を見ながら、私は静かに息を吐いた。


あの少女は非常に危うい存在だ。

理性ではそう結論づけている。


それなのに、胸の奥では別の何かがはっきりと芽を出していた。


──もっと知りたい、と。


その感情に気づいた瞬間、私は少しだけ自分に嫌気がさした。


危ういと理解している。

それでもなお「知りたい」と思ってしまっている。


それは教師として正しい興味ではない。

人としての警戒心と、魔術師としての探究心の境界が曖昧になる感覚。


目が離せない。

そして、ふと気づく。


彼女は「壊れるかもしれない人間」ではない。

“壊れることを前提に成立している人間”だ、と。

その考えに至った瞬間、背中に薄く寒気が走った。


普通ならあり得ない。

人間は壊れないように積み上げていくものだ。

だが彼女は違う。


積み上げているのではなく、どこかで“終わること”を含めて完成している。


だからこそ整って見える。

だからこそ美しい。

そしてだからこそ、危うい。



───……


馬車が揺れる。

窓の外の景色は、ゆっくりと流れていく。



──あの子は、どこへ行くつもりなんだ。


そう思った瞬間、胸の奥ではっきりと一つの感情が形になる。


恐怖ではない。

嫌悪でもない。

ましてや憐憫でもない。

もっと厄介なもの。


──あの危うさがとてつもなく、気になる。

私は目を閉じ小さく息を吐いた。


「……厄介だな」


誰に向けた言葉でもない。

けれどその言葉の中には確かに、あの少女の影があった。

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