284 ブラマルク
宿屋の玄関を通り抜けて外に出た後、俺は足を止めてエステルに振り返った。
「エステル、どこか行きたい場所はある?」
「ううん、ボクはシュルトリア以外の村って初めてだし、よく分からないからマルクに任せるよ」
エステルはそう言いながら少し屈んだかと思うと、俺の手をぎゅっと握った。手袋越しだがほんのりと温かさが伝わってくる。母親のスティナに色々と吹き込まれたせいで挙動不審になったりもしたけれど、最近のエステルは以前のように自然と手を繋ぎにくるようになっていた。
俺としてもワタワタとしているエステルを見るより、こっちのほうが落ち着くのでありがたいね。かわいい女の子に距離を置かれるよりは手を握られたほうがいい。俺だってチヤホヤされたいお年頃なのである。
それはさておき、どこに行こうかな? 宿泊予定の宿屋「銀の球根亭」は門から続く大通りに面しているけれど、大通りはまだその先へと続いている。馬車で来た道を戻るか、宿屋より先に進むか……。
「そうだねえ……。向こうの方を見てみようか」
俺はまだ通ってない方の道を指差しながらエステルを見上げると、すぐにエステルは「うん!」と、快活な声を上げた。
◇◇◇
乾いた土の道をエステルと二人でてくてくと歩く。道沿いに建てられてるのはほとんどが民家だが、その家並みに混じっていくつかの商店もちらほらと見えた。
その一つ、八百屋らしき店の片隅には、タマネギが詰め込まれた大きなカゴがずらりと並べてられていた。店先にも小さなザルに入ったタマネギが並べられているので、店頭に収まりきらない分をとりあえずまとめて置いているのだろう。
カズールに聞いた話によるとレフ村は農業が盛んだそうで、その中でも特産品はタマネギらしい。畑はこの村の柵の内外を問わずあちらこちらで見かけるけれど、そのほとんどがタマネギ畑なんだそうだ。
タマネギが特産品なら、八百屋で売りに出しても村人にはあんまり売れないんだろうな。前世の話になるが、ミカンが特産の県では近所や親戚からおすそ分けがあるので、自分でミカンを買うことはめったにないという話を聞いたことがある。
そんなことを考えながら歩いていると、さっきから道ですれ違う人にじろじろと見られているような気がした。よそ者ってそんなに目立つのかな? 今の季節、村を訪れる人は少ないとは聞いたけどさ。
「ねえエステル。僕たち何だかやたらと見られてない?」
「ああ、それは多分これじゃないかな?」
エステルはそう言って自分の長い耳に手を添えてみせた。……ああ、そっか。すっかり見慣れていたので忘れていたけれど、長耳はファティアの町では一人も見かけなかったくらいには珍しいものだった。ちなみにカズールは丸耳である。
人をじろじろ見るなんて失礼なと言いたいところだが、俺だってドワーフのネイを、彼女が視線に気付くくらいじっと見ていた前科もあることだし、あんまり人の事言えないよね。
「エステル、やっぱりそういうのって気分が悪かったりする?」
「……うーん、見たことのない物なら、見たいって思うのは仕方ないと思うかなあ……。ボクだって村では見られない物を見たくて外に出たんだし。別に何かされてるわけじゃないから、別に嫌な気持ちになったりはしないよ」
「ふーん、そういうものなのかあ」
まぁネイも気にしてなかったし、ニコラなんかも顔は良いのでよく視線を浴びるけれど「私がかわいすぎるのだから仕方ありませんね」と王者の貫禄で受け流しているしな。
……俺の周りの女性がメンタル強すぎなだけかもしれないけどね。実際に俺は魔法を見せてドヤ顔してる時ならともかく、何もしていないのに見られるのは普通に落ち着かない。
「ねぇマルク。それよりもアレ!」
少し変になった空気を吹き飛ばすように、エステルが弾んだ声を上げながら前を指差した。指し示す方には何やら香ばしい匂いを漂わせている商店が見える。店舗の壁の一部が四角にくり抜かれてカウンターになっており、店の中に入らなくても受付が出来るみたいだ。
店の外では五歳から十歳くらいまでの数人の子供たちが何かをボリボリと食べながらたむろっていた。どうやらこの店は村の子供たちのたまり場になっているようだ。俺たちが店に近づくと、子供たちはよそ者に興味津々の目を向けながらも道を開けてくれた。
近づいて背伸びをしながら中を覗くと、中年のおばさんが鉄板で、テレビのリモコンのような形をした縦長い生地をいくつも焼いているのが見えた。クッキーのような煎餅のような、その中間のような焼き菓子だ。
俺たちに気付いたおばさんは、手を止めずに顔だけをこちらに向けた。
「いらっしゃい。おや、見ない顔だね?」
「うん、旅の途中なんだ。これ二つください」
「あいよ、そこのカゴに冷えたのが入ってるから、そこから取っておくれよ」
おばさんが顎でしゃくった先には、『ひとつ鉄貨2枚』と書かれた小さな木の札が立て掛けられたザルがあり、その中にはきつね色に焼き上がった菓子が五、六個入っていた。
鉄貨2枚とは随分と安い。だいたい20円くらいの感覚だ。そんな手頃な値段のお菓子が売られていれば、子供たちのたまり場にもなるだろう。おそらくここは村の駄菓子屋みたいな店なんだな。
俺がポーチの小銭入れからお金を出そうとすると、慌ててエステルが声を上げる。
「マルク、ボクが払うよ!」
「いいよ、ほら、臨時収入も入ったしね?」
「でもボクのほうが歳上だし、これくらいは――」
そんなやりとりを見ていたおばさんが、笑いながら俺たちに声をかけた。
「はははっ、仲がいいんだねえ。お姉ちゃん、たまには弟さんにいいところを見させてあげなよ?」
「おとっ……! そっか、そう見えちゃうよね……」
エステルが肩を落としながら呟く。そりゃあそう見えるだろうな。歳の離れた友達にはなかなか見えまい。俺はエステルがしょんぼりしている隙に料金を支払い、焼き菓子を二つ手に取った。
「ほらほら、エステルお姉ちゃん、歩きながら食べよ?」
俺の冗談にエステルは長い耳を下げに下げながら頷く。
「うん……。マルク、あの、早く大きくなってね? その、ボクくらいの背丈まで伸びてくれるとありがたいな」
エステルって女の子にしては背が高い方なんだよな。そりゃあ俺だって大きくはなりたいけど、お願いされても困るところだよね。
「善処するよ。それじゃあ向こうで食べよ?」
俺はエステルを促しながら焼き菓子を手渡すと、再び大通りへと足を向ける。――すると店の周りにいた子供たちが、一斉に俺たちを取り囲んだ。
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