283 また今度
金貨12枚――物々交換市をやっている時に、稀に貨幣で支払われることもあったけれど、ここまで大口ともなると盗賊の報奨金の分け前、金貨15枚以来だ。あの時の金貨は特に目減りしていないが、それでもこの収入はありがたい。
シュルトリアでは現金は全く必要にならなかった。しかしこれから旅の先にあるのは町や領都だ。どうしても現金が必要なケースもあるだろうからね。
例えば食べ歩きとか、珍しい食材を見かければ買ってみるのもいいだろう。種があれば魔法畑なら簡単に増やせるかもしれない。
後はファティアの町のみんなにお土産も買いたいね。お土産はやはり領都で買うのがいいだろうか。物価が少し高いらしいけど、その代わりに普通の町では買えないような物があるかもしれない。
そうしてしばらくお金の使い道を考えていると、ふいに馬車の揺れが止まった。顔を上げると、目の前には引き戸の玄関を構えた大きな店舗が見える。どうやらここが目的地の宿屋のようだ。
「はい、到着したよ。セリーヌ、ここでいいんだよね?」
「ここで間違いないわ。この宿屋は食堂が夜には酒場になるのがいいのよね~」
セリーヌがにんまりと笑いながら馬車から降り、それに続いてエステルとニコラも降りていく。俺もそれに続きたいところだが、先にシュルトリアを出る前にカズールから預かった木箱を馬車の中に戻しておいた。これを忘れてたら洒落にならないからね。
俺たち全員が馬車から降りると、御者台のカズールがのんびりとした声で言った。
「……さてと、それじゃあみんなとはここでお別れかな~」
カズールとはここまでだ。彼は懇意にしている村長宅に宿泊しながら、しばらくレフ村で商売をするらしい。
「助かったわ、ありがとねん」
「カズールさん、お世話になりました」
「ばいばい!」
女性陣がそれぞれ別れの挨拶を交わす。俺も何か言おうと口を開きかけると、それよりも先にカズールが俺に向かって話し始めた。
「マルクには色々と面白いものを見させてもらったね。俺が行商人を続けているのは、普通に生活していれば出来ないような体験をしたいって目的もあるんだけど、そういう意味では今回はとても楽しめたよ。ありがとね~」
「い、いや、こちらこそ! 僕も楽しかったよ!」
まさか向こうから感謝されると思わず、ビックリしてしまった。こちらとしてもカズールからは色んな話が聞けたし、高速馬車の疾走感も楽しかった。グラスウルフを引き離していった時は、馬車がこんな速度で走れるのかとすごく驚いた。
とても貴重な経験をさせてもらった。また会えるものなら是非とも会いたいと思う。それが顔に出ていたのか、カズールは口元を緩めながら言葉を返した。
「俺もこんな仕事してるし、また出会えるかどうかは分からないけれど、縁があればまた会えるかな? その時を楽しみにしてるよ~」
そう言ってカズールは馬車と共に去っていった。あっさりとした去り際は、まさに旅慣れた男の姿だなと思った。
「――それじゃ宿屋に入るわよん」
馬車を見送った後、セリーヌの声に促されて宿屋へと足を向けた。この宿屋はこの村に三つか四つほどある中で一番大きいのだそうだ。セリーヌの言った通り、夜は酒場も兼ねた食堂もある。
……今更だけど、セリーヌは酒が好きだしこういう宿屋が好みなんだよね。それなのに、どうしてファティアの町ではウチの宿屋を贔屓にしていたんだろう。ウチは夕食の時間が終わると早めに食堂を閉めるし、酒の種類も多くはない。
風呂をサービスしたり魔法野菜がメニューに並ぶようになってからは、ファティアの町を拠点としたくらいだし、それを気に入ってくれたのは分かる。だけどセリーヌはそれ以前からよく泊まってくれていたのだ。いつかセリーヌには理由を聞いてみたいね。
俺たちが玄関の扉を開けて中に入ると、入ってすぐの部屋は食堂になっていた。ウチもそうだけど定番の間取りだ。カウンター内で客と話をしていた無精髭ひげを生やした男がこちらに歩いてくる。彼が宿の主人なのだろう。
「いらっしゃい。メシかい? 宿泊かい?」
「宿泊でお願いするわ。四人なんだけど部屋は空いてるかしらん?」
「ああ……。この時期は旅人もあまり来ないのでね。たくさん空いてるよ」
主人は食堂で食事をしている数人の客を見渡した後、ため息混じりに答えた。その顔がほんのりと赤いのは、客と一緒に少し飲んでいるからだろう。
「んー、ここって四人部屋はあったかしら?」
「あるとも。そこにするかい?」
「ええ、お願いするわ」
「四人で一泊銀貨8枚。食事はここで食べられるけど別料金になるからな」
セリーヌは懐から銀貨を取り出し、それを主人に手渡すと代わりに部屋の鍵を受け取った。
「部屋はあそこだ。少し準備をさせるから待っててくれ」
主人は二階を指差すとカウンターから奥の部屋へと入っていった。するとすぐに中年の女性がパタパタと二階に上がっていくのが見えた。部屋の手入れをするのだろう。普段あまり使われていない部屋なのかもしれない。
「前に来た時は夏頃だったかしら。忙しそうだったけれど、この時期は大変そうね~」
セリーヌが呟きながら手元の鍵をプラプラといじくる。それを見ながらエステルは申し訳なさそうに声を出した。
「あっ、あのセリーヌ、やっぱりボク、自分で宿代を……」
するとセリーヌは優しげに目を細め、エステルの頭をふんわりと撫でた。
「ここは私に甘えときなさい。この先はいくらお金があっても足りなくなるわよ~」
「う、うん……ありがとう、セリーヌ」
エステルは撫でられるがままに首を引っ込めた。ああいうのを見ていると、俺とニコラが当たり前の様にセリーヌに宿代を払ってもらってるのがとても申し訳なくなってきた。この機会に俺もお礼を言っておこう。
「僕らもいつもありがとね、セリーヌ」
「セリーヌお姉ちゃん、ありがと!」
「なっ、なによ、あんたたちまで……。みんな気にしなくていいんだからね? 私はこれでもたんまりとお金持ってるんだから! C級冒険者をナメるんじゃないわよ!?」
俺たちの言葉に、セリーヌは少し照れたように顔に手を当てながら答え、パンと手を合わせる。
「はい、この話はおしまい! 私は夕方まで部屋で休んでいるけど、あんたたちはどうする?」
「ニコラもお昼寝するー!」
ニコラがすかさずセリーヌの腰に抱きついた。一緒に寝ると言わなかったあたり、ぶっ通しの馬車の旅でニコラもかなり疲れているのかもしれない。
「僕は外を散歩してくるかな」
先程商人のバレーが言っていたのだが、トルフェの町への乗り合い馬車は明日の便があるそうだ。つまり明日の早朝にはここを発つので少しは観光をしてみたい。
「治安は悪くない村だし、あんたなら大丈夫だと思うけど、一応気を付けるのよ?」
「うん、長くても日が暮れる頃には戻ってくるね」
「ねえねえマルク。ボクも付いて行っていい?」
エステルが長い耳をピコピコさせながら俺に話しかけた。そういえばエステルにとってはシュルトリア以外で初めて見る別の村だもんね。興味がないわけがない。
「もちろんいいよ。それじゃあ行こうか」
「うん!」
俺とエステルは入ったばかりの宿屋で踵を返すと、再び外へ向かって歩き始めた。




