282 原木
門を通り村の中へと入った。周辺を見渡すと、セカード村に比べて立派な建物も多い。かなり裕福な村なんだろう。
風避けの幌がある馬車に比べて外は結構な寒さだと思うけれど、俺と同じくらいの子供たちがキャッキャと走り回っている姿も見える。その光景にニコラが理解出来ないモノを見るかのように顔をこわばらせ、エステルは運動をしたくなってきたのか、体を左右に揺らし始めた。
かっぽかっぽとのどかな蹄の音を鳴らしながら、ゆっくりと馬車が進んで行く。行き先は村の宿屋だ。
聞いた話によると、この村からトルフェの町への乗り合い馬車は三日に一度ほどの割合で運行しているそうだ。そして早朝に出発するので、仮に今日が予定日だとしても、昼過ぎの今となっては既に出発した後となる。少なくとも今日はこの村に留まるしかない。
あまりに質素な宿なら外で野宿するのもアリかなと思ったのだけれど、セリーヌ曰くここの宿はなかなか立派なのだそうだ。野宿と違いお酒が無制限で飲めるので野宿はしたくないのかもしれない。
まあ風呂に入れないことを除けば、俺だってコンテナハウスよりは宿に泊まってみたい。ウチの宿との違いを見つけたりするのは結構楽しいのだ。まだサドラ鉱山集落の宿くらいしか泊まったことはないけどね。
ゆったりと馬車に揺られながら門から続く村の大通りを進んでいくと、通りの端で馬車を待ち受けている男がいた。恰幅がよく、低い背と寒さ対策の厚着と相まって、まるでだるまのような体型をしたおじさんだ。
「やあカズールさん、レフ村へようこそ! 先程カズールさんを見かけたという話を小耳に挟みましてな、挨拶に伺いましたぞ!」
「こんにちはバレーさん、また来させてもらったよ~」
カズールが御者台から声を上げ、ゆっくりと馬車を停める。どうやら知り合いらしい。バレーとか言う男は揉み手をしながら馬車に近づいてきた。手袋もしっかりとしているし、寒いというわけではなさそうだけど。
「それであの、カズールさん。さっそくで申し訳ないのだが……、今回の商品に薪はありますかな?」
どうやらバレーの目的は薪らしい。ディールが備蓄の薪を売っ払った事件はまだ記憶に新しいけれど、あの時の薪をバレーが購入したようだ。
「いやあ、あれはたまたま買わされた物でね、もう無いんだよね~。わざわざ出迎えに来てくれたってことは、随分と儲かったようだね?」
「ハッハッハ! この村は見ての通り近くに森がないものでしてな。需要の高まる季節になりましたし、あっと言う間に売り切れてしまいましたわい!」
「あはは、こっちとしてもまとめて買ってくれて助かったよ。ほとんど押し付けるように買わされたもんだから、馬車の中がパンパンでさあ~」
どうやらバレーはこの村の商人のようだ。薪を大量購入して結構な利益を出したみたいだけれど……。あっ、もしかして、薪が売れたってことはアレも売れるのでは?
「あのー……」
俺は馬車の中から顔を出した。バレーは馬車に人がいると思ってなかったようで、見上げるように馬車の中を見つめると、なにかに気付いたようにポンと手を叩いた。
「おおっ! カズールさん。独身と聞いておりましたが、お美しい後家さんを娶られたんですな! いやあ、これはめでたい!」
俺の隣にいるセリーヌを見ながら、にこやかにバレーが言ってしまった。後家さんってことは俺をセリーヌの子供だと思ったのだろう。思わず隣に視線を向けると、セリーヌの顔には冷ややかな笑みが張り付いていた。きっとバレーに悪気はなかっただろうし、許してやってほしいよママン。
「……い、いやいや、バレーさん違うんだよ。たまたま同行してこの村に来ただけでね。僕も彼女も独身で……」
少し震えた声でカズールが説明すると、セリーヌが驚くほど冷たい声でバレーに言い放つ。
「……独身に見えなくてごめんなさいね?」
「ヒッ……! す、すいませんでした……。そっ! それで坊っちゃん? ワシになにか用ですかな?」
セリーヌの迫力にバレーは思わず後ずさり、慌てて話題を変えた。俺としてもこの空気は変えたいのでさっさと本題に取り掛かろう。
「えっと、原木って買い取ってもらえるんですか?」
「えっ、原木かい? ふ、ふむ。そうだな、見せてもらわないことには何とも言えないが……」
「あの、カズールさん、僕――」
「ああ、なるほど。ちょっと人気の少ない所のほうがいいよね? バレーさん、店の裏側に馬車を入れさせてもらっていいかな?」
「は、はあ。それはいいですが……」
さすがに原木をこの場で取り出すのは人目が多すぎる。俺が皆まで言わずともカズールは察してくれたようで、近くの店舗の裏へと回り込むように馬車を進めた。どうやらこの店舗がバレーの商店だったようだ。
店の裏の敷地には石造りの大きな倉庫を構えていたが、広さは十分にあった。俺は馬車から降りるとアイテムボックスを探り、
《ナーブ原木 丸木》
と、ラベリングされたものを一本取り出す。シュルトリアでアホほど伐採しまくった原木である。丸木と表記されているのは、いつか売ってやろうと枝だけは払っておいたからだ。
「これって買い取ってもらえますか?」
「ほう、坊っちゃん。アイテムボックスかい。……それでは少し見せてもらうよ」
バレーは感心したように声を上げると、原木を軽く叩いたり、手で押して揺すったりしながら周囲をウロウロとせわしなく動いた。そして一通りチェックし終わったのか、こちらに振り返る。
「ふむ、これなら銀貨3枚ってところだろう。坊っちゃんさえ良ければワシに買い取らせてくれるかね?」
相場の分からない俺はカズールを見上げる。するとカズールがコクリと頷いた。適正価格みたいだ。
「はい、その値段で――」
「4枚」
「え? セリーヌ?」
突然会話に加わったセリーヌが、馬車の上からバレーに向かって話しかけた。まだ少しその口調は冷たい。
「この子は魔法で原木を乾燥させることが出来るわ。あんたもどうせならすぐに売り出せたほうがいいでしょ。乾燥加工した原木を銀貨4枚でどう?」
「えっ、あ、あの。そんなことが可能なのですかな?」
バレーがチラリとカズールを伺う。
「あー、そういうことも確かに聞いたね。マルク、やってみせてあげたら?」
「うん」
俺は原木にエナジードレインを発動させる。相変わらず水分が俺の体内に入ってこようとするが、手のひらで受け止めて流す。足元にびしゃびしゃと水が流れ落ちた。
「はい、出来ました」
「……ふむ」
バレーは先程と同じ様に叩いたり揺すったりと調べた後、大きく息を吐く。
「はぁー……本当に乾燥してますな。……ワシ、こんな魔法は初めて見ましたぞ。坊っちゃん、これなら銀貨4枚で買わせてもらうよ」
おお、儲かった。馬車を見上げると、バレーに余分なお金を払わせることが出来たからか、セリーヌは満足げに口の端を吊り上げながら腕を組んでいる。どうやら機嫌も治ったようだ。
「よろしくお願いします。……それで何本くらい買ってくれますか?」
「ほお、まだ持っているのかい? 随分と大きなアイテムボックスなんだねえ。この木なら何本でも買わせてもらうよ」
「えっ、本当ですか?」
「あっああー! バレーさん、数をしっかり言ったほうがいいよ~?」
カズールが慌てたように口を挟む。
「はぁ、そうですか? ……まあ30本もあればありがたいが、坊っちゃんもそんなには持ち運べないだろう?」
丸木にした分だけでもその数倍はあるのだけれど、どうやらそんなに数は要らなかったらしい。本当にカズールは察しが良くて助かるね。
俺はアイテムボックスから29本のナーブ原木を取り出し、六列に並べて交差するように五段積みにして見せた。それを見たバレーは目を丸くして一言。
「な、な……!」
そう声を震わせるとその場に固まってしまった。仕方がないので先に乾燥作業を始めることにした。
「――あの、どうですか? 買い取ってもらえますか?」
そして乾燥作業が終わって声をかけると、じっと原木を見続けていたバレーがビクンと動き、ようやく再起動を始めた。
「はっ……! も、もちろんだとも! 少し待っていておくれ!」
バレーは駆け足で裏口から店へと入っていった。カズールがそれを見つめながら独り言のように呟く。
「そりゃあこんなに原木を収納出来るアイテムボックスとか、初めてみたらびっくりするよなあ。そして家まで入ってると知ったときには、驚きを通り越してもう何も考えられなくなるんだ……」
そんな達観したような独白を聞いていると、バレーが革袋を手に持ち戻ってきた。バレーは俺に金貨を手渡しながら、俺の手をぎゅっと握り込む。
「坊っちゃん、また今度ウチの店に原木を売りに来てくれるかい?」
「いや、はは……。どうかな……」
その瞳がキラキラと輝いている。漫画なら$マークになっているところだろう。俺はバレーの手から自分の手を引き抜きながら曖昧に答えた。
「――またいつでも寄ってくだされー!」
こうして俺たちはバレーに見送られながら馬車で店を後にした。久々のまとまった現金収入だ。金貨12枚ゲットだぜ。




