番外編5 「ふたり暮らし」
1
昨日の夜、雪が降ったのか、道路がうっすら白い。
でも、お昼には消えてなくなっているだろう。
今日は、休みでよかった。
朝倉さんは昨日当務で、あと1時間もすれば帰ってくる。
お風呂を沸かして、何か食べるものを用意して一緒に食べよう。
いつもは、そんなことできないから。
当務明けと早番の組み合わせなら、そんな悠長な芸当はできない。
シフトが合わないのは相変わらずだった。
でも、一緒に住むようになると心が離れてしまわないかという不安は減った。
年始の強行引っ越しから、1か月と少し。
ずいぶん、落ち着いてきた。
ふたつの部屋からひとつの部屋への引っ越しで、被る荷物も多かった。
ソファ、TV、冷蔵庫、洗濯機、電子レンジ、ベッド、ほかにもこまごま。
冷蔵庫とソファ以外は、大きいほうを使うことで、丸く収めた。
余った家電と家具はリサイクルショップへ。
冷蔵庫は大きめの400Lに買い替えた。
いっぱい入って嬉しい。
ソファを買うかは検討中だ。
ただ…朝倉さんのベッドが大きかった。
彼が大きいから、ベッドも大きい。
ワイドダブルのベッドは、寝室のほとんどを占領している。
でも、寝るだけなので、良しとした。
引っ越し当日に運ばれてきた、自分で組み立てるから安いというダイニングセット。
朝倉さんは不敵に笑って、秘密兵器があると言って車のトランクから電動ドライバを出してきた。
秘密兵器というだけあって、案外早く組みあがった。
センタークロスを敷いたらおしゃれで、気に入っている。
玄関の鍵を開ける音がする。
彼が、帰ってきたみたい。
「おかえりなさい」
2
昨日は寒かった。
館内も電気を落とすので、やっぱり寒い。
明け方は特に。
寒さをしのげるのは警備室だけだ。
ひよりと暮らす家は、いつも温かい。
以前は“家は寝るためにある”と思っていたが、今は帰るためにある。
彼女は、今日、休みだ。
寝るのがもったいない。
玄関を開けると“おかえりなさい”と迎えてくれる。
化粧をしていない彼女は、俺だけのものだと思える。
愛しくて思わず、額にキスしたら、不意打ちだと言われた。
いちいち聞くなと言うから、いきなりしたのに。
上着をダイニングの椅子に掛けていたら、彼女が玄関の脇にある脱衣所から出てきた。
「お風呂沸いてますよ。すぐ入る?」
こんなことがあっていいのか。
彼女の休みと俺の当務明けが重なったのは、引っ越して初めてだ。
もう、毎日休みだといいと思った。
彼女は仕事が好きだから、それはないが。
別に、世話を焼いてほしいから、休んでほしいわけじゃない。
仕事中のひよりも好きだ。
でも、髪を下ろし部屋着で素顔のひよりがもっと好きだ。
ぼやっとしていると、名前を呼ばれた。
「恒一さん?」
「ん?」
「眠いの?」
「大丈夫」
「お風呂」
「はい」
返事をして、風呂場へ行く。
風呂に入って、少し冷静になったほうがいい気がする。
3
昨日はとても寒かった。
きっと、彼は疲れているし眠い。
お風呂で寝てしまわないかしら?と心配になる。
お風呂から上がってきたら、お腹も空いてるだろうし、私も何か食べたい。
毎日してあげられないから、私が休みの日くらいはゆっくりしてほしい。
料理は好きだけど、凝ったものが作れるわけじゃない。
作ったものと、買ってきたものが混ざることだってよくあるけど、彼は何でもよく食べてくれる。
お味噌汁はできてる。
小松菜と絹あげの煮物…作り置き。
鮭の切り身も、もう焼くだけ。
あとは…そうだ、温泉卵!これは買ってきたやつ
ご飯は炊けてるから、残りは冷凍して…
そうだ。買い物に行ったらラップ買わないと。
毎回忘れる。
そんなことを考えながら、準備していたら彼がダイニングへ入ってきた。
髪がまだ、濡れている。
お風呂上がりで、暑いのかTシャツ姿だ。
「ご飯、食べます?」
彼を見ると、ちょっとびっくりした様子。
「ああ、うん」
「ひよりは休みなんだから、朝から忙しくしないで寝ててもいいのに」
そんなに心配しなくても、ひとりなら寝てます。
「朝ごはん一緒に食べたいから」
寝ないで仕事して帰ってきた人は、そんなこと気にしないでいっぱい食べなさい。
「いっぱい食べてくださいね」
「うん。ありがとう」
「いただきます」
いつも、彼は“ありがとう”って言ってくれる。
だから、もっとしてあげたいと思うけど、疲れるまでしないことにしている。
前は、全部自分でやっていつも疲れてたから。
それに、今は遅番で帰っても、掃除も洗濯も買い物まで終わっていたりしてかなり楽だ。
ご飯を食べたら、彼は寝るだろうし、私は買い物に行って作り置きのお惣菜作りに励む。
ブックマークしているレシピがいくつかある。
今日は、それに挑戦する。
先日、お互い早番で、帰ってから料理を手伝うと言ってくれたのはよかったけれど。
包丁を持つ手が、見ていられず早々に退場してもらった。
得手不得手は誰にでもあるものだ。
本当に小さなことでも、幸せを感じられるのは素敵なことだと最近知った。
彼も同じだと嬉しい。
4
やっぱり、鉄筋だからか真冬でも風呂上りは暑い。
前の部屋はもっと寒かった気がする。
でも、そんなことは大した問題じゃない。
ひよりがいるから暖かいのかもしれない。
今まで…ひよりに出会うまで、自分はどうやって息をしていたのかと思う。
淡々と仕事だけか?
バイクは好きで、ひとりであちこち出掛けはした。
バイク仲間から、たまにツーリングに誘われることもある。
忙しくて行けないのもあるが、特に行きたいとも思わなくなった。
ひよりからもらった、ライディンググローブは夜中の搬入立ち会いのときに使っている。
テーブルには、朝ごはんが用意されていた。
こんなことがあっていいのか。
“せっかく休みなのに朝から忙しくしなくていい”と言った。
「朝ごはん一緒に食べたいから」
そう言って、今日は買い物に行くんだとか、ラップがどうとか、何か料理をするらしい。
“休みなのに?”と言ったら、休みだからやるんだと言われた。
食ったら一緒に二度寝しようと言ったら、怒られた。
そういえば、寝室の隣の部屋をリビング化しようと意見は一致したものの、シフトがかみ合わずなかなか進まない。
お互いにソファを手放したので、ソファを買うのかと聞いた。
「こたつも捨てがたいんです」
まだ、迷っているようだ。
俺はソファでも、こたつでも、ひよりがいいなら何でもいい。
ふたりで映画でも見ながら、ゆっくり過ごせるなら。
ひよりは、家づくりが楽しいようで、よかった。
彼女は百貨店勤めで、目が肥えていてもあまり高価なものには興味がない。
安くても高くても、彼女が気に入ったものが、この家に増えていくのは嬉しい。
それで、ひよりが幸せそうに笑うなら、それでいいと思った。
5
買い物に行って、作り置きのお惣菜を3品作った。
食べてみたら、結構美味しい。
夕ご飯の準備もおおかた終わった。
ラップも今度こそ、買えた。
余分にもう1本買っておいた。
これでしばらく大丈夫。
時計は14時を指している。
もう、起こしたほうがいいだろうか?
何時に起してとは、言われてないけれど…
寝たのが10時少し前だった。
うん。起こそう。
夜眠れないのもキツイだろうから。
寝室は遮光カーテンで暗い。
彼の肩をさすった。
「恒一さん」
「そろそろ、起きませんか?」
起きなければ、疲れているんだと解釈して、もう1時間寝かせてあげるつもりだった。
でも、背中を向けていたその身体が、ゆっくりこちら側に向いた。
ベッドの端に座っていた私の腰に、彼の片腕が巻き付く。
そのままベッドに引っ張り込まれてしまった。
寝ぼけているのか、両腕にぎゅうっと力が入る。
その上、片足まで絡ませてきた。
抱き枕と間違えている。
私は、上になった方の腕で、彼の背中をぺちぺち叩いた。
「起きて」
「そろそろ起きてください」
暗くてよくわからないけど、起きたみたい。
「ひよりも寝てたの?」
彼が、掠れた声で言った。
いや、寝てない。
「14時だけど、まだ寝ます?」
「起きる…」
「でも…ずっとこうしてたい」
抱き枕になったまま、温かくて私も寝そうになる。
ダメダメ。
誘惑に負けてはいけない!
「恒一さん?私もこうしていたいけど、電気屋さんに行きたいなぁ」
「車で連れてって?」
彼はガバッと起きて、完全に目を覚ました。
6
なんとなく、目が覚めたらひよりが腕の中にいた。
俺が寝た後で、昼寝でもしたのかと思っていたら違った。
起こしに来ただけだった。
車で連れて行けと言われただけで、完全に目が覚めた。
ずるい。
こんな頼まれ方をして、断れるわけがない。
よく聞くと、家電量販店に行きたいらしい。
車に乗ってから、何が欲しいのか聞いた。
「やっぱり、リビングはこたつがいいなぁって」
それで、車を出せと言ったのか。
本当は、秋が深まる頃に用意するものだろうが、引っ越しが正月明けだったから仕方ない。
それでも、春先まではうちのリビングに居座り続けるだろうから。
こたつで、鍋料理もいい。
映画も見たい。
一緒にコーヒーを飲んで、他愛ない話もしたい。
まぁ……すぐ眠くなる気もするが。
家電量販店では、少し時期が外れているらしく、値段も少し安くなっていた。
ひよりは考える顔で、どれにするか迷っている。
「お布団がセットになってるのが、あるんですって」
「カーテンの色と、合わせたほうがいいですよね?」
「正方形と長方形なら、絶対、長方形ですよね?」
「色はどうしよう。私は汚れにくいのがいいと思うんだけど、恒一さんは?」
矢継ぎ早にいろいろ言ってくるが、どれでもいい。
ひよりが喜ぶなら、何でもいい。
何でもいいが、何か言わないとダメだ。
黙っている俺を、ひよりが下から覗き込むようにじっと見ている。
「ひよりと同じこと考えてた」
そう言って、誤魔化した。
すると、ひよりは嬉しそうに恐ろしいことを言う。
「じゃあ、“せーの”でどれにするか指さして決めましょ」
ヤバい。
俺は頭をフル回転させて、ひよりが言っていた言葉を思い出す。
長方形、濃いめの色、カーテンとの調和…
外れたら最悪だ。
外しても、怒りはしないだろうが、ひよりは俺が選んだほうを買おうとするだろう。
ひよりは上機嫌で“せーの”とか言っている。
ふたりで同時に指さしたのは、赤みがかった濃い茶色のマホガニー色のこたつだった。
よかった。
こんなことで、真冬に汗をかくとは思わなかった。
こたつの天板が結構大きくて、車に載せられるかと思ったが、リアシートを倒すとすっぽり入った。
部屋に持って上がって、早速組み立てる。
ダイニングテーブルよりも簡単だった。
「今日の夕ご飯、こたつで食べてもいいですか?」
幸せそうに、笑うひよりがかわいくて。
「もちろん」
俺も、嬉しかった。
7
TVしか置いていなかった空き部屋が、リビングらしくなった。
ご飯を食べながら、ロウソファかクッションの利いた座椅子が欲しいねと言った。
「座椅子なら、少し大きめの。お昼寝できそうなやつ」
恒一さんは、スマホで何やら調べて見せてくれた。
「こんな感じの?」
見せられたのは、見るからにふかふかな座椅子だった。
「わぁ…でも、これ、かなり大きそう」
「それなら、ロウソファ?」
彼はまた、検索しながら「これもデカいな」とつぶやいていた。
そのあとから、なんだか記憶がはっきりしない。
目が覚めたら、ベッドにいた。
あ、私…寝ちゃった?
何時だろう?
ベッドの端の充電ケーブルに繋がれたスマホを見る。
朝の4時…
隣を見ると、胸の上にのっかったままの文庫本に指をかけたまま眠っている恒一さん。
ベッドまで連れてきてくれたのだとわかった。
あれ?そういえば、夕ご飯の後片付けしないで、そのまま寝ちゃった気がする。
マズい。
そっと、起きて、ダイニングへ行くときれいに洗って、片付けてくれていた。
こたつはキケンだ。
寝室に戻って、ベッドに潜りこむと、寝ている彼の手を取った。
そして、小さな声で囁く。
「いつも、ありがと。大好きよ」
そう言って、もう一度目を閉じた。
ひより日和 番外編5 「ふたり暮らし」 おわり




