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ひより日和  作者: mamio
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14/18

番外編4 「置いていくもの」

1


秋が深まる。


朝晩はすっかり冷えるようになった。

大蔵屋百貨店の館内も、秋色から冬の色に変わり始めている。


百貨店はそろそろお歳暮商戦の準備に入り始める。

近頃は、お歳暮もわざわざ出向かず、インターネット購入する人が多くなってはいる。

それでも『店舗で実物を見て送りたい』そう考える人もそれなりにいる。


館内にはクリスマスの気配も少しずつ交じる。

でも、まだ落ち着いている時期だ。


相変わらず、朝倉さんとのシフトがうまく一致しない日々が続いている。

それも、そうだろう。

私は、早番、遅番の2交代制だが、朝倉さんは早番、遅番に加えて“当務”と称する24時間勤務がある。


無意識に小さいため息が出た。


隣に立つ恵美が、目ざとく消沈している私に声をかける。


「辛気臭いなぁ。もう。」

「だから、一緒に住みなさいって言ってんのに」


私のため息は、シフトのせいだと恵美にはお見通しだ。


「わかってるけど…」


「はい、そうですかってわけにはいかないじゃん」


恵美は、腕時計を見て言う。


「ああ、もうこんな時間なのね」

「16時。あんたの朝倉さんがそろそろ来るよ。シャキッとしなさい」


「そだよね…」


私は、得意の笑顔を作って、背筋を伸ばした。



今日、私は遅番で21時まで仕事は続く。

閉店後の片づけや書類作成が長引けば、もう少し遅くなることもある。


朝倉さんは、たしか早番だったはずだ。

彼は、今日17時上がりだ。


遠くのほうに、黒い制服が見えた。

朝倉さんだ。中央エレベーターの脇を通ってこちらへ来る。


「お疲れ様です」


「変わりなく?」


そう言いながら、インフォメーションカウンターの端のほうへ少し移動した。

いつもの一言コミュニケーション。

これも、私の小さな楽しみだ。


「今日、うちに寄れますか?」

「遅い夕ご飯だけど、一緒に食べたいです」


私は、小さな声で言った。

朝倉さんも、少しだけ腰を折って、小声で答える。


「うん。先に買い物しとく」

「すぐ食べられそうなもの」


そう言って、コスメエリアへと巡回を再開した。


今日のような日は、彼が私の部屋へ寄ってくれることもある。

逆の日、彼が遅番、私が早番の日は私が朝倉さんの部屋に、簡単なお弁当やおかずを持って行くこともある。


どちらの部屋にも、少しずつ相手のものが増えている。

朝倉さんの部屋には、ヘアゴムから始まり、ブラシやメイク落とし、今ではクッションまである。

私の部屋にも彼の歯ブラシ、電気シェーバー、冷蔵庫には無糖の缶コーヒー。


それは嬉しい。

嬉しいはずなのに、洗面台に並んだ2本の歯ブラシを見るたび、胸の奥が一瞬だけきゅっとなることがある。


優斗の歯ブラシも、いつの間にかそこにあった。


あの時と違う。

わかっている。

朝倉さんは、何かを置くときに必ず聞く。


「置いていっていい?」

「邪魔なら持って帰る」


たったそれだけのことなのに、私にはまだ少し眩しい。


さぁ、あと数十分で休憩だ。

帰れば、また会える。

それだけで、遅番の午後が少し明るくなった。


2


足の疲れが出てきた頃、外はどっぷりと日が暮れている。

さっき退店を促す、館内アナウンスが聞こえていたので、今日ももうすぐ終わる。

恵美と少しだけカウンターを整理し始めた。


そして、閉店10分前のアナウンスが流れてすぐだった。


ずいぶん人の減った1階フロアへエスカレーターから降りてきたお客様。

こっちへ来る。

お客様は、大蔵屋百貨店おなじみの、桜がモチーフになったデザインの紙袋をカウンターへ置いた。


「どうかされましたか?」


そう言って、お客様の顔を見る。

私と同年代くらいの派手な髪色の女性だった。


「これ、昨日、うちのお客さんからもらったんだけど」


紙袋の中から、小さな箱を取り出す。

箱の中には、ピアスが入っていた。


「ちょっと気に入らないのよ」

「別のと交換できない?」


交換できないのは困るという強気な口調だった。


私は、できるだけ丁寧な口調で答える。


「恐れ入ります。こちらは当店でご購入いただいたお品物でしょうか」


「たぶんそう。袋、大蔵屋でしょ」


「ありがとうございます。念のため、ブランド名とご購入時の控えを確認させていただいてもよろしいでしょうか」


「控えなんかないわよ。もらい物だし」


「さようでございますか。ピアスは衛生面の都合で、返品・交換を承れない場合がございます。該当売場に確認いたしますので、少々お待ちいただけますか」


内線電話に手を伸ばしながら、これは長くなりそうだと思った。


アクセサリー売り場からの返答は、レシートなし、贈答品、そしてピアスは衛生面の都合上交換不可とのこと。


電話を切って、お客様に向き直り伝えた。


「大変恐れ入ります。確認いたしましたが、ピアスは衛生面の都合上、ご購入後のお客様都合による交換は承れないとのことでございます」

「ご希望に添えず、申し訳ございません」


丁寧に頭は下げたものの、お客様は納得しない。


「使ってないわよ」

「もらっただけなのに、なんでダメなの?」

「大蔵屋の袋に入ってるじゃない」


「申し訳ございません」


もう、こうなったら謝るしかない。

それしかできない。


「なんで?開けただけで、触ってもないのにぃ」


引き下がりそうにない。

恵美はこの時点で、フロアマネージャーに内線電話をかけていた。



しばらくして、マネージャーがやって来ると、丁寧にお客様を別室に促して行った。


恵美も私もふたり一緒にため息をついた。


「この時間にアレはないわ」


恵美は疲れた顔で言った。


「とにかく、日報とチケットは私がやる。恵美は…」


「収納庫の鍵ね。持って行っとく」

そう言いながら、車椅子とベビーカーの場所を整えている。


仕事が終わったのは21時半を過ぎていた。



更衣室でスマホを確認して、目眩がしそうになる。

朝倉さんからは、3回もメッセージが入っていた。


〈今から行きます〉


〈なんかトラブってる?〉


〈急がなくて、大丈夫〉


慌てて、返信して一目散に駅へ向かう。

電車に乗ってからは、電車のスピードがなんと遅いことかと、イライラする。


自動改札の順番を待つのも、もどかしくやっと改札を出た。


駅前ロータリーへ駆け出そうとした、その時。


「ひより!」


声がする。

私を呼ぶ声。

振り返るとあの人だ。

街灯の下に黒いコート姿が見えた。

買い物袋を片手に持っている。


「恒一さん!」


彼の名前呼んで、抱きついた。


3


「遅くなって、ごめんなさい」


走って行って、ぶつかるように抱き着くと、朝倉さんは半歩足を後ろに引いただけで、揺れなかった。

片手に買い物袋を持ったまま、空いた手でしっかり抱き止めてくれた。


「大丈夫。迎えに来ただけだから」


買い物袋を見て、私はさらに申し訳なくなる。


「寒かったでしょう?」


「大丈夫、仕事で慣れてる」

「なんかトラブった?」


歩きながら、言い訳を聞いてくれる。


「閉店間際にちょっと…」


「ご飯、冷めちゃいましたよね」


「温めればいい」


朝倉さんの空いたほうの手に、指を絡ませる。

彼の手は、暖かくて退社時に感じた焦りが解けていく。



部屋に戻って、袋を開ける。

お惣菜、スープ、サラダ、プリン。


「またプリン」


プリンを見て少し笑ってしまった。


「好きでしょ」


プリンは好きだけど“私はあなたのほうがもっと好きです”と言ってしまいそうになってやめる。

言ってしまうと、胸に迫ってご飯が食べられなくなりそうだから。


冷めたスープの温度を手に感じて、思わず口に出る。


「中で待っててくれたらよか…」

「あ……鍵…」


鍵を渡していない。

入れないし、それ以前に朝倉さんは勝手に入ろうともしない。


優斗は、当然みたいに合鍵を欲しがった。

いろんなことを言って、鍵を渡すまで文句を言い続ける。



でも、朝倉さんは違う。


「ここは、ひよりの部屋だから」



食べ終わって後片付けを済ませた後、私は小さな引き出しからスペアキーを取り出した。


「鍵、持っていてくれませんか」


朝倉さんは、鍵を見て、私を見る。


「いいの?」


「はい」


「待たせたくないから?」


私は少し考えた。

それもある。

でも、心の奥で思っていることとは違う。


「それだけじゃないです」


「あなたに、帰ってきてほしいから」


朝倉さんは、しばらく私を見ていた。

それから、ひどく大事なものを受け取るみたいに、私の手の中の鍵へそっと指を伸ばした。


4


お互いがお互いの家で過ごす日が増えてきた。

それというのも、まったく休みが合わないからだ。

丸1日、べったり一緒に過ごす時間はない。


私が早番、彼が遅番ならまだいい。

仕事が終われば、私は一旦自分の部屋へ戻る。

そして、お弁当を作ったり、作り置きのお惣菜なんかを持って、朝倉さんの部屋へ行く。



朝倉さんが当務の日で、私が休みだともう、悲しくなる。

休みの日にしかできないことは、確かにある。

水回りの掃除とか、銀行へ行くとか、時間に余裕をもってやりたい所用もある。

だけど、問題はそこなのかと思ってしまう。


そして、今日は“まだ、いい日”だ。

保存容器に詰めた、ほうれんそうのお浸し、筑前煮、お肉は生のままのサイコロステーキ。

幸い、最近フライパンを購入してくれたおかげで、お肉が焼けるようになった。

彼が、帰ってきてから焼く。



朝倉さんの部屋へ先に着いて、鍵を開ける。


もう何度も来ている部屋なのに、入るときは緊張する。


「お邪魔します」


小さく言ってから、中に入った。


冷蔵庫に持ってきたお肉や保存容器を入れる。

冷蔵庫を勝手に開けるのは、少し慣れてきた。

今日も私の好きなプリンが入っている。

でも…彼がいない時間に勝手に食べたりすることに、ひどく抵抗を感じる。


先日、駅前の雑貨屋でかわいい置時計を見つけた。

この部屋には、デジタル時計があるだけなので、キッチンの近くの棚に置いたらどうかと手に取った。

でも、結局買わなかった。

優斗が私の部屋を自分の色に染めていったことを思い出したからだ。

それでなくても、私の荷物が増えているのに。



洗濯物が乾燥機の中に入ったままだ。

これを出していいのかどうかさえ迷う。


彼は“見られて困るものはない”から、どこでも好きに開けていいとは言う。

だからって“はい、そうですか”とは、ならないのが私だ。


逆ならどうなのかと、考える…


春に引っ越した時に、優斗ごと過去に縛られるようなものは、全部捨ててきた。

見られて困るようなものなんて、ほとんどない。

昔の写真くらいは多少あるけれど、それだって大したものじゃない。


でも、それを自分がここで、朝倉さんの部屋でできるかというと話は違う。

やっぱり、ここは彼の部屋であって、私の部屋じゃないと思う。


22時だ。

あと30分もすれば、彼が帰ってくる。


そう思うだけで、この静かな部屋が落ち着く場所になる。


5


ここまで、休みが合わないと正直萎える。

ひよりへの気持ちが萎えるわけじゃない。

会えない分、会いたい気持ちは膨張するばかりだ。


ひよりも同じように感じてくれているからか、シフトの隙をついて俺の部屋で待っていてくれることも多い。

明かりのついた部屋に戻るのはいいものだ。

でも、どこか彼女は遠慮している。

もっと、リラックスしてほしいと思う。



今日は17時に上がって、彼女の帰る時間を見計らってから行くつもりだ。

中でも外でも、俺が長く待っていたというのが、彼女にとって気になるだろうから。


ひよりはいつも俺の部屋へ来るときは、手作りのおかずやサラダを持ってきてくれる。

当務明けの朝も何か食べれるように、少し余分に持ってくる。

この間は、肉を焼いてくれた。

フライパンを買ってよかったと、心からフライパンとひよりに感謝だ。


料理のできない自分を呪うが、仕方ない。

そこまでして、遅い夕食を摂らなくても別にいいとは思う。

好きな時に会えるのなら。

でも、そこまでしないと会えないからやる。



彼女の部屋のドアを開ける。

まだ、帰っていない。

薄く、洗濯洗剤の匂いがした。


買ってきたものを冷蔵庫へ入れる。

ドアポケットにブラックコーヒーのボトルがある。

俺が買った物じゃないが、多分俺のだ。

彼女の帰りを待つ間、飲もうかとも思うがやめておく。

勝手に開封するのが、よくないことのように思えた。


部屋を見回すと、ずいぶんと自分の荷物が増えた気がする。

ハンガーにかかったTシャツ、読みかけの小説…

洗面台に至っては、もっとある。



自分の部屋と違って、ひよりの部屋には温度がある。

女性らしい温かみのある部屋だ。


ひよりの作った部屋に、自分のものが増えていくことが、いいのか悪いのかまだわからない。

でも、あいつのやってたことと何が違うのか。

あいつは、荷物よりもその傲慢な存在感が、彼女の部屋を侵食していたと思う。

俺は、そうはなりたくない。


だから、いちいち確認してしまう。

先日もそうだ。



脱いだ服を洗濯機に入れたはいいが、回していいのか迷う。


「これ、洗っていい?」


そう聞くと、ひよりは“そんなこと、わざわざ聞かなくていい”と言う。

自分は聞くくせに。


鍵を持っていても、まだ少し緊張は残る。

勝手に慣れてしまうのが怖いと思う。

自分の場所のように振舞って、彼女の大事な場所を壊したくない。


どちらの部屋にも帰れる。

でも、どちらもまだ“片方の部屋”だ。


もしも、、最初からふたりで選んだ場所なら。

ひよりはもっと安心して笑うのだろうか。


6


昨日はひどい雨だった。

でも、雨でも全然かまわない。

朝倉さんは当務で、私は遅番だったから、どうやっても会えない日だった。

少しでも会える日は、やっぱり晴れていてほしいと思う。


今頃、朝倉さんは寝ている頃だろう。

まだ、11時だ。

今日の巡回は、誰が来るんだろう?


大蔵屋百貨店の警備は「KSS」が担っている。

若い男性ばかりで、体格も大きい人が多いからか大蔵屋で働く女性に結構人気だ。


黒い制服が来た。

神田さんだ。

この人は、恵美に気があるとみている。


朝倉さんは、いつも私を見て聞くのだ。


「変わりなし?」


この神田さんは、恵美に聞く。


以前の閉店後、カウンター下にある収納庫の鍵を警備室に預けに行ったら、神田さんがいた。


鍵を預け、扉を開けようとしたら、声をかけられた。


「前田さんは、今日は4階ですか?」


そう聞かれた。


後日、恵美にそれとなく言ってみたら、関心があるのかないのかポーカーフェイスで言った。


「神田さんは、若いからね」

「多分、年下」


恵美はどう思っているのか、ちょっと気になる。

でも、恵美は今、接客中だ。

いつも、聞くタイミングを逃している。



休憩が終わってインフォメーションカウンターへ戻る。

しばらくの間、続けざまに、館内案内のお客様がいらっしゃった。

気が付けば、結構時間が経っている。




彼は、当務明けの日、目が覚めたらメッセージを送ってくれる。

今日もちゃんと送ってくれた。


〈駅で待ってるから、買い物行こう〉

〈シャンプー買うって言ってたよね〉

〈液体もの重いから〉


家に帰りつくまでの駅で会える幸せ。

もうすぐ定時だ。




駅に着くと、改札の前に朝倉さんがいた。

嬉しくて、跳ねそうになる。


「ただいま」


「おかえり」


頭を撫でられる。

顔が熱い。


「このまま、お買い物行きますか?」


聞くと、頷いてくれたので、いつものスーパーへ行く。

食材はそんなに買う予定はなかった。

冷蔵庫にはそこそこ物が入っているのを、朝の出勤前に確認済みだ。


シャンプー、食器洗剤、洗濯洗剤を買いたかった。

そして、食器だ。

今のままでは足りない。


でも…ん? どっちの部屋で足りなかったのか。

食器は、朝倉さんの部屋で足りてない。

食器洗剤は、私の部屋で足りてないけど、朝倉さんの部屋でも洗剤は使う。

じゃあ、2つ買うのが正解なのか。


「こっち、朝倉さんの部屋用で、こっちはうちです」


そう言って、食器洗剤を2つカゴへ入れた。

朝倉さんも、何かおかしいような、不思議そうな様子だ。


「朝倉さんのほう、シャンプーまだありました?」


「あったかな?まぁ、腐るもんじゃないし」


そう言って、シャンプーも2つカゴに入っている。


かわいいスリッパを見つけて、


「かわいい、これ朝倉さんの部屋に置いといてもいいですか?」


「寒くなってきたしね、スリッパほしいよね」


一緒になって、商品を入れるのでカゴの中の物はどんどん増える。


でも。


「………」


「………」


「なんか、変じゃないですか?」


頭を上げて彼を見る。


「変だよね」


彼は、苦笑い。


「新しい部屋、探す?」


朝倉さんは“焼き肉でも食いに行こう”というように、軽い調子で私に言った。



エピローグ


結局、私たちは新しい部屋を探すことにした。

3週間後、やっと休みが合った。


不動産屋に内見予約を入れておいたので、条件に合う部屋を3件ほど候補として挙げておいてもらった。

場所は、今住んでいる地域とその周辺。


まず、1件目。


入ってすぐに、狭いと感じた。


「あ…これは…」


狭いと言いかけ、全部言い切る前に横にいる朝倉さんがつぶやく。


「狭いな」


収納やキッチンを見ても、やっぱり小さい。

この物件は却下となる。



2件目。


駅からは近い。お家賃高め。


「音が気になりますね?」


私が窓のほうを見て言う。


「大通りに面してるし、電車の高架橋もある」

「ひよりがいいなら、俺はいいけど」


朝倉さんは、大通りに面していることで、夜道が明るいからとも言っていた。


「いえ、ここは却下です。」

「朝倉さんが、当務明けでもゆっくり休めないと思う」



3件目。


駅からは、少し歩くけれど徒歩圏内。


築年数は古いけれど、鉄筋RC構造で壁が厚いらしく、窓も2重で静か。


「ここ、どう思います?」


「悪くないね」


部屋を見回しながら、お風呂の脱衣所の方へ行く。


「ほら、並んで歯磨きできる」


そう言って、朝倉さんが笑う。


「ほんとだ。並べますね」


洗面台の前に立ってみる。


今までは、どちらかが少し避けなければ並べなかった。


朝倉さんは、浴室のドアを開けた。


「バスタブ結構広い。並んで入れる」


普通の顔して、そんなこと言わないで。


顔が赤くなっていくのがわかる。


「もーーー!」


浴室をのぞき込む朝倉さんの腕をはたいた。



春に引っ越した時、もう一度誰かと暮らす未来を想像していなかった。


でも、今は。


雑貨屋で見つけた小さな置時計とふたりで買ったマグカップを、どこへ置こうか考えている。


その未来が、少しも怖くない。




番外編4 ひより日和 置いていくもの おわり



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