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ひより日和  作者: mamio
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11/18

番外編1 ひより日和 「時々曇り」

番外編は日常ほのぼのストーリーです。

1


日常は、思ったより早く戻ってきた。

私は相変わらず大蔵屋百貨店のインフォメーションカウンターに立ち、朝倉さんは警備主任として館内を巡回している。

変わったことがあると言えば、私が黒い制服を見かけるたびに、少しだけ心臓を忙しくさせるようになったこと。

そして、もう一つ。

大蔵屋の女性従業員の間で、朝倉さんの人気が日増しに膨らんでいることだった。


8時半に更衣室のドアを開けると、数人の女性従業員がそれぞれの制服に着替えている。

ロッカーを開けて、バッグを押し込んでいると入ってきた若い女の子。


「おはよございまーす!」


いつも、元気で明るい莉子ちゃんだ。

苗字は…そう、三崎。三崎莉子。

莉子ちゃんのことは、多少知っている。

職場が同じ1階にある。

彼女はフランスの高級化粧品メーカー「CANMEL」(キャンメル)の美容部員だ。

メーカー問わず、美容部員というのは美しい。

莉子ちゃんも美しいが、22歳という若さが可愛らしさを倍増させている。


莉子ちゃんの後から、入ってきたのは我らがインフォメーションカウンターの恵美だった。


「おはよー…」


いつも元気な恵美がなんだかだるそうだ。

大丈夫だろうか。


「なに、どうしたの?」


心配になって聞いてみる。


「あー…ひより、どうもしないけど、朝から暑くて」


そう言って、手で顔を仰いでいる。


「7月だからね。でも、館内は涼しいからさ」


私は靴をパンプスに履き替えて、ロッカーの扉を閉めた。

「涼しいだけならいいけど、今度は足が冷えちゃって」


恵美は温度差がキツイだの、化粧が崩れるだのとぼやいている。

そんな他愛のない雑談をしていると、奥の二列目のロッカー付近から聞こえる歓声。

“キャーッ、きゃははは、わぁー”

なにやら楽しそうだ。


「えーーっ!めっちゃいいアングル!」「こっちにも送ってー」


写真の話らしい。


恵美が、呆れた顔で言う。


「ああ…朝倉さんね」


ギョッとする。


「え??なに?」


思わず聞き返す。


「推し活」


「まさか、隠し撮り?!」


ため息が出る。

私だって、数枚しか持ってないのに?

ほんとに朝倉さんは罪な人。


くだらない話をしていたら、もう8時50分だ。


「恵美!そろそろ行かないと!新しいパンフレット来るよ。時計展の」


恵美はうんざりした顔で言った。


「パンフレットの段ボール、重いのよねぇ…7階だっけ?」


顔がひどく面倒そうだ。


「恵美は1階まで先に行って。私、7階行くから」


私は恵美の返事も聞かずに、更衣室を出て7階宝飾品フロアへ急ぐ。

夏休みの企画で「世界の時計展」が、近々開催される。

インフォメーションで“展示会は何階か”と、尋ねられることも多いので、パンフレットの一部をインフォメーションにも置いておくのだ。

7階へ行くと、若い男性従業員が高級腕時計のガラスケースを拭いている。


「おはようございます。時計展のパンフレットいただきに来ました」


若い男性従業員は、振り向いてパッと笑顔を見せる。


「あ、高阪さん、おはようございます。ちょっと待って。会場のほうにあるんですよ」


この人は、去年の新卒採用の「水野翔真」君だ。


水野君を追って、私も企画展示室に入ると準備中のようだ。

数人で忙しそうにしている。

そして、会場の隅に目を向けると朝倉さんがいる。

企画部長となにやら相談か打ち合わせだろう。

朝倉さんも私に気づいて、軽く目で合図をくれる。

ほんのそれだけなのに、少し胸が落ち着く。

私も笑顔で応じた。


そこへ、段ボール箱を抱えた水野君がやってきた。


「高阪さん、これ、小さいけど重いんですよ」


小さいと言えば小さいが、紙の束というのは結構重い。


「大丈夫よ。エレベーターで行きますから」


そう言って、段ボール箱を受け取ろうとした。


「ほんとに重いんですって。僕が持ちますから一緒に1階まで行きましょう」


そう言って、先を歩いて行ってしまう。

仕方なく、その後ろを追いかける。

エレベーターホールへ向かう途中、なんとなく振り返る。

企画展示室の前で、朝倉さんがこちらを見ていた。

目が合うと、いつもの無表情のまま、小さく顎を引く。


――いってらっしゃい。


そんな風に言われている気がした。


2


インフォメーションカウンターの上にドカッと乗せられた段ボールと、それを運んできた水野君を見た恵美が、なぜか私をじっと見ている。

水野君が去った後に、恵美がニヤニヤしている。


「なぁに?なんで笑ってんの?」


まだ、開店前で買い物客はいない。

だからか、遠慮のない声で言った。


「ほんと、あんたは世情に疎い」


「へ?何の話?」


世情って…

そう言われると、そうかもしれない。

恵美は本当に耳ざとい。


「さっきの水野君は白い王子、あんたの朝倉さんは黒い王子」


ぶっ!と吹き出す。

おかしかったんじゃない。

全く知らなかった自分を呪って吹いた。


「私が言ったわけじゃないからね。社食で、誰かが言ってたの」


パンフレットを取り出して、カウンターのシェルフに置いていると、黒い王子がやってくる。


「お疲れ様です」


平静を装い、挨拶をする。


「何か変わったことはありませんか?」


朝倉さんもいつもの問いかけ。


だけど、今日はカウンターの前からではなく、横に立って頭を下げ気味にしている。

私の耳あたりで、ささやく。


「今日は、定時で帰れる?」


「あ、はい。大丈夫です」


そう答えると、朝倉さんはスッと頭を上げ、コスメエリアへ行ってしまった。

恵美は何も聞かないけど、目だけで笑っていた。


***


――化粧品エリア…

ここは、苦手だ。

匂いが、キツイ。

1種類だけならいいが、複数の匂いが交じり合って、頭痛がしそうだ。

ちょっとでも早く通り抜けたい。


そう思っていたら、脇から美容部員が出てきた。


「おはよございます!」


朝から元気で何よりだ。


「おはようございます」


それだけ言って、雑貨売り場へと急いだ。


それにしても、7階のあいつ…なんだか馴れ馴れしくはなかったか。ひよりさんに。


明後日からの「世界の時計展」は俺の担当じゃない。

ひよりさんもあのイベントに係ることはないだろう。

……別に、気にする必要はない。

だが、7階のあいつは要注意人物だ。


ひよりさんにも今日は定時で上がると確認した。

今日は、ふたりでゆっくりビールでも飲んで帰るか。


3


今日は、早番なので17時上がりだ。

更衣室は朝と同じで騒がしい。

昼過ぎに受信した朝倉さんからのLINEを再確認する


〈17時半に駅で。今日は電車で来たのでちょっと飲んで帰らない?〉


顔がニヤけそうになる。

スマホをバッグに戻していると、莉子ちゃんが入ってくる。


「あ、ひよりさん」


「莉子ちゃん、お疲れ様」


「ひよりさーん、今日もダメだったぁ」


何か聞いてほしそうだ。


「なんかあった?」


17時半まで、20分しかない。

幸い、大蔵屋から駅まではそう遠くない。


「朝倉さんに、朝、挨拶したんですけどぉ…それで終わり」

「朝倉さん、毎日2回はインフォメに行くじゃないですか?どんな話してるんですか?」


莉子ちゃんは本気で朝倉さんが好きなんだろうか?

恵美はただの“推し活”だというけど。

こんな可愛らしい女の子に言い寄られたら、朝倉さんだって悪い気はしないかも……

不安になってくる。


「ええ?『変わったことないですか?』って聞きに来るだけよ?」

「正面玄関の近くだし、変な人が入って来たら、あの場所はわかりやすいから」


莉子ちゃんは、ちょっと考えるように目を虚空に向けたあと、思い切ったように言った。


「明日、絶対、挨拶以外の一言もらいます!」


なんか、一生懸命だなぁ……


「莉子ちゃん、朝倉さんて、口数少ないと思うよ?」


嘘じゃない。

とりあえず……早くここを出たい。

なにか、軽くアドバイスして解放してもらわないと。


「じゃあ……お天気の話でもしてみたら?共通の話ってないでしょう?」


納得している感じはしないが、仕方ない。

わざと、腕時計をチラ見する。


「あ、ひよりさん、誰かと約束ですかぁ?いいなぁ」


ここで言いきらないと、ズルズルと引き止められそうだ。


「そうなの。ごめんね」


バッグを肩にかけて、更衣室を出る。

時計を見る。

17時15分。

すこしだけ、足が速くなった。


4


駅のロータリーの端にある、駅ビル入り口付近に朝倉さんの姿が見えた。

多くの人が待ち合わせをする場所で落ち合うのは、避けている。

とにかく、朝倉さんは目立つのだ。

17時25分。

間に合った。


「お疲れ様です」

「今日は、すんなり上がれました?」


そう言って、声をかけた。


朝倉さんは、こちらに手を出した。

当たり前みたいに、その手を取る。

たったそれだけで、仕事の緊張がほどけていく気がした。


「開店後は平和でしたよ」

「暑いから、中に入りませんか?」


夕方とはいえ、まだまだ暑い。


駅ビルの中に入りながら、事前に調べた店を探している様子。

見つけたのか『ああ、こっちだ』とエスカレーターへ促される。


「開店前になにかあったんですか?」


2階へ上がって、まっすぐ行くと派手な入口の創作料理の店がある。


「いや、あったというか、見たというか」

「まぁ、経過観察ですよ」


案内された席に座って、ビールを注文するとやっと落ち着いた気分になる。


経過観察?


何を観察するのかわからないが、彼の顔を見たらどうでもよくなった。

最近は時々、外でお酒を飲む機会があって、ちょっと楽しい。

ビールが届く。

乾杯しようと、ジョッキを当てて3分の1くらいを空けたところで、朝倉さんが聞く。


「そっちは?何事もなく?」


“何事も”と言われるとそうでもない。

「推し活」か「恋活」かは、まだわからない。

でも、私は今、朝倉さんと一緒にいるんだもん。

この時間を大切にしたい。


そういえば、莉子ちゃんたちが朝倉さんの写真を交換しているみたいだった。

負けていられない。

朝倉さんの問いかけを受け流して言ってみる。


「私、朝倉さんの写真が欲しい」


すると、朝倉さんは少しだけ目を細めた。


「…それなら、俺もほしい」


「え?」


「ひよりさんの写真」


不意打ちみたいに言われて、胸が跳ねる。

ジョッキを持ち上げて、誤魔化すようにビールを飲んだ。


「じゃあ…今度一緒に撮ります?」


そう言うと、朝倉さんは小さく笑った。


「それ、いいですね」


ジョッキを持つ手が、少しだけ熱い。



7月は19時でも、まだまだ明るく、送ってもらうほどの時間でもない。

でも、今はお互いの家が近いこともあって、送ってもらうことに遠慮がなくなった。

心配させるくらいなら、素直に送ってもらうのがお互いのためだと思うことにした。


マンションの前まで来ても、私は手を離さなかった。

まだ、一緒にいたかった。

手を握ったまま、彼の目を見て言う。


「ちょっと、寄って行ってください」


こんなことまで、言えるようになってしまった。

軽く、酔っているからか躊躇がない。


朝倉さんは、握る手を少し強くして言った。


「中まで入ってしまったら、帰れなくなりそうだ」


「じゃあ、明日、一緒に出勤しましょう」


ちょっと、顔が熱い・・・

お酒のせいかしら?

私はエントランスのロックを解錠した。


5


翌朝、10時。

正面玄関からお客様をお迎えしてインフォメーションカウンターに戻ると、雑貨売り場のほうから水野君が段ボール箱を抱えて歩いてくる。

追加のパンフレットを届けに来てくれたようだ。


「おはようございます。高阪さん」


「おはようございます。それ、追加の?」


段ボール箱を指さしながら聞く。


「ええ、重いから持ってきました」

「で、どうです?問い合わせあったりします?」


「結構ありますよ。予約制かどうか確認する人多いかも?」


そう言って視線を外すと、水野君の肩越しに朝倉さんがこっちに来るのが見えた。


「わー、テレビでもCM流してますからね」

「やっぱり、高阪さんに聞くのが一番ですね。また聞きに来ますね」


「ええ・・・」


最後の“ええ・・・”は適当だ。

私は、朝倉さんのほうばかり見ていた。

そのことに気づいたのか、水野君が振り返る。

「あ、朝倉さん、おはようございます」


絵に描いたようなさわやか笑顔だ。

対する朝倉さんは、愛想がない。

なんだか、表情も硬い。


「お疲れ様です」


朝倉さんは低い声で応える。


「じゃ、僕はこれで」


そう言って去っていく水野君をじっと見ている朝倉さん。


「今のところ、特に変わったことはありません」


朝倉さんに、聞かれる前に報告をする。

朝倉さんは、頷くだけでコスメエリアに行ってしまった。

何か気になることでもあるのかな?

コスメエリアに向かう朝倉さんを目で追う。


奥まった場所で、化粧品のサンプルを整理していた莉子ちゃんが、朝倉さんに気づいて小走りで近づく姿が見えた。

何か話している。

会話に成功したようだ。

本当に、天気の話をしたんだろうか?

莉子ちゃんは、両手を頬にあてて、嬉しそうにその場を後にする朝倉さんを見つめていた。


何を話していたんだろう?

気になる。

あんなに莉子ちゃんを喜ばせたのは、どんな言葉だったんだろう?


***


また、7階のあいつが、ひよりさんのそばをうろうろしている。

暇なのか。

いや、7階は「時計展」を明日に控えて、忙しいはずだ。


あいつはいつも、距離が近い。

もっと離れて立て、と思う。


さっき、俺も7階の企画展示室で最終の打ち合わせに参加していた。

あいつもその近くにいたはずだ。

なのに、俺が1階に降りてきたときには、すでにインフォメーションで、ひよりさんに話しかけていた。

油断も隙もない。


そう考えていると、正面にいる若い美容部員がこっちを見ている。


「おはよございます。朝倉さん」

「今日も暑いですね」


暑いのが、そんなに嬉しいのか。


「ええ、熱中症に気を付けてください」


そう答えると、やっぱり暑いのか、両手を頬にあてている。

顔が赤い。


「空調が弱いようなら言ってください」


それにしても、ここは匂いがキツイ。


雑貨売り場へ向かう前に、もう一度インフォメーションに足を向けた。

もちろん、巡回だ。

そうに決まっている。

そして、7階の水野は経過観察を続行する。


6


16時。

この時間になると、仕事終わりに買い物をする人が増えてくる。

混むのは地下1階の食料品売り場。

上階にも人は来るが、平日なら平常運転だ。

あと1時間で、定時。

朝倉さんも定時で上がるのだろうか?

あとで、LINEしてみよう。


何気なくコスメエリアに目を向けると、奥のほうから来た朝倉さんに、莉子ちゃんが何か話しかけている。

ちょうどその時、買い物客の女性がコスメエリアの通路で紙袋を床に落としてしまう。

床に落ちた衝撃で紙袋は破れていた。

中の物が床にこぼれている。

私は、新しい袋をもって女性に近づく。

お手伝いしますと新しい紙袋を広げ、床に落ちた商品を拾い集めていると、聞こえてくる莉子ちゃんの声。

床にしゃがんでいるため、あちらからは私を確認できないかもしれない。


「飲み会」「コスメの…」「18時に…」「朝倉さんも…」


ああ…朝倉さんを誘っているのね。


女性客がお礼を言いながら、離れていく。


「ごゆっくりお買い回りくださいませ」


そう言って、彼女を見送った直後。


「先約があります」


朝倉さんの声。


はっきり、聞こえる。

莉子ちゃんは立ち尽くす。

私はその場で固まっている。


「大事な約束ですか…?」


莉子ちゃんの声が小さい。


「ええ、私にとっては」


朝倉さんが、その場を後にする。

朝倉さんの背中を見つめ立ち尽くす莉子ちゃんに、子どもを連れた女性が口紅のサンプルを指さして話しかけている。

莉子ちゃんは振り返って、笑顔で対応していた。


なんだか、ほっとしている自分がいる。


***


どうして自分が、化粧品会社の美容部員の飲み会に誘われるのか、意味が分からない。

行く気もないが、話だって合わないだろうに。

それに今日はまだ、ひよりさんに何時に上がれそうか確認もしていない。

LINEで聞こうかと思っていたが、ちょうど、1階に降りたところだ。


インフォメーションに目を向けると、またあいつがいる。7階の水野だ。

今度はなんだ?

しつこいぞ。

それに、近い。もっと離れろ。


水野は両手を組んだりほどいたりしながら、落ち着きなく何か言っている。

もう少し近づくと聞こえるだろう。


「今日、7階のほら、時計展のスタッフと飲み会があるんですよ」

「時計展の前夜祭ってことになってますけど、要は普通の飲み会です」

「高阪さんもどうですか?」


爽やかな笑顔を振りまいて、ひよりさんを誘っている。


「あ・・ごめんなさい。今日は約束があるの」


本当に、ひよりさんは優しいな。

あんなに丁寧に。


「えー、マジですか?タイミング悪かったなぁ」


残念そうにするな。


「じゃあ、次はぜひ」


次があるなら、俺も一緒だ。


7


水野君が去ってから、しばらくすると今度は朝倉さんが来た。

カウンターの正面ではなく、端のほうへ来る。

何か、話があるときは、いつもそう。

頭を下げて、低い声が耳をかすめる。


「今日も定時で上がれる?」

「はい、大丈夫です」


昨日と同じに、スッと頭を上げて警備室に一番近い出口へと去っていった。

今日も一緒に帰れると思うと、嬉しい。


駅ビルで、朝倉さんと合流する。

LINEでの打ち合わせ通り、今日は一緒に家でご飯を食べる。

自宅の近くで一緒に買い物しようと決めていた。


歩きながら、朝倉さんがぽつりと言った。


「今日、飲み会に誘われました」


「私もです」


「………見てました。7階の水野でしょう?」


「あの…私も見てました。莉子ちゃんが朝倉さんに声かけてるところ」


そう言うと、少しだけ沈黙が落ちた。




「莉子ちゃん、かわいいですよね」


「水野は距離が近いですね」


思わず顔を見合わせる。


それから。どちらともなく笑った。


「行きたかった?」


朝倉さんが探るように聞いてくる。


「私は、あなたと一緒がいいです」


「俺も」

「ひよりさんがいい」


私の歩調に合わせて歩く、その手に指を絡めた。




エピローグ


「朝倉さんはいいから、座っててください」


私が洗って泡がついた食器を、朝倉さんが水で流してくれている。


今日の夕ご飯は、私が作った。

朝倉さんは、料理はスクランブルエッグしかできないと言っていた。

今まで、何を食べて生きてきたんだろうと思う。


「あんなに旨いものを作ってもらって、何もしないのはあり得ません」


そう言って、その場を動こうとしない。


「シンク、朝倉さんには低いでしょう?」


身長にシンクの高さが合っていないと、結構疲れる。


「じゃあ、テーブル拭いてきてください」


布巾を渡すと、やっと離れてくれた。


でも、こうやってふたりで料理をしたり、片づけたりする日常の当たり前が、幸せだった。

一緒にやれば、面倒なことも楽しい。

それを気づかせてくれたのも、彼だ。


洗い物を終えて、コーヒーを淹れる。


ふたりで静かにコーヒーを啜っていると、ふと思い出した。


「そうだ。写真撮りましょう。ツーショット」


ソファに密着して座った。

腕が長い朝倉さんがスマホを持って、自撮りする。


カシャッ。



「…………」



「もう1回、撮り直しましょうか……」


何度やっても、朝倉さんの目が笑っていない。


「証明写真じゃないんだから、もう少し笑ってください」


「なんか、硬くなるんだよなぁ……」


朝倉さんは、独り言みたいにつぶやいて少し考え込んだ。

それから、意を決したように顔を上げる。


「もう1回」



「え?」


カシャッ。


撮れた写真は、少し驚いた私の頬にキスをする、朝倉さんの優しい顔だった。


挿絵(By みてみん)



番外編1 ひより日和 時々くもり おわり


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