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【第一部完結】剣より重い計算式(ロジック) ~異端の査定員エマ・ルミナスの監査報告~  作者: 二進
第4章:不渡りの王国

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第83話:消えた8パーセントと、違法配当の告発

「――ふざけるなッ! 神聖なる大議会を愚弄する気か!」


 静まり返っていた議場に、宰相派の貴族の怒号が響き渡った。


 それを皮切りに、すり鉢状の議席から次々と非難の声が上がる。

 泥まみれの王太子への困惑と、平民の少女が演壇に立ち、あろうことか宰相にペン先を突きつけているという異常な光景への怒りだった。


 だが、当の宰相ギルフォードは、微塵も動揺を見せなかった。

 彼は冷ややかな眼差しで、眼前に立つエマ・ルミナスと、その背後に控えるルーファスを見据えた。


「……何の真似かな、ルーファス殿下。公務を放り出し、泥水に塗れて帰還されたかと思えば、正体不明の小娘を連れて議会を妨害する。王族としての矜持すら泥に落とされたか」


 嘲笑を含む宰相の言葉に、貴族たちが同調して冷笑を漏らす。

 だが、ルーファスは逃げなかった。

 彼は泥に汚れた王族の軍服の襟を正し、一歩前に出ると、議場全体に響き渡る声で堂々と宣言した。


「私は今日、王太子としてここに来たのではない。王国定款に基づく、この国の『清算人(せいさんにん)』として参ったのだ!」


「……清算人、だと?」


「そうだ。王国法により、国家が天文学的な債務超過(あかじ)に陥り、自浄作用を失ったと判断された場合、王族権限において国を一時的に解体し、資産を凍結・整理する権限が発動する。……私は、この腐敗した経営を終わらせに来た!」


 議場が、一瞬の空白に包まれる。

 直後、割れんばかりの爆笑が巻き起こった。


「はっはっは! 殿下はご乱心のようだ!」

「債務超過だと? この眩いばかりの光と、永遠の繁栄を約束された王都の姿が見えないのか!」

「我々の特権と富は無尽蔵だ! 破綻などしているはずがない!」


 肥え太った貴族たちが、己の指にはめた宝石を光らせながら嘲り笑う。

 宰相が作り上げた『帝国へのハッタリ』としての過剰な繁栄に、彼ら自身が完全に洗脳されている証拠だった。


 だが、その狂乱の笑い声を、一筋の冷たい氷の刃が切り裂いた。


「……ええ。とても豊かな光です。しかし、帳簿の数字は光りません」


 エマ・ルミナスは、銀縁眼鏡を中指で押し上げ、感情を完全に排した瞳で議場を見渡した。


「元・公認査定員、エマ・ルミナス。これより、王都ルミナリスの真のエネルギー収支報告(けっさん)を行います」


 エマは腕に抱えていた分厚い書類の束から、1枚の羊皮紙を抜き取り、頭上の巨大な魔導シャンデリアの光に透かした。


「我が国には、天然の魔力資源が存在しません。ゆえに、防壁を維持するための魔導力元は、敵国である帝国からの輸入に依存しています。……その輸入量は、過去10年の平均で年間『3000万単位』」


 淡々と数値を読み上げるエマの声が、不思議と議場の隅々にまで浸透していく。


「対して、現在この王都を覆う巨大防壁と、貴族の皆様が日夜消費している無駄な光、すなわち『特権』という名の支出。これらを合算した総魔力消費量は、年間『3億単位』に上ります」


 エマは真鍮の万年筆の先で、羊皮紙に書かれた2つの数字を強く叩いた。


「差し引き、年間『2億7000万単位』。……これが、我が国が抱える天文学的なエネルギーの赤字(ふさい)です。輸入した資源だけでは、この王都の光は3日と維持できません」


「な、何を馬鹿な……! 現にこうして、防壁は維持されているではないか!」


「そうです。だからこそ、計算が合わないのです」


 エマは鋭い視線を、正面に立つ宰相ギルフォードへと真っ直ぐに向けた。


「宰相閣下。貴方は先ほど、これを『帝国に対する未知のエネルギーのハッタリ』だと言い放った。確かに、外部の帝国は騙せているのでしょう。彼らは『王国には未知の魔力抽出技術がある』と錯覚し、手を出せずにいる」


 ギルフォードの顔から、余裕の笑みがスッと消え失せた。


「ですが、物理法則と会計の神は騙せません。魔法技術において、無から有は生まれない。『2億7000万単位』もの圧倒的な赤字を埋めるためには、必ず『何か』を燃料として燃やし、補填しなければならないのです」


「……小娘。貴様、どこまで」


「答えは、この帳簿にあります」


 エマは別の分厚いファイルを、ドンッ! と演壇に叩きつけた。

 それは、アリアが神殿の地下から持ち出した裏帳簿と、王国が発行する『人口動態(国勢調査)』のデータを照合した、血塗られた真実の記録だった。


「神殿が『信仰』の名のもとに主導した孤児院や救済院からの人員の移動。スラムの定期的な浄化計画。そして、毎年のように局地的に発生したとして処理される、死体すら残らない流行り病の記録。……私の父エドワードは、金の流れではなく、この不自然な『人口の目減り』に気づいて殺されました」


 議場が、水を打ったように静まり返る。

 誰もが、息をすることすら忘れたようにエマの唇を見つめていた。


「毎年、王国の総人口の『8パーセント』。……名もなき平民たちが、帳簿から完全に消去されています」


「…………ッ!」


「人間の命1つを、禁忌の術式で強制的に魔力へ変換した際のエネルギー量。それに、毎年消えゆく8パーセントの人口を掛け合わせると……見事なまでに、2億7000万単位。先ほどのエネルギー赤字と、コンマ1桁の狂いもなく完全に一致します」


 エマの万年筆が、パチン、と冷たい音を立てて蓋を閉じた。

 それは、国家がひた隠しにしてきた最悪の罪を、数学的に完全に証明した瞬間だった。


「貴方のハッタリの正体は、未知の技術などではない。……この国の巨大防壁と過剰な光は、自国民の8パーセントの『命』を燃料として燃やすことで、ギリギリの帳尻を合わせているだけの、最悪の《《粉飾決算》》に過ぎないのです」


「…………」


 宰相ギルフォードは反論しなかった。

 ただ、氷のように冷酷な瞳で、自らの完璧な数式を暴いた平民の少女をねめつけていた。


 議席に座る貴族たちの顔から、次々と血の気が引いていく。

 彼らは愚かであったが、エマの提示した数字の恐ろしさを理解できないほど痴愚ではなかった。


 自分たちが日夜消費し、美しいと讃えていたシャンデリアの光が。湯水のように使っていた魔導具のエネルギーが。

 すべて、王都の地下で燃やされた同胞たちの『命の輝き』だったのだと、否応なしに気づかされたのだ。


「ひ、ひぃぃ……ッ!」

「ば、馬鹿な! 我々はそんなこと、知らなかっ……!」


 狼狽し、顔を引きつらせる貴族たちに対し、エマは一歩も引かずに冷徹な宣告を下した。


「知らなかったでは済まされません、株主の皆様。……貴方たちが享受している特権は、国力などではありません。同胞の未来を切り売りし、命を燃やして生み出された、血塗られた『違法配当(タコあしはいとう)』です」


 エマの声が、断罪の槌となって議場に振り下ろされる。


「宰相は、この命の搾取から目を逸らさせるため、防衛費を削ってでも貴方たちに甘い汁を吸わせ、見栄を張らせていた。貴方たちは知らぬ間に、宰相の狂った防衛論に加担する《《共犯者》》に仕立て上げられていたのです」


 悲鳴にも似たざわめきが、議場を包み込む。

 自分たちが同胞の命を食い物にしていたという事実。そして、その『違法配当』の罪を問われるという恐怖。

 だが、肥え太った貴族たちは、決して己の非を認めようとはしなかった。


「ふ、ふざけるな! 我々は騙されていたんだ! それに、我々には国に正式に認められた『特権』という確固たる財産がある!」

「そうだ! この特権がある限り、我々の身分も資産も絶対だ! 平民の元・査定員がどう吠えようと、我々を裁くことなどできんぞ!」


 彼らは見苦しくも、宰相から与えられた甘い汁(特権)の証書を振りかざし、己の正当性と保身を叫び始めた。


「……本当に、そうでしょうか?」


 エマは冷たく言い放ち、手元の書類から視線を上げた。

 その直後。議事堂の正面にある、巨大な観音開きの扉が重々しい音を立てて開かれた。


「――残念ながら、皆様のその『特権』は、今朝の市場で紙屑になりましたよ」


 響き渡る明瞭な声と共に、1人の少年――市場の最新取引記録を抱えたルカが、不敵な笑みを浮かべて議場へと足を踏み入れた。



■元・査定員エマの業務日誌:用語解説


債務超過(あかじ)

 企業(国家)が抱える負債が、資産の総額を上回ってしまっている状態です。王国は「エネルギーの赤字」を補填するため、未来の資産である「国民の命(人的資本)」を燃料として前借りし続けており、実質的に完全に破綻(債務超過)していました。


違法配当(タコあしはいとう)

 本当は利益が出ていないのに、企業が本来持っている資産(元本)を切り崩して、無理やり株主に配当金を支払うことです。タコが自分の足を食べて飢えを凌ぐことに例えられます。宰相は「輸入した魔石」だけでは足りないエネルギーを「国民の命」で補い、それを貴族たちに特権としてバラ撒くという、最も悪質なタコ足配当を行っていました。


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