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【第一部完結】剣より重い計算式(ロジック) ~異端の査定員エマ・ルミナスの監査報告~  作者: 二進
第3章:勇者たちの『経費精算』

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第67話:一刀両断の魔断と、英雄の上場廃止

 王都の特設広場は、熱を帯びた地獄の釜のような様相を呈していた。


 勇者アレクサンダーが掲げた白銀の聖剣。その切っ先には、彼自身の暴走した魔力と、周囲から強制的に搾取されたエネルギーが凝縮され、どす黒く濁った「偽物の太陽」が形成されている。


 推定120,000を超える異常な魔力出力が、広場の空気を歪め、石畳を水飴のようにドロドロに溶かし始めていた。


「消えろォォォッ! 全部、全部燃え尽きて、魔族の襲撃という美しい悲劇の灰になれェッ!!」


 完全に正気を失ったアレクサンダーが、巨大な熱の球体を、逃げ惑う数万の群衆と上空の飛行船に向けて無造作に振り下ろした。それは防衛でも討伐でもない。ただ自らの負債と嘘を隠蔽するためだけに放たれた、極めて身勝手で暴力的な証拠隠滅だった。


 絶望的な熱波が、すべてを飲み込もうと迫り来る。

 だが、その圧倒的な死の壁を前にして、黒いロングレザーコートを纏った大男――ヴォルフは、一歩も引くことはなかった。


「……随分と、中身のすっからかんな魔法だな」


 ヴォルフは琥珀色の瞳を酷薄に細め、背中から引き抜いた漆黒の大剣を、ゆっくりと、しかし確かな重心を伴って上段に構えた。

 彼が標的としているのは、迫り来る巨大な炎そのものではない。炎を形作っている魔力の流れ――その中心に位置する、極めて脆弱な構成式の結節点だ。


 上空の飛行船から、エマ・ルミナスの無機質なナビゲーションが降り注ぐ。


『対象の魔力構造、極度の肥大化により結合密度が45%低下しています。中心軸から右へ3度、仰角12度の地点に、致命的な演算の綻びを確認。……そこが、この不良資産の急所、不備(エラー)の核心です』


「了解だ。……そら、不良資産の物理的な回収だぜッ!」


 ヴォルフが、石畳を爆発的に踏み砕いて跳躍した。

 彼が放つのは魔法ではない。いかなる魔力も帯びていない、純粋な筋肉の躍動と大剣の圧倒的な質量、そして恐るべき速度が生み出す「極限の物理」だ。


 ズドォォォォンッ!!


 漆黒の大剣が、アレクサンダーの放った巨大な炎の太陽へと真っ向から叩き込まれた。

 誰もがヴォルフが灰も残さず消し飛ぶと予想した瞬間、パキィィィィィィンッ――!! と、巨大なガラス細工が粉砕されたかのような、甲高く乾いた音が広場に響き渡った。


 アレクサンダーの炎が、ヴォルフの大剣に触れた箇所から物理的な亀裂を走らせていく。


「な、なんだと……ッ!?」


 アレクサンダーが驚愕に見開いた目の前で、大剣の分厚い刃が、魔力の構成式そのものを物理的に断ち切った。

 論理を失い構造を破壊された120,000の熱エネルギーは、その場で行き場を失い、ただの温かい風となって王都の空へと無害に霧散していく。


 魔法を、物理で斬る。

 それこそがエマの完璧な計算によって導き出された急所を、ヴォルフの異常な膂力で正確に破壊する、特務監査局・最強の執行術――魔断(まだち)であった。


「ば、馬鹿な……俺の、俺の最大魔法が……ただの剣の一振りで……!?」


 アレクサンダーは聖剣を持ったまま、ガクガクと膝を震わせた。

 炎を失い魔力を完全に使い果たした彼の聖剣は、過剰な出力に耐えきれず、刀身からピキピキと無惨な亀裂を走らせている。


 ドスッ、と重い音を立てて着地したヴォルフが、黒いコートの裾を払いながら、アレクサンダーへとゆっくり歩み寄る。


「自分の借金を隠すために振り回す剣なんてのはな、軽すぎるんだよ。……そんな中身のねえお遊びじゃ、俺の雇い主の計算式は一文字も斬れねえぜ」


 ヴォルフは、怯えて後ずさる勇者の首元に、大剣の切っ先をピタリと突きつけた。

 その冷たい金属の感触に、アレクサンダーはついに手から聖剣を落とし、石畳の上に無様に尻餅をついた。


 広場は、水を打ったような静寂に包まれていた。絶対的な力を持っていたはずの英雄が、ただの暴力に怯える惨めな男へと引きずり下ろされた。


 キィィィン、と。再び、上空の拡声器から、冷徹な声が響き渡った。


『――魔力残量の枯渇、および抵抗意志の喪失を確認。これにて、監査対象の強制清算を終了します』


「ま、待て……! 違う、俺は悪くない! 俺は国のために――!」


『見苦しいですよ、アレクサンダー。貴方の放った魔法は、出力こそ巨大でしたが、その内実は実体のない架空会社と同義でした』


 エマの声は、懇願する男の自尊心を、冷たいローラーで轢き潰すように淡々と事実を並べ立てていく。


『民衆からの信頼という担保を失い、焦りと恐怖だけで膨れ上がった魔力など、強固な結合を保てるはずがない。私の計算式から見れば、貴方の魔法は自重で崩壊する寸前の、極めて安易な違法建築でした。ヴォルフはただ、その基礎の不備(エラー)を軽くノックしただけです』


「あ……ああ……」


『さらに。貴方が今、足元に落としたその聖剣。王家から貸与された国宝級の魔導具であり、帳簿上の資産価値は500,000ゴールドです。個人の不正隠蔽という極めて利己的な目的のために、規定値を超える魔力を流し込み、国宝を物理的に損壊させた』


 エマの魔導式解析眼(トレース・アイ)が、ひび割れた聖剣の惨状を正確に捉えていた。


『これにより、貴方の罪状に国家資産の故意による毀損と、500,000ゴールドの損害賠償が追加されました。これまでの横領額と合わせれば、貴方はもはや、完済不可能な重債務者です』


「俺は……俺は英雄だ! 神に選ばれた、特別な存在なんだぁぁぁッ!」


『いいえ。貴方はただの、返済能力のない嘘つきです』


 エマの声に合わせて、広場を取り囲んでいた群衆たちが、ジリジリとアレクサンダーへと距離を詰め始める。彼らの手に握られているのは、エマが空からばら撒いた「真実の領収書」だ。


「俺たちの防衛税を返せ……!」


「孤児院の予算を食い物にしやがって、この泥棒野郎ッ!」


『民衆からの信用を完全に失い、武力という名の不当な資本も底を突いた。もはや、この国で貴方たちの言葉に1ゴールドの価値もありません。……これをもって、勇者パーティ、アヴァロンの上場廃止を決定します』


 エマは銀縁眼鏡を押し上げ、《《冷酷な監査結果》》を突きつけた。


『せめて残りの人生は、牢獄という名の監査室で、自らが踏みにじった命の重さを正確に数え続けてください』


 民衆の怒声と、投げつけられる石礫の中に沈んでいくアレクサンダー。かつて彼を警護していたはずの王都の衛兵たちも、今は「詐欺師の共犯者」とされることを恐れ、拘束用の縄を手にして冷ややかに歩み寄っていた。


 白亜の王都を覆っていた、分厚い「偽りの英雄のメッキ」。

 それが、エマというたった一人の査定員の最終監査(アセスメント)によって、完全に剥がれ落ちた瞬間だった。



■ 査定員エマの業務日誌:今回の用語解説


魔断(まだち)

私の解析眼が算出する魔法構造の脆弱性と、ヴォルフの破壊力を組み合わせた、特務監査局の最終執行術です。いかに強大な魔力であろうと、構成式という「計算」で成り立っている以上、そこには必ず致命的な不備(エラー)が存在します。その箇所を物理的に叩き割ることで、相手の魔法資産を一瞬で無価値へと減損処理します。


【上場廃止(社会的死)】

市場(社会)からの信用を完全に失い、組織としての取引資格を永遠に剥奪されることです。アレクサンダーの「英雄」というブランド価値は底を打ち、彼がどれほど言葉を飾ろうとも、誰も彼に1ゴールドすら投資しなくなりました。この経済的な完全排除こそが、彼のような虚飾の悪党にとって最も適正な原価(コスト)の支払いと言えます。


【監査結果】

導き出された真実を、逃げ場のない形ですべての利害関係者へ突きつける最終工程です。今回のデリバリーは、王都の空から降る紙雪と、ヴォルフの一撃によって完璧に遂行されました。


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