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【第一部完結】剣より重い計算式(ロジック) ~異端の査定員エマ・ルミナスの監査報告~  作者: 二進
第3章:勇者たちの『経費精算』

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第65話:神聖なる隠蔽工作と、元聖女の内部告発

「騙されるな、愚かな民衆よ! その紙切れこそが悪魔の偽造だ! 我々の神聖なる教会の公式帳簿だけが、唯一の真実なのだからッ!」


 鼻先に突きつけられたヴォルフの大剣に怯えながらも、勇者パーティの僧侶は、引きつった顔で群衆に向けて絶叫した。


 炎による証拠の焼却を物理的に封じられた彼が、苦し紛れに持ち出した最後の防壁。それは「教会の権威」という、この世界における絶対的な不可侵領域だった。


「ギルドの小娘が空からばら撒いた数字など、ただの幻だ! 我々アヴァロンの活動資金は、すべて教会の『神聖暗号(しんせいあんごう)』によって保護された公式の祈祷書に記されている! 俗物に解読できるものではないし、そこに 1ゴールド の不正もないと、神に誓って断言しよう!」


「神聖、暗号……」


「確かに、教会の帳簿は高位の神官しか読めないっていうし……」


 僧侶の悲痛な訴えに、再び群衆がざわめき始める。

 この世界において、教会の言葉は重い。どれほどエマのばら撒いた領収書が生々しくとも、相手が「神の教えに誓って、我々の暗号帳簿こそが正しい」と強弁すれば、信仰心を持つ市民たちはどうしても判断を保留せざるを得なくなる。


 情報の不当な独占。

 相手が理解できない独自の暗号を用いることで、第三者の監査を拒絶し、不正を不透明な暗渠へと沈める。それは、歴史上のあらゆる巨大組織が用いてきた、最も古典的で、最も厄介な隠蔽工作だった。


「……ふん。見ろ、あの小娘も黙り込んだぞ!」


 上空の飛行船からの追及が止まったのを見て、僧侶は歪んだ笑みを浮かべた。


「あの魔族の手先め、教会の権威の前に恐れをなしたか! さあ皆の者、惑わされるな! この哀れな紙屑をすべてかき集め、神の炎で浄化するのだ!」


 僧侶が勝ち誇ったように宣言し、群衆が戸惑いながらも足元の書類を拾い集めようとした、その時だった。


「――いいえ。その書類はすべて『本物』です」


 広場の喧騒を、澄み切った鈴を転がすような声が凛と切り裂いた。


 上空の拡声器からではない。

 群衆の波を静かに割って、広場の中央へと歩み出てきた 1人 の少女がいた。


 雪のように白い髪に、深い慈愛を湛えた若草色の瞳。

 かつて『聖女候補』として神殿の奥深くで祈りを捧えていた少女。

 しかし今の彼女は、神殿の窮屈な法衣ではなく、エマと同じスレート・グレーの『特務監査局』の制服を身に纏っていた。


「ア、アリア……!?」


 僧侶と魔法使いが、信じられないものを見るように目を見開く。


「なぜ、お前がここにいる! 神殿から逃げ出した、ただの落ちこぼれが……!」


「……逃げ出したのではありません」


 アリアは、かつて神殿中枢で顔を合わせていた彼らからの蔑みの視線を正面から受け止め、静かに首を振った。


「私は、貴方たちの腐敗した帳簿を正すため……ギルドの内部監査官として、ここに配属されたのです」


「なっ……内部監査だと!?」


 僧侶の顔から、一気に血の気が引いた。

 アリアの言う通りだった。彼女は戦闘能力こそ低かったが、神殿内部のあらゆる文書を管理し、祈りの言葉を紡ぐ書記官としての能力は、歴代の聖女候補の中でも群を抜いていた。


 だからこそ彼女は、英雄として神殿を訪れる彼らの歓待費や、彼らが持ち込む闇の資金を、祈りの言葉に偽装する作業を強要され、その腐敗の深さに絶望したのだ。


 はるか上空の飛行船から、エマの無機質な声が響く。


『独自暗号を用いた、監査拒絶のための隠蔽工作。……古典的ですが、外部からの強行解読には多大な労力がかかります。よって、本件は神殿の内部構造を熟知した専門の監査官に一任します。……アリア、貴女の管轄です』


「はい、エマさん」


 アリアは上空に向かって優雅にお辞儀をすると、呆然とする僧侶に向き直った。


「貴方たちの言う『神聖暗号』。祈りの言葉の裏に、別の意味の文字を隠す暗号技術。確かに、外部の人間には決して解読できない、強固な壁でしょう。ですが、その独占的な仕組みこそが、最大の不備(エラー)を招くのです」


「そ、そうだ! お前が元聖女だろうと、高位の神官しか知らない現在の解読の符牒が分かるはずがない! でたらめを言えば、神罰が下るぞ!」


 僧侶が虚勢を張って怒鳴るが、アリアの若草色の瞳には、悲しいほどの静寂が広がっていた。


「解読の法則なら、すでに特定済みです。……貴方たちは、毎月の『大聖堂の修繕費』という架空請求の額を、そのまま秘匿の合言葉に設定していましたから」


「な……っ!?」


 僧侶が弾かれたように、自らの懐に手を入れる。

 そこには、彼が絶対に手放さない「神聖な祈祷書」――すなわち、勇者パーティと神殿の裏金がすべて記された公式の裏帳簿が収められていた。


「では、答え合わせをしましょう」


 アリアは静かに目を閉じ、胸の前で両手を組んだ。

 それは、かつて彼女が強要されながらも、痛む心で捧げていた神聖な祈りのポーズだった。


「聖典・第4章3節。『光は闇を払い、貧しき者にパンを与えん』」


 アリアの透き通るような声が、広場に響き渡る。

 それは誰もが知る、慈愛の聖歌だった。しかし、アリアはその美しい歌声に乗せて、信じられない言葉を紡ぎ出した。


「――この一節に隠された、神聖暗号の真の解読結果。……『西区の土地買収工作費用、 150,000ゴールド。担当、財務卿』」


「や、やめろ……!」


「聖典・第4章8節。『迷える子羊を導き、その身を清めよ』。……解読結果。『大聖誕祭・演出用魔導具の中抜き利益、 32,000ゴールド。勇者アレクサンダー個人口座へ送金』」


「やめろぉぉぉッ!!」


 僧侶が絶脳し、懐から祈祷書を引き抜いて引き裂こうとした。

 しかし、その手首は、背後に立つヴォルフの丸太のような腕によって、あっさりと掴み上げられた。


「痛ッ、ああっ!?」


「動くなよ、生臭坊主。……お前らの神様への懺悔は、まだ終わってねえんだからよ」


 ヴォルフは僧侶の懐から裏帳簿を抜き取ると、それをアリアへと放り投げた。

 アリアはそれを受け取り、自らの私腹を肥やすために、神の教えすらも道具に堕とした者たちを、静かに見据えた。


「神聖な教えを盾にして、市民を騙し続けた罪。……元聖女として、そして特務監査局の内部監査官として、私がすべて翻訳させていただきます。監査報告を開始しましょう」



■査定員エマの業務日誌:今回の用語解説


【神聖暗号(隠蔽工作)】

第三者が理解できない独自の暗号を用いて情報を隠蔽し、正当な実地監査(アセスメント)を拒絶する手口。情報の不均衡を悪用した極めて古典的な詐欺手法です。外部から力ずくでこじ開けるのは多大な原価(コスト)がかかるため、内部構造を熟知した者による告発が最も有効な特効薬となります。


【内部監査官アリアの役割】

彼女は神殿が用いる装飾された言葉から、純粋な横領額という数字を正確に抽出し、翻訳する能力に長けています。かつては勇者を癒やすための聖女でしたが、現在は腐敗した組織の腫瘍を正確に摘出するための、極めて優秀なメスとして機能しています。



【監査報告】

複雑に偽装された情報を整理し、最終的な監査結果として対象や大衆へ突きつける業務工程。アリアによる翻訳は、神殿が積み上げてきた嘘という負債を確定させるための、決定的な一撃となります。



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