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「きゃー」
辺境領主の新妻であるリリーは、可愛らしい悲鳴を上げます。
髪に虫がついていたのです。
辺境領主ダイファンが、その虫を取ります。
「ありがとうございます。私のたのもしい旦那様」
その一時間後、リリーは辺境領主ダイファンがいない場で、たのもしく胸を張る。
「領地監査なんて、私に任せなさい」
ダイファンの叔父と解雇されて新しくなった料理長とメイド長と警備長が、感心して声を上げる。
「中央からの監査人がいちゃもんをつけてきたら、私が辺境領をなめないでくださいと言ってやりますわ」
そして、やってくる中央からの監査人。
「ぎゃー」
汚らしい悲鳴を上げるリリー。
「せ、先輩、何でここに?」
先輩と呼ばれた中央からの監査人は、リリーの腕を後ろ手で捻り上げながら、リリーに言った。
「辺境領なめんな」
「いたたたたたた。痛いです。ロールリック先輩」
「痛くしているんだよ」
王国において伯爵令嬢は、王国に奉仕する者であり、王国関係の多大な仕事をやるためにとんでもない体力が必要になる。そのため、幼い頃より、スポーツもしくは武術の指導を受けることが義務つけられている。
ロールリック伯爵令嬢は、リリーと同じ格闘道場の生徒で、試合でも練習でもリリーが勝てたことはない。
「おまえ、俺の領地がなんて言われているか知っているよな?」
「いたたたたたた。ちゃんとしている方の辺境領です」
「そうだよな。なら、ちゃんとしていない方の辺境領があるってことだよな。それはどこだ?」
「ここです。うちの辺境領です。いたたたたたたた」
「お前の所は先代領主が急死して子供が継いだから中央から優遇されまくっているのに、なんでこんな体たらくなんだよ。危機感持てよ」
「ロールリック先輩こそ、自分の領地管理がいそがしいからって、いつも監査役の仕事は断っていたじゃないですか」
「モリシア様に妹を頼むと言われたら断れるわけないだろうが。それよりも、おまえ、まさか、虫が怖くて触れられないんですとかやってないよな?」
「いやだな、先輩。そんなことやるわけ・・・あだたたたたた。やりました。でも、しょうがないじゃないですか。いままで殿方とおつきあいしたことないから、ダイファン様の顔を見るたびに舞い上がって、あざとい女とかの行動しちゃんですよ。内心パニックなんですよ」
「領内三周」
先輩の命令で、リリーは外へ飛び出していく。
リリーが領内を走っている間も、領地監査は続けられる。
「食料自給率も悪い。財政状態も悪い。医療体制も悪い。その他、もろもろ悪いところだらけ。でも、リリーの奴が徹底して不良人員を排除したから、ちょっとずつ改善できるでしょう。ここは言っちゃなんだけど緩くてもなんとかなる場所だから、このまま改善させていく方向でいいです」
最低ラインだが合格をもらったダイファンの叔父はほっと気を緩ませる。
「ただし、このままだと詰むポイントがたくさんあるので、あなたに対処してもらいます」
ロールリック伯爵令嬢の言葉に、気を引き締めなおすダイファンの叔父。
「私がですか?」
「ええ。リリーはこの短期間で最善手を行ったと思います。ただ、領主運営は代々続く経験が重要です。ここは先代領主の急死で、それが途切れてしまった。まずは、中央との交渉の仕方を。ここの辺境地は中央への要望が極端に少ないですよね」
「それはいままで要望を出しても、却下されまくったので」
「交渉のやり方があるんです。一番最近で却下された案件は?」
「この領地に盗賊団が根城を作ったのですが、討伐を依頼したら自分たちでなんとかしろと」
「まだ盗賊団はいるのね?」
「はい。大きいとは言えない領地なので、討伐したときにこちらに被害がでると、大事でして」
「わかるよ。一人でも大怪我でもしたら、予算が圧迫されるよね。だからこそ、中央をうまく使うのよ」
ダイファンの叔父に案内され、ロールリック伯爵令嬢は盗賊団の根城を遠くから観察する。
「ほら、あれ。盗賊団のやつら、禁止されている魔法武具で武装しているでしょう。魔法関係は全て魔法省の管轄。奴らが禁止されている魔法器具を持っていることを報告すれば、魔法省が対処してくれるわ。仮に、やつらが持ってなくても、持っているかもしれないと報告する手もある」
ロールリック伯爵令嬢の言葉通りに、魔法省はすぐに対処にやってくる。
王国において、魔法武具の取り扱いは制限されており、違法に所有することは重罪である。
魔法省のトップ自ら足を運んでくる。
氷の魔女。
その異名で知られる魔法省のトップは、噂通りに表情の変化がほとんどなく魔法の技量は王国一だった。
盗賊団の根城に正面から名乗り、降伏勧告をしたのち、従わない盗賊団に魔法を発動させる。
一瞬だった。
完全武装し攻撃開始直前の十二人もいる盗賊団の手と足と武器が氷漬けになり、脅威を無効にさせる。
「おい。氷の魔女。聞いてくれ!」
中央の役人に引っ立てられようとした盗賊団のボスが叫ぶ。
「あんた、こっちの世界にこないか?あんたなら何だってできる。どんな贅沢三昧もできる。気に食わねえ奴は片っ端から踏みつぶせる。ルールを破るだけでそれが可能になるんだ。国が作った勝手なルールなんか守る必要なんかないだろう」
「・・・」
氷の魔女は、その評判通り無表情になる。
「助かりたいだけで、こんなこと言っているんじゃねえんだ。もったいないじゃねえか。それほどの力を持っていて、国からこんなドブさらいのような仕事をさせられて。俺達の仲間になれば、いや、俺達の頭になってくれ」
無表情のまま、氷の魔女は盗賊団のボスに頭を下げた。
「お誘い、ありがとうございます。ですが、お断りします。私はルールを守る方が性に合ってます」
「なんでだ!法律さえ破れば、どんな高価な宝石だろうが手に入るしハーレムだって作れる」
「あいにく、私は宝石もハーレムも興味がありません」
「おまえ、何が楽しくて生きているんだ。そんな人生で満足なのか?」
氷の魔女が年に一度はっちゃけることを、盗賊団のボスは知らない。
「私は自分の人生に満足してます。それは、年に一度募金をしているからですよ」
「なんだって?」
「年に一度、私は恵まれない人のために募金をしてます。食事代ほどの金額ですが。私は毎日胸を張って生きていくことができます。死ぬときも、募金をしたことで満足して死ねるでしょう。あなたもやってみませんか?」
「馬鹿馬鹿しい」
「私に賭けてみませんか?一度、犯罪ではなくまっとうに働いたお金で、募金をしてみてください。私が正しければ、あなたは大いなる満足を手に入れることができる。私が間違っていたら、私の馬鹿さ加減が証明される。どう転んでもあなたにデメリットはない」
盗賊団のボスは押し黙る。
その様子を、魔法省の新人が見ていた。
この盗賊団のボスがどんな選択をするのかはわからない。だが、魔法省の新人は知っていた。過去に同じように賭けを持ちかけられた犯罪者の何人かが、それ以後犯罪をせずに他人への寄付を続けていることを。
「私達のトップは素敵な人ですね」
年に一度のはっちゃけをまだ知らない魔法省の新人は言った。
「そうね」
知っている先輩は曖昧に微笑む。




