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さえないおっさん魔術師は役不足と初心者パーティーを追放される  作者: 水源


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第5話 スナイパーに狙われるおっさんは間違いなく魔術師である

 ――神界。


 白き神と黒き神は。


 深刻な顔で地上を見下ろしていた。


『……駄目だ』


『何がです?』


『アークメイジでも駄目だった』


『そうですね』


『魔術の頂点に立つ者ですら、あれに蹴り飛ばされた』


『そうですね』


『ならば』


 黒き神が腕を組む。


『もう正面から戦うのはやめよう』


 白き神も頷いた。


『賛成です』


『接近戦は駄目』


『ええ』


『魔術戦も駄目』


『ええ』


『罠も駄目』


『ええ』


『では』


 黒き神が。


 ゆっくり顔を上げた。


『近づかなければいい』


『……なるほど』


『遠距離だ』


『それしかありませんね』


 二柱は頷き合う。


 そして。


『あいつを――』


『狙撃しましょう』


 こうして。


 新たな刺客が選ばれた。


 その名は――。


 ゴルゴ。


 必殺スナイパーゴブリン。


 ゴブリンの中でも極めて長い射程と、驚異的な命中精度を誇る男である。


 気配遮断。


 遠距離観測。


 風向。


 風速。


 気温。


 湿度。


 標的の移動速度。


 地形。


 射角。


 すべてを計算し。


 最後に。


 ――必ず一発で仕留める。


 それが彼の信条だった。


『今回はさすがにいけるだろう』


『ええ』


『接近する必要もない』


『ええ』


『蹴りようもない』


『そこが重要です』


 二柱の神は。


 今度こそ勝利を確信していた。


 ――この時までは。


 ――その頃。


 山の中。


「ふっ!」


 ドズンッ!


 巨大な岩が地面に落ちた。


 ドレヴァンツは、今日も修行中だった。


 巨大な岩を抱え。


 片足で立つ。


「……ふう」


 ゆっくりと岩を下ろす。


「だいぶ安定してきましたね」


 本人は満足そうだった。


 だが。


 ドレヴァンツ自身は気づいていない。


 その身体から。


 ほんのわずかに――光のようなものが漏れ出していることに。


 本人にとっては、ただの修行の成果。


 しかし。


 山の動物たちにとっては、違った。


 鳥が飛び立つ。


 獣が逃げる。


 近くにいた魔物ですら、理由も分からないまま距離を取っていく。


「……?」


 ドレヴァンツは首を傾げた。


「今日は動物が少ないですね」


 それだけだった。


 まさか。


 自分の中から漏れ出している力が原因だとは思わない。


 そして――。


 数日後。


 一匹のゴブリンが山へやって来た。


 ゴルゴ。


 必殺スナイパーゴブリンである。


     ◆


 ――狙撃。


 ヒュッ!


 矢が飛んだ。


 距離は二千メートル以上。


 風向き。


 風速。


 湿度。


 標的の移動速度。


 すべて計算した上での一撃。


 狙いは額。


 外す理由などない。


 ――はずだった。


 パシッ。


「……?」


 ドレヴァンツが、飛んできた矢を掴んだ。


「…………」


 ゴルゴは固まった。


「……馬鹿な」


 狙撃手としての経験が告げている。


 今のは偶然ではない。


 間違いなく。


 この男は――。


「……化け物か」


 だが。


 ゴルゴはそこで、別のものを見つけた。


 ドレヴァンツの身体を包む。


 淡い光。


 魔力とは違う。


 生命力とも違う。


 もっと原始的で。


 もっと強烈な何か。


「……小宇宙?」


 なぜ、その言葉が出てきたのか。


 ゴルゴ自身にも分からなかった。


 だが。


 確かに見える。


 ドレヴァンツの身体から、力が漏れ出している。


「小宇宙……?」


 ドレヴァンツが首を傾げた。


「はい」


「知らないのか?」


「何でしょう、それは?」


「お前の身体から出ている力だ」


「私の……?」


 ドレヴァンツは自分の手を見る。


 すると。


 指先に。


 ほんの一瞬だけ、淡い光が灯った。


「…………」


 ドレヴァンツが目を見開く。


「これですか?」


「そうだ!」


 ゴルゴが叫んだ。


「それこそが小宇宙だ!」


「なるほど……」


 ドレヴァンツは、しばらく自分の手を見つめた。


「私が以前から感じていた力は……これだったのですね」


「以前から?」


「はい」


 ドレヴァンツは頷く。


「修行をしていると、身体の奥に妙な力があるのは感じていました」


「…………」


「ただ、使い方が分からなかっただけです」


「…………」


 ゴルゴは絶句した。


 つまり。


 こいつは。


 小宇宙を今まで使っていなかった。


 にもかかわらず。


 あれほど強かったということか。


「…………」


 ゴルゴは思った。


 ――嫌な予感しかしない。


     ◆


 そして。


 神界。


 白き神と黒き神は。


 地上を見下ろしていた。


『……待て』


『はい』


『あいつ、もともと小宇宙を持っていたのか?』


『どうやら、そのようですね』


『では』


 黒き神が眉をひそめる。


『我々がやったのは?』


『……使い方を教えただけです』


『…………』


『つまり』


『…………』


『封印されていた力の使い方を教えた?』


『そういうことになります』


『…………』


『……まずかったですね』


『非常にまずいです』


 だが。


 時すでに遅し。


 地上では。


「では」


 ドレヴァンツが拳を握っていた。


「私も燃やしてみます」


『待て!』


     ◆


「小宇宙――」


 ドレヴァンツが息を吸う。


「全開!」


 ゴオオオオオオオオオオ!


「…………」


 ゴルゴの顔から血の気が引いた。


 ドレヴァンツの身体から噴き上がった小宇宙は。


 ゴルゴの想像を遥かに超えていた。


 山が震える。


 木々が揺れる。


 雲が割れる。


「なぜ……」


 ゴルゴは呆然と呟く。


「なぜ俺より大きい……?」


「そうなのですか?」


「俺は何十年も修行したんだぞ!」


「私も修行しています」


「どんな修行を!」


「岩を持ち上げたり」


「…………」


「山を走ったり」


「…………」


「魔法を蹴ったり」


「…………」


 ゴルゴは黙った。


 そして悟った。


 ――比較する相手を間違えていた。


     ◆


 だが。


 ゴルゴも狙撃手の端くれである。


 ここで引くわけにはいかない。


「ならば!」


 弓を構える。


「俺の最大奥義を受けろ!」


 小宇宙を一点に集中。


「必殺――!」


 ギリギリギリッ!


「ゴルゴ・アロー!」


 ヒュッ!


 矢が飛ぶ。


 ドレヴァンツは。


「……」


 片手を前へ。


 パシッ。


 また掴んだ。


「…………」


 ゴルゴは沈黙した。


「凄いですね」


 ドレヴァンツは矢を眺める。


「この矢にも力が込められています」


「…………」


「私も弓を使ってみたいです」


「…………」


 ゴルゴは空を見上げた。


「神よ……」


「はい?」


「なぜ俺にこんな試練を……」


     ◆


 神界。


『…………』


『…………』


 白き神と黒き神も沈黙していた。


『我々は狙撃手を送り込んだだけだよな?』


『そのはずです』


『なのに、なぜこうなった?』


『……分かりません』


『もうゴブリンを送るの、やめないか?』


『私もそう思います』


     ◆


 しかし。


 ゴルゴは知らなかった。


 この男には。


 狙撃手として、もう一つの特技がある。


 ――読唇術。


 遠距離から標的を観察するため、磨き上げた技術だ。


 数千メートル離れていても。


 口元さえ見えれば。


 何を喋っているのか分かる。


 そして今。


 ゴルゴは山の上から、ドレヴァンツを観察していた。


「…………」


 望遠具を覗く。


 ドレヴァンツが何かを話している。


「…………」


 ゴルゴは口元を読む。


「小宇宙――全開」


「…………」


 ドレヴァンツが右足を引いた。


「まずは音速で……」


「…………」


 ゴルゴの眉が動く。


「蹴ってみましょう」


「…………」


 ゴルゴは望遠具を下ろした。


「……音速?」


 もう一度見る。


「音速で」


「…………」


 聞き間違いではない。


「まさか……」


 ドレヴァンツが構える。


「小宇宙を足に集めて――」


 次の瞬間。


 ドォンッ!


 衝撃波が山を走った。


 木々が一斉に揺れる。


 地面が抉れる。


 そして。


 遅れて爆音が響いた。


「…………」


 ゴルゴは呆然とした。


「今のが……音速?」


 ドレヴァンツは自分の足を見る。


 そして。


 口元が動いた。


「なるほど」


「…………」


「これなら、もう少し速くできそうですね」


「…………」


 ゴルゴの顔が引きつる。


「待て」


 ドレヴァンツが、もう一度足を引く。


「次は――」


 ゴルゴは読唇する。


「光速で」


「…………」


 望遠具を下ろす。


「聞き間違いだ」


 もう一度見る。


「光速で」


「…………」


 間違いではない。


 ドレヴァンツは。


 本気だった。


「いやいやいやいや!」


 ゴルゴが叫ぶ。


「無理だろ!」


 だが。


 ドレヴァンツは聞いていない。


「もっと速く」


 小宇宙が膨れ上がる。


「もっと」


 空間が歪む。


「もっと――!」


 そして。


 足が動いた。


 ――。


 一瞬。


 世界が白くなった。


 音すら遅れてやってくる。


 ズドォォォォォォォォォン!


 遥か彼方の山が。


 消し飛んだ。


「…………」


 ゴルゴの手から。


 望遠具が落ちた。


「……光速」


 呆然と呟く。


「本当に……光速で蹴った……」


 一方。


 ドレヴァンツは。


「おお」


 満足そうだった。


「先ほどより、少し速くなりましたね」


「…………」


 ゴルゴは。


 もう何も言えなかった。


     ◆


 神界。


『…………』


『…………』


『光速』


『はい』


『さっきまで音速だったよな?』


『はい』


『どうしてこうなった?』


『小宇宙を教えてしまったからでは?』


『そうだった……』


 黒き神が頭を抱える。


 そして。


 ふと気づいた。


『待て』


『はい』


『あのゴブリン』


『ゴルゴですか?』


『あいつ、読唇術で全部見ているぞ』


『…………』


 二柱が地上を見る。


 ゴルゴは。


 青ざめた顔で望遠具を覗いていた。


「もっと速く……」


「…………」


「もっと強く……」


「…………」


「もっと遠くへ……」


「…………」


 ゴルゴは。


 ゆっくり望遠具をしまった。


「……もう帰ろう」


 だが。


 その瞬間。


 ドレヴァンツがこちらを向いた。


「?」


「…………」


 ゴルゴの背筋が凍る。


 ドレヴァンツの口元が動いた。


「ゴルゴさん」


「…………!」


 読唇する。


「まだそこにいるんですね」


「…………」


 バレていた。


 ゴルゴは、ゆっくり弓を背負う。


「……見つかっていたのか」


 ドレヴァンツが笑った。


 そして。


「せっかくですから」


「…………」


「もう一度、弓について教えていただけませんか?」


「…………」


 ゴルゴは。


 しばらく黙っていた。


 やがて。


「……分かった」


 弓を取り出す。


「教えてやる」


「ありがとうございます!」


 こうして。


 必殺スナイパーゴブリン・ゴルゴは。


 敵であるはずのドレヴァンツに。


 弓術を教えることになった。


 ――ただし。


 この男が。


 後にどれほどの速度で矢を放つことになるのか。


 この時点では。


 まだ誰も知らない。


 神々を除いて。


     ◆


 そして。


 神界。


『…………』


『…………』


 白き神と黒き神は。


 そっと地上から視線を逸らした。


『……もう、見ないほうがいいな』


『ええ』


『絶対に』


『ええ』


     ◆


 その頃。


 地上では。


「小宇宙――全開!」


 ドレヴァンツが。


 また足を引いていた。


「今度は――」


 ゴオオオオオオオオオ!


「さらに速く!」


 ――ドォォォォォォォォォン!


 山が。


 また一つ。


 吹き飛んだ。


     ◆


 神界。


『…………』


『…………』


 白き神と黒き神は。


 無言で顔を見合わせた。


『ゴブリンを送り込むのは』


『もうやめましょう』


 二柱の意見は。


 珍しく。


 完全に一致していた。


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