第2話 おっさんは間違いなく魔術師である
ゴブリン。
それは邪悪で人間に害をなすとされる(以下略)。
ゴブリンエターナルチャンピオンが発生したことで人類の人口は大きく減るはずであった。
しかし自称足技の魔術師の勘違いなどによりゴブリンエターナルチャンピオンなどはほぼ人目に触れずに消滅してしまった。
人間や亜人を管轄する白き神と魔獣や妖魔などを管理する黒き神はお互いに均衡を保つ程度にその勢力を削り合っていたのだが、黒き神の勢力はこれにより大きくそがれてしまった。
”こうなっては異世界からのチート召喚をするぞ”
”うむ、それも致し方なし”
人などが増えすぎても良くない状況に陥る。
そう考えた二柱の神は”イカサマ”を実行したのだった。
単体では本来大した強さでないゴブリンでも時には高い戦闘力や統率力をもつ個体が現れる。
しかし今回は異世界より召喚されたLV999のチーレムゴブリンであり、下手すればその存在は世界を破滅に導きかねないものであった。
「ゴブリンからのチーレムとは……くくく面白い」
・・・
ゴブリン退治で役不足と言われパーティから追放されたドレヴァンツは山の中で孤独に鍛錬を行っていた。
「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ、ふっ、ふっ、ふっ、ふっ、ふっ」
今は重さ2トンほどの岩を頭上に抱えあげてのスクワットで下半身の維持強化の最中である。
医学的な観点から人間が持ちあげられる限界は500kgまでとされ、それ以上の重量は腕の骨の強度が耐えられず、骨が折れてしまうとされる。
そしてあくまでも骨の強度が足りなければであるということは骨の強度さえ足りればもっと重いものを持てるということだが、彼は骨をカルシウムからタングステン合金に置き換えることで骨の強度をカバーしていた。
スクワットを百回ほど行ったあと彼は岩を下ろして一息ついた。
「ふー、そろそろゴブリンと戦っても役不足といわれない程度にはなりましたかね。
よし水上ダッシュもやっておきましょう」
人間の世界最速レベルの速さのスプリンターが全力の時速45km程度で走っている場合に足にかかる負荷は30%程度で実はまだまだ余裕がある。
人間は骨がカルシウムのままでも脳のリミッターをカットすれば理論上は時速64km程度の速度は出せるのである。
そして人間が水上を時速108㎞ほどの速度で走れば人間は水上を走り続けることが理論的には可能である。
「行きましょうか。
うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
そしてドレヴァンツは高速で地面を駆け抜けそのまま水上に到達して速度を維持したまま川の水面を駆け抜けることで端から端までを走り抜けた。
「ふう、よしうまくいきましたね。
そろそろゴブリン退治に再チャレンジじても良い頃でしょう」
彼はエネルギー消費を極力減らすために活動する筋肉の量を最低限まで落とし、タングステン合金より遥かに軽いカルシウムに骨格を戻すことでヒョロっとした魔術師のスタイルへ戻ったのだった
・・・
そして、サルーンに今日も一枚の張り紙が張り出された。
”ゴブリンに村の家畜がおそわれています。
とても数が多いです、どうか早く助けてください”
辺境の小さな村がゴブリンにおそわれている。
しかも、2度初心者パーティを送り込んだが、どちらも全滅したらしい。
「ゴブリン退治か、しかしゴブリンは結構な数らしいな」
ゴブリン退治は確かに初心者向けの薄利なミッションである。
だが人間の盗賊や狼の群れでも統率力のあるリーダーが多数の部下を率いれば国家レベルの危機となる場合もあるように、ゴブリンの群れも数が増えれば村どころか小都市を壊滅させることもある。
張り紙の褒賞金の金額は上がっていた。
もしこれ以上失敗してはサルーンの悪い噂も拡がってしまう。
多くの人間を集めてゴブリンを討伐しなければならない。
「誰かゴブリン退治をしてくれませんかー」
サルーンのマスターが皆にそう声を掛けるとぼちぼちと手を挙げる者が出た。
そしてそれにドレヴァンツも手を挙げた。
「ゴブリン退治ならぜひ!」
白いローブにヒョロっとした体躯のうだつの上がらなそうな30代から40代位に見えるおっさんが勢い込んでそういうことに周りはやや苦笑もしくは失笑気味だったが、今は一人でも手が欲しかった。
「数の多いゴブリン退治なんだけど大丈夫かい」
「大丈夫です。
私は以前火炎弾の魔法しかまともに撃ち出すことができませんでした。
ですが今は少し威力の強い魔法も使えるようになりましたから!」
その言葉を聞いて周りに生暖かい空気が拡がっていく。
まあそれでもいないよりはマシとゴブリン退治のパーティに彼は加えられた。
「ああ、じゃあ魔術師のおっさんこれからよろしくな」
「ええ、よろしくおねがいします」
討伐隊は全部で20人ほどになったがそれを4人ずつ5組に分けられた。
ドレヴァンツと一緒の組はやはり新米であまりなれた感じのない若者たち。
革の鎧を着込んだ戦士が二人に弓を背にする斥候と言うチームだ。
そして今回は急ぐため幌馬車で依頼先の村への移動だ。
「幌馬車に乗れるなんて運が良かったなー」
「ああ、全くだぜ」
二人の戦士がそういうと斥候がドレヴァンツに話しかけた。
「おっさんなんかは歩くの大変だろうしほんと良かったな」
「そうですね、急いでるわけですし、馬車が使えたのは幸運でした」
村についた討伐隊一行は最も熟練したものが代表として村長の家におもむいた。
農作物は荒らされ放題、家畜はすべて連れ去られてしまったらしい。
人間に被害を出さないために家畜をわざと連れ去りやすい状況においていたようではあるが。
村で確認されているゴブリンの数は20匹程度であることを確認し、すぐさま一行はねぐらがあるとおもわれる森の中へと足を踏み入れた。
「君たちはとりあえずは戦いに加わらず、村との伝令役をやってくれればいい」
熟練の宿無渡鳥で今回のリーダー役の中年男性がドレヴァンツたちに言った。
「あ、はい、わかりました」
熟練した斥候がゴブリンの足跡を追跡しながら森の奥へ進んでいく。
そして、10匹ほどのゴブリンと森のなかで鉢合わせた。
「GYAOOOOOOOOO!」
「よし、数はこちらのほうが多い、包囲して皆殺しにずるぞ」
熟達の戦士が剣を抜いてゴブリンに斬りかかろうとするがゴブリンたちは武器などを投げ捨てて慌てて逃げ出した。
「追いかけて巣穴のゴブリンごと皆殺しにするぞ!」
「おおっ」
「君たちは念のためゴブリンが捨てた武器を回収してくれ」
彼らはゴブリンを追いかけて森の奥へ入っていった……。
「わかりました」
そして新米組は指示に従って10匹のゴブリンが落としていった錆びついたナイフや石斧などを回収していた。
そして森の奥から”うわああー””ぎゃー!”という絶叫が響き渡った。
ドレヴァンツたちが森の奥へ進むと少し開けた場所で周囲から一斉に放たれた矢により深手を負ったらしい他の冒険者たちが死屍累々と横たわっていた。
「ははは、たわいない。
逃げたのが偽装とも気が付かず不用心に突っ込んでくるとは」
そこにいたのは体の一回り大きいゴブリンであった。
「聞いたことがあります、ゴブリンのなかにはホブゴブリンと云う体が大きくその分強いものもいるということを」
「いやいや、俺はただのホブゴブリンじゃない。
神様によって召喚された異世界チーレム主人公ゴブリンだ」
そして異世界チーレム主人公ゴブリンは剣を抜いてドレヴァンツに襲いかかった。
「おっさん!危ない!」
ドレヴァンツがブツブツと小さく何かをつぶやいた。
「なるほど相手がホブゴブリンであればこちらも相応に対処いたしましょう。
活動筋力50%開放……反射神経増幅……骨組織置換」
「シねぇ!」
異世界チーレム主人公ゴブリンの剣がドレヴァンツを捉えたかに見えたその瞬間。
”ズン”
なにか重たいものが柔らかいものへ突き刺さるような音があたりに響く。
「ぐぼぉわああああああああああああ!」
異世界チーレム主人公ゴブリンの腹にドレヴァンツのヤクザキックが炸裂し、異世界チーレム主人公ゴブリンは吹き飛ばされて木をなぎ倒してやがて止まった。
「ば、ばかな、おれはレベル999だ……ぞ」
「レベルとやらが何を意味するかわかりませんが、私の足技は地道な訓練の賜物です」
「な、ならば、技能奪取だ!その力もらった」
「ん?」
「な、なぜ奪取できない?」
「それは地道な訓練の賜物だからです。
よくわかりませんがみただけで真似をできるとかそんなことは無理ですよ。
まだまだ駆け出しとはいえ足技の魔術師と云われた私を侮ってもらっては困ります」
「ならば、魔法で! ファイヤーブラスト!」
「ふむ、では、そちらもお見せいたしましょう。
火球生成……」
ドレヴァンツの手のひらの中に真っ赤な火球が生まれた。
それを彼はすっと下に落とすとブンと足を大きく振り上げ呪文を唱えた。
「火球よ……もっともっと、熱くなれよおおおおおおおおおおおお!
ネオファイヤーーーーーーーーーーーーー!」
そして超高速で振り下ろした足の断熱圧縮による熱と”熱くなれよ!ネオファイヤーーーーーーーーーーーーー”という暑苦しい想いのこもった呪文により炎の色が赤(摂氏800度くらい)から黄色みを帯びた白になり、さらに青みがかった白(摂氏7000度以上)に到達しそれはものすごい勢いで蹴られ投射された!
それは異世界チーレム主人公ゴブリンのはなったファイヤーブラストを飲み込み、異世界チーレム主人公ゴブリンも焼き尽くすかと見えた。
「この程度止めてみせるぞ」
異世界チーレム主人公ゴブリンはドレヴァンツのファイヤーショットを素手で受け止めた。
「くっ、私のネオファイヤーショットが止められるとは……」
「よし! 威力を上乗せして……返すぞ!」
異世界チーレム主人公ゴブリンは受け止めたファイヤーショットに更に炎の魔法を上乗せしてドレヴァンツへと投射した!
「技はいずれ破られるもの、このときに備えて新たに生み出した技を今試すときです!」
ドレヴァンツは異世界チーレム主人公ゴブリンから投射された炎を上空高く蹴り上げた。
「まずはいつもの100倍高く飛ぶことで威力は100倍!」
そして蹴り上げた炎を跳躍して追い越した後、空気を蹴って全身を高速回転させた。
「更にいつもの100倍高速回転することで威力は100倍!」
そして錐揉み回転しながら火球を両足でける。
「そして両足でけることで威力は2倍!
合計して威力は2万倍!
もっともっと、熱くなれよおおおおおおおおおおおお!トルネードファイヤーーーーーーーーーーーーー!」」
元々少し威力が上がって1万度に達していたファイヤーショットに異世界チーレム主人公ゴブリンの火炎魔法の上乗せで威力が2倍され2万度だったところを更に2万倍の威力になった火球は4百億万度に達し炎はマイクロブラックホールのプラズマである漆黒球電となって異世界チーレム主人公ゴブリンに襲いかかる。
そしてドレヴァンツの台詞に思わずつっこもうとする異世界チーレム主人公ゴブリン。
「いやちょっとまて! それはおかし……」
そこまで言いかけたところで異世界チーレム主人公ゴブリンは消滅した。
「さすがホブゴブリンは強敵でしたね」
しかしながら生成された漆黒球電はすぐさま消滅したため、ほかのゴブリンはぽかんとしていたが、そこを戦士や斥候と協力してドレヴァンツはゴブリンを倒していった。
そして逃げ出したものもいたものの、ある程度のゴブリンを倒したところでドレヴァンツはいった。
「ふう、こんな時のために新たな技を特訓しておいて正解でした」
そういうドレヴァンツに新米戦士は呆れたように言った。
「おっさんにはどうみてもゴブリン退治は役不足だとおもうぞ」
そう言われしゅんとうなだれるドレヴァンツ。
「そ、そうですか……いっぱい修行を積んだのですが……それは真に残念です」
ドレヴァンツはうなだれながら立ち去っていった。
「ホブゴブリン相手にネオファイヤーショット止められ、苦戦するようではやはりまだまだということでしょうか。
ならば今度は止められないようにしないといけませんね」
そしてドレヴァンツはまた山へ戻っていったのだった。
・・・
その頃の二柱の神
”なんなんだあれは?”
”バグ?”
思惑が外れたことにそれぞれ頭を抱えていたのであった。