↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
さえないおっさん魔術師は役不足と初心者パーティーを追放される  作者: 水源


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/17

平和な世界で魔王になってもおっさんは間違いなく魔術師である

 ――神界。


 白き神と黒き神は。


 ついに。


 最終結論を出そうとしていた。


 神殿のような静寂に包まれた空間。


 その中央には、地上を映す巨大な水鏡が浮かんでいる。


 映っているのは――。


 今日も元気に修行を続ける、一人のゴブリン。


 ……ではない。


 五百トンの岩を軽々と持ち上げる、ドレヴァンツの姿だった。


『……もう、駄目だ』


 黒き神が。


 深々と息を吐いた。


『ええ』


 白き神も。


 疲れ切った声で答える。


『ゴブリンでは勝てない』


『はい』


『オーガでも勝てない』


『はい』


『ケルピーでも』


『はい』


『アルティメットオーガを投入しても』


『はい』


 そこまで言って。


 二柱とも黙り込んだ。


 水鏡の向こうでは。


 ドレヴァンツが汗一つかかずに岩を持ち上げている。


『…………』


『…………』


 しばらく。


 誰も口を開かなかった。


 やがて。


 黒き神が、遠い目をする。


『一体、我々は何体送り込んだのだ?』


『考えるのをやめました』


『私もだ』


 白き神が小さく肩を落とす。


『これ以上は無理でしょう』


『そうだな』


『下手をすると』


 白き神が水鏡を見る。


 ドレヴァンツが。


「ふんっ!」


 巨大な岩を持ち上げた。


 ゴゴゴゴゴ……。


 大地が震える。


 周囲の木々がざわめく。


『……あの男が、こちらの想定を超える速度で強くなっています』


『ああ』


『これ以上、強い魔物を送り込むと』


『どうなる?』


『こちらの世界そのものが壊れるかもしれません』


『…………』


 黒き神は。


 長い沈黙のあと。


 ようやく決断した。


『……そろそろ、あの男を黒の側の力で倒すという発想自体を捨てませんか?』


『賛成だ』


 白き神が頷く。


『これ以上こちらの戦力を失っては、私の存在すら危うくなる』


『では』


『ああ』


 黒き神は。


 ゆっくりと立ち上がった。


『あれを――』


 その表情には。


 妙な覚悟があった。


『この世界から追放する』


『……別の世界へ?』


『そうだ』


『戦争もない』


『ゴブリンもいない』


『魔王もいない』


『勇者もいない』


『なるほど』


 二柱は。


 互いの顔を見た。


『そこなら』


『あの男も普通に暮らせるでしょう』


『そして我々も』


『ようやく安心できます』


 ――こうして。


 神々は。


 ドレヴァンツを。


 平和な別世界へ送ることにした。


 ・・・


 その頃。


 山の中。


 湿った土の匂いが漂っていた。


 風が木々の葉を揺らし。


 鳥の鳴き声が遠くから聞こえる。


 そんな静かな山中に――。


「ふんっ!」


 ドゴォン!


 凄まじい音が響いた。


 地面が震える。


 近くの小石が跳ねる。


 木の葉が一斉に舞い上がった。


 ドレヴァンツは。


 額に浮いた汗を手の甲で拭った。


 目の前にあるのは。


 巨大な岩。


 人間ならば見上げるほどの大きさだ。


 その重さは――五百トン。


「ふんんっ!」


 ドゴォォン!


 さらに持ち上げる。


 腕の筋肉が軋む。


 足元の土が沈み。


 靴の周りにひびが走った。


 だが。


 ドレヴァンツの表情に苦しさはない。


「よし」


 ゆっくりと岩を肩へ乗せる。


 ずしり。


 本来なら山ほどもある重量。


 それをまるで。


 少し重い荷物でも担ぐかのように扱っている。


「だいぶ軽くなってきましたね」


 ドレヴァンツは。


 真剣な顔で呟いた。


「次は千トンでしょうか」


 その時だった。


 足元から。


 青白い光が差し込んだ。


「……?」


 ドレヴァンツが首を傾げる。


 地面に巨大な魔法陣が浮かび上がっていた。


 幾重にも重なる魔法文字。


 眩い光。


 空気が低く唸る。


「これは……」


 ドレヴァンツは少し身を屈め。


 魔法陣を覗き込んだ。


「転移魔法ですか?」


 光が。


 さらに強くなる。


「また新しい修行場所へ行けるのでしょうか」


 期待に。


 ほんの少しだけ目を輝かせる。


「では、行ってきます」


 ドレヴァンツが軽く手を振る。


 次の瞬間。


 光が爆発した。


 風圧で草木が大きく揺れる。


 ――そして。


 ドレヴァンツの姿は。


 跡形もなく消えた。


 ・・・


 次に目を開けた時。


 そこにあったのは。


 澄み渡った青空だった。


「……」


 ドレヴァンツは。


 ゆっくりと身体を起こす。


 頬を撫でるのは。


 柔らかな風。


 草が波のように揺れている。


 遠くから。


 小鳥の鳴き声が聞こえた。


「……ここは」


 立ち上がる。


 目の前には。


 どこまでも続く緑の草原。


 遠くには。


 小さな街が見える。


 そのさらに向こう。


 丘の上には。


 大きな城が建っていた。


「…………」


 ドレヴァンツは。


 ゆっくりと辺りを見回す。


 魔物の気配はない。


 殺気もない。


 戦闘の痕跡もない。


 畑では。


 農民たちが作業をしている。


 街道では。


 荷馬車が行き交っている。


 子供たちが笑いながら走り。


 露店では店主が客と楽しそうに話している。


 誰も怯えていない。


 誰も剣を抜いていない。


 誰も空を警戒していない。


「なるほど……」


 ドレヴァンツは。


 小さく頷いた。


「ここが、平和な世界なのですね」


 その声には。


 心の底からの喜びが滲んでいた。


「素晴らしい」


 胸いっぱいに。


 ゆっくりと空気を吸い込む。


 穏やかな風。


 暖かな日差し。


 争いのない景色。


「これならば……」


 ドレヴァンツは。


 空を見上げた。


「ようやく、普通に暮らせそうです」


 その言葉に。


 どこか安堵したような響きがあった。


 なにしろ。


 ここには――。


 ゴブリンも。


 オーガも。


 魔王も。


 勇者も。


 いない。


 少なくとも。


 ドレヴァンツには。


 そう見えた。


 ・・・


 遠く。


 神界。


『よし』


 黒き神が。


 水鏡を見ながら呟いた。


『成功ですね』


『ああ』


 二柱は。


 ほっと胸を撫で下ろす。


『これで、ようやく終わった』


『はい』


 その時だった。


 草原の向こうから。


 一人の老人が全力で走ってきた。


 白髪を風になびかせ。


 杖を振りながら。


「魔王様ーーーッ!」


「……?」


 ドレヴァンツが振り返る。


「ようやく見つけましたぞ!」


 老人は。


 息を切らしながら駆け寄ってきた。


「我らが魔王様!」


「え?」


 ドレヴァンツは。


 自分の周囲を見る。


 誰もいない。


 もう一度。


「……魔王様?」


「はい!」


 老人は。


 嬉しそうに頷いた。


「魔王様!」


「…………」


 ドレヴァンツは。


 自分を指差した。


「私ですか?」


「もちろんです!」


 そして。


 老人は地面に膝をついた。


「お待ちしておりました!」


「…………」


 ドレヴァンツの胸に。


 嫌な予感が走った。


 ・・・


 この世界では。


 魔王がいないことが。


 長年の問題になっていた。


 かつて。


 この世界にも魔王は存在した。


 だが。


 何百年も前。


 勇者によって討伐された。


 それ以来。


 魔王が復活することはなかった。


 時が流れ。


 人間と魔族は。


 少しずつ争いをやめていった。


 国境に兵士が立つことも減った。


 交易路が開かれ。


 商人が行き交うようになった。


 町では。


 魔族と人間が同じ店で食事をすることさえ珍しくなくなった。


 世界は。


 長い年月をかけて。


 平和を手に入れていた。


 だが。


 一つだけ問題が残った。


 魔族国家の王位継承である。


「魔王がいないと困る?」


 ドレヴァンツは。


 老人の案内で歩きながら尋ねた。


「はい」


「なぜです?」


「我々の国は、代々魔王を頂点とする国家として続いてきたからです」


「なるほど」


「ところが先代魔王がお亡くなりになって以来」


 老人が深いため息をつく。


「後継者がおりません」


「……」


「何十年も待ちました」


「そうですか」


「ですが現れない」


 老人は。


 そこでふと顔を上げた。


「そこで」


「はい」


「我々は、古い神託を思い出したのです」


「神託?」


「はい」


 老人は。


 胸元に手を当てた。


「神殿に残されていた古い言葉です」


 そして。


 誇らしげに告げる。


「『次代の魔王は、最強の魔術師によって導かれる』」


「……」


「我々は長年、その意味を考えてきました」


「どう解釈したのです?」


「最強の魔術師が現れた時、その者こそ次代の魔王である、と」


「…………」


 ドレヴァンツは。


 嫌な予感が。


 ますます強くなるのを感じた。


「そして」


 老人が。


 ゆっくりとドレヴァンツへ顔を向ける。


「本日」


 指が。


 ドレヴァンツを指した。


「空から現れたあなた様を見たのです!」


「……」


「これほど強大な魔力を持つ者など、他にはおりません!」


「私は魔術師ですが」


「存じています!」


「人間ですが」


「問題ありません!」


「戦闘も……それほど得意ではありません」


 老人の笑顔が。


 ほんの一瞬だけ固まった。


「…………」


「どうしました?」


「い、いえ」


 老人は。


 すぐに笑顔を取り戻した。


「なおさら魔王様にぴったりでございます!」


「……?」


 ドレヴァンツには。


 やはり意味が分からなかった。


 ・・・


 そして。


 巨大な城へ案内された。


「こちらが魔王城です」


「……」


 ドレヴァンツは。


 首を大きく反らして見上げた。


 黒い石で造られた巨大な城。


 高い塔。


 鋭く尖った屋根。


 城門の両側には。


 魔族の兵士が立っている。


 だが。


 その兵士たちも。


 ドレヴァンツを見るなり。


 嬉しそうに笑った。


「魔王様だ!」


「ついに来てくださった!」


「本物だ!」


「…………」


 ドレヴァンツは。


 なんとも言えない顔になった。


 城の中へ入る。


 長い廊下を進む。


 扉が開かれる。


 その先には。


 巨大な大広間。


 中央には。


 豪華な玉座。


 壁には。


 歴代魔王の肖像画が並んでいる。


 そして。


 数百人もの魔族が。


 一斉にこちらを振り返った。


「――魔王様!」


 地鳴りのような声が響く。


 一斉に。


 跪く。


「…………」


 ドレヴァンツは。


 完全に固まった。


「いや、皆さん」


「はい!」


「私は魔王になった覚えがないのですが」


「これからおなりになるのです!」


「なぜ皆さんは納得しているのでしょう?」


「神託がございますので!」


「……」


 老人が。


 堂々と胸を張った。


「長年、我々は魔王を待ち続けてきました」


「はい」


「そして今日」


 老人が。


 感極まったように声を震わせる。


「神託に記された条件を満たす魔術師が、空から現れたのです」


「……」


「これ以上、疑う理由がございません!」


「なるほど……」


 ドレヴァンツは。


 なぜか妙に納得してしまった。


 神託。


 条件一致。


 長年の捜索。


 そして自分の転移。


 偶然が。


 あまりにも綺麗につながっている。


「……そういうことですか」


「はい!」


「分かりました」


「おお!」


 魔族たちの顔が輝く。


 だが。


「一つだけ」


「はい?」


「私は、魔王として何をすればいいのでしょう?」


「もちろん」


 老人が。


 嬉しそうに答えた。


「我々をお導きください!」


「……分かりました」


 その瞬間。


 魔族たちの歓声が。


 城中に響き渡った。


 ・・・


 その様子を。


 神界から二柱の神が見ていた。


『…………』


『…………』


 白き神の顔が。


 引きつる。


『……我々、そんな神託出しましたっけ?』


『出していない』


『ですよね』


『そもそも』


 黒き神が。


 額を押さえる。


『この世界に魔王が必要だとも思っていなかった』


『…………』


 二柱は。


 しばらく地上を見つめる。


 どうやら。


 この世界に残されていた古い神託と。


 ドレヴァンツの転移が。


 偶然にも噛み合ってしまったらしい。


『……まあ』


『はい』


『我々が決めたことではない』


『ですが』


 白き神が。


 小さくため息をついた。


『もう、あれを戻すわけにもいかないでしょう』


『同感だ』


『せっかく平和な世界へ送ったのですから』


『そうだな』


 二柱は。


 もう一度。


 地上を覗き込む。


『……少なくとも』


『はい』


『勇者に追われることはないだろう』


『たぶん』


『魔物に襲われることも』


『たぶん』


『なら問題あるまい』


『……問題があるとすれば』


 白き神が。


 遠い目をした。


『魔王になっていることくらいでしょうか』


『…………』


 二柱は。


 それ以上考えるのをやめた。


 ・・・


 そして。


 魔王就任初日。


 会議室。


 長い机を囲むように。


 大勢の大臣たちが座っていた。


 皆。


 期待に満ちた目で。


 玉座に座るドレヴァンツを見ている。


 ドレヴァンツは。


 居心地が悪そうに身体を動かした。


「魔王様」


「はい?」


「今後の侵略計画についてですが」


「侵略?」


「はい」


「どこかを攻めるのですか?」


「人間の王国を」


「……」


 ドレヴァンツが。


 ゆっくりと瞬きをした。


「なぜです?」


「魔王だからです」


「……」


「そして魔族とは、そのような存在なのです」


 ドレヴァンツは。


 窓の外を見た。


 遠くに。


 城下町が見える。


 畑。


 家。


 市場。


 子供たちの姿。


 兵士が巡回している。


「しかし」


 ドレヴァンツは。


 静かに言った。


「戦争は良くないと思います」


「…………」


 大臣たちが。


 一斉に顔を見合わせた。


「では」


 ドレヴァンツは。


 指を一本立てた。


「まずは農業から改善しましょう」


「…………」


「食料が安定すれば、戦争をする必要も減ります」


「…………」


「災害対策も必要ですね」


「…………」


「あと、道路と水路も整備しましょう」


「…………」


「教育制度も作ったほうが良いでしょう」


「…………」


「魔族だけではなく、人間とも交易できるようにすれば――」


 大臣の一人が。


 震える声で尋ねた。


「……魔王様?」


「はい?」


「本当に魔王ですか?」


「はい」


「魔王として、人間と戦う気は?」


「ありません」


「…………」


 会議室が。


 静まり返る。


 窓の外から。


 風の音だけが聞こえた。


 やがて。


 別の大臣が恐る恐る尋ねる。


「では、何をするおつもりで?」


「国を良くします」


「……」


「魔王とは」


 ドレヴァンツは。


 少し考える。


「国を治める者なのでしょう?」


「……はい」


「ならば」


 そこで。


 ドレヴァンツは笑った。


「皆さん、魔族の生活を良くするために、今から頑張りましょう」


 その瞬間。


 大臣たちは。


 何とも言えない顔をした。


 だが。


 次第に。


 一人。


 また一人と。


 頷き始める。


「……なるほど」


「確かに」


「まず食料が必要です」


「道路も老朽化しています」


「井戸も足りません」


 会議室の空気が。


 少しずつ変わっていった。


 ・・・


 その日。


 魔王城の会議室では。


 奇妙な政策が。


 次々と決まっていった。


「農地を整備しましょう」


「はい」


「農具も改良します」


「分かりました」


「街道を補修してください」


「承知しました」


「井戸も増やしましょう」


「はい」


「病院も必要です」


「病院ですか?」


「怪我や病気で働けなくなる人を減らせます」


「なるほど」


「学校も作りましょう」


「教育を?」


「知識が増えれば、もっと良い方法を考えられます」


「……確かに」


「人間との交易も」


 ドレヴァンツが。


 地図を広げながら言った。


「お互いに足りないものを交換できれば、わざわざ奪う必要がありません」


 大臣たちも。


 少しずつ乗ってくる。


「では商人の往来を増やしましょう」


「国境の警備も見直します」


「治安維持のための巡回隊も必要ですね」


「はい」


「犯罪者を捕まえる仕組みも」


「はい」


「税金も」


 ドレヴァンツが。


 少し困った顔をする。


「取りすぎないようにしましょう」


「……税を軽くするのですか?」


「生活できなくなってしまっては意味がありませんから」


「なるほど……」


 書記官が。


 必死に紙へ書き込んでいく。


 さらさらさら。


 会議室には。


 ペンが紙を擦る音が続いていた。


 誰も気づいていなかった。


 これは。


 魔王による侵略計画の会議ではない。


 国家改革の会議になっていることを。


 ・・・・


 数年後。


 人間の王国。


 国王の前に。


 国境からの報告書が並んでいた。


「最近、魔王国との国境で争いがないな」


「はい」


「むしろ交易が増えている」


「はい」


「どのくらいだ?」


「以前の倍以上になっております」


「……」


 国王は。


 眉を寄せた。


「魔王は何をしている?」


 宰相が。


 報告書をめくる。


「農業改革です」


「…………」


「学校も作ったそうです」


「…………」


「あと病院も」


 国王は。


 こめかみを押さえた。


「それは魔王なのか?」


「さあ……」


「軍備は?」


「整備されています」


「侵攻準備は?」


「ありません」


「…………」


 国王は。


 深いため息を吐いた。


「どうなっているのだ……」


 ・・・


 さらに数年後。


 魔王国。


「魔王様!」


 執務室へ。


 一人の役人が駆け込んできた。


「どうしました?」


「今年の小麦の収穫量が過去最高です!」


「それは良かった」


「さらに人間との交易も三倍に増えました!」


「それも良いことです」


「犯罪率も過去最低です!」


「素晴らしい」


「国民の生活も豊かになっています!」


「それは何よりです」


 報告する側より。


 聞いているドレヴァンツのほうが。


 嬉しそうだった。


「魔王様!」


「はい?」


「ありがとうございます!」


 ドレヴァンツは。


 少し照れたように笑った。


「いえいえ」


 そして。


「私は大したことはしていませんよ」


 その言葉に。


 役人は首を横に振った。


「そんなことはありません」


「そうでしょうか?」


「はい」


 彼らにとって。


 ドレヴァンツは。


 すでに。


 紛れもなく。


 偉大な魔王だった。


 ・・・


 神界。


『…………』


『…………』


 白き神と黒き神は。


 長い間。


 地上を見つめていた。


 水鏡に映っているのは。


 平和な街。


 整えられた畑。


 行き交う商人。


 笑顔で暮らす魔族。


 そして。


 人間の商人と握手を交わしている魔族の姿だった。


『……平和になったな』


『ええ』


『我々の目的は達成された』


『はい』


『世界の均衡も崩れていない』


『はい』


『人間と魔族の戦争も減った』


『はい』


 黒き神が。


 腕を組む。


 そして。


 ぽつりと呟いた。


『……これ』


『はい』


『普通に、最初からあいつを魔王にしておいたほうが良かったんじゃないか?』


 白き神も。


 しばらく考えた。


『…………』


 やがて。


『……私も、そう思います』


 二柱は。


 揃って深いため息を吐いた。


 ・・・


 地上。


「さて」


 ドレヴァンツが。


 鍛冶場で新しい農具を眺めていた。


 鉄の鍬を。


 手に取る。


 軽く振る。


「この鍬では力を入れすぎてしまいますね」


「そうですか?」


「ええ」


 鍛冶職人が。


 首を傾げる。


「では、もっと軽くします」


「なるほど!」


 ドレヴァンツの目が輝く。


「では、柄の形も変えましょう」


「承知しました!」


「それから刃の角度も」


「はい!」


「では、鍛冶職人を集めて――」


 ドレヴァンツは。


 また新しい改善を始めていた。


 その姿を。


 神界から見つめながら。


 黒き神が呟く。


『……戦わせるより』


『はい』


『こっちのほうが、よほど世界が安定しているな』


『はい』


 こうして。


 世界最強の魔術師。


 自称・足技の魔術師ドレヴァンツは。


 本人の知らないところで。


 人間と魔族。


 両方から恐れられる。


 ――魔王となった。


 ・・・


 しかし。


 本人は。


 その事実を。


 いまだに。


 よく理解していなかった。


「ところで」


 ドレヴァンツは。


 側近に尋ねた。


「魔王というのは、どのくらい強くなければいけないのでしょう?」


「……」


 側近が。


 固まる。


「まだまだ修行が必要でしょうか?」


「…………」


 側近は。


 ドレヴァンツの顔を見る。


 そして。


 窓の外を見る。


 その先には。


 城の裏山。


 そこには。


 先日まで五百トンの岩が置かれていた場所がある。


 今では。


 巨大なクレーターができている。


「……たぶん」


 側近は。


 慎重に答えた。


「必要ありません」


「そうですか」


 ドレヴァンツは。


 残念そうに頷いた。


「それは少し残念ですね」


 その日の夜。


 ドレヴァンツは。


 布団の中で考えた。


 魔王。


 国家元首。


 農業改革。


 交易。


 学校。


 病院。


「……」


 どう考えても。


 やることが多い。


「修行の時間が減りそうですね」


 それだけが。


 少し残念だった。


 ――そして翌朝。


 まだ空が白み始めたばかりの時間。


 城下町が眠りについている中。


 魔王城の裏山から。


「ふんっ!」


 ドゴォォォン!


 凄まじい音が響き渡った。


 鳥たちが。


 一斉に空へ飛び立つ。


 木々が震える。


 地面が揺れる。


 兵士たちが慌てて窓から外を見る。


「またか……」


「魔王様だ」


「ああ……いつもの修行だな」


 山の上では。


 ドレヴァンツが。


 五百トンの岩を持ち上げていた。


 全身に力を込める。


 足元の土が沈む。


 岩がゆっくりと持ち上がる。


「ふんんっ!」


 ドゴォォォォン!


「よし!」


 ドレヴァンツは。


 満足そうに頷いた。


「今日も頑張りましょう」


 魔王なのに。


 世界征服の命令を出すこともない。


 勇者と戦うこともない。


 人間を滅ぼすこともない。


 ただ。


 国を少しずつ良くしながら。


 毎朝。


 五百トンの岩を持ち上げている。


 ――そんな。


 世界で最も平和な魔王国の。


 最も平和ではない日課が。


 また始まったのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。