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淑女の泪


        1


 惑星アタージョ。カンターピレ王国の中でも、随一の安定した自然環境と常春の穏やかな気象のために、惑星全体が観光地化していることで有名な星である。

 直系は概算で地球の1.5倍。ただし質量、重力は地球の約八割。

 大気に関して言えば地球のそれと比べて窒素の量が少なく、代わりに酸素の濃度が倍になっていた。

 もし地球のスポーツ選手、特に長距離走者がここで走れば世界新記録も夢ではない。

 無論、無限の広がりをもつ大宇宙に於て、同じ性質の星が存在する確立は極めて少ない。この星も環境から言えば地球と酷似した星であるのだが、地球とは大きく異なる点が三つある。

 一つは直系が1.5倍なのにもかかわらず、重力が八割にしかならない、その理由にあった。

 実は惑星アタージョは二重の外郭を持つ空洞惑星なのである。

 つまり、表面上の地上の下500キロに及ぶ岩盤の、その更に下に高さ200キロの空洞が広がっているのだ。

 そのために直系は地球の1.5倍でも質量、重力は八割程度なのである。

 二つ目は、その空洞惑星であることにも関係することなのだが、この星には海と呼べるものがない。

 惑星全体の温度調節になくてはならない存在であるはずの海がないのである。

 それで気象環境が地球と同じだと言うのは妙な話しであったが、この星における海は地上ではなく地下の空洞にあり、星全体を包むようにして拡がっているのだ。

 地球の海は、言うまでもなく地表に拡がっていて、赤道付近で温められた海水が南北の寒冷水域へと流れ、逆に冷やされた海水は赤道付近へ移動する。

 暖流、寒流と呼ばれる、対流現象によって惑星全体の温度調節をしているのである。

 だが、この惑星アタージョは少し違っていて赤道付近の地熱で温まった地下海の水が蒸発し、南北の寒冷地域で再び水に戻る。冷やされた水は再び赤道付近へと流れ込み地熱を吸収し蒸発する。

 そんな対流の繰り返しで惑星全体の温度調節を行なっているのだ。

 三つ目の違いは宇宙から見ても、地上から見てもハッキリと判る外見的な違いであった。 地球には一つしかない衛星、つまりは月が惑星アタージョには三つあるのである。

 ラルド、ベルタ、クルド。古い神話の女神、時間を司るという女神の名を冠された、この衛星は各々違った鉱物を大量に有しており、宇宙開発華やかなりし時代から人々は神の贈り物との見解もあって資源の有効利用のために掘り返してはいた。

 だが、この衛星。含有する鉱物のために赤、白、緑の淡い光を投げかける、この三つの星に人々が愛着を持ち、大切にしていることは確かである。

 実際、内部をくり貫かれ質量が三割近くまで減少している衛星をそのままの位置に留めておく為に、この星の人々は重力場発生装置を使ってまで軌道の保全に気を配っているのだ。

 大変な入れ込みと言うべきだろう。

 普通なら、星そのものを無くしてしまったほうがはるかに楽で安全だと考えてしまうものなのに、だ。

 海があれば潮の流れ、干潮、満潮を引き起こすために残すというのもあるが、海がない以上たいして関係はないはずなのである。

 もっとも、時計を見ずとも時間か判る。そんなメリットはあるらしいが、この星にも腕時計はあるのだから、やっぱりたいして意味はないようだ。

 そんな惑星アタージョを新一とディーバは目指している。

 勝利のために・・・・・・。

 

「姫さま。いよいよですね」

 両の手で拳を握り締め、姫様としては絵になりそうにない真剣さでホロ・ビューを見つめ、文字通り釘付けになっいるアミルナの肩に手を置いてミレィエは弾むように言い、優しげな微笑みを見せた。

 もっとも、肝心のアミルナの目には、幼い頃からの忠臣であるにもかかわらずミレィエのすがたはうつっていなかったのだが…。

 ホロ・ビューの向こうでは、一見して緩慢なレースが展開されている。

 しかし、その船の内部では、より正確な表現を用いるなら新一とディーバの頭の中、インナー・スペースでは苛烈な闘いが繰り広げられていた。

 精神下での駆け引き、一瞬の迷いや油断が勝敗を、生死を分ける。

 一見地味だが、その分やたらと疲れる闘いである。

 「いい加減に、こんなしつこい奴しらねぇや。とか言って戦線を離脱したらどうです?ディーバさん」

 「・・・・・・なによ? それ」

 自身が有利であるかのように振るまい、相手に不安を与え心理的に追いつめようと、新一はいわゆる囁き戦術を駆使しようとの想いで、このセリフを吐いたのだが、やはりというか当然というか、地球の二流三流のマンガにでてくる不良を知らないディーバには効果がないようだ。

 それどころか、勢い込んでいたぶん、新一の心理的動揺のほうが大きかったりする。

 「つ、つまり、その、だから、優勝は諦めてもらえませんか? と、言いたかったわけなんだけど・・・・・・」

 優位に立つつもりが、いつのまにか下手に出てしまっている自分自身に、どうすることもできない苛立ちと戸惑いを感じつつも、新一は口走ってしまっていた。

 言ってるそばから後悔してしまう情けなさである。

 地球にいたときから、彼女にするつもり以外で女の子と話すことの少なかった新一である。

 女性、少なくとも外見と心情が女性であるティーバを前に、対等でいつづけることは難しい。

 「・・・・・・あんたって、ほんと、判らない子ね。軟弱な坊やでしかないかと思えば、神出鬼没の侮れない戦士であったり、そうかと思えば・・・地球人って、みんなそうなの?」

本当にこいつがさっきまでは血に飢えた野獣のごとく、闘いに夢中になっていたのか? と、十分前までの事象を疑ってしまいそうな純粋な問いかけである。

 「みんな、って訳じゃない。僕は貴女が最初に言った通りの軟弱な坊やでしかないよ。でも、誰だって恋をすれば変わらざるを得ないだろうよ。まして、かかっているのが愛する者そのものなら、尚更だ」

 純粋な問いかけに対しては、やはり素直な返答こそがふさわしい。

 新一は一分の気負いもなく、自分でも意識しないうちに応えてしまっていた。

 それだけ、アミルナを思う心に迷いはなかったと言うことである。

 「顔に似合わず、結構情熱家なのね。いいわ、貴方の彼女に対する愛情の深さってやつを見せてもらいましょう。貴方だって、どうせなら強敵を倒したうえで彼女に会いに行きたいでしょう?」

 「そりゃそう・・・うん。わかった。全力で叩き潰させてもらいますよ。ディーバさん」


 『レースはすでに大詰め、先頭は依然アスフォデル、アンスリウムの二隻。他の船は遙か後方から必死に追いかけるも、差は開くばかり。優勝は新一、ディーバのどちらかであると見て、もう間違いはないでしょう。惑星アタージョまで、残り四0万キロです!!』


        2


 「惑星アタージョ、大気圏突入十分前、ベルト着用、進入角度に留意してください」

 新一、ディーバ両船のAI・Cが声を揃えて注意を促す。

 大気圏に突入するためには、幅わずかに2.5度の細い回廊を通らなくてはならない。

 もちろん普段なら、大気圏への突入など造作ないことであったが、高速で、しかも二隻が重なり合うようなほど接近している中で、と言うのはいかに技術力の優れたこの星のものでも容易なことではない。

 地球のロケットのように進入角度が深すぎるぐらいで燃えつきるようなことはないが、それでも再び宇宙に上がることが不可能になるぐらいの損傷は避けられない。

 それに、進入角度が浅すぎた場合に、大気圏に弾き飛ばされることには変わりないのだ。

 「勝負をつける気なら、一発で終わらせられるわね。もっとも、そんときは自分自身も危なくなるわけだけど・・・勝つか負けるか、なかなかにスリルのある展開じゃない?」

 「・・・美人といっしょだから心中も嫌じゃないけど、できることなら生きて、愛する人の胸で眠りたいものだな。ゆっくりと・・・」

 二人とも、薄い笑いを閃かせて、表面上は実に楽しげである。しかし、その実内心ではまったく別物の気持ちが動いていた。

 ディーバのこのセリフは彼女の本領そのままの言語化したものであり、新一のほうはシャレにできない冗談をオブラートにして、恐怖に押しつぶされそううな自身の心の動揺を覆い隠すと同時に、気を紛らそうとする精一杯の強がりだったのだ。

 その間にも、外見上は淡く青白く輝く、巨大な大気の壁は近づいてくる。

 「・・・5.4.3.2.1・・・大気圏突入!」

AI・Cによるカウントダウンが終わる。と、その刹那、全てのレーダーおよび計器類は沈黙し、メインモニターのとなりに開けられた窓、通常覗き穴と呼ばれる透明な壁だけが、外の状況を知る事のできる唯一のものとなった。

 その窓から見える景色は、摩擦によって燃え上がる大気のために赤一色であったが、その向こう側に、こちらに背中を向けて背面飛行するアンスリウムの姿があった。

 ディーバの言い草ではないが、やろうと思えば一発体当たりをかますだけで、勝負をつけられる状態ではある。

 しかし、新一はやらなかった。と言うよりできなかった。

 新一は平和というぬるま湯にどっぷりと浸かり、足元から腐りつつある国で生まれ、育った人間である。殴り合いはもちろん、言い争いすらも積極的には承認されない、社会態勢で生きてきたのだ。

 ルールの定まった、こういったレース。いわばスポーツで汗を流すと言うのならともかく、それが殺し合いに発展していく事を容認することはできない。

 できるわけがなかった。

 人の命は、今の新一が背負うには余りに重いものだったのである。

 「ディーバさんには笑われるかも知れないな。甘い、って・・・・・・」

 だけど仕方ないか、甘さは僕の性分だものな。

 大気圏突入時、レーダー類はもちろん通信回線も自動的に封鎖されるので、再び新一自身が繋ごうとしない限り、音声が外部に漏れる心配はないのだが、新一はあえて後のほうは声には出さず、心の中で呟いたにすぎなかった。が、思わずこぼれた苦笑いの内に微かな諦めと、ちょっぴりの誇りを見いだしてもいた。

 すくなくとも、ルナは、そんな新一を誉めてくれるはずである。

 王女アミルナには別の見解があるのかも知れなかったが・・・・・・。

 「甘いわね。虫歯になりそうなくらい、・・・でも、あの姫様がなぜ貴方を選んだのか、それは判る気がするわ。痛いほどに・・・」

 大気圏から大気圏内へと入り、互いの姿がはっきりと視認できるようになったとき、多少黒ずんだアスフォデルの機影を見つめ、ディーバはふと呟きを漏らしていた。

 その瞳が、獲物を狙う狩人のそれから乙女のそれへと変わっていることに、ディーバ自身まだ気付いていなかった。

 「いいわ、行きなさい。いくらあたしでも、好き合ってる二人の邪魔をするなんて、生木を裂くような、そんなまねをするほど無粋じゃないわ」

 いいながら、ディーバはエンジン・トラブルを装いつつ、故意に速度を緩めていた。

 「ディーバ様。どうせ勝利をお譲りになられるのでしたら、相手方にもその旨を伝えて恩を着せては如何でしょうか? 後々何かの役に立つかも知れませんよ」

 通信回線が閉ざされたままの状態で、独言のように呟くだけで、新一とのコンタクトをとろうとしないディーバの行動は心を持たぬ機械には理解できなかったようで、彼女の愛機に設置されたAI・Cフェイが問う。

 「仮にも敵であるあたしが、そこまでしていいわけないでしょうが!! こういうものは、黙ってやるところに意味があるのよ。それに、そのほうが格好いいじゃない?」

 生身の人間でも、この意見にたいして全面的に賛同できうる者はごく少数に違いない。ならば人格らしきものを植えつけられているとはいえ、基本的に心を持たない計算がすべてのAI・Cフェイに理解できるはずはなかった、従って彼にしてみれば、この時二者択一の判断を迫られたと言って良かった。

 彼女の言うことに反発しスクラップにされるか、沈黙を守って身を保つか、彼は後者を選んだ。

 それ以上、なにも言わなかったのである。

 ディーバにしても、別に計算機に自分の気持ちを伝えようなどとは思わず、ましてやその意見など聞く気もないようで、遠ざかっていくアスフォデルを見送っていた。

 もう、何度目のことなのか思い出せもしなかったが・・・。

 「・・・あの坊やは見た目の割に、結構さといところがあるみたいだから、あたしの考えにも気付くでしょうよ。ま、レースが終了して、祝勝会が済んだら、お酒の一杯でもおごってもらおうかしら、姫様のお酌でね」

 

「アンスリウム、速度の減少を確認。エンジン・トラブルと思われます」

 視認できる範囲から逸脱していこうとするアンスリウムを確認して、キッドが状況分析の結果を報告する。

 「・・・エンジン・トラブル、か。高いエンジンになりそうだな」

 ディーバの予測したように、新一には彼女の考えが手に取るように読めていた。

 彼女にしてみればアミルナ王女という賞品には何の興味もありはしなかったし、優勝することで得られる名声などは彼女にとって買ったワイングラスにつけられたスプーンのようなものだった。

 貰えれば得なのは確かだし、使おうと思えばどんなふうにでも使えるものであるのも事実である。

 しかし、多少ならざる違和感を感じずには済まないであろうことも事実だった。彼女にとって、至高となるべき宝はレース、レース最中のバトルそのものなのである。

 新一にはそれが、誰に教えられるまでもなく、直感的に判っていた。だから、後で彼女がなにを要求してくるかも、予想できたのである。

 「ミレィエさんにでも、いい店紹介してもらおう。ルナには縁がない場所だろうからな・・・飲み屋なんて」


 『鮮血のプリマドンナ、ディーバの予想外と言うか、いつも通りと言おうか、エンジントラブルによる後退で、もはやアスフォデル新一の行く手を遮るものは何もありません。レースは今回の賞品でもありますアミルナ姫ご推薦の男が優勝するという、姫様ファンの我々としても実に後味の良い終焉を迎えることができそうです』

 姫様ファンと言っても、そのうちわけは実に多彩だ。カンターピレ王家に代表される文化圏に済む全ての男性、同年代の女性、年下の少女たち、年配の熟女など、ほとんど全ての人間がアミルナ王女のファンだと言っても過言ではない。ファンではない人間などホモやマゾヒスト系の異状性欲者ぐらいのものなのである。

 第一、自分の意志に反して、好きでもないものと結ばれなくてはならないと言うのは、男女の別を超えて、誰であろうと嫌なものである。

 そのことに関してはファンも、ファンではないものも同情を禁じきれないはずで、レースの賞品としてきょうされた王女に悪意を抱く者など皆無であったと言っていい。

 で、あるからには、自ら選んだものが勝利し、晴れて結ばれる様を見届けることができるのは他人事とは言え、喜ぶべきことではあった。

 「姫様! いよいよですね!!」

 大気圏内への進入を果たした今、新一のアスフォデルとゴール・ゲートは指呼の間にまで近づいている。あと数分もしないうちに姿を見ることができるはずであった。

 「・・・・・・」

 声ばかりではなく、身体全体が弾むかのようなミレィエの言葉にも、アミルナは応えなかった。無言のまま、虚空を凝視するだけである。

 だが、その口元が微かに震えているのをミレィエは見逃さなかった。声にはなっていなかったが、その唇は確かに一つの言葉を叫び続けている。

 感極まって言葉に詰まる、と言う表現があるが、今のアミルナはまさにそれだった。新一の勝利を願い、新一の無事を祈り、新一と共に生きることを夢見ていた想いが、最も理想的な状況で昇華されようとしている。

 その喜びと、当然次に来たるべきであろう幸せへの期待、そして、一抹の不安、そんなさまざまな想いで彼女の小さな胸は、はちきれんばかりに一杯だったのだ。

 だから、彼女は今、万感の想いを込めて、言葉にならない叫びを上げ続けているのである。

 「勝って!」、と。


        3


 アスフォデルは今、惑星アタージョの素晴らしい自然の織りなす景観を眼下に見ながら、ゴールに向かい低速で飛んでいた。

 宇宙空間での速度に比べればニワトリとダチョウほどに速さが違うのだが、大気圏内で光速など出そうものなら地表そのものがひっくり返りかねない事を考えれば、最高でも亜音速が限界速度である。

 それだって、ゴールに近づいていくにつれて緩めていき、ゴール通過時には時速300キロぐらいにまでは落とさなくてはならない。そうでなければ、ゴール・ゲートの両側に居並ぶ120万に及ぶ人々は死ぬしかない。

 とは言っても、軌道計算もスピード・コントロールも新一は全てキッドに任せきって、自分は何もしていない。数学や物理は本当に苦手な男なのである。

 国語と歴史は得意中の得意なのだが、こういった場合には、そんなものは何の役にも立ちはしない知識だった。

 「どうにか、ルナとの約束は果たせそうだな。我ながら奇跡に近い勝利と言うべきだとは思うけど、勝ちは勝ちだからね」

 徐々に速度を落としていくアスフォデルの中で、例によってコーヒーを飲みながら新一は誰に言うでもなく呟いていた。

 絶対に勝つとの意気込みはあっても、実際問題勝てるかどうかが未知数だった新一である。

 現実に勝てそう、勝っている状態に自分がいるということがなぜか信じられないような、白昼夢を見ているような、そんな気がしていた。

 夢ならば覚めないでくれ! そんな気持ちだった。

 だが、それでも勝ちがすでに決まったことは確かであり、現実であった。

 だからこそ、当然その後のことアミルナ姫、ルナとの未来設計についても考えねばならない状態に追い込まれてもくる。

 「・・・そうだ! ルナの御両親への挨拶を考えとかなきゃな、一応は王族の姫君を妻に娶る、って事になるんだから、ルナに恥を掻かせるようなみっともない姿は晒したくないものなぁ」

 と、少々遅蒔きながらも重大な問題に取り組み始めた新一だったが、その意志を挫くかのようにキッドが純然たる事実にして逃れようのない事態を報告してきた。

 「ゴール・ゲート到達まで、後二分四十秒」

 まさに時の流れは無情である。

 優勝するための心の準備も整わぬうちに、ルナとの結婚へたいする覚悟をしようと考え始め、それもままならぬままゴールせねばならないのである。

 この瞬間、新一の頭は何を優先させるべきなのか判らずに混乱しかけていた。

 そんな心の動揺を救ったのは、自分の人生を風まかせ、と言ってしまえる楽観主義であった。

 なんとかなるさ、その一言で思考そのものを止めてしまったのである。

 「ゴール・・・ルナまで、あと二分」

 

「・・・らしくないじゃないか。ディーバちゃん。いつもなら、意地んなって前に出るところだろうに・・・」

 新一を見送り、我しらずホッと息をついたディーバの耳に、馴染んだと言うにはあまりにも雑な声が聞こえてきた。

 同時にメインモニターには黒いペットボトル、サブモニターには汚れたモップが映し出される。

 「なんだ、エルか。今あたしは久しぶりに気分の良い闘いを終えて、余韻に浸っているんだから、邪魔しないでよね。それに、これは今までで一番あたしらしいやり方だと思うわよ。なにしろ、気紛れと感性での行動はあたしの専売特許だものね」

 威張れるようなことじゃないだろ。と、言葉だけを聞くと突っ込みをいれたくなるのだが、彼女の顔を見ながら聞くと、少しも嫌な気にならず、かえって気持ち良く感じてしまうから不思議だ。

 エルにしても、これは苦笑いを浮かべて肩をすくめるのが精一杯、という感じである。

 「・・・・・・!・・・・・・!! あんた、なんでここにいるのよ? あんなに遅れてたのに・・・」

 惑星アタージョの大気圏内に入るまでは、エルを含めた三隻は長距離レーダーでさえ探知できないほど離れていたことを思い出し、ディーバは声を上げた。

 「見りゃ判るだろ」

 簡潔に答えるエル・ドラゴ。仕方なくメインモニターに視線を移したディーバの目に写ったのは、大昔のペチコートかと思うぐらいに厚く重なっていた外板が取れて、スッキリした感じのフロックストックであった。

 エルの船はディーバのそれとは反対に、何がなくても装甲の厚さと、スピードよりパワーのエンジンが特徴の船である。

 従って、装甲の厚さは他を寄せつけないものがあり、パワーがあってもスピードは出にくい設計なのである。

 逆に言えば、装甲さえ薄くなればパワーはあるのだから速度を上げるのは簡単だ。ただし、旋回力はないに等しいので直線一本の道でしか使用できない。

 「・・・なるほど。ずいぶん思い切ったことをしたものね。あの外板クレッシェードはかなり高価なものだって聞いてるわよ」

 クレッシェードは地球の遙か上をいく工学技術を持つこの星系でも、現時点で最硬の物質であり、1メートル四方の板一枚が場合によると戦艦一隻と等価に扱われるほどであった。

 「あの姫様の笑顔、恐らくは彼女の人生中でも五指に入る笑顔を生で見る代償と思えば、安いものさ。それに、どちらにしろ小僧の戦勝会に顔を出してから捜しに行こうとは思っているんだ。同調発信器付きだから、探すのは簡単だしな」

 「せこい奴」


 『選手たちにとりましては、永く苦しかったであろう闘い、カンターピ王家主宰のこのレースも終焉の時を迎えようとしております。先頭、一着でゴール・ゲートを抜けるのは、今回の賞品でもありますカンターピレ王家の第三王女アミルナ姫も執心の地球人、シンイチ。その後には【鮮血のプリマドンナ】、ディーバ・ハマンドリアと【星のトロイカ】エル・ドラゴが続きます。それにつきましても、この二人が仲良く並んで飛ぶ光景を見ることがあろうとは、今の今ままで想像だにしませんでした。今にして思えば今回のこのレースほど、初めから最後まで先の読めない難解な闘いで、私たち観客を飽きさせず楽しませてくれたレースはありませんでした』

 おまえらを楽しませるために闘ったわけじゃない。と、レースに参加した者たちは声を揃えて抗議すること疑いない実況が延々と続く、毎度のことながら、このアナウンサーの実況は時間の経過に比例して陳腐で的外れなものになっていく。

 全てを聞かせる、読ませるのは気が引けてしまうほどに・・・・・・。

 その間にも、アスフォデルとゴール・ゲートの距離はどんどん縮まってきていた。

 エンジン音が鳴り響き、やがてアスフォデルの円を基調とした、水滴を思わせるフォルムが現れる。と、思う間もなく、それはゴール・ゲートを飛び抜けていった。

 『ゴーーーーーーーーーーーール。アスフォデル、シンイチ。ゴールしました!!』

 まるでどこかのサッカー中継のようなアナウンサーの声と、熱狂の度合いを強めた観客の努号にも似た歓声、映画ロッキーのテーマが今にも聞こえてきそうな雰囲気と、スコールかと思うほどの紙吹雪が乱舞する中、アスフォデルをレース参加者専用の停泊施設に納めた新一が、表彰台の前、アミルナの前へと進みでる。

 そこには泪で濡れ、紅の差した頬の愛らしいアミルナ姫が、最高の笑顔で立ち、彼女だけの英雄を迎えようとしていた。

「・・・ルナ。約束は守ったよ」

 最愛の人まで、あと数歩というところまで近づき、新一が口火を切った。

 その言葉に、アミルナは答えることができない。なんども、なんども唇が動き、なにかを伝えようとするのに、どうしても声にならないのである。

 あふれでる感情が逆に心臓や呼吸器、声帯を圧迫して声を詰まらせてしまっているのであった。

 「姫様」

 見かねたミレィエが、彼女の背中を軽く押した。

 それにつられるようにして、アミルナはゆっくりと歩いて行き、愛する人にあと一歩というところで、その胸へと飛び込んでいく。 「シン!!」

 「ルナ!!」

 あとはもう、互いに言葉もなく抱き合うばかりだった。強く、強く…‥。

 いつのまにか静まった観客も、ちょっぴりやきもち混じりの祝福を込めて二人を見守っている。

 その中には、遅れてゴールしたディーバとエル・ドラゴの姿もあった。


今日で全部投稿するつもりでしたが、シーンを一つ付け加えたくなったので明日まで続きます。

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