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聖女の肘打ち


        1


 アスフォデルはすでに逃げに入っていた。【乙女の吐息】を脱したとき、すでに第三チェック・ポイントは艦首の延長線上にあり、直進していれば突破できる状態だった。

 それを良いことに、新一は最大船速での突進を命じていたのである。

 ディーバにやられた故障は治っておらず、エンジン機関も七割程度しか復旧していなかったにもかかわらず、だ。

 それでも、いや、だからこそスピードが出るようになっていた。

 故障したことにより冷却装置がうまく働かなくなったため、逆に設計にはなかった機能が発見されたのだ。

 エンジンの温度はある程度の高さまで上昇すると、自動的に温度を下げようと冷却装置が働くことになっている。

 これはエンジンのオーバーヒートを防ぐためであるが、今回ミレィエがエンジン機関に使用した金属が本来は高速戦艦に使われるものであったことが、その必要を無くしていたことを、設計し組み立てたミレィエ自身気づいていなかったのだが、この故障によって新一の知ることとなったのだった。

 簡単に言えば、エンジン内の温度が設計段階での限界を大幅に超えると、エンジン自体が焼け付くような高温を発して、本来は得られない爆発的な機械エネルギーを発生させることができる、その莫大なエネルギーと高熱に耐えうるエンジンであることが判ったのである。

 さらに、機関システム全体が、固定してあったボルトが外れて振動するようになった事により、まさに幸運の女神の手による絶妙のバランスをとり、これまたスピードの上昇を生む結果となったのであった。

 「これなら、ブースターなんか使わずともぶっちぎりだよな」

 余裕めかして呟く新一。

 しかし、キッドは否定的だった。

 「確かにスピードがかなり出るようになったことは認めますが、いくらなんでもゴールするまで続きませんよ。必ず途中で停止、ないし爆発することになるでしょう。その前に修理を済ませることをお勧めします」

 キッドの言うことも、もっともなことだった。故障していることを逆用するなどという邪道が長く続くはずはなかったのである。

 そうは言っても、減速などしょうものなら、またディーバちゃんのキツーイ平手打ちを喰らうことになるんだろうしなぁ。

 逡巡する新一、その脳裏では減速した場合と、このまま突進した場合のリアクションに付いてのシュミレーションが行なわれている。 

「・・・ん? どっちにしても結果は同じじゃないか!!」

 第二チェック・ポイントに前後してのディーバの追い上げの速さを考えれば、たとえ今の速度を維持できたとしても、あまり意味はないかも知れなかった。

 ブースト全開で飛んでいたさなかでさえ追いつかれ、重いのを一発もらってしまったほどなのだから。

 そう考えると危険を内包したまま前進するよりは、トップを明け渡して後方から隙を狙うほうが有利な気もしてくる。

 それによって他の選手と派手に噛み合い傷付いてくれれば、チャンスも生じやすくなるはずだった。

 「キッド。シュムプレガデスの様子を見ることはできるか?」

 新一が問い。キッドは無言でモニターの望遠機能を働かせている。

 「メイン・モニター最大望遠。多少画像が荒くなりますので見にくいかも知れませんよ」

 註釈付きで出された画像だが、多少の荒さなど気にするまでもない光景がそこに在った。 太陽系最大の星、木星と同じガスを主体とした星アンダンテ、大きさは地球の十一倍にも及ぶ木星の更に3.2倍というガス・ジャイアントを背景に、秒速、時速ではない。秒速22キロで流れる巨大な河、その河は土星の輪のようにアンダンテの周囲を小惑星帯を巻き込みつつ流れている。

 その流れの中で、月ほどの大きさを持つ小惑星がぶつかり合い、砕けて小さくなったり、くっつき合って大きくなったりを繰り返しているのだ。

 あの中を飛行することは不可能と言っていいだろう。無理に進入すれば、岩の塊同然の小惑星に挟まれ、圧死することは疑いない。 可愛い女の子ならともかく、岩にサンドイッチされるのは、あまり楽しい未来図と結びつきそうにはなかった。

 「第四チエック・ポイントは、あのガス・ジャイアントの反対側にあるわけだ」

 今までの流れを見ていれば、当然そうなるのだろうと新一が呟く。

 キッドが否定してこないところを見ると、間違ってはいないらしい。

 なんて安易な。

 自分の言ったことが当たっていたとはいえ、別に嬉しいとも思わず、新一はレース・コースを考えた連中のパターン化されたものの考え方に呆れていた。

 いまどき個人で作る同人ソフトのシューティング・ゲームだって、もう少しアルゴリズムに気を使っている。

 「・・・このまま行くと、どの辺りでアンスリウムに追いつかれることになるんだ?」

 見ているだけで目の回りそうな宇宙潮流を見つめ、何やら思案していた新一が尋ねる。

 「第三チェック・ポイント通過後。三分四十秒で追いつかれます」

 キッドが即座に答える。

 「そうか、よし! キッド、第三チェック・ポイントを通過したら、すぐにエンジンへのリミッターを70パーセントまで引き上げてくれ。その上でわざと蛇行し、エンジントラブルで速度が落ちたように見せかけるんだ」

 もし、第一チェック・ポイントの成功がなければ、納得も承服もできない命令である。しかし、実績のある新一の言葉だけに。キッドは、その命令に素直に応じていた。

 「第三チェック・ポイント短距離レーダーの探知範囲に入りました。第三チェック・ポイント接近。通過! 速度落とします」

 言うと同時に、周囲の状況を確認した上でキッドが減速を開始した。

 新一の指示通り、見るからにエンジントラブルのような動きをしようとしていたのである。

 その横を、なんとか追いつこうと再びブースターを使い、差を縮めていたディーバが、これ幸と擦り抜けていく。

 「オーホホホホホッ。応急修理をしたぐらいで無理はできないようね。トップはやっぱり、レースの華。このわたしにこそふさわしいわ」

 急激に速度を落とし、後方に消えるアスフォデルを尻目にディーバが嗤う。

 恒星アレグロのコロナ内に入るとき、自分もまた速度を落としていたことなど、彼女はすっかり忘れている。

 他人にされたことは絶対に忘れないのに、自分がしでかしたことはすぐに忘れる、実にいい性格の持ち主だ。

 やがて、かなり遅れていたはずのエル・ドラゴやビッキャロン男爵、ピンカーソンなども、アスフォデルを抜き去っていく。

 彼らも、まさか抜かれた新一がコクピッドの中で北鼠笑んでるとは考えもしなかっただろう。

 ビッキャロン男爵などは同情混じりに、初めてにしてはよくやった、などと新一の活躍を讃えていたほどである。

 「せいぜい、今のうちに笑っていればいいさ。最後に勝つのは僕なんだから」


        2


 新一が船四隻の後ろ姿を見送り、余裕をかましていた頃。ディーバは今までの人生で三回目の気紛れを起こしていた。

 次になにをしょうかと考え、迷っていたのである。

 今、彼女の前にはアンダンテを押し包むようにして流れる星の濁流が在った。

 第四チェック・ポイントは、その反対側にあって通過後各選手はそこから右回りにターンし、あとは何もない空間をひたすらまっすぐ飛び続け、惑星アタージョのゴール・ゲイトをくぐればレースは終わる。

 問題は、この河を大きく迂回するか、強引に渡河するかだ。

 迂回した場合。直線で結べば二十分のところだが、二時間は確実にかかる。

 たとえ光速で飛行したとしても。

 なら、渡河すれば一番早いということになるのだが、いかに度胸と愛嬌が売りのディーバでも、秒速22キロで移動する小惑星の間を縫って飛ぶ自信はなかった。小惑星が互いにぶつかり合っているなら尚更である。

「性に合わないんだけど。ま、しょうがないわね」

 一つ息を吐いて、ディーバは迂回することに決めた。

 「どうせ、右回りのターンが必要になるんだから、右回りに行ったほうが早いわよね。左側を迂回することにしましょう」

 呟き。彼女はゆっくりと迂回コースに針路を取り始めていた。

 この瞬間、彼女の頭の中にレースの最中だという認識は皆無だったのである。

 後ろから必死になって追いかけてくる、三隻の船のことなどは頭の隅のほうに追いやられていたのだ。

 スピードに関しては絶対の自信を持つディーバと愛機アンスリウムである。

 先行する船が無いからには焦る必要を認めてはいなかった。

 ディーバにしてみれば、これでまた退屈なレースになってしまったとの落胆のほうが、トップに立ったことの喜びよりも大きい。

 「・・・つまんないわね。いっそのこと減速して、エルたちが追いついてくるのを待とうかしら」

 これが余裕から出る冗談なら可愛げもあるが、本気なのだから始末が悪い。

 ディーバは本気で速度を落とそうかと思案しかけていた。もし、この時フェイが警報を鳴らさなければ、彼女は生涯四度目の経験をし、彼女の脳は自身の存在意義を声高に示す機会を得ていただろう。

 「・・・なるほど。わざわざ速度を落とす必要はないって事ね」

嬉しげな呟き。

 警報に注意を促され、ディーバが各探査機に視線を走らせると、後方から来る一隻の船との相対距離が徐々に縮まってきていることが判った。

 その船は、星の川の流れにギリギリまで近づき、その流れの速さに自身のスピードを上乗せしている。

 いわば追い風に乗った帆船、そんな雰囲気があった。

 「あれは・・・ビッキャロン男爵の船ね」

 どう見ても潰れたカエルにしか見えない平べったい機体のシルエットから、彼女はそう結論を下している。

 「艦影照合。ビッキャロン男爵のフロック号である可能性99.4パーセント。・・・間違いありません。このままですと、およそ十七分後に接触します」

 「オーケー、オーケー。これで少しは面白くなるわ。ビッキャロン男爵と言えばレース界の重鎮、ほかの連中なんかとはわけが違うものね。闘い甲斐があるってものよ」

 嬉々として言ってのけ、舌舐めずりをするディーバ、マニアなら思わず猫耳と尻尾を付けてやりたくなるような仕種だ。

 まさに、ネズミを狙う猫の姿である。

 美しくも魅惑的で魔術の香りがする、そんな感じだ。

 ビッキャロン男爵は、その名の通りカンターピレ王国の貴族である。三代前までは王家直属の武装警察を指揮していた名門の出であり、本来ならば彼とても軍部の将官クラスになっていて当然の男であった。

 しかし、その名門貴族も彼の祖父の代になって家門を没収され、野に下らなければならない状況に追い込まれることになる。

 理由は単純で、だからこそ言い逃れようのない醜態にあった。

 彼の祖父クワザスは同性愛者であると同時に少女趣味で、おまけにサディストという救いようのない異常性欲者だったのである。

 異常性欲そのものは、たいして問題にはならない。それは個人の趣味や興味に類するもので、与えるものと受けるものとの間でもめ事が起きないうちは、他人にとやかく言う資格はないのだ。

 だが、その行為が社会問題化すれば、国家と民衆いずれとしても放置しておく訳にはいかなくなる。

 なぜなら、異常性欲が個人レベルを離れ集団化すると、それは極めて凶悪な犯罪集団へと変貌する可能性を持つからだ。

 かつて、地球上で発生した魔女狩りなどはその典型と言えるだろう。

 歴史上類を見ない宗教の名を借りた性犯罪、あれとてもともとは一部のフランス貴族が始め、魔女への恐怖と若い女性への性的虐待に楽しみを見いだすようになった聖職者と一部市民が広めたものである。

 中には権力などの圧力に負け、やむなく加わった人たちもいるのだろうが、彼らとて正面気って悦びを感じなかったと抗弁できるものは多くないはずだ。

 そして、それに類似する犯罪は、ある程度高度な文化を持つ社会ならいつでも、どこででも発生する可能性があり、それを未然に防ぐことは国家の威信にもかかる大問題なのである。

 であれば、王家直属の指揮官が異常性欲者で、自身の社会的地位を利用して犯罪に走るなどという醜態を見逃すわけにはいかなかったのだ。

 それでもクワザスは本来なら裁判の後、即刻死刑が言い渡されるところを、貴族であること、何より男であったことから罪一等を減じられ、一族も含めて植民惑星への強制退去処分ですまされたのである。

 カンターピレ王国では、女性に対し男性の出生率が五対一と低いため、生命の安堵というてんで女性よりも男性のほうが優遇されるのであった。

 そんなわけで地位も財産も、家名すらも失った彼の一族は野に下り家門を復興させる機会を待ち続けていた。

 その夢は、彼の父カサエルの代になってから叶えられる。

 当時はまだ王太子だったハリードラーに孤児だったフェティーシアを紹介し、二人の結婚に尽力した功が認められ、新たに男爵位を与えられたのだ。

 何もかも、新しくやり直せとの王太子の温情である。

 とは言え、一度失った信頼は元に戻らず、社交会からは遠ざけられ、仕事も与えられず、日々の暮らしを立てるのが精一杯という状態が続き、彼は手早く大金を得る方法としてレースを選んだ。

 派手さはないが堅実なやり方で、レースに出れば必ず五位入賞を果たしている。優勝したことはなかったが、常に安定した戦績を残しているだけに侮れない男ではあった。

 その男が、後方指呼の間に迫ってきている。

 「潮流に乗ってくるなんて、さすがにほかの奴らと違って頭脳派よね。でも、相手がこのあたし、頭脳明晰容姿端麗才色兼備眉目秀麗のディーバちゃんじゃ、効果ないわ。その作戦を逆用するぐらいのことは簡単にできるんだから」

 たとえ内心で思っていたとしても、普通なら口にしないようなことを平然と口に出してしまえるのが、ディーバの恐いところである。

 そして、言うだけのことはしてしまえるのも、彼女が他人に嫌われる要因になっていた。口だけのドジであれば、ちょっと気の強いところがかえって可愛いと言う人もいるだろうに・・・。

 「ディーバさま、フロック号が!!」

 ビッキャロン男爵の船は徐々に距離を縮め、アンスリウムの船尾に触れそうなほど近づいている。

 少し下品な言い方になるが、俗に言うところのケツからおカマをほれる位置に、彼の船はいた。

 ただし、完全な真後ろと言うわけではない。ディーバは潮流の流れの影響を受けない空間を、ビッキュロン男爵は流れにやや入った外縁部を飛行している。

 従って彼は必然的にアンスリウムのやや右舷後方、20から30度の位置にいることになるわけだ。

 「甘いんだよ!」

 後部モニターと船外レーダーでフロック号の位置を確認し、ディーバは緊急制動をかけつつ操縦悍を右に倒す。

 ちょうどフロック号の左舷全体に体当たりをかける格好になる。

 体当たりして潮流の、もっと内側に弾き飛ばしてやろうというのがディーバの狙いだった。


        3


 「どうだ!!」

 この瞬間、ディーバは自身の勝利をまったく疑ってはいなかった。

 彼女の船はスピード重視、パワーもディフェンス能力も二の次、三の次になっている。しかし、もとから戦闘的性格のディーバは愛機の両舷、最も幅の厚い、膨らんだ形の場所にだけ戦闘空母にも用いられる外板を使い装甲を厚くした上で、強力な衝撃吸収剤を入れてあった。

 だから、いかにパワーで劣っていたとしても、薄っぺらで軽い船体のフロック号ごとき、弾き飛ばすのはわけないと思っていたのである。

 「え?」

 ぶつかる。そう思い、思わず目を閉じて衝撃に備えるディーバ。が、衝撃がこない。

 不審に思い、目を開けて右舷を見ると、そこには何者の姿もなく。ただ、荒れ狂う潮流が流れているばかり。

 「どういうこと?」

 何が起こったのかわからず、呆然としてしまったディーバだったが、そのわけはすぐに解った。

 フロック号は、ディーバが目をつぶった僅かな間に加速して、前に出ていたのである。

 「几帳面な奴かと思ったら、結構大胆なこともするのね」

 恐らく、緊急回避用の爆発ペレットのうち、船尾にあるものをすべて点火したのだろう、目前のフロック号は船尾から多量の煙が立ち上らせていた。

 これは船の装甲をボロボロにしてしまうことから、普通なら絶対に使わない加速法である。はっきり言って自殺行為と言っても過言ではないだろう。

 「ディーバ様! 右に寄りすぎています。早く戻してください」

 フェイの叫び。感情が入っていないので緊迫感はないに等しいが、音声変換時の微妙な震えが、かなり危険であることを告げている。 

「え? あっ!! やばい!!」

 体当たりするために右に降った船体が、潮流に巻き込まれかけていたのだ。なにしろ、スピードを上げるため極力軽く造った船である。万が一巻き込まれれば自力での脱出は事実上不可能であった。

 慌てて左に躱そうとするディーバ。

 しかし、その行動は失敗に終わった。潮流の外縁に出ようとしたアンスリウムはなにか巨大なものに阻まれ、左によることができなくなっていたのである。

 障害物がなんなのか、確認しょうと左舷に目を向けたディーバの目に入った船体はペットボトルのような形をした黒い船だった。

 「エル!!」

 そう、それはエル・ドラゴのフロックストック号である。

 「い、いつのまに?」

 自分が危機に瀕していることに気がつき、自分自身に尋ねるディーバだったが、答えが返ってくるはずはなかった。

 まして、戸惑いまくって混乱した彼女に、追い討ちをかけるようにして第二の衝撃が後方から襲ったのだから、もはや【いつ?】などと考えている余裕はなかったのである。

 その衝撃はビッキャロン男爵や、エル・ドラゴにディーバ得意のスピードが殺されている間に追いついてきた、ピンカーソンの船が追突してきたためのものだった。

 「・・・なるほど。個々の性能と力量じゃあたしに勝てないと踏んで、共同であたしを沈めようってわけなのね」

 ようやく事態に合点がいった、という表情でディーバがうなづく。

 その顔一杯に広がった笑みは、これまでの嘲笑、冷笑、哄笑の類ではなく、本当に楽しげな幸せそうなものであった。

 もっとも、彼女自身にしか、その事実も理由も知ることはできなかったであろうが…。

 ディーバは、その容姿からもわかるように両棲惧有で知られるスカル星人である。だが純潔のではなく、スカル星人とカンターピレに代表されるレトック星人との混血、ハーフなのである。

 スカル星人は両性惧有であるために、一人ででも生殖活動が可能な生物であったが、いたずら好きの神のなされたことなのか、それとも彼らの生物としての本能によるものなのか、彼らスカル星人たちは自分の意志で自身の性を変えることができるのだった。

女を好きになれば男性、男を好きになれば女性という具合にである。しかも、遺伝子学的にありえないことではないが、まったくの奇跡とも言うべき偶然から、スカル星人とレトック星人は互いに交配が可能だったのである。

 つまり、レトック星人の子供をスカル星人が生むことも、その逆もありえるのだ。

 ディーバの場合は父がレトック星人、母がスカル星人であったが、こういった混血にはありがちな悲劇が、彼女の出生にはあった。

 簡潔に記せば、とある画学生が絵の題材を探して旅をする。

 なぜかしら、こういった話しには画学生がよく似合うのだ。

 その旅の空の下、土地の若い女性と知り合い関係を持つ。なのに、若者は引き止める娘を引き離し、足蹴にして自分の国へ帰って行ってしまう。

娘の胎内に自分の子供が宿っていることに気づくこともなく…。

 やがて、生まれてきた子供は父親はすでに死んだと教えられて育ち、十歳になるかならないかのときに母を病で亡くすのだが、その時、実は父親は生きていると聞かされ、一人父を訪ねるが取り付く島も与えられずに放り出され、人間不審に陥ってしまう。

 まさに、パターン化されたメロドラマのシナリオそのままの話しではあったが、事実なのだから仕方ない。

彼女は、それ以来孤独に生きてきた。

 ただ一人道端に放り出された彼女は、育ち始めたばかりの身体を売って、小金を集める毎日を送ることになる。

幸い、男にも女にもなれる身体が、客捜しを容易にしてくれた。一人分の代金で二度楽しめると言うので両刀遣いの男には特に人気があったのである。

 そうやって、文字通り体を張って稼いだ金で、彼女はアンスリウムを買い、レース界へのデビューを果たしたのだった。

 彼女のあの性格は、そんな過去のトラウマによって形成されている。

 常に身体を他人に預け、心を閉ざしていた彼女は精神的な繋がりを何より求める人間になっていたのである。

 彼女を愛するものでなくてもいい、たとえ命を奪いに来る敵でも、彼女のことを考える、見つめていてくれる人がいる事、それだけが彼女ディーバに取っての幸せだったのだ。

 今、その望みは確かに叶っている。

 彼女を取り巻く三人は、この時彼女だけを見、彼女が行動不能になることだけを望んでいたのだから。

 「いいわ。その挑戦、受けてたとうじゃないの!」

船首、左舷、船尾を船で囲まれ、右舷には潮流が渦を巻く、一見逃げ場を失ったかに見える、この状況でもディーバは強気だった。 苦労しまくりの過去を持つ者特有の特権とでも言おうか、ずっと不幸つづきであったため、今この時が人生最高の幸福な瞬間なのである。

 ここで命を落とせば、必然的に幸福絶頂で死ねることになるわけだ。

 まぁ、生き死にに関しては個々の人間によって価値観が違うのだろうが、年を経た一人住いのアパートの一室で、誰に見取られることもなく孤独の死を迎え、何日も放置されることに比べれば、若さ溢れる今この時、一瞬の煌めきとともに宇宙のチリとなることのほうが何倍もまし、そう思えることもあるのである。

 「・・・にしても、この状態から抜け出すのはちょっと難しいわね」

 弱気や弱音とは縁遠い彼女でも、さすがに今回ばかりはどう動くべきか判断に窮してしまっていた。

 右舷方向には絶対に逃げられない、左舷に逃げようにもエル・ドラゴの愛機フロックストックを押し退けるだけのパワーがない。 加速してフロック号の上を飛び越えるには滑走距離が足りない、逆に急制動をかけ後方に逃れれば、再び先頭に立つことが困難になる。 動物的勘、とでも言うべき彼女の判断能力では答えは出そうもなかった。

 「ディーバ。聞こえているか? 悪いことは言わん、今すぐ大会本部に棄権すると表明しろ。俺達だって、おまえさん一人を三人掛かりで袋叩きなんてしたかないんだ。なっ、棄権しろって」

 ここはやはり、頭を使って考えねばならない。そう思いかけていたディーバの耳に通信機からエル・ドラゴの声が聞こえてくる。

 「誰が、棄権なんてするものですか。この程度で尻尾巻くくらいなら、初めからレースになんて参加しやしないわよ!」

 叫ぶディーバ。

 まぁ、正論と言えば正論と言えなくもない理屈だ。レースが安全なスポーツなどでないことはレース好きの人間なら百も承知である。レースとはルールのある戦争に他ならないのだから。

 「らしいといえばらしい言い分だな。だが、可愛げがない。嫁の貰い手がなくなるぞ」

 妙に納得した口調で、しゃがれた声が言い返す。ビッキャロン男爵の声だ。

 「かまわないわよ。相手がいなくったって子供は産めるんだから」

 ビッキャロン男爵の軽口に、ムキになって言い返すディーバ。

 この辺り彼女もまだ若かった。

 「主らの間抜けな会話なんぞ興味はない。ディーバとか申したな、さっさと棄権せぬと、わしらとしても次の手段に訴えざるおえなくなる。わかっておるのか?」

 居丈高に脅しをかけてくるのはピンカーソンである。言葉のキザっぽい言い回しから貴公子とあだなされる彼だが、その存在事態が謎に包まれており、予測のつかないような行動に出ることもあるので、大抵の人は奇行士と呼ぶ事のほうが多い男だ。

 「やれるものならやってみなさい!」

 どちらにしても、彼らとてディーバを倒すまでのあいだ。暫定的な攻守同盟を結んだに過ぎない。自分は出来るだけ傷つかず、他の者がダメージを受ければいいと思っているに違いないのだ。

 ならば、ディーバへの直接的な攻撃、といっても体当たりとロケット噴射ぐらいしかないが、をするさいに必ず連携が乱れる瞬間があるはずなのである。

 もしかしたら、そこに逆転を可能にする隙が生じるかも知れない。

 ディーバは、それに賭けた。

 「人生なんて、いつだって賭けそのものよ」



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