3 わくわく
ついに迎えたデートの日。
私と凛花は授業が終わるとすぐに駅へ向かった。
「ラッキー! 急行だ」
「うん」
私たちの目的地はサンシャインシティ。ここならショッピングセンターの他に、プラネタリウムや水族館、ちいかわパークがあるので何をするのにも困らない。
制服に着替えるのはそこの多目的トイレの中。
あまり人気のなさそうなところを選ぶつもりだが、ゴールデンウィークでそんな都合の良いところはあるのだろうか。
20分近く乗ると池袋に着いた。
東武の駅からサンシャインシティまで思いのほか距離がある。
人波を掻き分けながら怪しいキャッチや芸人の呼び込みを無視するのは妙にハラハラしてくる。
ナムコの辺りに差しかかると『Sunshine City』と書かれた看板が見えてきた。ニトリの脇にあるエスカレーターを降りると、そこが目的地だ。
「あっ、ちいかわパーク予約制だって……」
「ちいかわだからね」
「まあ、別にそこまでして行きたい訳じゃないし」
「うん」
私もちいかわに興味ないので凛花と同じ。
入場料だけでふらりと入れるなら悪くないなあと思っている程度だった。
フロアマップを見てみると、多目的トイレがあるのはレストラン街やアルタの近くなど、私たちだけで使っていたら怪訝そうに見られるところしかない。
「陽菜」
「ん?」
「文化ホールCがあるところとか駐車場の女子トイレとかどうかな……?」
「駐車場ってどこにあるの?」
「地下2階と3階みたい」
私たちがいるのは地下1階。どちらに行くことになっても面倒ではなさそうだ。
「先に下の方行こうか?」
「そっちの方が確実かもね」
何度も行ったことがあるのに、下に行く階段やエレベーターの数が多いことを初めて知った。
駐車場のトイレも文化会館側にあるため、その近くの階段を降りることにした。
「人気はないけど、狭いね……」
洗面台の前で立ち止まろうとしたが、凛花の歩みは止まらない。
「ここに入ろう」
「え? 一緒に?」
「うん」
私が聞き返したことに不思議そうな様子で返事をした。いくらなんでも、2人でここに入るのは無理がある。
「狭いよ?」
「別々の個室に入ったら制服渡せないじゃん」
互いの袋を交換すれば良いのでは、と言いたくなりそうになる。
ところが、左側の個室は埋まっていて、右端は掃除用具入れのように見える。凛花の言う通りにした方がいいのかもしれない。
真ん中の個室の鍵をかけて、便器の方へと行った。
「はい」
渡された無印の紙袋にはあの制服が入っている。どきどきしながらズボンを脱いだ。
凛花はアウターを脱いで私の白いブラウスのボタンを留めていた。
Tシャツの下に、あの時幼馴染が来ていたキャミと同じようなものを着てきた。
スカートのウエストは思ったよりゆとりがある。質感や重量感はしっかりとしていて、太ももの辺りがしっかりとした感覚に覆われた。
私の学校の冬スカートが薄いかと言われるとそうでもないのだが、肌に触れる感じに伝統と気品があるのは大きな違い。
理想を現実にするために持ってきたタイツを履くのは、直にスカートを感じられなくなりそうで、なんだか惜しくなってきた。
「凛花、また大きくなってる…… 上、きつくないかな……?」
黒いブラから溢れ出そうな胸部に視線が行ってしまった。
「大丈夫」
ほんのり力んでいた声なのがちょっぴり不安だ。
セーラー服の脇にあるチャックと胸当てのスナップボタンを外す。頭から被ると、ほんのり凛花の甘い香りがしてくる。
「陽菜も大丈夫?」
「ほら、入っているでしょ?」
「ああ。良かった……」
「凛花、すっごい似合ってるね!」
「陽菜も……!」
黄色や茶色系を使ったチェック柄のスカートは、凛花のようなすらりとした足の方が似合っている。学校指定の長い靴下ではなく、スニーカー用のソックスを履いているからより一層足が長く見えた。
「そろそろ行ける?」
「あっ、ちょっと待って」
「履くの? それ」
「うん」
靴を脱いでタイツを取り出して、くるくるしないように履いた。
「ありがと。大丈夫だよ」
ここ自体には何度も来たことがあるので特別感はあまりない。水族館やプラネタリウムだって幼い時に何度も行ったし、ペンギンやオットセイを見たところで少し可愛いと思うぐらい。
ただ、制服を交換しただけで何か新鮮な気持ちになってしまう。
「あ、そうそう。展望台、予約が必要みたいなんだけど、整理券取っていい?」
「ああ。うん。お金は?」
「お金を払うのは券売機だって」
「了解。何時になりそう?」
「6時とかかな?」
「時間めっちゃあるけど、まあ大丈夫か」
水族館とプラネタリウムはワールドインポートマートビルの最上階にある。
列は長く見えたが、30分程度待てば普通に買えた。
入場待ちのだらだらとした列を抜けて展示を見始める。家族連れやカップルが目立ち、私たちのように制服で来ているのは少し浮いている気がする。
それでも、制服ですら交換したらただの私服。何も校則違反をしている訳でもないし、悪いことをしている訳でもない。誰も文句を言えないはずだ。
「ここで好きな魚って何?」
好きな『魚』と言われると難しい。クラゲやカワウソは好きなのだが、『魚』ではない。
答えが出てくるまでじっと水槽を観察した。
「うーん。イワシかな」
「イワシか…… 私は、ペンギンとかが好き」
「えーっ!? 魚じゃないじゃん」
「あっ、確かに」
凛花はくすくすと笑っていた。
沖縄の海コーナーでイソギンチャクとチンアナゴを人の頭の間から見る。
のんびりとした姿はどこか癒されるのだが、次から次へと新しい人が来てすぐに現実に戻ってしまう。
「陽菜が好きなイワシだよ」
「ふふっ」
円柱状の水槽では沢山のイワシがぐるぐると泳いでいる。
「……なんか、こうして見ると陽菜が好きな気持ちが分かるかも」
「えー?」
「ほとんど同じような見た目で群れて社会を作ってる。私たちとなんか似てない?」
「イワシ高校ってこと?」
「イワシ高校! それだ。陽菜すごっ」
イワシ高校はいつまでも見ていられる気がして不思議。
どのくらい帰属意識があるのか分からないが、1つの集団としてのまとまりがある。
私たちは同じ服を来て、ルールに閉じ込めて1つの共同体としての意識を持つように強要される。
この水槽にいる間は『他校』との交流がないのだろうが、広い海の中では、他の群れと出会うこともあるはず。群れが混ざれば『よそ者』は自然に仲間になる。
人間はそんなに簡単に『転校』できないだろうし、私がこの制服を着たまま凛花の学校に行っても不法侵入になるだけだろう。私たちにはイワシのような自由さはない。
「私もイワシだったら……」
「そんなに……?」
凛花の不思議そうな顔を見た途端、急に恥ずかしくなってきて、足早に他の水槽へ移動した。
1番大きな水槽の前にあるベンチが奇跡的に空いていた。魚を鑑賞しているのか向かいの人を鑑賞しているのか分からないカップルの邪魔にならないように、静かに腰を下ろした。
「なんか、ずっと観てたくなるね。ここも」
「うん……」
漫画とかドラマを見ていてなぜデートで水族館に行きたがるのか分からなかったが、今日初めて分かった。
凛花のブレザーとブラウス間にできたわずかな隙間を、見つめながら考えていたことだった。
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