2 どきどき
高校が始まって1週間経った。
この頃になると嫌な制服を着慣れてしまい、交友関係でもいい感じのグループに加わることができた。凛花のような親友になれるとは思わないが、孤立しなかったことにほっとした。
こんな中でも、変わらないものがある。私と凛花は小学校の時からずっと一緒に登下校をしていた。普通に考えて、別々の高校に通うことになるのだから、難しくなるはずだろう。
しかし、同じ時間帯の電車で通えることが分かって本当にびっくりした。駅は中学より遠いところにあって、トータルの所要時間はむしろ増えている。部活に入っていないこともあり、前もって連絡しておけば一緒に帰るのも難しくない。
ここ数日は肌寒いこともあり、凛花は制服の上に似たような色合いのカーディガンを着ている。
時折ゆらめくリボンがとても焦ったい。
「学校どう……?」
「えっ? あっ、学校……?」
リボンを見過ぎていて話を聞き逃すところだった。
「うん。初めて別々の学校になったし」
「ああ。実力テストとかやったよ」
「私のところでもやった。応援練習は?」
「……何それ?」
「校歌覚えさせたり、集団行動したりする。先輩が怒鳴ってきてやばかった!」
一緒に帰れなかった、あの日の出来事だろう。いくらセーラー服を着られても、そんな行事に参加しなければならないのは少し嫌。
「そうそう、塾行くか考えている?」
「まだ考えてないかな……?」
大学のことを考えると行った方がいいのだろうが、私の学校は推薦枠が充実している。姉が大学へ通っているのに、自分が普通に行けるのかすら分からない。おそらく大丈夫だろうが、出来れば家から通える所がいい。
「親に相談してみる」
「一緒のところ行ってみようね」
夕食後、両親にアバウトな進路相談をした。
勉強をしたいなら行った方がいいと言われたが、大学に行くのなら推薦の方がいいと思っているらしい。
体験授業を受ける塾は凛花と一緒に探すことにした。
※
ゴールデンウィークが近づいた頃、塾の体験授業に行った。あそこは映像授業を売りにしていて、最寄り駅近くのビルに入っていることもあり第1候補になった。
学校が終わってから直接行かなければならない時間なので、電車の中で凛花と落ち合うことにした。
相変わらず凛花はカーディガンを着ているが、塾では脱いでくれるかもしれない。
親と一緒に来た時もカウンセリングのようなことをされたが、今回も軽く授業の受け方の説明をされた。
授業が終わった後に小テストを受けて、受付の左にあるカウンターで授業の内容を説明する決まりになっている。40分から45分の授業を2本見なければならないので、2時間ぐらいかかりそうだ。
パソコンしかない静かなブースで、ちょこちょこ隣に座っている親友の背中をみる。集中すると俯きがちになることが多いので、サンクチュアリを拝める可能性が高い。
部屋の中は割と暖かいこともあり、カーディガンを脱いでいた。
あと数cm肩が上がれば間違いなく見えてくる。スカートのプリーツの始点なんて俯けば簡単に見られるはずなのに、凛花のものとなると平然といられない。
綺麗な折り目に見慣れているはずの腰回りのラインが出てきている。
動画を一時停止してゆっくりと手を伸ばす。いくらなんでもいけない事なのは分かっている。分かっているのだけれど──
気づいたら、あのセーラー服に触れてしまった。あのしっかりとしたブレザーのような感触が手のひらにしっかりと残っている。
「あっ…… 寝ちゃってた。ありがとう」
「ううん」
私の邪な思いに気づかれなかったのは幸いだった。
授業が終わった後、駅の反対側にあるミスドで塾の反省会をする。
両親の帰りが遅いようで、凛花はここで晩ご飯。汁そばを見ているとお腹が減ってくる。
家に帰れば夕食が食べられる私は、ポン・デ・リングとゴールデンチョコ、飲み物は山ぶどうスカッシュにして我慢した。
「映像授業、どうだった?」
「なんか、小学校の頃を思い出して駄目だった」
「あー、寝ちゃってたもんね」
「マジであの時びっくりしちゃった。いつの間にか寝てたんだから」
コロナの時は先生が問いかけたりこちらの様子を伺ったりすることも多かったが、ここの授業は淡々と進んでしまう。質問も無視していいので、集中力を維持しないと眠くなるのはおかしくない。
そもそも、映像だとちゃんと聞いていても定着しているかどうか怪しいところもあるので、必ず小テストを受けなければならないのは上手く出来ている。
「普通の塾でも眠くなったらどうしよう……」
「そういう所だったら、ちゃんと起こしてくれると思うよ」
「そっかあ。そっちも行くよね?」
「うーん。隣の所って個別指導だっけ」
「多分」
普通に会話をしていると親友に抱いていた感情が消えていく。
電車の中でも同じことをしているはずなのだが、テーブルで全身が見えないから、余計なことを考えずに済む。
「そういえば、ゴールデンウィーク、どうする?」
「どうするって、塾の見学じゃあ……?」
「陽菜ん家で帰省したり旅行したりしない?」
「しないしない。お姉ちゃんも戻ってこないし」
「それならデートしない? 高校入ってから初めての」
「いつ行く?」
「でさ、陽菜さえ良ければなんだけど……」
凛花の言葉を待ちながら、スカッシュを飲み干す。
「お互いの制服、交換しない? ほら、陽菜って私の制服に憧れてたんだし……? 私もS学園の制服、めっちゃ可愛いって思ってたし……」
慎重な言い方に凛花の優しさを感じる。
私の気持ちを伝えるのが、もうちょっと上手かったらこんな気を使わせることはなかった。
それより、凛花が着ている制服でどこかに行けるかもしれないチャンスが訪れている!
おそらく、このミスドの中で最も幸せな人間は私のはず。
「もちろん……! 行こう?!」
「やったぁ! じゃあ、どこ行くかは追々決めよう」
来週は今までの人生の中で最も黄金に輝くことになりそうだ。
まだ何も決まっていないが、高校生っぽいことをしたい。
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