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その婚約破棄、無効です ~前世弁護士のパン屋店主、契約書で理不尽を詰ませます~  作者: 他力本願寺


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第28話 不利な事実を、先に認める

第三査問会室の傍聴席には、ダミアンの商会関係者と粉挽き横丁の住人が混じっていた。


「以上の通り、申立人リーゼは共同経営の資金を明白に横領しておりました」


 ダミアンは証言台から、勝ち誇った声で響き渡らせた。


「しかも申立人は、帳簿だけでなく公証済みの特約まで隠して保全を求めた。このような背信行為を働く者に、法の保護を与えるべきではありません!」


 傍聴席からざわめきが起きた。


「申立人側。ただいまの被申立人の主張に対し、反論はあるか」


 裁定官の重苦しい声に促され、リツは立ち上がった。


 彼女の手には、新たに作成した書類の束がある。


「当方は、申立人リーゼが共同経営資金を無断で引き出した事実を認めます。帳簿原本と公証済みの別紙を隠し、『手元の資料はこれで全部だ』と虚偽の申告をしたことも認めます」


 ダミアンの口元から笑みが消えた。


「初回の保全は、屋号移転の危険を理由に五日間だけ認められました。命令によって原本が提出された翌朝、当方は横領金の返済計画を出し、保全範囲を契約前の資産へ狭めています。すべて記録済みです」


 裁定官が手元の綴りを開き、受理印を確かめた。


「横領の事実については、すでに認めました。しかし、本件の争点は『横領があったかどうか』ではありません。横領を理由に、ダミアン氏が『契約書に書かれていない財産まで奪う権利があるか』です」


「な、何を馬鹿な! 契約書には特約事項があるだろうが!」


 ダミアンが我に返り、慌てて叫んだ。


「彼女が背信行為を行った場合、私は共同経営の資産を差し押さえる権利がある! 屋号も店舗も製法も、すべては今の商売に不可欠な共同の資産だ!」


「いいえ、違います」


 リツはダミアンに向き直り、冷徹な声で反論した。


「特約事項が対象としているのは、あくまで『共同経営によって生じた事業資産』に限られます。しかし、リーゼさんの店、製法、焼き型、そして『屋号』は、あなたとの契約が結ばれるよりもずっと前から、彼女の家族が独自に所有し、使用してきた固有の財産です」


 リツは手元に用意していた証拠――焼き型の製造記録、古い包装紙、二十年前の祭りの出店記録を次々と提示した。


「契約書にないものは、あなたのものではありません。横領の責任と、契約前からある財産の所有権は別です」


 裁定官は提出された書類と証拠を念入りに確認し、やがて重々しく頷いた。


「申立人側の訂正と、争点の限定を認める。被申立人ダミアン。契約書において、あなたがリーゼから『譲り受けた』と認識している財産は、具体的に何と何か」


 裁定官の問いに、ダミアンは忌々しげに舌打ちをした。


「具体的にだと? そんなものは決まっている。私は彼女の店に対する投資として、あのボロ店舗の権利から、焼き菓子の製法、客を呼ぶための屋号まで……この店に関する『すべての権利』を譲り受けたのだ。それが共同経営というものだろう!」


 ダミアンは己の正当性を疑わず、法廷の中心で堂々と宣誓した。


「よろしいですね。今、あなたは『店に関する全権利を得た』と明確に宣誓されました」


 リツの声が、不気味なほど低く法廷に響いた。


 ダミアンは怪訝な顔をした。「ああ、言ったが、それがどうした」


「では、確認しましょう。あなたがリーゼさんと交わした、共同経営の契約書の第一条を」


 リツは手元の契約書を開き、ゆっくりとした口調で、その条文を読み上げ始めた。

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