第23話 依頼を終わらせない
翌朝、リーゼは母親を連れて戻ってきた。
痩せた女性は杖をつき、娘よりも遅い足で店へ入った。薬草の匂いが染みた外套を脱ぐと、最初に頭を下げようとした。
リツは椅子を勧める。
「謝罪を受けるために、お呼びしたのではありません」
「娘から聞きました。私の薬のために、店のお金へ手をつけたと」
母親は小さな布包みをテーブルへ置いた。中には薬を買うために残していた銀貨と、結婚指輪がある。
「これを返済へ」
「足りません」
リツが事実だけを答えると、リーゼが息を詰めた。
「そして、今ここで薬を手放せば、別の費用が増えるだけです。返済計画は、生活を壊さず続けられるものでなければ意味がありません」
リツは昨夜作った表を二人の前へ置いた。
横領額から、すぐ返せる銀貨を引く。残りは、店を取り戻した場合の利益から一定額ずつ返す。取り戻せなかった場合は、別の職で得た賃金から払う。病気を理由に免除は求めないが、治療をやめることも条件にしない。
「店が戻るかどうかも分からないのに、返し方だけ決めるのですか」
リーゼが訊いた。
「罪への責任と、奪われた権利は別です。先に混ぜたのは、あなたとダミアンです。今度は分けます」
母親は結婚指輪だけを布包みへ戻した。銀貨は返済の最初の一回として、リツが受領額を記録する。
リーゼはその数字を自分で読み、署名した。
「依頼を続ける条件を話します」
リツは昨夜と同じ紙を広げた。
横領を正式に認める。返済計画を守る。申立書を訂正する。争うのは、契約に書かれていない屋号、店舗、製法、焼き型だけ。今後一度でも事実を隠せば、代理を辞任する。
「受けます」
リーゼは一つずつ読んでから答えた。
「どんな罰でも、とは言いません。決められた責任を負います。そのうえで、母の店を取り戻したいです」
昨夜のように泣き崩れなかった。目は赤いが、リツが求めたのは涙ではなく、その言葉だった。
リツは窯から焼き印を取り出した。
作業台の丸パンへ麦の穂を押すと、焦げた香りが立つ。焼き印のついたパンを、リーゼの前で二つに割った。
皮が割れる音のあと、白い湯気が二人の間へ上がる。
リツは片方を自分の手元に残した。
「この半分は、あなたの嘘と、不完全な申告で私が急いだ保全です」
もう半分を差し出す。
「ここからは、事実だけで戦います。受け取れますか」
リーゼはすぐには手を伸ばさなかった。母親と返済表を見てから、両手で受け取る。
「はい」
パンを胸へ抱く代わりに、その場でひと口かじった。
リツも自分の半分を食べる。苦い味がするわけではない。だからこそ、忘れないように噛んだ。
昼前、セドリックがホノカを訪れた時、作業台には訂正申立書が完成していた。
「横領の事実と金額。返済計画。帳簿原本が後から提出された経緯。保全の対象から共同資金を外し、契約前から存在した資産だけに狭めます」
セドリックは初回の申立書と訂正書を並べた。
「依頼人が資料を隠していた、とだけ書くこともできます」
「それでは、公の力を先に使うと決めた者が記録から消えます」
「代訴人としての信用に傷がつく」
リツは革鞄の留め金を閉じた。
「急ぐ必要はありました。それでも、急いだ判断までリーゼさん一人へ背負わせるつもりはありません」
セドリックは止めなかった。代わりに、法院まで同行するよう外套を着直す。
リーゼが見送る中、リツは訂正申立書を持って店を出た。




