第4話「無名の道しるべ」
カウンターの奥で、年配の人間種の職員が羊皮紙の束をめくり、一枚の羊皮紙を木製テーブルの上に滑らせた。
「新規の薬草採取人に割り当てられる最初の仕事は決まっている。
これだ」
羊皮紙に記された文字を、私は上から順に読み下していく。
[初期依頼①:渡来の岸周辺における薬草図鑑10種の採取および登録]
[報酬:100PANACEAクレジット、簡易鑑定ツール]
「渡来の岸から石段の民区にかけて自生する基礎的な植物を10種類、採取・登録すれば完了だ。
街の外縁にある草地を歩けばすぐに集まる」
「なるほど。
システムが用意したチュートリアル兼、周辺環境の基礎データ収集というわけか。
達成すれば100クレジットと
[簡易鑑定ツール]
が得られる仕組みだな。
現状の素朴な図鑑機能をどこまで補強できるか、確認が必要だ」
受諾の操作を行うと、システム音が鳴り、ツールアイコンが視界に表示された。それをタップして呼び出すと、古びた皮革装丁の冊子を模したUIが目の前に展開された。
[簡易薬草図鑑]
ページを指先でめくる。提示されているのは
『名前』
『外観のイラスト』
『発見場所』
『品質ランク』
の四項目のみであり、その下の広い余白はすべて空白となっていた。
「……極めて簡素なデータベースだな。
初心者向けの最低限仕様というわけか。
有効成分の構造式はおろか、溶媒特性や抽出条件、あるいは加熱による熱分解閾値の注記欄すら存在しない」
『プレイヤー:ドーズ様』
宙に浮かぶ青い球体
——ナビが静かに音声を挟んだ。
『[簡易薬草図鑑]
は基礎情報のみを記録する仕様です。
なお、一般プレイヤー様の多くは、有志によってゲーム内掲示板へ共有されている非公式データベース
[無名の道しるべ]
を補助情報として参照されております』
「[無名の道しるべ]……?」
提示されたリンクを視線で選択し、外部UIを開く。
羊皮紙風の公式UIとは異なり、そこには綿密な観測データが並んでいた。
単なる採取場所のマップではなく、土壌の質、湿潤度、周囲の気流、そして植物の分布相関が高度な規則性をもって記録されている。
「ほう……
興味深いな。
広域の探査魔法を地形把握に用いるのではなく、土壌の微気候と植物の発生相関へ応用しているデータ構造だ。
作成者のIDは非公開か」
『作成者情報は未登録となっております。
ですが、精度の高さから多くのプレイヤー様に利用されております』
「公式のシステム鑑定よりも、遥かに理にかなっている。
記載欄が白紙なら、この
[無名の道しるべ]
の解析軸を参考に、私自身の観測データで埋めていくだけのことだ」
その時、支部の重い木製扉が軋んだ音を立てて開いた。
潮風に混じって、しめやかな土の匂いと、微かな魔素の残り香が部屋の中に流れ込んでくる。
入ってきたのは、人間種特有のしなやかで均整の取れた体躯に、紺色のローブを纏った一人の女性プレイヤーだった。
頭上には、冒険者ギルド傘下の学術ギルドを示す光のマーカーが浮かんでいる。
[探査魔導院]kinshi
魔法使いの初期装備でありながら、その裾には薄く土汚れがついており、腰には杖だけでなく水分保持のための布で覆われたレザーバッグを下げている。
「……受付。
指定の根茎素材、納品に来た」
短く抑えられた声。
彼女はカウンターへ歩み寄ると、バッグから慎重な手つきで数本の根を取り出し、木製テーブルの上へ並べた。
根の表面には黒土がしっとりとした質感のまま丁寧に残されており、探査魔法によるものか繊細な手技によるものかは定かではないが、細根を傷つけずに掘り起こした痕跡が見て取れた。
人間種のNPC職員が眼鏡の縁を指で押し上げながら、根と彼女の顔を交互に見比べた。
「ほう……
今日は採取人と、探査魔法をそんな用途に使う魔法使いが続けて来るとは、変わった巡り合わせだな」
彼女は職員の言葉に一切反応せず、提示された羊皮紙へ淡々と手をかざした。手続きが完了するのを待つ間、彼女の細い指先が、根茎の表皮についている黒土の湿度を確かめるように静かに触れている。
根圏環境を意識していなければ出てこない手つきだった。
私は静かにその佇まいを注視していた。
彼女が手続きを終えて振り向いた瞬間、一瞬だけ互いの視線が交差した。
言葉こそ交わさなかったが、彼女の指先についた土の感触と、先ほど表で採取した紫芽草の切断面から手指に残る微かな皮膜感
——互いに
「攻撃力や威力を追い求める大衆」
とは明確に異なる着眼点を追っている気配が、数秒の静寂の中に伝わっていた。
彼女は静かな足取りで支部の扉を開けて出て行った。
「人気職の魔法使いでありながら、探査魔法を土壌と根圏の解析に流用している口かね……
興味深い研究対象だ。
あの
[無名の道しるべ]
も、彼女の手によるものかもしれんな」
『公開プロフィールの属性データ上、先ほどの方は初期ビルドとして探査系の術式を選択されている人間種のプレイヤー様です』
ナビの説明を耳に流しながら、私は空間に浮かぶ簡易図鑑のウィンドウを閉じた。
「よし、最初の検証に取りかかるとしよう。
まずは渡来の岸の雑草群からだ」
私は商会の扉を押し開き、潮風の吹き抜ける石段の街並みへと踏み出した。
[SYS_LOG::MITRA_CORE_IMMUNE]
[EVT_TRACE::SESSION_02_QUEST_ACCEPT]
├─ QUEST_ASSIGN :: ID_Q_001 [HERBARIUM_10_SPECIES] -> ENTITY_882109-DOSE
├─ TOOL_MOUNT :: UI_TOOL_01 [SIMPLE_HERBARIUM_BOOK] (BASIC_SCHEMA_ONLY)
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│ └─ PARSED_AXIS: ENV_MICRO_CLIMATE x ROOT_ZONE_CORRELATION
├─ ENTITY_ENTRY :: NODE_UID_9012 [kinshi] (RACE: HUMAN / CLASS: MAGE)
│ ├─ GUILD_AFFIL : EXPLORATION_ACADEMY (MARKER_STATUS: ON)
│ └─ ITEM_SUBMIT :: RAW_ROOT_SAMPLES (FINE_ROOT_INTEGRITY: HIGH)
├─ X_PROXIMITY :: ENTITY_882109-DOSE <---> NODE_UID_9012 [kinshi]
│ └─ SENSORY_RECOGNITION: TACTILE_RESIDUE_SOIL_HUMIDITY
├─ NAVI_FEEDBACK:: PUBLIC_PROFILE_VERIFICATION (SPECIES: HUMAN / BUILD: SURVEY_MAGIC)
└─ POS_DISPATCH :: ENTITY_882109-DOSE -> ZONE_MEBIUS_L0_OUTER




