↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/23

第20話「外縁の監視者」


 大衆の信用が反転した夜以降、タリサの家を取り巻く空気は明らかに張り詰めていた。


 石段の民区の外縁部


——舗装の途切れた暗がりから、いくつもの視線が私の隠れ家へと注がれていた。


足音を殺し、物陰を伝う不穏な足取り。

患者たちの素朴な足音とは異なる、重装備の金属音と殺気を帯びた気配だった。


 翌朝、補給用のガラス瓶を届けるためにやってきた、寒暖差への耐性を備えた荒人(あらびと)の行商人の男が、住居のドアを滑り込むように開け、声を潜めた。


「先生、気をつけな……。

白百合の連中、直接手は出せないからって、裏で荒事専門の戦闘系プレイヤーを雇って表の通りに張り付かせてるぜ。

この家の外を一歩出れば非セーフティゾーンだからな。

事故に見せかけたPK(プレイヤーキラー)として、外へ出てきたあんたを処理する気だ」


「なるほど。

直接的な規律違反を避けつつ、外部の戦闘力を利用して障害を排除する政治的アプローチか」


 私は淡々と試薬小瓶を受け取り、代金を手渡した。


「それとな、先生……

本筋とは外れるんだが、OCEAN領域からとんでもない噂が上がってきてる」


「海のエリア、かね?」


「ああ! 

獲った魚をすぐ売らずに、腐るギリギリまで寝かせてるって馬鹿にされてた変わり者の漁師がいるんだが……

なんと、サーバー最大級の超大型モンスターが出た大規模討伐イベントで、その『熟成肉』を使ったバフで大金星を叩き出したんだと!

市場も大騒ぎさ」


 行商人の言葉を聞きながら、私は思考を巡らせた。


 PANACEAのシステムにおいて、バフや消耗品の効果時間・補正倍率は、アイテムに含まれる呈味成分(アミノ酸など)の濃度や不純物の除去率に正比例して乗算される仕様になっている。


 タンパク質の自己分解(オートリシス)で生成した呈味成分が、消化吸収効率と血中移行率を跳ね上げ、結果としてバフ補正倍率が極端に増幅されたわけか。


「生体反応の閾値さえ突破できれば、常識外の素材でも薬効を発揮する……

そういうことだ。実に理にかなっている」


「とにかく先生、外の連中には気をつけるんだぞ」


 行商人はそう言い残し、警戒しながら隠れ家を去っていった。


 私は静かに住居の窓から外の路地を観察した。


 石段の民区の中央広場や、このタリサの家の敷地内は、メビウス自治区の管轄下、またはセーフハウス権能としてシステム的な戦闘不可補正(セーフティゾーン)が適用されている。

だが、一歩敷地を跨いだ外の路地は、保護から外れた『非セーフティゾーン』に指定されていた。


 PANACEAにおける生産系職業(薬草採取人)の基礎ステータスは悲惨なほどに低い。

可視ステータスであるHP、筋力、敏捷性はいずれも戦闘職の三分の一以下に設定されており、正面から剣や攻撃魔法を受ければ一撃で死に至る。


 さらに、プレイヤーが死亡した場合は所有アイテムをすべてドロップする。

システム側に記録される研究ログとは別に、長年の観察や環境曝露によって私自身の肉体に刻まれてきた『代謝耐性データ』が完全初期化されるという、苛烈なペナルティが課されるのだ。


 敷地外の路地の物陰で、黒い皮甲冑を纏った山人(やまびと)と人間種の二人の戦闘系プレイヤーが、腰の大剣の柄へ自然に手を添えたまま、住居のドアをじっと監視しているのが見えた。


「私を死亡させ、アイテムを全ドロップさせた上で、肉体に蓄積された臨床データを初期化させる……。

それが彼らの狙いというわけか」


 私は作業台へ向き直り、試薬ポーチの仕切りを静かに確認した。


 中には、夜間に採取した曼陀羅草から抽出した高濃度の麻痺性アルカロイド、粘性樹液を加工した移動阻害剤、そして視界を遮断する微小な胞子嚢が、遮光小瓶の中に厳重に密閉されていた。


 一般プレイヤーの戦闘は、剣のスキルや詠唱魔法で相手の可視ステータスの数字を削り合う記号的な殴り合いだ。しかし、この全分子シミュレーションエンジンにおける本質的な戦闘とは、数値の減少ではない。


「神経伝達を遮断し、代謝を停止させ、生体機能を一時的に不全へ陥らせれば、どれほどステータスの高い戦士であろうと物理的に無力化する」


 私は静かに住居のドアノブへ手をかけた。


「私を『戦闘不能な生産職』と誤認し、セーフエリアの外で待ち伏せしている限り、彼らが優位に立つことはあり得ない。

……生体反応の新たな検証対象として、外でお相手をさせてもらおう」


 私は眼鏡の鼻あてを静かに押し上げ、二本の試薬瓶を手に握りしめながら、非セーフティゾーンの路地へと足を踏み出した。


[SYS_LOG::MITRA_CORE_IMMUNE/ENV_SYS]

[T+000000::53:08:12.001] HOUSING_NODE :: HOUSING_ID_ISHIDAN_OUTER_12 [TALISA_HOUSE]

├─ AREA_STATUS :: NON_SAFETY_ZONE (SYSTEM_CIVIC_PROTECTION_NULL)

└─ THREAT_DETECT :: PLAYER_PK_PAIR [YAMABITO_WARRIOR, HUMAN_WARRIOR]


[T+000000::53:10:40.112] INFORMANT_LOG :: AGENT_NPC_MERCHANT_12 (RACE: ARABITO) <--> DOSE

├─ PROXY_CONTRACT :: LILY_HEALERS -> PK_PLAYER_INDIRECT_HIRE

├─ CROSS_SIGNAL :: OCEAN_DOMAIN_RUMOR [NODE_7012_AGED_MEAT_BUFF_MAX]

└─ DOSE_PARSED :: "AUTOLYSIS_AMINO_ACID_ABSORPTION_MULTIPLIER"


[T+000000::53:15:20.450] RISK_EVALUATION:: ENTITY_882109-DOSE :: DEATH_PENALTY_METRICS

├─ VISIBLE_STAT :: HP/STR/AGI = 32%_OF_WARRIOR_AVERAGE (CRITICAL_LOW)

├─ ITEM_LOSS :: 100%_DROP_PREDICTED

└─ RESISTANCE_DATA:: BODY_METABOLIC_ADAPTATION_RESET_RISK = 100%


[T+000000::53:18:00.890] COMBAT_MODE_INIT:: NON_HP_BIO_HACKING_INCAPACITATION_PREP

├─ AMMUNITION :: [MANDARASOU_ALKALOID], [RESIN_FLUID], [SPORE_POD]

├─ TARGET_MECHAN :: NEURAL_TRANSMISSION_SHUTDOWN & METABOLIC_ARREST

└─ ARCHIVE_SAVE :: SYSTEM_LOG -> [INTERNAL_LEARNING_LOG_ID-8865]

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。