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第12話「症例第二号」

 

 石段の民区の中央エリアを追われた私は、安全にログアウトできる場所を求めて、人通りの絶えた民区の外縁部へと足を進めていた。


 標高を増すごとに傾斜は険しくなり、舗装の崩れた石畳の隙間からは、湿った苔と、種別の判別が難しい小型植物群が不規則に茂っていた。通り沿いに並ぶのは、住人の去った古い石造りの廃屋群だ。


 PANACEAでは、セーフティゾーン外でそのままログアウトを実行すると、無防備な状態のまま一定時間アバターが晒される仕様が存在する。

 白百合治療団から警戒されている現状、街の路傍で無防備にログアウトするのはリスクが高すぎるのだ。


「人目を避け、雨風と他者の不法侵入を遮断して安全にログアウトできる場所が必要だな」


 私は道沿いの一軒の廃屋の前で立ち止まった。

 厚い石壁は健在で、直射日光と人目を遮る深い軒下がある。

 錆びついた鉄のドアを押し開けると、乾いた土と古材の匂いが広がった。


「ここなら通りからの視線も届かない。

 ……だが、無防備なアバターを晒す前に、最低限の物理的な隠蔽措置を施しておく必要があるな」


 私は試薬ポーチを腰から外し、室内と戸口の観察を開始した。


 豪華な防犯魔法やシステム管理された鍵がなくとも、構造特性を利用すれば必要十分な安全性は確保できる。


 まず、部屋の隅に転がっていた割れた木箱の板材から適当なくさびを削り出し、錆びた鉄ドアのヒンジと床の隙間に打ち込んだ。

 外側から強引に押し開けようとしても、扉が引っかかり即座に開かないようにするための物理的な補強だ。


 次に、壁の隙間や割れた窓枠から内部の様子が外へ一切視認されないよう、持ち込んでいた遮光性の防護布と手頃な平石を組み合わせて、徹底した遮光・遮視のための簡易遮蔽を施した。直射日光を遮るだけでなく、通りかかる者の視線を完全に遮断する外観偽装だ。


 さらに、床の石板を一枚静かに持ち上げ、その下の乾いた土を削って小さな窪みを作った。

 試薬ポーチや予備の遮光小瓶を静かに納め、上から再び石板を被せる。

 システム管理されたストレージに頼らない、物理的な隠し棚の完成だ。


 最後に、ドアの取っ手の裏側に、緑十字商会の購買で買っておいた真鍮製ピンセットの予備を糸で吊るし、扉が数ミリ動いただけで乾いた金属音が響く簡易の触覚センサーを仕掛けた。


「システム的な安全補正が働かない非セーフティゾーンであっても、光・音・動線の三要素を遮断しておけば、アバターの発見リスクは大幅に低減できる。

 ……工作完了だな」


 薄暗い廃屋の奥、外からは完全に死角となる位置で壁に背を預けた。


「これでログアウト中の安全は担保された。

 ……そろそろログアウトするとしよう」


 私がシステムメニューを呼び出し、ログアウトコマンドを選択しようとした、まさにその時だった。


 カチャン……と、

 取っ手に仕掛けた真鍮が跳ね、続いてギィ……と古い鉄のドアが重い音を立てて微かに軋んだ。


 冷たい夜風とともに、戸口の暗がりに立ち尽くす小柄な人影。肩を力なく窄め、胸を押さえながら浅い呼吸を繰り返すその人間種の女性の姿が、月光の中に静かに浮かび上がっていた。呼吸のたびに胸郭が痛みがちに揺れており、明らかに正常な状態ではない。


 ——ピコン、と。


 暗がりを見つめる私の視界の片隅で、静かなポップアップ音が鳴り、未読の透過ウィンドウが淡く明滅した。

[SYS_LOG::MITRA_CORE_IMMUNE]

[EVT_TRACE::SESSION_02_LOGOUT_PREP]

├─ SEARCH_SAFE_ZONE:: ENTITY_882109-DOSE -> ABANDONED_STRUCTURE_04

│ └─ RISK_EVAL: OUT_OF_SAFETY_ZONE (AVATAR_RESIDUAL_EXPOSURE_RISK)

├─ CAMOUFLAGE_EXEC :: PHYSICAL_SECRECY_WORK

│ ├─ DOOR_FIX : WOODEN_WEDGE_MECHANICAL_LOCK

│ ├─ LIGHT_MASKING: SHADE_CLOTH (EXTERNAL_VISIBILITY = 0.0%)

│ ├─ VAULT_BUILD : UNDER_STONE_PHYSICAL_VAULT

│ └─ SENSOR_SET : BRASS_PINSET_TACTILE_ALARM

├─ SECURITY_EVAL :: AVATAR_RESIDUAL_SAFETY_SCORE = 94.2%

└─ LOGOUT_INTERRUPT:: SYSTEM_MENU_OPEN -> EVENT_CANCELLED

├─ ALARM_TRIGGER: BRASS_SENSOR_ACTIVATED (PHYSICAL_DISPLACEMENT)

├─ APPROACH_NODE: AGENT_NPC_TALISA (RACE: HUMAN / VITAL: CRITICAL)

└─ POPUP_AUDIO : TRIGGER_NOTIFICATION_SOUND (UI_MESSAGE_PENDING)

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