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第11話「追放は悪くない」

 

 白百合治療団の施薬所でレイと対峙してから、幾度かの夜が過ぎていた。

 私は中央の通りを避け、湿り気を帯びた石垣の影で、薬用植物の細根に集積する不溶性成分の推移を計測し続けていた。


 昼下がり、緑十字商会の窓口へと続く緩やかな傾斜を歩いていた私の前へ、突然四人の影が滑り込んできた。

 白地に銀の刺繍をあしらった布甲冑を纏った者たち


 ——先頭に立つ山人やまびとの女性隊員が、手袋をはめた指先を細剣の柄に添え、冷え切った視線を投げてくる。


「ドーズね。

 団長がお呼びよ。

 同行してもらうわ」


 周囲の歪な石畳の上では、異様な空気を感じ取った人間種や山人の住民、新参の旅人たちが足を止め、遠巻きに輪を作り始めていた。


 私は歩みを緩めることなく、静かな足取りで隊員たちの後を追った。

 行き先は石段の民区の中央広場


 ——この街の土地権益に基づく白百合治療団の私有区画だった。


 施薬所の前には、先日言葉を交わしたレイが、羊皮紙の帳簿を手に佇んでいた。

 その傍らには、先日私が

『静心散』を処方した不眠の依頼主の家へ足を運んでいたという、

 荒人あらびとの往診担当職員の姿もあった。


「わざわざ隊員を差し向けるとは、随分とものものしい呼び出しだな。

 ……私に何の用かね?」


 私が問いかけると、レイは帳簿から視線を外し、氷を刃にしたような眼差しを私へ差し向けた。


「往診担当職員からの報告が届いたわ、ドーズ。

 あなたは先日、不眠を訴えていた住民の自宅へ密かに立ち入り、夜間に採取した危険植物

 ——曼陀羅草から作った未承認の粉末薬を投与したそうね」


 レイの脇に立つ荒人の往診担当職員が、胸を怒らせるように息を荒らげ、声を張った。


「団長、間違いありません! 

 あの男は劇物の抽出物を勝手に住民へ飲ませ、危険な中毒を招きかねない行為をしたのです! 

 結果的に症状は治まったようですが、あんな未検証の投薬を許せば、この区画の衛生秩序は崩壊します!」


 伝聞を重ねるうちに不正確な情報が増幅され、事実が著しく歪められているようだった。


「伝聞による事実の歪曲だな」


 私は試薬ポーチへ指先を触れさせながら、淡々と反論した。


「私は緑十字商会の正規依頼に基づき、患者の体組成と代謝率を計算した上で

『静心散』を処方した。

 投薬後の自律神経データは正常化し、観察された副作用は一切なかった。

 客観的数値が示している事実を、君たちは感情論で否定するのかね?」


「数値の問題ではないわ」


 レイは荒人の往診担当職員を手で制し、皮甲冑の靴音を鳴らして一歩前へ踏み出してきた。


「個人の勝手な計算で劇薬を

『安全だ』と断定し、

 未承認のまま投薬する行為そのものが、この区画の安全に対する重大な脅威なのよ。

 過去に未検証の薬物投与がどれほどの惨劇を引き起こしたか……

 私たちはその過ちを繰り返さないために、厳格な規律を設けているの」


 レイは白銀の革手袋をはめた手で、羊皮紙の立入禁止処分書を私へ提示した。


「白百合治療団の決定よ。

 ドーズ、あなたの調合薬は危険性評価未承認調合物と認定されたわ。

 本日をもって、土地権益に基づく当治療団の私有区画——

 この中央坂道一帯からの退去を命じ、今後の立ち入りを全面的に禁止します。

 ……この区画を通らずに緑十字商会へ至る迂回路は、高層区へ続く急坂しか存在しないわ。

 今のあなたの登坂適性で通れるかしらね」


 レイが処分書へ細いペン先を走らせた瞬間、視界の片隅で重い警告音が響き、赤く明滅する透過ウィンドウが立ち上がった。


『白百合治療団からの警戒レベルが上限に達しました』

『土地管理権限に基づき[石段の民区・私有管理区画]からの退去命令が発令されました』

『※該当区画への立ち入りは不法侵入とみなされ、警備機構による強制排除の対象となります』


 公的インフラである緑十字商会そのものの利用権を奪う越権はできなくとも、支部へ至る唯一の平坦な坂道を私有地として押さえることで、物理的にアクセスを遮断する手法か。

 高層区へ続く急勾配の裏道を迂回するには、現在の私の『登坂適性』では物理的に不可能な計算になる。


「退去命令、かね?」


「そうよ。今後、白百合の管理地であなたの調合薬を取引・投与しようとした場合、私たちはあなたを有害な存在とみなし、規律に従って強制排除の措置を取るわ。

 ……立ち去りなさい」


 広場を包む静寂の中、集まった人々から押し殺した囁き声が波のように広がっていった。


「おい見ろよ、あの薬草採取人、白百合のエリアから追い出されたぞ……」


「毒草で怪しい薬を作ってたんだろ? 自業自得だな」


「あそこに睨まれたら、もう緑十字商会の支部へ行く道すら塞がれたも同然だぜ」


 冷ややかな視線が集中する中、私は眉ひとつ動かさずにレイの目を見返した。


「不正確な伝聞と過去のトラウマに基づく排斥か。

 ……実に非論理的な判断だな。私をこの区画から排除したところで、生体反応の法則と用量の事実は何ひとつ変わらない。

 君たちの無毒至上主義が、いずれこの街の治療限界を引き起こすことになるだろう」


「……警告はしたわ。行きなさい」


 レイはそれ以上言葉を交わすことなく、冷徹に背を向けた。


 私は静かに身を翻し、石畳の坂を上り始めた。


 私有区画の境界線を越える手前、路地の片隅で荷を解いていた荒人の行商人と山人の新規プレイヤーが交わしている雑談が、風に乗って耳に届いた。


「へえ、毒草で追放か……

 どこも変な奴がいるもんだな」


「そういえば、豊穣組合が管轄する石段の斜層でも妙な噂があるぜ。

 石ころだらけの不毛な劣悪地で、肥料もやらずに信じられない品質の作物を育ててる農家がいるらしい」


「肥料なしで? どうやって育てるんだよ」


「わざわざ水や肥料を絞りあげて、作物に過酷なストレスを与えてるんだと。『逆境でしか出ない成分がある』とか言ってるらしいが……

 正気じゃないよな」


 水と養分の制限による環境曝露

 ——植物生理学における防御応答と二次代謝産物の誘導を、極限まで突き詰めた手法か。


「条件の閾値を操作し、植物のストレス応答から有用成分を引き出している者がいるわけか。

 ……興味深いアプローチだな」


 私は小さく呟いた。

 港の組合で時間の変化を追う者に続き、農地の組合でも環境の閾値を検証している者が存在する。

 だが、他者の試みがどうあれ、今の私には己の検証を継続する場所の確保が先決だ。


 私有区画の境界を抜け、私は人通りの絶えた石段の民区の外縁


 ——公共の共有地として放置された、古びた廃屋が立ち並ぶ日陰の区画へと足を進めた。


「中央エリアからの排除か。集団の過剰な規律から離れ、静かにデータを取れる環境が得られたと考えれば、悪くない」


 冷ややかな山気が吹き抜ける路地の奥で、私は新たな試みの場となる場所を見定めるべく、静かに歩みを進めた。

[SYS_LOG::MITRA_CORE_IMMUNE]

[EVT_TRACE::SESSION_02_PRIVATE_ZONE_EVICTION]

├─ PATROL_ESCORT :: ENTITY_882109-DOSE BY AGENT_SQUAD [LILY_HEALERS]

│ └─ SQUAD_LEAD: AGENT_NPC_GUARD (RACE: YAMABITO)

├─ ACCUSATION :: LOCATION [ISHIDAN_PRIVATE_MANAGED_ZONE]

│ ├─ ACCUSER_01: AGENT_NPC_RAY (RACE: HUMAN)

│ ├─ ACCUSER_02: AGENT_NPC_VISITOR (RACE: ARABITO)

│ └─ CHARGE : UNAPPROVED_HAZARD_COMPOUND_DISTRIBUTION

├─ SYS_EVICT_EXEC:: ATAGO_LAND_RIGHTS_CLAUSE_TRIGGERED

│ ├─ APPLICANT : AGENT_NPC_RAY (LILY_AUTHORITY)

│ ├─ EVICT_TARGET : ZONE_MEBIUS_L1_PRIVATE_SECTOR

│ ├─ PHYSICAL_GATE: MAIN_PATH_TO_GREEN_CROSS_BLOCKED = TRUE

│ ├─ BYPASS_ROUTE : KOURAN_STEEP_PATH (CLIMB_STAT_CHECK: FAILED)

│ └─ STATUS_SET : PRIVATE_ZONE_ACCESS_DENIED (GUARD_HOSTILE_ON_ENTRY)

├─ SIGNAL_RECEIVE:: CROSS_DOMAIN_RUMOR (HOJO_GUILD_SECTOR -> PHARMA)

│ ├─ SOURCE_AGENTS: AGENT_MERCHANT (ARABITO) / PLAYER_NEWBIE (YAMABITO)

│ ├─ PAYLOAD : "STRESS_RESPONSE_CULTIVATION_NODE" (NODE_UID_6021_SOTA)

│ └─ PARSED_BY : ENTITY_882109-DOSE ("SECONDARY_METABOLITE_INDUCTION")

└─ POS_TRANSITION:: ENTITY_882109-DOSE -> ZONE_MEBIUS_L1_OUTER [PUBLIC_SHARED_SECTOR]

└─ ENV_STATUS : NON_SAFETY_ZONE (PK_ENABLED_AREA)

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