第六話 剣を振れない少年は、最初の一歩を踏み出した
ここは、剣を振れない人でも入れる学校なんですか。
倒れた正門の外で、片脚を引きずる少年が尋ねた。
年齢は十二歳ほど。
古びた服を着て、右手には身体を支えるための木の杖を持っている。
その後ろでは、村の子供たちが不安そうにこちらを見ていた。
俺は少年の前まで歩く。
名前は。
テオです。
剣を学びたいのか。
少年はすぐには答えなかった。
自分の右脚へ視線を落とし、杖を握る手に力を込める。
父さんと兄さんが、村の自警団に入っています。
テオの家族は、周辺の魔物から村を守っているらしい。
テオ自身も幼い頃から、いつか一緒に戦いたいと考えていた。
だが、五年前に右脚が動かなくなった。
怪我をしたわけではない。
病気でもない。
ある朝、突然立てなくなり、それ以来、杖なしでは歩けなくなったという。
王都から来た治癒術師にも診てもらった。
骨や筋肉に異常はないと言われた。
神殿では、本人の努力が足りないのだと告げられたらしい。
だから、剣を振れるようになりたいのか。
俺が尋ねると、テオは首を横に振った。
皆と同じように、村の役に立ちたいです。
その答えに、俺は少しだけ安心した。
剣を持つことだけが目的なら、別の道を勧めていた。
しかし、村を守りたいというのなら、剣以外にも方法はいくらでもある。
入学を許可する前に、身体を見てもいいか。
はい。
俺はテオの前に膝をつき、才能鑑定を使った。
名前、テオ・ランドル。
身体強化適性、低。
剣術適性、低。
地属性魔法適性、最高。
地脈感知適性、測定限界以上。
魔力循環、右脚に集中。
原因はすぐに分かった。
テオは歩けないのではない。
無意識に地面から魔力を吸い上げ、それを右脚へ集め続けている。
大量の魔力で筋肉が硬直し、自分の脚を動かせなくしていた。
普通の治癒術師では、身体に異常がないと判断するだろう。
問題があるのは身体ではなく、魔力の流れだ。
俺はテオの右脚へ触れた。
感覚はあるか。
少しだけ。
痛みは。
ありません。
立ってみろ。
テオが杖を使い、ゆっくりと立ち上がる。
右脚は地面へついているが、まるで石の柱のように動かない。
俺は足元の土を指した。
地面が、何か言っているように感じることはあるか。
テオの顔が強張った。
どうして分かったのですか。
何が聞こえる。
声ではありません。
テオは言葉を探すように、地面へ視線を向けた。
土の下で水が流れている場所や、石が埋まっている場所が、何となく分かります。
村の井戸が枯れかけたときも、別の場所を掘れば水が出ると父へ伝えた。
実際にその場所から水が出たらしい。
だが偶然だと思われ、それ以上は誰も気にしなかった。
立派な才能だ。
俺がそう告げると、テオは戸惑った。
これが、才能なのですか。
ああ。お前は地面を流れる魔力を感じ取り、身体へ取り込める。
ですが、僕は歩くことも。
取り込みすぎているだけだ。
ミレイユと似ている。
力がないのではなく、大きすぎる力を正しく流せていない。
俺は運動場へ戻り、テオを中央へ立たせた。
七人の教え子と三人の生徒、それに村の子供たちまで集まってくる。
テオは注目されることへ慣れていないのか、不安そうに杖を握った。
難しいことはしない。
まず、地面から流れ込んでくる力を感じろ。
いつも感じています。
その力を止めようとするな。右脚へ入る前に、左脚へ半分だけ流してみろ。
テオは目を閉じた。
しばらく何も起こらない。
やがて、彼の左足の周囲で小さな石が震え始めた。
右脚へ集中していた魔力が、少しずつ左側へ移動している。
テオの身体が揺れた。
杖を持つ手に力が入る。
怖いか。
はい。
転んでも、ここにいる全員が支える。
俺の言葉を聞き、テオがゆっくりと息を吐いた。
勇者リリアが、すぐ後ろへ立つ。
今度は余計なことを言わず、いつでも支えられるよう両手を広げていた。
セシリアも横へ並ぶ。
自分も剣を握れなかったからか、テオの不安が分かるのだろう。
一歩だけでいい。
俺が告げる。
右脚に溜まった力を、地面へ返せ。
テオの足元で、土がわずかに沈んだ。
右脚を固めていた魔力が、地面へ流れていく。
これまで動かなかった膝が、小さく曲がった。
テオが息を呑む。
動いた。
まだだ。
右脚を前へ出せ。
テオは杖を握ったまま、右脚を持ち上げた。
わずかな高さだった。
それでも、五年間一度も自分の意思で動かなかった脚だ。
ゆっくりと前へ出し、地面へつける。
身体が大きく傾いた。
リリアが支えようとしたが、テオは自分で杖をつき、倒れるのを堪えた。
一歩。
たった一歩。
だがテオは、自分の力で前へ進んだ。
歩けた。
震える声が漏れる。
もう一度だ。
テオは右脚へ力を入れた。
今度は先ほどよりも滑らかに動く。
二歩目。
三歩目。
運動場の途中で力が尽き、テオは膝をついた。
それでも、顔には大きな笑みが浮かんでいる。
村の子供たちから歓声が上がった。
先生。
テオは地面へ座ったまま、俺を見上げた。
僕も、この学校へ入っていいですか。
もちろんだ。
剣を持てるかは、まだ分からない。
地属性魔法を学べば、剣より村の役に立つ方法が見つかる可能性もある。
それでもいいか。
何でもいいです。
テオは力強く頷いた。
僕にできることを、見つけたいです。
なら、今日から四人目の生徒だ。
ミレイユたちがテオの周りへ集まる。
ミレイユは、自分も力の流し方を練習していると嬉しそうに説明していた。
ノエルは、疲れたテオへ生命活性を使おうとする。
まだ対象を一人に絞る練習中なので、周辺の雑草まで一緒に伸び始めた。
セシリアはテオへ木の枝を渡そうとしている。
まだ歩く訓練からだ。
俺が止めると、セシリアは少し残念そうに枝を引っ込めた。
その様子を、村の子供たちが正門の外から見ている。
最初に手を挙げたのは、小さな獣人の少女だった。
私、文字が読めないけど入れますか。
その隣にいた少年も手を挙げる。
僕は魔法を使うと、服だけが燃えます。
別の少女が続く。
私は魔物と話せるって言ったら、嘘つきって言われました。
次々と声が上がる。
気づけば正門の前には、入学を希望する子供が十人以上並んでいた。
俺はまだ直し終えていない校舎を見る。
使える教室は一つ。
寝室も足りない。
机も椅子も、人数分は残っていない。
生徒は昨日まで三人だった。
それが、今日中に十人を超えようとしている。
先生。
フィオナが期待に満ちた顔で俺を見る。
竜騎士科を作る時が来ましたね。
まだ一人も竜騎士志望はいない。
では、これから全員へ希望を聞きましょう。
子供たちを竜騎士へ誘導するな。
リリアたちも、教師として自分の担当を持ちたいらしい。
七人が子供たちを囲み、それぞれ自分の分野の素晴らしさを説明し始める。
つい昨日まで落ちこぼれ専門の小さな学校だったはずだ。
それなのに、初めての授業を始める前から、学校の規模だけが勝手に大きくなっていく。
その日の夕方。
エルガ村の村長が、慌てた様子で学院へ駆け込んできた。
学院長先生。
どうした。
村長は何度も後ろを振り返った。
王都の紋章を掲げた馬車が、村へ向かっています。
七人の教え子たちが、一斉に表情を険しくする。
俺は嫌な予感を覚えながら尋ねた。
使者か。
いいえ。
村長は息を整え、首を横に振った。
馬車に乗っているのは、王都の学院を退学になった子供たちです。
その数、百人以上です。




