第五話 最強の勇者たちは、教師としては役立たなかった
王城は、きちんと解放してきたんだろうな。
俺が尋ねると、六人の教え子たちは一斉に視線を逸らした。
運動場へ重い沈黙が落ちる。
最初に口を開いたのは、聖女セレナだった。
先生からのお手紙を受け取りましたので、国王陛下を含む皆様には、自由に城を出ていただきました。
それならいい。
ただし、私たちも王国を出てきました。
それはよくない。
俺が即座に答えると、勇者リリアが一歩前へ出た。
魔王軍との戦いは終わりました。私たちが王国に残る理由もありません。
仕事はどうした。
全員、辞めました。
七人そろってか。
はい。
リリアの後ろで、残る五人も頷く。
どうやら冗談ではないらしい。
剣聖エリシアが腰の剣へ手を置いた。
先生を役立たずと判断する方々に、私たちの力を預けることはできません。
賢者ルシアも続く。
王国側には、魔王軍の残党を退けるための結界と魔道具を残してきました。少なくとも十年は問題ありません。
十年後はどうする。
その頃には、先生の学校が王国より強くなっています。
学校は国と戦う場所ではない。
精霊使いマリアが、穏やかな笑顔を浮かべる。
安心してください。王城からは何も持ち出していません。
その言い方だと、持ち出そうとはしたのか。
先生が受け取るべき報酬だけでも回収しようとしたのですが、リリアに止められました。
リリアを見る。
リリアは胸を張った。
先生なら、王国のお金など必要とされないと思いましたので。
必要だ。
俺たちの後ろには、屋根の半分が壊れた校舎がある。
教師も生徒も、昨夜は教室へ毛布を敷いて眠った。
これから食料や教材も買わなければならない。
王国が正当に支払うべき退職金なら、受け取っておけばよかった。
先生。
影の英雄クロエが、いつの間にか俺のすぐ隣に立っていた。
小柄な黒髪の少女で、気配を消すことに関しては七人の中で最も優れている。
私の個人資産を、すべて先生へ差し出します。
いらない。
では、半分。
金額の問題ではない。
クロエが残念そうに引き下がる。
今度は聖女セレナが前へ出た。
神殿からいただいた報奨金があります。
自分のために使いなさい。
賢者ルシアが手を挙げる。
所有している魔導塔を売却します。
売るな。
精霊使いマリアが続く。
精霊の森に埋まっている宝石を。
掘り返すな。
七人は魔王軍との戦いで、王国から十分すぎる報奨を受け取っている。
だが、それは彼女たちが命を懸けて得たものだ。
俺の学校へ使わせるつもりはない。
俺は七人を順番に見た。
俺が無事だと分かったなら、それぞれの場所へ戻りなさい。
嫌です。
また即答だった。
今度は七人全員の声が揃っている。
勇者たちの後ろで、ミレイユたち三人が困惑していた。
憧れていた英雄たちが、教師の言うことを聞かない姿を見ていいのか判断できないらしい。
リリアが俺へ任命書を差し出した。
私たちも、この学院の教師になります。
教師。
はい。先生が落ちこぼれを育てられるのでしたら、私たちがお手伝いします。
俺は七人を見回す。
確かに全員、戦士としては世界最高峰だ。
それぞれの分野で、彼女たちより強い者を探す方が難しい。
だが、強いことと教えることは別だ。
フィオナは朝から校舎の修理を手伝い、三人の能力についても冷静に観察していた。
少なくとも、実技教師として役立つ可能性はある。
残る六人については分からない。
分かった。
七人の顔が明るくなる。
ただし、教師として採用するかは試験をしてから決める。
どのような試験でしょうか。
三人へ何か一つ教えてみなさい。
俺はミレイユ、セシリア、ノエルを示した。
自分の力で問題を解決するのは禁止だ。三人自身に成功させること。
七人は自信に満ちた表情で頷いた。
◆
最初に挑戦したのは、勇者リリアだった。
担当するのはセシリア。
リリアは運動場の中央に立ち、聖剣を抜いた。
セシリア。剣を恐れてはいけません。
はい。
勇気を持って握れば、剣は必ず応えてくれます。
セシリアは木の枝を握りしめる。
リリアが手本として聖剣を一度振った。
運動場の端にあった大岩が、音もなく真っ二つになった。
あのように振ってください。
無理です。
セシリアの答えは正しかった。
勇者リリアは感覚で戦う。
本人は努力家だが、自分がどう身体を動かしているかを説明するのが苦手だ。
次は剣聖エリシア。
彼女はセシリアの姿勢を細かく直し始めた。
足を指一本分右へ。肩を二度下げて、肘を半分開く。呼吸を三拍止め、重心を踵から十三分の四だけ前へ。
セシリアの身体が固まった。
細かすぎる。
エリシアは他人の動きを一目見ただけで理解できる。
だが、理解できるからこそ、初心者がどこで困るのか分からない。
その後も試験は続いた。
賢者ルシアは、ミレイユへ魔力制御の理論を教えようとした。
黒板へ三百を超える魔法式を書いたところで、ミレイユが机へ突っ伏した。
精霊使いマリアは、余分な魔力を精霊へ渡す方法を教えた。
しかしミレイユの魔力を受け取った下級精霊が、一瞬で上位精霊へ成長してしまい、驚いて森へ逃げた。
聖女セレナは、ノエルへ祈りの方法を教えた。
二人が祈り始めると、学院周辺の草木が急成長し、運動場が再び草原になった。
クロエはノエルへ、気配を一つだけ捉える方法を教えようとした。
自分の気配を完全に消したため、ノエルだけでなく誰にも見つけてもらえなくなった。
昼を過ぎた頃。
七人は運動場の隅へ並んでいた。
全員、戦場では見せたことのないほど落ち込んでいる。
先生。
リリアが小さな声で尋ねる。
私たちは、教師に向いていないのでしょうか。
今のままでは難しいな。
七人の肩が同時に下がった。
俺は三人の生徒を見る。
セシリアは情報を詰め込まれすぎて目を回している。
ミレイユは魔法式の山を前に眠りかけている。
ノエルの周囲では、急成長した花が彼女の身長を超えていた。
教えるときに大切なのは、自分が何をできるかではない。
相手が今、何をできるかを見ることだ。
七人が顔を上げる。
お前たちは強くなりすぎた。昔、自分が何に悩んでいたのかを忘れている。
俺はリリアへ木の枝を渡した。
剣を持ったばかりの頃、お前は何が怖かった。
リリアはしばらく枝を見つめた。
失敗して、また捨てられることです。
なら、セシリアへ最初に教えるのは剣の振り方ではない。
失敗しても見捨てられないと、伝えることだ。
リリアはセシリアの前へ向かった。
今度は聖剣を抜かない。
同じ木の枝を持ち、隣に立つ。
私も昔は、一度も剣を振れませんでした。
本当ですか。
はい。先生の後ろに隠れて、毎日泣いていました。
リリアは、ぎこちなく枝を振った。
今の私の真似をする必要はありません。一緒に、十回だけ振ってみませんか。
セシリアは少し迷い、やがて頷いた。
二人が並んで枝を振り始める。
一回。
二回。
三回。
セシリアは気絶しなかった。
十回目を終えたとき、彼女は初めて自分からもう一度振った。
リリアが嬉しそうに俺を見る。
今のが、教師の仕事だ。
七人の表情が変わる。
最強の英雄ではなく、昔の落ちこぼれだった自分へ戻る。
それができるなら、七人にも教えられることはあるだろう。
そのとき。
倒れた正門の外から、何人もの子供たちが俺たちを見ていることに気づいた。
エルガ村の子供たちだ。
古竜と七人の英雄が現れたことで、様子を見に来たらしい。
その中の一人。
片脚を引きずった少年が、おそるおそる手を挙げた。
あの。
ここは、剣を振れない人でも入れる学校なんですか。
俺が答えるより先に、三人の生徒と七人の英雄が一斉に少年を見た。
そして全員が、今度は俺を見る。
どうやら、四人目の入学希望者が現れたらしい。




