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第四十八話 今度は俺たちが、王立学院の授業を教わることになりました



「王立中央学院から、こちらが学ぶ番でもいいかもしれない」


俺がそう言った途端、リリアは《不完全教師実習》という名前に抗議するため広げていた便箋から顔を上げた。


「先生が、王立中央学院からですか?」


「俺だけじゃない。教師課程で学んでいる連中もだ」


「でも、先生たちが向こうへ教えたことの方が多いですよね?」


横にいたカイルまで、不思議そうな顔をしている。


気持ちは分かる。


ここ最近だけを見れば、王立中央学院から相談が届き、こちらが試した方法を返し、それを向こうが実践するという流れが続いていた。《教師観察記録》も、質問しやすい教室を作る方法も、始まりはこちらだった。


けれど、それで王立中央学院より俺たちの方が何もかも優れている、という話にはならない。


「カイル。お前、王立中央学院で六年間勉強してたんだよな」


「はい」


「何も学ばなかったか?」


「そんなわけありません」


返事は即答だった。


魔法理論、術式構築、歴史、算術。カイルがここへ来た時点ですでに持っていた知識の多くは、王立中央学院で身につけたものだ。


首席という立場に疑問を持つようになったからといって、それまで学んだものまで消えるわけではない。


「だったら、あの学校にも俺たちより上手いことはあるだろ」


カイルはしばらく考え、それからゆっくり頷いた。


「……あります。たくさん」


「例えば?」


「基礎教育です」


今度は迷わなかった。


「同じ内容を、大人数へ、ほとんど差が出ないように教えるのは王立中央学院の方が上手いと思います。教科書もよく作られていますし、教師によって説明内容が大きく変わらないよう、授業の組み立ても整理されています」


リリアが「あ」と声を漏らした。


ここ数日の実習で、彼女が一番苦労していることだった。


質問を一つ拾えば授業が遅れ、苦手な生徒へ合わせれば得意な生徒が待つ。十五人を相手にしただけでも、全員へ同じ基礎を身につけさせるのは簡単ではない。


「……私、それを教わりたいです」


リリアが素直に言った。


「昨日の授業も、質問を聞いていたら予定の半分も進みませんでした。質問を聞かないようにはしたくないです。でも、ずっと進まないのも困ります」


「ちょうどいいな」


俺は王立中央学院から届いた手紙を引き寄せた。


《不完全教師実習》という、どう考えてももう少し名前を考えた方がいい研修案の下には、視察団長の署名がある。


なら。


こちらからも聞いてみよう。



手紙を書いた。


内容は単純だ。


『エルガ学院教師課程からも、王立中央学院の授業方法について学びたい』


特に知りたいのは、大人数へ基礎を教える方法。授業速度と個別対応をどう両立させているのか。教師による教え方の差をどこまで減らし、どこから個人へ任せているのか。


リリアが横から覗き込み、少し嬉しそうに言った。


「先生も『教えてください』って書くんですね」


「知らないからな」


「なんだか安心しました」


「何が?」


「最近、王立中央学院から先生に質問ばかり来ていたので、先生が何でも知ってる人みたいになってました」


「そんなわけないだろ」


俺が何でも知っていたら、教師課程など作っていない。


そもそも、この学院そのものが始めた時の予定から何度変わったか分からない。


カイルも便箋を覗き込む。


「先生、一つ追加してもいいですか?」


「何だ?」


「僕も授業資料を見たいです」


少しだけ緊張した顔だった。


王立中央学院を離れ、首席資格も失った。それでも、自分が学んだ学校への興味まで失ったわけではない。


「書けばいい」


「僕の名前を出しても?」


「お前が出したいならな」


カイルは自分で一文を書き足した。


『可能であれば、元在籍生カイル・ヴェルナーも学習参加を希望します』


その横に。


少し迷ってから。


『以前とは違う見方で、もう一度授業を見てみたいです』


と続けた。


手紙を送った。


返事が来たのは翌日の昼だった。


早い。


最近の王立中央学院は、妙に仕事が早い。


封を切ると、最初の一文にこうあった。


『喜んで』


そして二枚目には、教師課程向けの授業実演をこちらで行いたいと書かれていた。


担当教師。


十二名。


期間。


三日間。


対象。


希望する教師見習い。


「向こうから来てくれるんですね」


リリアが言う。


「その方が生徒への負担が少ないと判断したらしい」


視察で学んだことを、早速使っているらしい。


最後には追伸があった。


『なお、《不完全教師実習》の名称は再検討します』


リリアが大きく頷いた。


「そこが一番大事です」


違うと思う。



三日後。


教師課程の講堂に、王立中央学院の教師十二人が立った。


今回は視察ではない。


教える側だ。


教師見習いたちは、いつもとは逆に机へ座っている。リリアたち七人も、他の見習いたちに混じって前方の席を取っていた。


そして。


黒板の前へ立ったのは、以前視察団を率いてきたあの男性教師だった。


「本日の講義を担当します、クラウス・ベルナーです」


ようやく名前を知った。


クラウスは教室を見渡すと、一度だけ俺へ頭を下げた。


「まず最初に、誤解がないようお伝えします。王立中央学院の授業方法が正解であり、エルガ学院がそれを採用すべきだと説明するつもりはありません」


教師見習いたちの表情が少し変わる。


「本日は、我々が長年続けてきた方法の中から、現在も有効だと考えているものを紹介します。使えると思えば使ってください。合わなければ捨ててください」


俺は少し驚いた。


以前。


「教育制度は一度作れば守るべきものだと思っていた」


と言っていた人だ。


変わったな。


クラウスは黒板へ三つの言葉を書いた。


《今日必ず覚えること》


《できれば覚えること》


《興味があれば先へ進むこと》


リリアが早速手を上げた。


「質問してもいいですか?」


「もちろんです」


「授業内容を三つに分けるんですか?」


「はい」


クラウスは頷いた。


「大人数の授業で最も危険なのは、全員へ全部を理解させようとすることです」


意外な言葉だった。


王立中央学院なら、全員へ同じ内容を完全に覚えさせようとするのだと思っていた。


「一回の授業で扱える時間は有限です。そのため、全員が最低限持ち帰るものを最初に決めます」


今日必ず覚えること。


一つか二つ。


そこだけは。


授業の最後に全員へ確認する。


理解が早い生徒には、《できれば覚えること》へ進んでもらう。


さらに余裕がある生徒には、《興味があれば先へ進むこと》を用意する。


「では、途中で質問がたくさん出た場合は?」


リリアが聞いた。


昨日から。


たぶん一番知りたかったことだ。


クラウスは黒板の端へ、小さな枠を描いた。


《今答える》


《授業後に答える》


《次の授業で扱う》


「分けます」


「全部その場で答えないんですか?」


「答えません」


リリアが固まった。


クラウスは続ける。


「その場で答えなければ次へ進めない質問は、今答えます。個人だけが困っている質問なら授業後。多くの生徒に関係するが、今日の最低目標から外れる質問なら、次回扱います」


「でも、生徒は待つことになります」


「はい」


「それでいいんですか?」


クラウスは少し笑った。


「質問を大切にすることと、質問された瞬間に全部答えることは同じではありません」


リリアの筆が。


ものすごい勢いで動き始めた。



講義は続いた。


俺も後ろで聞いていたが。


正直。


かなり勉強になった。


王立中央学院は。


優秀な生徒を選別する方法だけを積み上げてきたわけではない。


何百年も。


何千人もの生徒へ。


同じ基礎を教えてきた。


そのための工夫が大量にある。


授業開始五分以内に、前回の内容を一問だけ確認する。


新しい内容を説明する前に、今日の最低目標を口にする。


教師が説明し続ける時間を一定以上長くしない。


授業の最後に、できたかどうかではなく「何を持ち帰るか」を生徒自身に一つ書かせる。


苦手な生徒だけを残して補習すると、「自分だけできない」という印象を強めるため、希望者なら誰でも参加できる復習時間として開く。


カイルが。


ずっと無言だった。


しかし。


手は止まっていない。


一枚。


二枚。


三枚。


ノートが埋まっていく。


休憩になったところで。


俺は声をかけた。


「懐かしいか?」


カイルは少し考えた。


「はい。でも」


教室を見る。


「前と全然違って見えます」


「何が?」


「僕はこれを、できない生徒を遅れさせないための仕組みだと思っていました」


最低目標。


復習。


共通教材。


授業進度。


全部。


王立中央学院の水準から落ちる生徒を減らすため。


以前のカイルは。


そう理解していた。


「でも今は」


ノートを開く。


「得意な子を待たせない方法でもあるし、苦手な子だけを目立たせない方法でもあるんですね」


同じ制度。


同じ授業。


見る場所が変わっただけで。


意味まで変わった。


「僕」


カイルが小さく笑った。


「六年いたのに、知らないことだらけです」


「いいじゃないか」


「はい」


返事は。


嬉しそうだった。



午後。


実際に教師見習いたちが授業を作ることになった。


題材は。


基礎魔力制御。


リリアは昨日までの授業案を机へ広げた。


最初は。


全員へ同じ説明。


質問が出れば全部その場で答える。


分からない生徒がいれば。


そこで止まる。


だから。


一時間の予定が。


半分しか進まなかった。


今日は。


書き直す。


《必ず覚えること》


『魔力を一度に全部動かさず、小さく動かす』


一つだけ。


《できれば覚えること》


『動かす量を一定にする』


《興味があれば》


『魔力の性質によって動かし方を変える』


質問欄も作る。


今答える。


授業後。


次回。


「先生」


リリアが俺を呼んだ。


「これなら、質問を止めなくても授業を進められるかもしれません」


「やってみないと分からないな」


「はい」


それでいい。


やってみればいい。


失敗したら。


また変える。


そこへ。


クラウスがやってきた。


リリアの授業案を読む。


「一つ、よろしいですか?」


「お願いします」


「最低目標が少し難しいかもしれません」


リリアが。


すぐに反論しなかった。


「どの辺りです?」


二人で話し始める。


世界最強の勇者と。


王立中央学院の教師。


少し前なら。


たぶん。


互いに自分の方が正しいと思っていたかもしれない。


今は。


一枚の授業案を挟み。


普通に。


教え方の話をしている。


俺は。


その光景を見ながら。


少しだけ笑った。



三日間の講義が終わった。


教師見習いたちから集まった感想は。


かなり多かった。


『全員に合わせるのではなく、最低目標を揃えるという考え方が使えそう』


『質問を後回しにすることへ罪悪感があったが、後で必ず拾う仕組みがあればいいと分かった』


『授業前に目標を一つに絞るだけで、自分が説明しすぎていたことに気づいた』


もちろん。


合わないという意見もあった。


『少人数なら、最初から一人ずつ対応した方がいい』


『実技によっては最低目標を固定しづらい』


『生徒自身が目標を変える授業では使いにくい』


それも。


そのまま残した。


王立中央学院の方法を。


エルガ学院の新しい規則にする気はない。


使えるところだけ。


使えばいい。


最後。


クラウスが帰る前に。


俺は礼を言った。


「助かりました」


「こちらこそ」


「こちらこそ?」


「はい」


クラウスは。


三日前に自分で書いた講義計画書を見せる。


かなり。


書き込みが増えていた。


「教師見習いの皆さんから二十八個、質問を受けました」


「多いですね」


「そのうち十一個」


少し苦笑する。


「王立中央学院では、なぜそうしているのか私自身が説明できませんでした」


昔からそうしている。


規則だから。


教本に書いてあるから。


そういうものが。


まだ残っていたらしい。


「持ち帰って調べます」


「また分からないことが増えましたね」


「ええ」


クラウスは。


今度は普通に笑った。


その横では。


カイルが。


王立中央学院の授業資料を大量に抱えている。


首席徽章は。


もう胸にはない。


けれど。


王立中央学院から学ぶことを。


恥ずかしいとも。


負けたとも。


思っていないようだった。


それでいい。


学校が違っても。


教師でも。


生徒でも。


勇者でも。


分からないなら。


知っている相手へ聞けばいい。


追放されて。


落ちこぼれを集めるために始めた小さな学校。


そこへ。


今では。


王立中央学院の教師が学びに来て。


こちらの教師も。


王立中央学院から学んでいる。


どっちが上か。


もう。


あまり意味のない話になってきた。


そして。


俺はまだ知らなかった。


この三日間の授業を見ていた教師見習いの一人が。


翌朝。


とんでもない提案書を持ってくることになる。


表紙には。


大きく。


こう書かれていた。


《教師交換制度》


俺は。


その四文字を見た瞬間。


嫌な予感しかしなかった。


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