第四十五話 才能を見つける授業で、元首席だけ自分の才能が分かりません
「才能って、どうやって見つけるんだ?」
俺がそう尋ねると、カイルは《未発見才能記録》を抱えたまま固まった。
王立中央学院から届いた質問は、思った以上に厄介だった。
成績表なら作れる。試験をして、決められた基準に従って点数をつければいい。魔力量も、術式構築速度も、計算速度も測定できる。
だが、才能はどう測る?
そもそも、何を才能と呼ぶ?
「……先生」
「なんだ?」
「授業にするって言いましたよね」
「ああ」
「先生にも答えがないんですよね?」
「ないな」
カイルはしばらく俺を見たあと、大きく息を吐いた。
「最近、この学院の授業ってそういうの多くありません?」
「そうか?」
「先生が答えを知らないところから始まる授業です」
横で聞いていたリリアが笑う。
「いいじゃない。先生も一緒に考えるんだから」
「王立中央学院では、教師が答えを知らない問題を授業で扱うなんてほとんどありませんでした」
「じゃあ、ちょうどいい経験だな」
俺が答えると、カイルは諦めたように椅子へ座った。
けれど、嫌そうではない。
むしろ机へ紙を広げる手は、もう次に何をするか考え始めていた。
「まず、才能の定義を決めましょう」
「早速そこからか」
「決めないと調べられません」
「じゃあ、カイルにとって才能って何だ?」
質問を返すと、カイルの筆が止まった。
以前なら、教科書に書かれた定義をすぐ答えただろう。
今は違う。
かなり長く考えてから、慎重に口を開いた。
「……他の人より、上手にできること?」
「それなら、今できないことは才能じゃないのか?」
「では、上達が速いこと」
「始める機会がなかった奴は?」
「好きで続けられること?」
「好きだけど下手だったら?」
「先生」
カイルが眉間を押さえた。
「質問で全部壊さないでください」
「俺も分からないから聞いてるだけだ」
「余計に困ります」
そこへ、教室へ入ってきたテオが話を聞いていたらしく、首を傾げた。
「別に、決めなくてもいいんじゃない?」
カイルが振り返る。
「何を?」
「才能」
「決めなければ調べられないだろう」
「でも、最初からこれが才能って決めたら、それ以外見つからなくない?」
カイルが黙った。
俺も黙った。
テオ本人だけが、何か変なことを言っただろうかという顔をしている。
「……先生」
「なんだ」
「今の、記録してください」
「自分で書け」
カイルは急いで《未発見才能記録》へ書き始めた。
――才能の定義を先に固定すると、定義から外れたものを見落とす可能性がある。
書き終えると、カイルはその文章をじっと見つめる。
「じゃあ」
顔を上げた。
「見つけるのではなく、集めませんか?」
「何を?」
「その人について、気づいたことをです」
得意かどうか。
才能かどうか。
将来役立つかどうか。
そういう判断はいったん後回しにする。
何をしていたか。
どんな時に楽しそうだったか。
何を頼まれやすいか。
失敗した後にどうしたか。
本人は何を簡単だと思っているか。
周囲は何に助けられているか。
「それを集めてから、本人と一緒に考えるんです」
俺は頷いた。
「それならやってみるか」
その日の授業が決まった。
名前は。
《才能を見つける授業》。
カイルが黒板へそう書いた直後、テオが手を上げる。
「決めないって言ったのに、見つけるって名前なの?」
カイルが黒板を見た。
消した。
《その人について、まだ知らないことを集める授業》。
「長い」
アイラが言った。
また消した。
結局。
《発見授業》。
ずいぶん短くなった。
◆
授業では、三人一組になってもらった。
一人が対象。
残り二人が、その生徒について「気づいたこと」を集める。
ただし、禁止事項がある。
「『頭がいい』『運動が得意』『魔法が苦手』みたいな評価は禁止だ」
俺が説明すると、生徒たちから不満そうな声が上がった。
「じゃあ何を書くんですか?」
「見たことを書く」
例えば。
『昼休みになると、いつも先に窓を開けている』
『誰かが物をなくすと、一緒に探している』
『魔法実技では遅いが、失敗した場所を覚えている』
『料理の分量だけは計算を間違えない』
良い悪いを決めない。
才能という名前もつけない。
まず事実を集める。
「それだけ?」
生徒の一人が聞いた。
「それだけ」
「簡単そう」
「たぶんな」
実際には。
すぐ難しいと分かった。
「ポルは人をまとめるのが得意です」
「評価になってる」
「じゃあ……ポルは、みんなが混乱している時に立つ場所を決めます」
「それならいい」
「アイラは魔法陣の才能があります」
「才能って言った」
「うう……じゃあ、アイラは教科書に載っていない線を勝手に足します」
「『勝手に』に悪意がない?」
「ありません!」
アイラが横から抗議する。
教室中で。
言い直しが続いた。
最初は皆、誰かを見るとすぐ評価しようとした。
優秀。
苦手。
遅い。
変わっている。
真面目。
不真面目。
けれど、その言葉を使わずに説明しようとすると、嫌でも相手を詳しく見なければならない。
「テオは……」
カイルが悩んでいる。
「試験では点数が低い」
「それは禁止じゃないぞ。事実なら」
「でも、それだけ書くと前と同じなので」
カイルはしばらくテオを見た。
「知らない場所へ行くと、一番最初に出口を探す」
テオが驚いた。
「俺そんなことしてる?」
「してる。食堂でも、別校舎でも、昨日視察団が来た時も」
「知らなかった」
「僕も今まで気づかなかった」
カイルはさらに書く。
『道に迷った人を案内する時、一度通った場所なら地図を見ない』
テオ自身が。
記録を覗き込んだ。
「これって才能?」
カイルの筆が止まる。
昔なら。
すぐ判定したはずだ。
今は首を横に振った。
「まだ分からない」
「そっか」
「でも」
カイルは笑った。
「前の僕なら、たぶん書かなかった」
それだけで。
今日は十分だった。
◆
昼を過ぎるころには、教室の壁が記録用紙で埋まり始めた。
意外だったのは。
本人が知らないことが多かったことだ。
「私、そんなに人の名前覚えてる?」
「新しく入った子、全員覚えてるよ」
「ポル、机の配置いつも変えてたの?」
「通りづらそうだったから」
「アイラ、失敗した魔法陣捨ててないの?」
「だって、どこが駄目だったか後で見たいし」
本人には。
当たり前すぎて。
特徴だと思っていない。
だからこそ。
試験では見つけにくい。
俺は教室を回りながら、その様子を眺めていた。
すると。
一か所だけ。
何も進んでいない机があった。
カイルだ。
正確には。
カイルが対象になった組だった。
「どうした?」
俺が尋ねる。
カイルの前には。
白紙が置かれている。
「二人が何も書いてくれません」
向かいにいたテオが抗議する。
「違うよ。書いてるけど、カイルが全部消すんだ」
「消してない。訂正してもらってるだけだ」
もう一人の生徒も困った顔をする。
「『勉強が得意』って書いたら評価だって言われました」
「それは評価だろ」
「『試験でいつも早く答えを書く』って変えたら、それは試験の話しか見てないって」
「だってそうだろ」
「『紙を見るとすぐ項目を増やす』って書いたら、それは才能じゃないって」
俺はカイルを見る。
「才能かどうか決めるなって、お前が言ったんじゃなかったか?」
カイルが。
止まった。
「……そうでした」
「自分の時だけ厳しいな」
「だって」
少し。
言いにくそうにする。
「僕のは、全部普通です」
その言葉を聞いて。
周囲にいた何人かが振り返った。
「普通?」
アイラが近づいてくる。
「どこが?」
「勉強するのも、記録を取るのも、間違いを直すのも普通だろ」
「カイルの場合、普通じゃないよ」
「何が?」
アイラは考える。
「昨日、《教師観察記録》を一時間で作り直した」
「みんなで作った」
「でも最初の形を作ったのカイルだよ」
テオも言う。
「俺のこともそう。前は十九点って書いて終わってたのに、今は見つけたこと全部書いてる」
「それは間違ってたから」
「間違ってたって分かった後、普通はそこまでやるの?」
カイルが答えられない。
別の生徒が手を上げた。
「カイルって、失敗したら次に同じ失敗しないように紙作るよね」
また一人。
「誰かが困ってると、原因を分けて考える」
「説明するとき、順番を変える」
「分からないって言われると、前より嬉しそう」
「それは嬉しくない!」
そこだけ。
カイルが即座に否定した。
教室に笑いが起きる。
俺は。
カイルの前の紙を見る。
少しずつ。
文字が増えていく。
『一度失敗した方法を、そのまま繰り返さない』
『誰かが困った時、何が原因か項目に分ける』
『自分の考えが間違っていたと分かると、記録そのものを作り直す』
『まだ分からないものを、そのままにせず調べようとする』
カイルが。
黙って読んでいた。
首席だった頃。
彼が誇っていたのは。
試験で一位になることだった。
魔法理論九十九点。
実技一位。
術式構築速度上位。
数字で証明できるもの。
けれど。
今。
仲間たちが書いているのは。
どれも点数にしづらいことばかりだった。
「先生」
カイルが俺を見る。
「これって」
少し迷って。
「才能なんでしょうか」
俺は答えなかった。
代わりに聞いた。
「カイルはどう思う?」
以前なら。
また質問を返されたと不満そうな顔をしただろう。
今日は。
紙を見る。
しばらく考える。
「……分かりません」
そして。
少し笑った。
「でも、調べてみたいです」
「なら、それでいいんじゃないか」
◆
授業の最後。
全員へ聞いた。
「今日、誰かの才能を見つけたと思う奴」
手は。
半分ほどしか上がらなかった。
カイルの手も。
上がらない。
「じゃあ」
次に聞く。
「昨日より、その人について知ったことが増えた奴」
今度は。
全員の手が上がった。
それを見て。
俺は黒板へ書いた。
《才能を見つけなくてもいい》
生徒たちが。
一斉に首を傾げる。
「今日の授業、それでいいんですか?」
「いいんじゃないか」
「王立中央学院から才能の見つけ方を聞かれてるんですよ?」
カイルが言う。
「じゃあ返事を書こう」
「何て?」
俺は。
黒板へもう一行。
書き足した。
《先に才能を決めず、その人を知る》
「こんなもんだろ」
カイルは。
かなり長く黒板を見ていた。
やがて。
自分の《未発見才能記録》を開く。
一番上に。
新しい一文を書いた。
『才能を探す前に、その人を見る』
そして。
王立中央学院への返事にも。
同じ言葉を書いた。
◆
三日後。
返事が届いた。
今度は。
分厚くない。
一枚だけだった。
カイルが読み上げる。
「『助言に従い、教師三十二名が担当生徒を一人ずつ、評価せず観察しました』」
「うん」
「『その結果、これまで把握していなかった行動・興味・習慣を百九十二件確認』」
多いな。
「続きがあります」
カイルが読む。
「『なお、そのうち才能と断定できたものは――』」
一度。
止まる。
「『ゼロ件』」
教室が静かになる。
俺は。
思わず笑った。
「いいんじゃないか?」
カイルも。
少しずつ笑い始める。
「はい」
王立中央学院。
教師三十二人。
三日間。
一生懸命生徒を見て。
才能発見。
ゼロ。
だが。
知らなかったことは。
百九十二個増えた。
その下には。
視察団長からの追伸があった。
『以前の私なら、成果なしと判断したでしょう』
『今は、百九十二件も見落としていたことに気づけたと考えています』
そして最後。
もう一文。
『次は、生徒本人にも聞いてみます』
カイルは。
その手紙を大切そうに畳んだ。
「先生」
「なんだ」
「王立中央学院、変わりますかね」
「分からん」
俺が答えると。
カイルはもう。
困った顔をしなかった。
「じゃあ」
《未発見才能記録》を持ち上げる。
「見ていきましょう」
首席を失った少年が。
一番得意だったのは。
正解を知っていることではなかったのかもしれない。
分からないものを見つけた時。
そのまま通り過ぎず。
どうすれば分かるのか。
考え続けること。
少なくとも。
今の俺には。
そう見えていた。
ただ。
本人へ教えるのは。
もう少し後でいいだろう。
せっかく自分で調べる気になっているのだから。




