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第四十一話 首席を剥奪された少年は、初めて自分の進路を自分で選んだ



教室が静まり返った。


カイルが王立中央学院の教師たちへ向けた質問に。


すぐ答える者はいなかった。


「何を根拠に、僕が間違っていると判断したんですか?」


もう一度。


カイルが尋ねる。


声は震えていない。


だが。


机の下では。


右手が強く握られていた。


怖くないわけではないのだろう。


王立中央学院の首席。


それはカイルが。


何年も努力して手に入れたものだ。


その資格を剥奪する。


そう告げられた直後なのだから。


教師の一人が。


ようやく口を開いた。


「カイル。これは議論のための通達ではない」


「分かっています」


「ならば、学院の決定に従いなさい」


「理由を知りたいんです」


「理由なら伝えただろう」


「教育方針に反する思想を持ったから、ですよね」


「ああ」


カイルは。


自分の机に置いた一枚の紙を見る。


《未発見才能記録》。


試験で測れなかったもの。


まだ見つけられていないもの。


本人すら気づいていないもの。


それらを書き残すため。


カイル自身が作った記録だった。


「これを作ったことが、間違いなんですか?」


「問題は紙ではない」


「では?」


「王立中央学院の評価方法そのものへ疑問を持ったことだ」


カイルが黙る。


教師は続けた。


「教育には基準が必要だ」


「はい」


「同じ試験を受けさせ、同じ基準で測り、優秀な者を正しく評価する。そうしなければ公平な教育はできない」


「それは僕もそう思います」


カイルは否定しなかった。


教師が少しだけ表情を緩める。


しかし。


次の言葉で。


また固くなった。


「でも」


カイルが紙を持ち上げる。


「試験で測れないものまで、無いことにしていい理由にはならないと思います」


「……」


「十九点だった生徒が」


カイルはテオを見る。


「僕にはできないことをしました」


次に。


アイラを見る。


「僕が採点できなかった答えが、間違いではありませんでした」


そして。


教室にいる他の生徒たちを見る。


ここへ来て。


カイルは何度も。


自分の基準では測れないものを見てきた。


「僕は」


少し間を置いて。


言った。


「点数が間違っていたとは思っていません」


俺は。


その言葉を聞いて。


少しだけ安心した。


今までの全部を否定する。


そんな簡単な答えへ逃げなかったからだ。


「試験も必要です」


「順位が必要なこともあると思います」


「できているか確認するために、点数をつけることも必要です」


教師が尋ねる。


「ならば何が不満なんだ」


「点数で分からなかったことまで」


カイルは答えた。


「点数が低いから価値も低いと決めていたことです」


教師が。


言葉を失った。



俺は。


少し離れた場所から。


二人のやり取りを見ていた。


横にいたリリアが。


小声で聞いてくる。


「先生」


「なんだ」


「助けなくていいんですか?」


「今はな」


「でも、カイル君は」


「自分で話してる」


リリアがカイルを見る。


「……はい」


「なら、まず聞く」


俺が代わりに答えを出せば。


カイルはまた。


誰かが用意した正解へ従うだけになる。


それでは。


王立中央学院の決定へ。


何も考えず従うのと。


大して変わらない。


しばらくして。


教師が言った。


「本国へ戻りなさい」


カイルが顔を上げる。


「戻れば、再審査を受けられる」


「再審査?」


「学院の教育方針を理解し、今後も王立中央学院の生徒として学ぶ意思があると認められれば、処分が見直される可能性はある」


カイルが。


胸元を見る。


そこには。


首席を示す徽章がある。


これまで。


何度も誇らしげに磨いていたものだ。


「戻れば」


カイルが尋ねる。


「首席に戻れるんですか?」


「それは再審査次第だ」


「では」


「ここに残ったら?」


教師の表情が固くなる。


「少なくとも、今回の処分が撤回される理由はなくなる」


カイルの指が。


徽章へ触れた。


そのまま。


長い沈黙が続く。


俺は。


そこで初めて声をかけた。


「カイル」


「……はい」


「帰りたいか?」


カイルが。


俺を見る。


教師たちもこちらを向いた。


「先生は」


カイルが尋ねる。


「どうした方がいいと思いますか?」


「分からん」


「え?」


「お前の進路だからな」


カイルが固まる。


「でも、先生なら」


「助言はできる」


俺は。


カイルの胸元を見る。


「首席は惜しいな」


意外だったらしい。


カイルが目を丸くした。


「惜しい、ですか?」


「ああ」


「先生なら、そんな肩書きには意味がないって言うかと思いました」


「なんでだ」


「だって、この学院は」


「うちで点数だけを見ていないことと、お前が努力して首席になったことは別だ」


何年も勉強して。


試験を受け。


一位を取り続けた。


それは。


カイルが積み重ねてきたものだ。


「努力して手に入れたものなら、惜しんで当然だ」


「……」


「だから」


俺は続ける。


「失いたくないなら、帰るのも間違いじゃない」


カイルの目が揺れる。


「ここで学びたいなら、残るのも間違いじゃない」


「どっちが正解なんですか?」


「だから知らん」


「先生なのに?」


「先生でもだ」


少しだけ。


周囲から笑いが漏れた。


カイルまで。


困ったように笑う。


俺は言った。


「ただし」


「はい」


「どちらを選んでも」


「首席だから帰った、でも」


「俺に言われたから残った、でもなく」


「お前が選んだと言える方にしろ」


カイルは。


しばらく動かなかった。


胸の徽章。


《未発見才能記録》。


王立中央学院の教師たち。


この学院の生徒たち。


一つずつ。


ゆっくり見る。


やがて。


カイルは首席徽章を外した。


教師の顔色が変わった。


「カイル」


少年は。


徽章を捨てなかった。


両手で大切に持ったまま。


言う。


「僕は」


少し。


声が震えた。


「ここに残ります」


「よく考えなさい」


「考えました」


「王立中央学院へ戻れなくなる可能性もある」


「はい」


「今まで積み上げてきたものを失うんだぞ」


カイルは。


手の中の徽章を見る。


「失いません」


教師が眉を寄せる。


「何?」


「僕が首席になるために勉強した六年間は」


カイルが答える。


「首席じゃなくなっても、なくなりません」


俺は。


何も言わなかった。


言う必要がなかった。


「王立中央学院で学んだことも」


「先生たちから教わったことも」


「全部、僕の中に残っています」


教師たちを見る。


「だから」


「王立中央学院が間違っていたとも思いません」


一呼吸。


「ただ」


カイルは。


《未発見才能記録》を持ち上げた。


「ここでしか、まだ学べないことがあります」


「僕はそれを」


今度は。


まっすぐ。


言った。


「知りたいです」


静かだった。


しばらく。


誰も何も言わなかった。


やがて。


教師の一人が。


深く息を吐く。


「……後悔するかもしれないぞ」


「すると思います」


「思うのか?」


「首席、すごく惜しいですから」


カイルが。


少しだけ笑った。


「たぶん今夜、ものすごく落ち込みます」


教室から。


小さな笑いが起きる。


「でも」


カイルは続けた。


「それでも、自分で決めました」


その瞬間。


学院管理人形が。


教室の隅で青く光った。


「記録更新」


カイルが振り返る。


「何の?」


「自主判断」


「他者の評価と自己評価の分離」


「異なる価値観への理解」


少し間を置いて。


「いずれも成長を確認」


カイルが。


目を丸くした。


「……点数は?」


「設定されていません」


「順位は?」


「ありません」


「合格、不合格は?」


「現時点では判定不要」


カイルは。


管理人形をじっと見る。


それから。


ふっと笑った。


「前だったら」


「それ、評価になってないって言ってました」


「今は?」


俺が聞く。


「途中経過としては」


少し考え。


「ありだと思います」


「そうか」


「でも改善点はあります」


「もう見つけたのか」


「はい」


カイルは。


《未発見才能記録》へ。


何かを書き足し始めた。


立ち直るのが早い。



王立中央学院の教師たちが帰る前。


一人だけ。


その場に残った教師がいた。


昨日から。


ほとんど口を開かなかった女性教師だった。


彼女は。


カイルの机の上にある紙を見ている。


「カイル」


「はい」


「その記録を」


少し迷ってから。


「見せてもらってもいいですか?」


カイルが。


《未発見才能記録》を渡す。


教師は。


一項目ずつ。


ゆっくり読む。


――何をしているとき、本人が楽しそうだったか。


――苦手だと思っていること。


――周囲から褒められたこと。


――本人が当たり前だと思っていること。


――試したこと。


――失敗したこと。


――まだ分からないこと。


最後の項目で。


教師の指が止まった。


「まだ分からないこと……」


小さく呟く。


「はい」


「なぜ、この欄を作ったの?」


カイルが。


俺を見る。


だが。


すぐ自分で答えた。


「分からないのに」


「分かったことにするのをやめたかったからです」


女性教師が。


目を伏せる。


そして。


ぽつりと言った。


「私は」


「あなたが何を好きなのか、知りません」


カイルが。


瞬きをした。


「え?」


「あなたを三年間教えました」


「はい」


「成績は覚えています」


筆記試験。


魔法理論。


実技。


提出物。


どれも。


カイルは優秀だった。


「けれど」


教師が。


紙を握る指へ。


少し力を込める。


「あなたが何を学びたくて」


「何を面白いと思って」


「何を嫌だと思っていたのか」


「一度でも、きちんと聞いたことがあったでしょうか」


カイルは。


何も答えなかった。


教師自身が。


答えを分かっているからだ。


少し離れたところから。


別の教師に呼ばれる。


「戻りますよ」


「……はい」


女性教師は。


《未発見才能記録》をカイルへ返した。


だが。


転移門へ向かう前に。


俺のところで足を止めた。


「アレン学院長」


「はい」


「一つだけ、伺っても?」


「どうぞ」


「教師が」


彼女は。


少し言いにくそうに。


続けた。


「自分の教え方が正しいのか、分からなくなった場合」


俺を見る。


「ここでは、どうするのですか?」


「学びます」


即答した。


女性教師が。


目を丸くする。


「教師が、ですか?」


「教師も、です」


教師になった瞬間。


全部分かるようになるわけじゃない。


俺だって。


今も。


生徒を見るたび。


分からないことが増える。


「うちには教師課程があります」


女性教師の表情が変わった。


「教師課程……」


「はい」


「現役の教師でも」


「本人が学びたいなら」


俺は答えた。


「まず話を聞きます」


入れるかどうかを。


その場で俺が決めることはしない。


学びたい理由も。


何を学び直したいのかも。


本人から聞く。


それが。


この学院の教師課程だ。


女性教師は。


何か考えているようだった。


やがて。


小さく頭を下げる。


「ありがとうございました」


そのまま。


他の教師たちを追い。


転移門へ入っていった。


白い光が消える。


俺の横で。


リリアが言う。


「先生」


「なんだ」


「あの方」


「うん」


「また来る気がします」


「俺もそんな気がする」


ただ。


今日はまだ。


教師課程への入学希望者ではない。


本人は。


一言もそう言っていないのだから。



夕方。


教室には。


カイル一人が残っていた。


机の上には。


外した首席徽章。


そして。


新しい《未発見才能記録》。


俺が通りかかると。


カイルが。


少し恥ずかしそうに言った。


「先生」


「なんだ」


「やっぱり」


「うん」


「ものすごく惜しくなってきました」


「そうか」


「六年間ですよ」


「長いな」


「首席だったんですよ」


「知ってる」


「一位だったんですよ」


「それも知ってる」


カイルは。


机へ突っ伏した。


「惜しい……」


「好きなだけ惜しめ」


「自分で決めたのに?」


「自分で決めたら悲しんじゃいけないのか?」


カイルが。


顔だけ上げる。


「……いいんですか?」


「当たり前だろ」


しばらくして。


「じゃあ」


カイルが。


もう一度机へ顔を伏せる。


「今日は惜しみます」


「そうしろ」


俺が教室を出ようとすると。


後ろから声がした。


「でも先生」


「なんだ」


「明日は」


カイルが顔を上げる。


《未発見才能記録》を持っていた。


「これをもっと良くします」


「そうか」


「百人分」


「多くないか?」


「じゃあ五十人」


「急に半分になったな」


「まず十人からにします」


「それくらいにしとけ」


カイルは笑った。


そして。


自分の名前を書いた記録用紙を一枚出す。


――今まで失敗したこと。


そこへ。


『点数で、人の全部が分かると思っていた』


と書いた。


――これから試したいこと。


『点数では見つからないものを、もっと見つける』


最後。


――まだ分からないこと。


カイルの筆が止まる。


昔なら。


空欄を嫌っただろう。


正解を書けない欄など。


必要ないと考えたかもしれない。


だが。


今のカイルは。


少し考え。


そこへ。


大きく書いた。


『たくさんある』


それを見て。


満足そうに頷いた。


王立中央学院で。


誰よりも正解を知っていた首席の少年は。


首席ではなくなったその日に。


初めて。


分からないことがたくさんあると。


嬉しそうに書いた。


そして翌朝。


正門の前には。


昨日の女性教師が。


一人で立っていた。


手には。


入学願書ではない。


小さな鞄と。


一冊のノート。


俺を見つけると。


深く頭を下げた。


「アレン学院長」


「はい」


彼女は。


少し緊張した顔で言った。


「教師課程を」


一呼吸。


「一日だけ、見学させていただけませんか?」


どうやら。


リリアの予想は。


当たったらしい。


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