第三十八話 国を丸ごと入学させることはできません
「教育制度そのものを、エルガ学院で学び直したいとの申請があります」
学院管理人形の報告を聞き。
俺はしばらく黙った。
教師が千二百四十八人。
その次は国家教育機関。
そして今度は。
国そのもの。
「却下」
俺は答えた。
管理人形が首を傾げる。
「理由の入力を要求」
「国は教室の椅子に座れない」
「物理的理由を確認」
そういう意味ではない。
クラリスが横で眼鏡を押し上げる。
「申請してきたのは、隣国ラーデン王国です」
聞いたことはある。
王国西部に国境を接する小国。
魔法教育が盛んで、子供の頃から細かな成績順位をつけることで有名だったはずだ。
「どうして急に」
「第五校、第六校の変化を見たようです」
クラリスが資料を広げる。
ラーデン王国では。
十二歳までの成績で、ほぼ進路が決まる。
魔法。
剣術。
学力。
三種類の試験。
上位は王立学院。
中位は職業学校。
下位は。
「教育終了?」
俺は聞き返した。
「はい」
十歳や十二歳で。
将来性なし。
そう判断された子供は、学校へ通えなくなるらしい。
働くこと自体が悪いわけではない。
早く職人の道へ進みたい子供もいるだろう。
問題は。
本人の希望ではなく、試験結果だけで決めていることだ。
「ラーデンは、その制度を全部やめたいのか」
「そこまで決まっていません」
クラリスは一通の手紙を俺へ渡した。
書いたのは。
ラーデン王国教育大臣。
――我が国の教育制度を、エルガ式へ変更したい。
――必要な規則、試験、教材、教師育成法をすべて提供してほしい。
俺は最後まで読み。
机へ置いた。
「やっぱり却下だ」
リリアが首を傾げる。
「子供たちを助けられるのでは?」
「制度を変えること自体は悪くない」
ただ。
「エルガ式って何だ」
誰も答えなかった。
俺にも分からない。
目の前の生徒を見て。
そのたびに必要なやり方を考えてきただけだ。
決まった試験もない。
決まった教え方もない。
それを一つの形へ固め。
他国へそのまま押しつけたら。
今度は。
エルガ学院のやり方へ従わない教師や生徒が、間違いだと扱われるかもしれない。
ソフィアが静かに言った。
「二百年前の第一校も」
俺を見る。
「最初は、良い教育方法を広げようとしていました」
アルフォンスの顔が少し曇る。
「それがいつからか」
「全員に同じ方法を受けさせるようになった」
「ああ」
アルフォンスが頷く。
「成功例を規則にした」
「規則を守れば、同じ成果が出ると思った」
そして。
規則から外れた生徒が。
問題児と呼ばれるようになった。
同じ失敗はしたくない。
「ラーデンへ返事を出す」
俺は紙を取った。
――エルガ学院の制度を、そのまま導入することには反対します。
そこまで書く。
クラリスが尋ねる。
「では、入学申請も断りますか?」
「いや」
続ける。
――ただし。
――現在の教育制度について、一緒に考えることはできます。
――まず、制度を決めている人間が生徒として参加してください。
リリアが笑った。
「また一年生が増えますね」
「まだ一年生とは決まっていない」
学院管理人形が言う。
「仮判定では初等課程一年の可能性、八十一パーセント」
もう判定していた。
◆
三日後。
ラーデン王国から。
教育大臣本人が来た。
六十歳ほどの痩せた男。
名はグレゴール。
三十年以上、国の教育制度を作ってきた人物らしい。
護衛も数人いたが。
学院の門で武器を預けてもらった。
グレゴールは学院へ入るなり。
俺へ深々と頭を下げた。
「アレン学院長」
「我が国を救っていただきたい」
「その前に一つ聞く」
「何でしょう」
「誰から救う」
グレゴールが止まった。
「教育制度が間違っているのだろう」
「そう考えております」
「その制度を作ったのは」
長い沈黙。
「……私です」
「なら、まず説明してくれ」
俺たちは教室へ移動した。
黒板の前。
生徒側の席に。
グレゴールが座る。
隣にはレオン。
さらにその隣。
臨時一年生の俺。
「なぜ、十二歳までの試験で進路を決める制度を作った」
グレゴールは答えた。
「限られた教師と予算を、優秀な子供へ集中させるためです」
「その結果は」
「王立学院から、多くの優秀な魔導師が育ちました」
成功している。
少なくとも。
その部分だけなら。
「では、なぜ変えたい」
グレゴールの手が膝の上で握られる。
「昨日までなら」
「優秀ではない子供を切り捨てても、国全体が豊かになるなら仕方がないと思っていました」
「今は?」
男は窓の外を見る。
そこでは。
テオが地面へ手を当て。
新しい水路の場所を調べていた。
剣術では落ちこぼれ。
身体能力も低い。
ラーデン式なら。
おそらく早い段階で教育対象から外される。
「第五校の記録を見ました」
グレゴールが言った。
「軍人にしかなれないとされた子供が、鍛冶師になりたいと言っていた」
「第六校では、治癒のできない神聖魔法が国宝の呪いを解いた」
「そして」
「我が国にも同じ子供がいるのではないかと」
ようやく。
一つ目の入口へ立った。
「いるだろうな」
「では、どうすれば」
「それを俺へ聞く前に」
俺は黒板へ書いた。
――ラーデン王国の子供たちは、今の制度をどう思っているのか。
グレゴールが黙る。
「調査したことは」
「教師からの報告は毎年」
「子供本人には」
返事がない。
「保護者には」
「……ありません」
俺は筆を置いた。
「最初の課題だ」
「国へ戻って聞いてこい」
「試験制度をどう思う」
「何を学びたい」
「学校を辞めた子供は、今何をしている」
「教師は、今の制度で困っていることがないか」
グレゴールが慌てる。
「しかし、何万人という子供がいます」
「全員へ一日で聞く必要はない」
まず百人。
次に千人。
町でも村でも。
成績上位も下位も。
学校へ残った子も。
追い出された子も。
「制度を変えるのは、その後だ」
グレゴールは俺を見る。
「先に、新しい制度を作らなくてよいのですか」
「誰のための制度を作るんだ」
答えは。
すぐには出なかった。
しばらくして。
「……学ぶ子供たちのため」
「なら」
「本人たちを知らずに作るな」
グレゴールは深く息を吐いた。
そして。
自分の手帳を開いた。
「分かりました」
「まず、聞いてきます」
学院管理人形が青く光る。
「グレゴール・ハインツ」
「初等課程一年への仮登録を実施」
グレゴールが固まった。
「私は六十二歳ですが」
「年齢は判定に影響しません」
隣のレオンが笑う。
「慣れる」
俺も頷いた。
「俺も学院長だ」
グレゴールは。
しばらく俺たち二人を見てから。
諦めたように笑った。
◆
ラーデン王国の教育大臣が帰国した翌日。
残る三か国にも同じ返事を送った。
完成した制度は渡さない。
まず。
自分たちの国の子供と教師へ話を聞くこと。
必要なら。
その結果をエルガ学院と一緒に考える。
すぐに二か国が了承した。
一国だけ。
返事がなかった。
代わりに。
その国から一人の少年がエルガ学院へやって来た。
十五歳ほど。
白い制服。
胸には金色の徽章。
クラリスが小声で教えてくれる。
「ゼフィール魔導王国、王立中央学院」
「今年の首席です」
少年は学院の門を見回した。
走り回る子供。
畑仕事をする騎士。
厨房へ芋を運ぶ元国王。
教師課程で子供へ質問されて困っている英雄たち。
その光景を見て。
露骨に眉をひそめた。
「ここが」
「落ちこぼれを集めて、教育制度を変えようとしている学校ですか」
俺を見る。
「僕は、エルガ学院の教育が間違っていることを証明しに来ました」
そう言って。
少年は一枚の書類を差し出した。
入学願書だった。




