第三十七話 教師になりたい千二百人を、全員入学させることにした
周辺六か国から。
教師になりたいという応募が。
千二百四十八人。
クラリスが机へ置いた紙束を見て、俺はしばらく動けなかった。
「全員が、この学院へ来るつもりなのか」
「はい」
「断れ」
即答した。
教室にいた十四人の教師見習いが一斉にこちらを見る。
クラリスも眼鏡を押し上げた。
「理由を伺っても?」
「寝る場所がない」
現在のエルガ学院だけでも、生徒は増え続けている。
第四校の再建。
第五、第六、第七校との連携。
王国内の才能検査への対応。
そこへ大人千二百人を詰め込んだら。
学院ではなく難民集積所になる。
「それに」
俺は応募書類の一枚を取る。
元騎士学校教官。
地方神殿教師。
貴族子弟専門家庭教師。
魔法学院教授。
農村で読み書きを教える老人。
冒険者育成所の訓練官。
経歴はばらばらだ。
「ここへ来なければ教師になれない仕組みにしたら、王国教育院と変わらない」
クラリスが目を細めた。
「では、応募そのものを拒否するのではなく」
「ああ」
俺は黒板へ大きく書いた。
――教師が学べる場所を増やす。
リリアが手を挙げる。
「分校を千個作るのですか?」
「作らない」
「では八百個ほど」
「数を減らしただけだ」
ソフィアが考えながら言う。
「既存の学校を使う」
「その方が早い」
すでに第四校にはエレナたち九人。
第五校には二十三人。
第六校にも教師や神官。
第七校にも現地教師がいる。
エルガ学院だけで教師を育てる必要はない。
「教師課程そのものを、各校へ送る」
俺は言った。
「ここで十四人へやっている授業を基礎にする」
生徒へ何を教えるか決める前に。
何を望んでいるか聞く。
才能だけで人を決めない。
分からないことは、分からないと言う。
教師自身も学ぶ。
命令と生徒の利益がぶつかったときは、考えることをやめない。
「それだけですか?」
ルシアが尋ねる。
「それだけを本当にできれば、最初は十分だ」
高度な魔法理論。
剣術。
治癒。
歴史。
専門知識は後から学べる。
だが。
目の前の生徒を見ず、自分の正しさだけを押しつける教師へ。
どれだけ知識を与えても危ない。
後ろでアルフォンスが小さく咳払いした。
誰も何も言っていない。
◆
千二百四十八人の応募者へ。
その日のうちに返信を送った。
内容は簡単だ。
――エルガ学院は、あなたを教師として採用しません。
最初の一文だけ読んだクラリスが眉をひそめる。
「かなり誤解されそうですが」
「続きを読め」
――ただし。
――教師になるための生徒として、入学を認めます。
十四人の教師見習いたちが笑った。
さらに。
――エルガ学院へ来る必要はありません。
――現在いる学校、町、村を離れず学んでください。
――毎週一度、広域教育網を通じて合同授業を行います。
――実習は、あなたの目の前にいる生徒と行います。
――そして最初の課題です。
俺は最後に一つだけ質問を書いた。
――あなたは、なぜ教師になりたいのですか。
返信を送って一時間。
最初の回答が届いた。
「子供へ勉強を教えるのが好きだから」
次。
「自分と同じように、魔力が低いだけで捨てられる子を減らしたい」
次。
「安定した職業だと思ったから」
これは正直でいい。
次。
「国を強くする人材を育てたい」
これも間違いとは限らない。
ただし、生徒本人より国を優先するなら話し合う必要がある。
そして。
一通。
「才能のない子供を、正しい道へ導きたい」
俺はその回答へ印をつけた。
リリアが覗き込む。
「不合格ですか?」
「まだ決めない」
「でも、才能のない子供と」
「だから聞く」
俺は返信を書く。
――あなたが言う「才能のない子供」とは、どんな子供ですか。
三十分後。
返事が来た。
――試験で良い点を取れない子。
さらに聞く。
――その子ができることを、試験以外で確認しましたか。
返事は遅かった。
一時間。
二時間。
そして。
――していません。
その次。
――私は、子供ではなく成績表を見ていたのかもしれません。
俺はその人物の名前へ。
入学許可と書いた。
「不合格ではないのですね」
ソフィアが言う。
「間違った考えを持っているから学びに来るんだ」
最初から全部できるなら。
学校へ来る必要がない。
◆
翌朝。
第一回の教師合同授業を行った。
広域教育網へ接続。
エルガ学院。
第四校。
第五校。
第六校。
第七校。
さらに周辺各地の学校や自宅から。
千人以上の大人の顔が、一斉に壁へ映し出される。
リリアが固まった。
「先生」
「何だ」
「多すぎませんか」
「俺もそう思う」
だが始めるしかない。
俺は全員へ挨拶した。
「アレン・クロフォードだ」
「今日から教師課程を担当する」
千を超える視線が集まる。
「最初に言っておく」
「俺のやり方を正解だと思うな」
何人かが戸惑った顔をした。
「では、何を学べばいいのでしょうか」
誰かが尋ねる。
「考え方だ」
俺は黒板へ一問書いた。
――生徒が、あなたの授業を受けたくないと言いました。
――どうしますか。
回答が一気に届いた。
説得する。
理由を聞く。
保護者へ連絡する。
規則なので受けさせる。
別の授業を提案する。
本人の将来のためなら強制する。
好きな授業だけでは成長できないと説明する。
千二百人いれば。
千二百通り近い答えが出る。
「正解を発表します」
全員が静かになる。
俺は答えた。
「分からない」
通信先がざわついた。
「生徒が誰なのか分からないからだ」
五歳か。
十五歳か。
その授業だけが嫌なのか。
教師が怖いのか。
内容が難しいのか。
簡単すぎるのか。
過去に何かあったのか。
理由によって答えは変わる。
「教師が最初にするのは」
「答えを出すことではない」
「必要なことを知ることだ」
千人を超える教師候補たちが、一斉に筆を動かし始めた。
その光景を見て。
俺は少しだけ怖くなった。
ここで俺が間違えば。
一人の生徒ではなく。
千人の教師。
さらにその先の何万人もの生徒へ、間違いが広がる。
ソフィアが隣へ来た。
「怖いですか」
「ああ」
「良いことだと思います」
「なぜ」
「アルフォンス先生は」
少し離れた席にいる老人を見る。
「自分が正しいと信じていた頃、一度も怖がりませんでした」
アルフォンスは反論しなかった。
俺は通信先を見る。
「だから」
ソフィアが続ける。
「一人で決めないでください」
その言葉を聞いて。
俺は黒板へ追加した。
――この教師課程そのものに問題があると思った場合。
――必ず指摘すること。
――学院長の俺が間違っていると思った場合も同じ。
千二百四十八人へ。
俺へ逆らう方法まで、最初に教える。
教師を育てる学校なら。
そこまで必要だ。
授業終了後。
学院管理人形が報告へ来た。
「教師課程、第一期入学生」
「千二百四十八名を正式登録」
一気に増えたな。
「追加報告があります」
「何だ」
「本日の授業を広域教育網経由で閲覧していた未登録施設から、入学申請を受信」
また教師か。
「申請者種別」
管理人形が告げる。
「国家教育機関」
俺は黙った。
「件数」
嫌な予感がする。
「四か国」
さらに。
「そのうち一国から」
管理人形の青い目が光る。
「教育制度そのものを、エルガ学院で学び直したいとの申請があります」
今度は教師ではなかった。
国そのものが。
うちの学校へ入学しようとしていた。




