第三十五話 二百十一年ぶりの先生への説教は、生徒側から始まった
赤髪の青年ガルドが、拳を鳴らした。
「さて」
笑っている。
だが、目はまったく笑っていない。
「二百十一年分、先生と話をしようか」
アルフォンスが一歩下がった。
「話なら座ってできるじゃろう」
「そうだな」
ガルドが頷く。
「昔の先生なら、話し合う前に山を十周させていただろうけどな」
「……反省しておる」
「俺たちはまだ何も言ってない」
さらにアルフォンスが小さくなる。
第三校から来た六人。
ソフィアと合わせて、アルフォンス最初の七人の教え子。
俺は改めて全員を見る。
ガルド。
赤髪の大柄な青年。
傷を受けると、その傷を相手へ返す才能を持つ。
隣には青髪の少女。
名前はミラ。
魔法そのものを食らい、自分の魔力へ変える。
黒髪の少年ノクス。
死んだ魔物へ一時的に意思を戻し、協力を頼める。
緑髪の少女フェル。
触れた生き物の姿と能力を一時的に写す。
白髪の少年ユリウス。
複数の未来の可能性を見る。
そして小柄な茶髪の少女リナ。
他人の才能を一時的に借りることができる。
最後が、すでにこちらへ来ていたソフィア。
他者の才能と育て方を見る。
世界を変えられるほどの力。
アルフォンスが、そう考えた理由だけなら分かる。
問題は。
本人たちが何を望んでいたのかを、見なくなったことだ。
俺は教室の机を円形へ並べた。
「話をするなら、座れ」
ガルドが俺を見る。
「止めるのか?」
「止めない」
俺はアルフォンスにも席を示す。
「ただし殴るなら学院の外でやれ」
「先生!」
リリアが後ろから慌てる。
「許可するんですか?」
「本人たちが話し合った結果なら、俺が決めることじゃない」
ソフィアが小さく頷く。
「そこは合格です」
まだ採点されていた。
◆
七人とアルフォンス。
二百十一年ぶりの話し合いが始まった。
最初に口を開いたのはミラだった。
「私は、魔法研究者になりたかった」
アルフォンスが顔を上げる。
「知っておる」
「知らなかった」
ミラは静かに否定した。
「先生は、私がどこまで強い魔法を食べられるかしか見ていなかった」
沈黙。
「私は魔法を食べたいんじゃなくて、魔法がどう作られているのか知りたかった」
次はノクス。
「僕は魔物の墓守になりたかった」
アルフォンスが目を瞬かせる。
これは本当に知らなかったらしい。
「死んだ魔物へ聞けば、最後に何を望んでいたか分かったから」
だがアルフォンスは。
その能力を軍事利用できると考えた。
倒された魔物を起こし、敵陣へ送り返す訓練ばかりさせた。
フェルは獣医になりたかった。
動物へ変身すれば、どこが痛いのか分かるから。
ユリウスは。
「未来を見たくなかった」
その言葉に、全員が黙った。
可能性が見える。
それは便利な才能だ。
だが。
失敗する未来。
仲間が傷つく未来。
誰かが死ぬ未来。
何百通りも同時に見える。
「先生は、もっと遠くまで見ろと言った」
アルフォンスは俯いた。
「俺は、今日だけ見たかった」
リナは。
誰かの才能を借りる自分が嫌いだった。
自分自身には何もないと思っていたからだ。
それなのにアルフォンスは、より多くの才能を借りられる訓練ばかり続けた。
そしてガルド。
「俺は」
しばらく黙っていた。
「料理人になりたかった」
全員が彼を見る。
俺も見た。
アルフォンスまで顔を上げた。
「初耳じゃ」
「言ってねえからな」
「なぜ言わなかった」
ガルドの額に青筋が浮かぶ。
「言える空気だったか?」
アルフォンスが黙った。
確かに。
毎朝山頂二十往復させる教師へ。
料理人になりたいとは言いにくい。
「傷を返せる力があれば、前衛として最強になる」
アルフォンスはそう考えた。
だがガルドが好きだったのは。
訓練後。
七人分の食事を作る時間だったらしい。
「俺が作った飯を、みんながうまいって食うだろ」
ガルドは少し照れたように言う。
「訓練の中で、一番好きだった」
アルフォンスの肩が震えた。
「知らなかった」
「だから」
ガルドは老人を見る。
「俺たちは先生から逃げた」
「先生が嫌いだったからじゃない」
アルフォンスが顔を上げる。
「先生に、俺たちを見てほしかったからだ」
その言葉が。
一番効いたらしい。
アルフォンスは何も言えなくなった。
◆
最後はソフィアだった。
「私は、先生になりたかった」
アルフォンスが小さく頷く。
「それだけは知っておった」
「はい」
「だから、お前には特に厳しく」
「それが間違いでした」
即答された。
ソフィアは俺を見る。
「アレン先生」
「何だ」
「教師とは、何でしょう」
突然難しい質問が来た。
後ろでリリアたちも聞いている。
今の生徒たちも。
第四校の教師も。
俺は少し考えた。
「俺にも、まだ分からない」
ソフィアが目を細める。
「答えになっていません」
「だから今も学んでいる」
俺は机に置かれた。
自分の初等課程一年の札を見る。
「少なくとも、生徒の人生を代わりに決める人間じゃない」
アルフォンスがこちらを見る。
「才能を伸ばすことも大事だ」
「強くすることも、知識を教えることも必要な場合はある」
「でも最後に」
俺は七人を見る。
「その力で何をしたいか決めるのは、本人だ」
ソフィアはしばらく黙っていた。
やがて俺の答案用紙へ何かを書く。
「合格」
また採点された。
「今のも授業だったのか?」
「はい」
油断できない。
◆
アルフォンスは。
七人へ謝った。
長い言葉ではなかった。
「すまなかった」
ただそれだけ。
ガルドが腕を組む。
「許してほしいとは言わないのか」
「言える立場ではない」
アルフォンスは答える。
「許すかどうかは、お前たちが決めることじゃ」
ソフィアが少し驚いた。
昔なら。
謝ったのだから許せ。
教師へ逆らうな。
そんなことを言っていたのかもしれない。
ガルドが立ち上がる。
アルフォンスも覚悟したように目を閉じた。
だが。
拳は飛ばなかった。
代わりに。
一枚の布がアルフォンスの顔へ投げつけられた。
「何じゃ、これは」
「前掛け」
ガルドが答える。
「厨房へ来い」
「なぜ」
「俺が二百十一年前に作りたかった料理を食わせる」
アルフォンスが目を見開く。
「ただし」
ガルドは笑う。
「まず野菜の皮むきからだ」
レオンが小さく呟いた。
「私と同じだ」
王も初代学院長も。
最初は皮むきらしい。
◆
その夜。
エルガ学院の食堂には。
見たことのない料理が並んだ。
二百年前。
第三校で七人が食べていた料理。
ガルドが記憶を頼りに再現したものだ。
アルフォンスは。
厨房で大量の野菜を削りすぎた。
ガルドに怒られていた。
「皮だけむけ!」
「久しぶりなんじゃ!」
「才能鑑定できるくせに芋の皮もむけねえのか!」
「芋に才能はない!」
食堂から笑い声が起こる。
二百十一年ぶりの再会は。
仲直りではない。
許されたわけでもない。
失った時間が戻るわけでもない。
それでも。
同じ食卓へ座ることはできた。
食事が終わった頃。
ソフィアが俺の隣へ来る。
「アレン先生」
「何だ」
「私たち七人は、第三校へ戻ります」
少し意外だった。
「ここへ残らないのか」
「第三校には、まだ私たちしかいません」
ソフィアは答える。
「だから今度は」
「自分たちで学校を始めたい」
第三校を。
二百年以上前。
教師から逃げるために閉じた学校を。
今度は。
自分たちが教師となって開く。
「ただし」
ソフィアが俺を見る。
「一つお願いがあります」
「言ってみろ」
「七人とも」
少し間を置く。
「教師になった経験がありません」
嫌な予感がする。
「ですので」
ソフィアは真顔で告げた。
「エルガ学院で、教師見習いとして学ばせてください」
俺の後ろ。
七人の元教え子たちが反応した。
リリア。
エリシア。
セレナ。
ルシア。
フィオナ。
マリア。
クロエ。
そして目の前には。
二百年前の七人。
教師見習いが。
一気に十四人になった。
学院管理人形が淡々と告げる。
「教師見習い十四名を確認」
「合同初等教師課程の設置を推奨」
俺は額を押さえた。
学校を広げる前に。
まず。
教師を教える学校まで必要になってきたらしい。




