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第三十四話 先生が助けに行かなくても、生徒たちはちゃんと進んでいた



学院長でありながら。


俺は現在、初等課程一年の机に座っている。


隣には前国王レオン。


正面には、二百十一年前の生徒ソフィア。


そして教室の後ろには。


俺の授業を見物する生徒と教師たちが、なぜか増え続けていた。


「次の課題です」


ソフィアが黒板へ文字を書く。


――問題が三つ同時に起きました。


――あなた一人では、一つしか対応できません。


――どうしますか。


俺は少し考える。


「危険度を確認して、最も緊急性の高い場所へ行く」


ソフィアは即座に首を横へ振った。


「不合格です」


「早くないか」


「自分が行くことを前提にしています」


教室の後ろから。


リリアたち七人が一斉に頷いた。


最近、こいつらはソフィア側に立ちすぎではないだろうか。


「では、三つとも他の者へ任せる」


「それも不合格です」


「今度は何が悪い」


「問題の内容を確認せず、丸投げしました」


難しい。


レオンが隣で真剣に考えている。


「アレン」


「何だ」


「これは国政にも使える授業ではないか?」


「お前は自分の課題をやれ」


レオンの紙にも別の問題が置かれている。


――自分より詳しい者の意見と、自分の考えが違った場合どうするか。


元国王にはちょうどいい問題だ。


そのとき。


通信室から大きな鐘が鳴った。


緊急通信。


第五校。


第六校。


第七校。


三校同時。


教室中の視線が俺へ集まる。


ソフィアが黒板を指した。


「実技です」


本当に三つ同時に起きた。


俺は立ち上がろうとする。


「座ってください」


「通信を確認するだけだ」


「先生が立つ必要はありません」


ソフィアが管理人形へ命じる。


「この教室へ接続してください」


三つの映像が並んだ。



最初は第五校。


帝国兵に包囲されていた学校だ。


俺が向かわせたリリアが映る。


ただし。


聖剣は背負ったまま。


戦っていない。


「先生。第五校から報告します」


「状況は」


「帝国兵はまだ門の外です」


その後ろでは。


第五校の教師バルトと、生徒たちが校庭へ集まっていた。


一人の少年が地面へ両手をつく。


土壁が持ち上がる。


だが、兵士を攻撃するためではない。


校舎の前へ何本もの細い通路を作っている。


「これは?」


「避難路です」


リリアが答える。


戦闘能力が高すぎるとして隔離されていた子供たち。


その力を初めて、自分たちで使い始めたらしい。


炎を操る少女は、夜間用の灯りを作った。


怪力の少年は、大きな食料庫を安全な場所へ移した。


遠距離へ声を飛ばせる少女は、近隣の町へ学校の状況を伝えている。


誰も帝国兵を攻撃していない。


「門はどうする」


俺が尋ねる。


リリアではなく、バルトが答えた。


「開けます」


「大丈夫なのか」


「生徒たちと話し合いました」


バルトは少し緊張した顔をしている。


「逃げ続けるのではなく、自分たちが軍へ行きたくない理由を話したいそうです」


映像の向こうで。


第五校の生徒三百二十一人が、自分たちで書いた紙を持っていた。


兵士になりたくない。


治癒師になりたい。


鍛冶を学びたい。


家へ帰りたい。


魔物研究者になりたい。


一人ずつ、違う。


第五校が用意していた未来は、軍人だけだった。


だが。


生徒の望みは三百二十一通りあった。


リリアが小さく笑う。


「私は、まだ何もしていません」


「それでいい」


俺が答えると。


ソフィアが横から口を挟んだ。


「今の回答は合格です」


授業はまだ続いていたらしい。



次は第六校。


聖教国の大司教から、全生徒へ能力封印の儀式が命じられていた学校。


通信に映ったのは聖女セレナ。


その後ろには、二百八十七人の子供たち。


そして。


大勢の神官。


「どうなった」


「儀式は止まりました」


早い。


「大司教が認めたのか」


「いいえ」


セレナは首を横に振る。


映像の端。


豪華な法衣を着た老人が、椅子へ座っている。


かなり不機嫌そうだ。


「では、どうやって」


第六校の若い女性神官が前へ出た。


「生徒全員へ、封印を望むか確認しました」


結果。


希望した者。


四人。


望まなかった者。


二百八十三人。


「四人は受けるのか」


「いいえ」


女性神官が答える。


「本人たちへ理由を聞いたところ、能力が怖いから封じたいということでした」


そのため。


すぐ封印するのではなく。


まず安全な使い方を学び。


それでも封印したいと思うなら、改めて本人の意思で決めることになった。


「大司教は?」


セレナが少し困った顔をする。


「最初は怒られました」


「最初は?」


セレナが横へ移動する。


そこには。


十歳ほどの少年がいた。


手のひらに、小さな白い光が浮かんでいる。


「この子の神聖魔法は、治療ではなく」


少年が光を床へ落とす。


汚れていた石床から。


黒い染みだけが消えた。


「浄化に特化していました」


病気を治せない。


傷も治せない。


だから神聖魔法の失敗例とされていた。


だが。


毒。


汚染。


呪い。


そうしたものだけを消せる可能性がある。


そして。


大司教が持っていた古い聖杯には。


長年誰にも除去できなかった呪いがあった。


少年が触れると。


消えたらしい。


映像の端で大司教が咳払いした。


「能力封印については、再検討が必要である」


ずいぶん態度が変わった。


セレナが小声で教えてくれる。


「聖杯は、国宝だったそうです」


なるほど。


分かりやすい。


だが。


結果として、生徒の力を見直すきっかけにはなった。


セレナは最後に言った。


「先生」


「何だ」


「私は、この学校にもう少し残ります」


以前なら。


俺の近くへ戻りたがったはずだ。


「ここの先生たちと、神聖魔法の違いについて整理したいんです」


「自分で決めたのか」


「はい」


「なら任せる」


セレナが嬉しそうに笑った。


ソフィアがまた言う。


「合格」


何点制なんだ、この授業は。



最後。


第七校。


一番気になっていた場所だ。


魔物たち。


初代学院長アルフォンス。


そして。


第三校の七人。


だが映像に現れたフィオナは。


なぜか笑っていた。


「何かあったか」


「問題が一つ減りました」


「魔物か」


「はい」


校庭を見る。


逃げ込んできた大量の魔物たちが。


山へ戻り始めている。


理由は簡単だった。


アルフォンスが、山を離れたから。


「つまり」


「魔物たちは、アルフォンス先生の訓練から逃げていただけでした」


やはり災害ではなかった。


通信の端で初代学院長が怒鳴る。


「だから訓練は必要じゃと言っておる!」


巨大な魔狼がその声を聞いた瞬間。


全力で森へ逃げた。


「戻ってこい! まだ走り込みが足りん!」


「アルフォンス」


俺は通信越しに言う。


「魔物へ勝手に訓練を始めるな」


「本人たちのためじゃぞ!」


「本人たちに聞け」


魔物と話せる少女ミアが、魔狼へ尋ねる。


数秒後。


「絶対に嫌だそうです」


アルフォンスが膝をついた。


二百年以上経って。


ようやく生徒側の意見を聞いたらしい。


だが。


第七校にも大きな変化があった。


ミアが魔物と話せることを知った教師たちが。


彼女へ正式に授業を頼んだのだ。


「生徒が教師へ授業するのか?」


老教師が頷く。


「我々は魔物について知らなさすぎました」


だから。


教師たちがミアの生徒になる。


魔物の習性。


感情。


縄張り。


危険なときの行動。


まず大人が学ぶという。


俺は思わず笑った。


どこも似たようなことを始めている。


学院長が一年生になったエルガ学院。


学院長候補エレナも生徒になった第四校。


教師が生徒から魔物について学ぶ第七校。


教師だから教えるだけ。


生徒だから教わるだけ。


その境目が少しずつなくなっている。


「先生」


フィオナが尋ねる。


「こちらへ来ますか?」


俺は答えようとして。


ソフィアを見る。


何も言わない。


自分で決めろということらしい。


映像を見る。


怪我人はいない。


教師もいる。


フィオナもいる。


ミアもいる。


魔物たちも落ち着いた。


俺が行く理由は。


ない。


「行かない」


教室の後ろ。


俺の生徒たちが少し驚いた顔をした。


「第七校は、お前たちで進めてくれ」


フィオナが笑う。


「はい、先生」


三つの通信が終わった。


ソフィアが俺の答案用紙へ何かを書く。


「実技評価」


「どうだった」


「合格です」


ようやく。


「では臨時一年生は終了か」


「いいえ」


即答された。


まだなのか。


ソフィアは次の紙を置く。


――生徒が、自分より上手に問題を解決しました。


――教師はどうしますか。


「喜ぶ」


俺はすぐ答えた。


ソフィアが少しだけ笑った。


「それも合格です」


その瞬間。


教室の扉が開いた。


ティナが慌てて入ってくる。


「せ、先生!」


「どうした」


「第三校から……」


ティナの後ろ。


転移門が光っている。


ソフィア以外の。


二百年前の六人の生徒が。


全員。


エルガ学院へやって来た。


先頭にいた赤髪の青年ガルドが。


俺を見る。


次に。


アルフォンスを見る。


そして。


拳を鳴らした。


「さて」


笑顔なのに。


目が笑っていない。


「二百十一年分」


「先生と話をしようか」


アルフォンスが。


初めて魔物たちと同じ顔をした。


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