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第三十三話 学院長の俺も、一年生になりました



「アレン・クロフォード学院長の再教育を要求します」


旧第三校。


二百年以上眠っていた七人の生徒から告げられた言葉に、俺はしばらく返事ができなかった。


俺を。


教育する。


「先生」


リリアが隣から袖を引いた。


「何だ」


「受けるべきだと思います」


ずいぶん早いな。


エリシアまで頷く。


「学院長だから学ばなくてよい、とは先生自身が何度も仰っていました」


「言ったな」


「教師は、生徒より先に学ぶことをやめてはいけない、とも」


それも言った。


自分の言葉が次々と戻ってくる。


クロエが小さく手を挙げた。


「先生を危険な場所へ一人で行かせない授業でしたら、私も賛成です」


「お前は俺について危険な場所へ来る側だろう」


「護衛です」


「潜入とも言う」


通信の向こうで、ソフィアは真顔のままだ。


「回答を」


「一つ確認したい」


「どうぞ」


「再教育というのは、アルフォンスがやっていたような訓練ではないだろうな」


背後にいた六人が一斉にアルフォンスを見る。


老人が露骨に顔を逸らした。


ソフィアの声が少し冷たくなる。


「倒れるまで走らせません」


「安心した」


「骨が折れても翌日に別メニューを組みません」


「それも安心した」


「食事中に抜き打ち試験もしません」


アルフォンス。


お前、本当に何をしていたんだ。


老人が咳払いする。


「若かったんじゃ」


「記録上、当時すでに六十八歳です」


学院管理端末が訂正した。


「余計なことを言うな!」


初代学院長が管理人形へ怒鳴っている。


二百年前から変わっていないらしい。


俺は改めてソフィアを見る。


「分かった。受ける」


リリアたち七人が、なぜか嬉しそうに顔を見合わせた。


「ただし条件がある」


「聞きます」


「俺だけではなく、お前たちも生徒だ」


ソフィアが黙った。


「第三校の登録を見る限り、お前たちは二百十一年間ずっと在学中なんだろう」


学院管理端末が反応する。


「肯定。旧第三校登録生徒七名。卒業判定、未実施」


「なら俺が学ぶ代わりに、お前たちも今の教育を学べ」


背後の六人がざわついた。


一人。


大柄な赤髪の青年が前へ出る。


見た目は十八歳ほど。


「俺たちが?」


「ああ」


「二百年前に十分学んだぞ」


アルフォンスが小さく呟く。


「お前は途中で授業を放棄したじゃろう」


青年の額に青筋が浮かんだ。


「誰のせいだ」


「……すまん」


老人が一瞬で小さくなった。


ソフィアが青年を制する。


「ガルド」


「分かってる」


どうやら赤髪の青年はガルドというらしい。


俺は続ける。


「お前たちは、教師が間違うことを知っている」


七人の表情が少し変わった。


「なら、教師が間違ったとき、生徒がどうすればいいのか。それを今の学院の生徒たちへ教えられる」


ソフィアが目を細める。


「私たちの経験を教材にするのですか」


「嫌ならしない」


即答する。


「過去を話すかどうかも、お前たちが決めろ」


ソフィアは少し驚いたようだった。


「強制しないのですね」


「しない」


「教育上、必要でも?」


「必要かどうかを決めるのは教師だけじゃない」


通信の向こうで七人が黙った。


アルフォンスも何も言わない。


やがてソフィアが、小さく息を吐いた。


「……やはり、再教育は必要です」


「今ので評価が下がったのか?」


「逆です」


どちらなんだ。



第三校との接続が安定したのは、その日の夕方だった。


七人全員をいきなりエルガ学院へ移動させることはしなかった。


二百年以上眠っていた人間だ。


まず身体の確認。


現在の世界情勢の説明。


食事。


そして何より。


本人たちが第三校を出たいかどうかを確認する必要がある。


最初にエルガ学院へ来たのは、ソフィア一人だった。


転移門から現れた彼女を見て。


ティナが持っていた木箱を落とした。


「ソフィア……先輩?」


ソフィアの無表情が崩れる。


「ティナ?」


百二十三年間、一人で地下に残っていた少女。


二百十一年間、第三校で眠っていた少女。


見た目だけなら、どちらも十代だ。


ティナはおそるおそる近づいた。


「ほんとうに、先輩?」


「ええ」


次の瞬間。


ソフィアがティナを抱きしめた。


「ごめんなさい」


ティナの目が大きくなる。


「私たちは、自分たちが逃げることで精一杯だった」


「先輩のせいじゃ……」


「あなたが第一校に残ったことを知っていたのに」


ソフィアの声が初めて震えた。


「迎えに行けなかった」


ティナはしばらく動かなかった。


やがて。


小さな手をソフィアの背中へ回した。


「私も、怖くて地下から出られなかったから」


二人とも、それ以上は何も言わなかった。


俺も口を挟まない。


百年以上分の話を、数分で終わらせる必要はない。


少し離れた場所で、アルフォンスが二人を見ていた。


近づこうとはしなかった。


ソフィアも、彼を見なかった。


今はそれでいい。



その日の夜。


俺は地下教室へ呼ばれた。


机が二つ並んでいる。


片方にはレオン。


もう片方が空いていた。


「座ってください」


ソフィアが教師側に立っている。


嫌な予感がする。


「なぜレオンがいる」


「比較対象です」


「私は何と比較されるんだ」


レオンが少し嬉しそうだ。


「学院長も一年生になるのか?」


「まだ決まっていない」


学院管理人形が横から口を挟む。


「臨時判定を開始します」


勝手に始めるな。


青い光が俺を上から下まで走査する。


「アレン・クロフォード」


「職業、学院長」


「教育能力、極めて高」


そこまではいい。


「生徒保護能力、高」


「危険回避判断」


一拍。


「低」


リリアたちが後ろで頷いた。


「自己犠牲傾向」


さらに一拍。


「非常に高」


後ろの頷きが大きくなった。


「他者への相談能力」


管理人形が止まる。


「改善中」


微妙な判定だ。


「総合判定」


やめろ。


「初等課程一年、一部科目の再履修を推奨」


教室に拍手が起きた。


誰だ。


振り返る。


リリアたち七人。


クラリス。


ガレス。


エレナ。


さらに、いつの間に来たのかアイラやミレイユたちまでいる。


「見世物じゃないぞ」


ソフィアが俺の前へ紙を置いた。


「最初の課題です」


紙には一問だけ書いてある。


困ったとき。


あなたは誰に助けを求めますか。


簡単な質問に見える。


だが。


俺はすぐに答えられなかった。


これまで。


生徒に問題が起きれば、自分で見た。


危険な場所なら、自分で行った。


王都地下にも。


第四校にも。


まず自分が動いた。


もちろん仲間には頼っている。


だが。


「先生」


ミレイユが後ろから声をかける。


「私たちじゃ、駄目ですか?」


セシリアも続く。


「まだ弱いですけど」


ノエル。


「できることなら、あります」


テオ。


「地面のことなら、先生より僕の方が分かります」


アイラまで。


「魔法の糸なら、私が見ます」


俺は紙を見る。


いつの間にか。


守るだけだった生徒たちは。


頼ることのできる相手になっていた。


俺は筆を取った。


全員。


そう書こうとして。


止める。


違う。


ソフィアが見ている。


自分で考えろということだろう。


俺は書き直した。


その問題を、一番よく知っている人。


ソフィアが答案を読む。


そして。


初めて少し笑った。


「合格です」


「もう卒業か?」


「一問目です」


まだあるらしい。


学院管理人形が、新しい机札を置いた。


アレン・クロフォード。


初等課程一年。


臨時在籍。


隣のレオンが手を差し出してくる。


「よろしく、アレン」


俺はその手を見る。


「元国王と学院長が同級生か」


「悪くないだろう」


確かに。


悪くはない。


ただ。


教室の入口を見ると。


俺の七人の元教え子。


今の生徒たち。


第四校の教師。


さらにソフィアまで。


全員が妙に楽しそうにこちらを見ている。


どうやら。


学院で一番教育される必要があるのは。


俺だったらしい。


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