第二十五話 危険と判定された少女は、町を救った
王国全土で行われる一斉才能検査の初日。
エルガ学院の地下大教室には、各地から送られてくる通信映像が並んでいた。
検査会場は二千か所以上。
そのうち、こちらと連絡を取れる場所は三百六十二か所。
解雇された教師たちだけでなく、神官、地方騎士、村長まで協力を申し出てくれた結果だ。
すべての会場を直接見ることはできない。
そのため、危険判定が出た場合だけ、エルガ学院へ緊急通信が届く仕組みを作った。
現在までに検査を受けた子供は、一万八千人。
王都への移送対象とされた者は、二十七人。
そのうち十九人は、現地の教師が能力を確認し、危険ではないと証明した。
残る八人も、本人と家族の意思を確認している途中だ。
思っていたより、順調ですね。
クラリスが記録を確認しながら言った。
まだ初日の午前中だ。
ゼルドが何もしてこないとは思えない。
俺が答えた直後。
大教室の中央に、赤い光が灯った。
緊急通信。
西部第三検査会場。
映像をつなぐ。
現れたのは、大きな川沿いにある町だった。
検査会場として使われているのは、町の神殿。
その中央で、一人の少女が兵士たちに囲まれている。
年齢は十一歳ほど。
茶色い髪を短く切り、両手には厚い手袋をつけていた。
少女の足元には、錆びて崩れた検査用の剣が落ちている。
現地へ派遣した勇者リリアも映っていた。
彼女は少女と兵士たちの間に立っている。
状況を説明してくれ。
俺が通信へ呼びかけると、リリアがこちらを向いた。
少女の名前はハンナです。
触れた金属を腐食させる能力が確認されました。
検査官は、危険度最上位として王都へ送るよう求めています。
リリアの向かいに立つ王国教育院の検査官が、書類を掲げた。
この少女は、剣だけでなく鎧や建物まで破壊する可能性があります。
軍事施設へ侵入すれば、王国へ甚大な被害を与えます。
だから拘束するのか。
安全のためです。
検査官の言葉を聞き、ハンナは両手を背中へ隠した。
私、何も壊したくありません。
少女の声は震えている。
手袋を外すよう命じられ、検査用の剣へ触れただけらしい。
剣は一瞬で赤く錆び、粉々に崩れた。
これまでにも似たことはあったのか。
俺が尋ねると、ハンナの母親が前へ出た。
小さな釘や、古い鍋が壊れたことはあります。
ですが娘は、普段から必ず手袋をしています。
誰かを傷つけたこともありません。
検査官が首を横へ振る。
今後も制御できる保証はありません。
なら、制御方法を探す。
そのために検査をしているのではないのか。
危険な能力を見つけ、管理するための検査です。
考え方が最初から違うらしい。
俺はハンナへ尋ねた。
金属へ触れたとき、何か見えるか。
見える。
少女は少し驚いたように答えた。
きれいな金属は、白く光っています。
古くなっているところは、黒い点が見えます。
黒い点へ触れると、どうなる。
その部分から、壊れます。
才能鑑定を直接使える距離ではない。
だが話を聞けば、ある程度は分かる。
ハンナの能力は、金属を無差別に腐食させるものではない。
劣化している部分を見つけ、その部分だけを急速に崩している可能性が高い。
リリア。
はい。
新しい剣と、長く使われた剣を一本ずつ用意してくれ。
数分後。
二本の剣がハンナの前へ置かれた。
片方は鍛えられたばかりの新品。
もう片方は、何十年も倉庫へ保管されていた古い剣。
手袋をつけたままでいい。
二本を見比べてくれ。
ハンナは恐る恐る剣へ近づいた。
新品の剣には触れず、じっと観察する。
こちらは、ほとんど白いです。
古い方は。
黒い点が、たくさんあります。
その中で、一番大きな黒い部分へ指一本だけで触れてみろ。
検査官が慌てる。
また破壊させるつもりですか。
壊れる部分を確かめる。
ハンナは手袋の右手、人差し指の部分だけを外した。
古い剣の中央へ触れる。
剣全体は錆びなかった。
触れた周辺だけが赤く変色し、小さく崩れる。
内部から、細い亀裂が現れた。
リリアが剣を持ち上げる。
この剣は、すでに中まで割れかけています。
実戦で使えば、一度目の衝撃で折れていたでしょう。
ハンナは金属を壊したのではない。
壊れかけている場所を、目に見える形へした。
新品の剣へ触れた場合は。
少女は不安そうだったが、指先で刃の根元へ触れた。
何も起きない。
黒い点がないので、壊れません。
やはりそうか。
ハンナの才能は、金属の劣化を発見する力。
さらに危険な部分だけを取り除ける。
武器や橋、建物の安全確認に使えば、多くの事故を防げるだろう。
検査官は納得していない。
しかし、本人が制御できない場合は。
これから学べばいい。
学ぶ前から、できないと決める必要はない。
そのとき。
映像の外から、大きな鐘の音が響いた。
町の人々が騒ぎ始める。
川に架かる橋が揺れている。
誰かの叫びが聞こえた。
西部第三検査会場の近くには、王国西部で最大の石橋がある。
馬車や商人だけでなく、今日の検査を受けるため、多くの親子が渡っている最中だった。
橋の中央から、不自然な金属音が響く。
リリアが外へ飛び出した。
通信用の魔道具も彼女を追い、映像が橋へ切り替わる。
橋を支える太い金属製の鎖が、一部切れかけていた。
長年、川の湿気と荷重にさらされ、内部から腐食している。
表面だけを見ても分からない。
ハンナ。
俺が呼ぶと、少女は橋を見つめた。
黒いです。
たくさん。
どこが一番危険だ。
中央の右側。
大きな黒い筋があります。
リリア。
人を橋から降ろせ。
はい。
勇者リリアが橋の中央へ走り、馬車を引いていた馬ごと持ち上げる。
そのまま岸へ運び始めた。
周囲の騎士や町の人間も、子供たちを避難させる。
だが、全員が渡り終えるより早く、橋が大きく傾いた。
鎖の一本が切れる。
残る鎖も、負荷に耐えられない。
ハンナは自分の手を見る。
私が触ったら、もっと壊れます。
壊れかけている部分だけを先に落とせ。
少女が驚いて俺を見る。
一度に全部が崩れるから危険なんだ。
使えない部分を先に外し、リリアに橋を支えさせる。
修理できる部分だけを残す。
リリア。
任せてください。
勇者は橋の下へ飛び降り、巨大な石桁を両手で支えた。
普通の教師にはできない方法だ。
ハンナは母親から新しい手袋を受け取る。
指先だけを出したまま、橋の鎖へ近づいた。
黒い部分だけ。
少女は自分へ言い聞かせるように呟く。
黒い筋へ触れる。
腐食した金属が赤い粉となって崩れ落ちる。
橋がさらに傾くが、リリアが下から支えている。
ハンナは一本ずつ、危険な部分だけを取り除いた。
残った金属は白く輝き、まだ十分な強度を持っている。
町の鍛冶師たちが新しい補強材を運び、鎖をつなぎ直す。
一時間後。
橋は完全に安定した。
最後の親子が岸へ渡ると、町中から歓声が上がった。
ハンナは、自分の赤く汚れた指先を見つめている。
私が壊したのに。
違う。
壊れる場所を見つけた。
危険な部分を取り除いたから、橋全体を救えた。
ハンナの母親が、後ろから娘を抱きしめた。
検査官は何も言えず、修理された橋を見ている。
リリアが少女の前へ膝をついた。
ハンナ。
私も先生に会うまでは、自分の力の使い方を知りませんでした。
少女が顔を上げる。
怖いままでも構いません。
一緒に使い方を探しましょう。
これは、教師として悪くない言葉だった。
ハンナはエルガ学院へ行くことを選ばなかった。
家族と離れたくないからだ。
代わりに、町の鍛冶師のもとで金属について学ぶことになった。
解雇された元教師が一人、定期的に彼女を指導する。
エルガ学院は、その教師と教材を支援する。
子供をすべて学院へ集める必要はない。
その子が住みたい場所で学べるなら、それが一番いい。
危険指定。
解除を要請します。
リリアが検査官へ告げた。
男は長く黙った後、書類へ新しい文字を書き込んだ。
危険指定、解除。
適性。
金属検査および修復補助。
ハンナは王都へ送られず、自分の町へ残ることが決まった。
緊急通信が終了する。
大教室にいた教師と生徒たちから、大きな拍手が起きた。
一つ目の会場だけではない。
その後も各地から報告が届いた。
話した言葉が現実になる少年は、嘘をつかないよう口を塞がれていた。
だが、紙へ書いた言葉では能力が発動しないと分かり、まず読み書きを学ぶことになった。
近くの人間を眠らせる少女は、治療院で痛みに苦しむ患者を眠らせた。
動物の感情が流れ込む獣人の少年は、暴れていた馬の怪我に気づいた。
危険と呼ばれた力が、その場で誰かを助け始めている。
日が暮れる頃。
王都へ送られる予定だった子供は、百三十四人。
教師たちが才能を確かめた結果、移送に同意した者は一人もいなかった。
そのとき。
王城へ向かったクロエから、通信が届いた。
レオンが立ち上がる。
エミルの返事か。
黒い影から、一枚の紙が現れた。
レオンは震える手で開く。
兄上へ。
僕は王になりたいと思ったことはありません。
ですが、今すぐ逃げれば、才能検査を受けている子供たちがゼルドに連れていかれます。
だから、もう少しだけ王でいます。
ゼルドの言うことへ従うふりをして、子供たちを王都へ送らない命令を出します。
僕一人では怖いです。
でも、初めて自分で決めました。
レオンは手紙を読み終え、しばらく動かなかった。
十二歳のエミルは、助けられるだけの子供ではなかった。
操られながらも、自分の意思で王城へ残ることを選んだ。
手紙の最後には、もう一文が書かれていた。
ゼルドは明日の朝。
僕の王命を使い、エルガ学院へ最終命令を出すつもりです。
才能検査に協力しなかったすべての教師と家族を、反逆者として処刑する命令です。
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