第二十四話 新しい王は、王国中の子供を調べようとしていた
王国中の子供へ、才能検査を義務づける。
危険な才能を持つ者は、王国教育院が管理する。
新しい王の名で出された命令は、その日のうちにエルガ学院へ届いた。
学院長室には、俺、クラリス、レオン、七人の教え子が集まっている。
命令書の最後に記された署名は、エミル・アルバート。
十二歳。
レオンの異母弟だった。
弟が、自分の意思でこの命令を出すはずがない。
レオンは紙を強く握りしめた。
端が潰れ、指先が白くなっている。
王位継承の教育は受けていたのか。
ほとんど受けていない。
レオンは首を横に振る。
エミルは身体が弱く、王位を継ぐ予定もなかった。
城の離れで、本を読みながら静かに暮らしていた。
人前へ出ることも苦手だったという。
ゼルドにとって、操りやすい子供だったのだろう。
王都へ戻る。
レオンが立ち上がった。
今すぐ弟を助けなければならない。
どうやって助ける。
俺が尋ねると、レオンの足が止まった。
王城へ行き、ゼルドを捕らえる。
王都の兵士は。
私が国王だと説明する。
今、王国が国王として認めているのはエミルだ。
ならば、兄として弟を連れ出す。
それを王城の騎士が許すと思うか。
レオンは答えられなかった。
弟を助けたい気持ちは本物だ。
だが、焦って王城へ飛び込めば、ゼルドはエミルを盾にする。
王位を奪い返しに来た兄が、幼い国王を襲った。
そう伝えられれば、国民まで敵に回る可能性がある。
先生。
リリアが手を挙げた。
私が王城へ入り、弟君だけを連れて帰ります。
連れ去りだ。
では、本人の希望を確認してから連れてきます。
十二歳の少年を七人の英雄で囲み、希望を尋ねるつもりか。
それでは正しい答えが返ってこない。
エリシアが静かに剣へ手を添えた。
教育院長だけを斬れば。
斬らない。
まだ最後まで言っていません。
内容は分かる。
七人は王城を一度占拠している。
任せれば、今度は王都そのものを学院の分校にしかねない。
俺はクラリスへ尋ねた。
才能検査は、いつ始まる。
命令から三日後です。
対象は五歳から十五歳まで。
王国内にいる子供、推定八十万人。
多すぎるな。
全員を細かく調べるのは不可能です。
クラリスは命令書の補足資料を開いた。
各地の神殿、学院、騎士団が一次検査を担当します。
異常な数値が出た子供だけを、王都へ送る仕組みです。
つまり、検査そのものより、王都へ集めることが目的か。
教育院が危険と判断した子供を集め、服従術式を刻む。
これまで秘密裏に行っていたことを、今度は王命によって堂々と行うつもりらしい。
拒否した家族はどうなる。
王命違反として処罰されます。
学院長室の外で、何かが落ちる音がした。
扉を開くと、四十八人の新入生が立っていた。
話を聞いていたらしい。
王都地下で最初に杖を置いた少女が、不安そうに尋ねる。
また、私たちのような子が増えるのですか。
増やさない。
俺が答えると、少女は少しだけ安心した顔をした。
だが、方法はまだ決まっていない。
八十万人をここへ逃がすことはできない。
危険な才能を持つ子供だけでも、何人いるか分からない。
エルガ学院へ集めれば、今度はこの場所が狙われる。
必要なのは、子供を一か所へ集めることではない。
各地で守れる場所を作ることだ。
クラリス。
はい。
以前見せてもらった、王国の方針に逆らって解雇された教師の名簿はあるか。
二百三十一人分あります。
全員へ連絡できるか。
現在の所在が分かるのは百八十六人です。
十分だ。
俺は黒板へ王国の地図を広げた。
百八十六人の教師を、住んでいる地域ごとに分ける。
検査から逃げるよう呼びかけるのですか。
違う。
子供を隠せば、家族ごと追われる。
それに検査を行う者すべてが、ゼルドの仲間とは限らない。
各地の教師には、検査へ立ち会ってもらう。
異常な才能が見つかった場合、本当に危険なのか。
教え方によって扱える力ではないのか。
その場で確認する。
そして王都へ送られそうになった子供には、別の学び方があることを伝える。
本人と家族が望んだ場合だけ、保護する。
クラリスがすぐに計算を始めた。
一人の教師が一つの検査会場へ入れば、百八十六か所。
残りの会場へは。
教師を増やす。
どこからですか。
この学院にいる。
七人の教え子たちが、一斉に姿勢を正した。
先生。
リリアの目が輝く。
ついに王都へ。
行かない。
では、各地の教育院を占拠。
しない。
お前たちには、教師として検査へ立ち会ってもらう。
七人の表情が固まった。
戦うのではなく、子供一人ずつの才能を見る。
危険だと決めつける者がいれば、なぜ危険なのかを尋ねる。
必要なら、その場で安全な使い方を教える。
リリアが不安そうに手を挙げた。
私たちだけで、できますか。
できない場合は通信で聞け。
分からないことを、分からないまま決めない。
それも教師の仕事だ。
七人は真剣な表情で頷いた。
以前なら、自分たちの力で問題を終わらせようとしていただろう。
今は教える側として、何をすべきか考え始めている。
ガレスたち二百人の騎士にも仕事がある。
命令を疑うことを学び始めた彼らなら、各地の騎士団へ話を届けられる。
検査を止めろとは言わない。
王都へ送る前に、子供本人と家族の意思を確かめるよう求める。
ただし、王国騎士だった立場を利用して命令することは禁止だ。
一人の生徒として、自分たちの経験を伝えてもらう。
レオンは黒板の地図を見つめていた。
私は、何をすればいい。
お前が決めろ。
弟を助けたいのでしょう。
ああ。
なら、王都へ行く。
先ほど止めたばかりだ。
ただし、王としてではない。
レオンは俺を見る。
兄として、エミルへ手紙を書く。
王位を返せとも、ゼルドへ逆らえとも書かない。
自分も操られていたこと。
ここで学び始めたこと。
そしてエミル自身は、本当に王になりたいのか。
それを尋ねる。
手紙が届くと思うか。
普通に送れば、ゼルドに止められる。
だが王城には、エミルが幼い頃から世話になっていた侍女がいる。
彼女なら、秘密の通路を知っている。
クロエが静かに前へ出た。
届けます。
王都へ行くなと言われていたはずだ。
今回は、先生ではなくレオンからの依頼です。
俺を見るな。
クロエは少し考え、尋ねた。
教師として、手紙を届ける校外学習です。
言い方を変えても潜入だ。
だが、エミル本人の意思を確かめる必要はある。
戦わない。
誰も傷つけない。
危険を感じたら戻る。
三つすべて守れるか。
はい。
返事が早すぎて不安だ。
それでも、クロエ以上に適任はいない。
俺は条件付きで許可した。
レオンは机へ向かい、弟への手紙を書き始める。
何度も書いては消していた。
王として命じる文章なら、すぐに書けただろう。
兄として何を伝えればよいのかは、簡単には決められないらしい。
一時間後。
レオンは一枚の紙を俺へ差し出した。
エミルへ。
私は、お前に王位を返せとは言わない。
王を続けろとも言わない。
自分が何を望んでいるか、一度だけ考えてほしい。
私は、それを考えずに王になった。
そして大勢を傷つけた。
お前には、同じ失敗をしてほしくない。
兄として、お前の答えを聞きたい。
短い手紙だった。
だが、以前のレオンなら書けなかった内容だろう。
俺は紙を返した。
俺の許可を求めるな。
送るかどうかは、自分で決めろ。
レオンは手紙を見つめた後、自分で封をした。
クロエへ渡す。
頼む。
必ず。
クロエが影の中へ消えた。
同時に、クラリスが百八十六人の教師へ通信を送り始める。
エルガ学院からの最初の依頼。
子供を隠せという命令ではない。
才能を恐れる前に、理解してほしい。
王都へ送る前に、その子が何を望んでいるか聞いてほしい。
返信は、すぐに届き始めた。
参加します。
今度こそ、生徒を守ります。
自分が解雇された理由が、ようやく役に立ちます。
百八十六人のうち、最初の一時間で百五十二人が協力を申し出た。
教師だけではない。
地方の神官。
小さな学院の職員。
子供を王都へ送ることへ疑問を持っていた騎士。
連絡を聞いた者たちが、次々と加わっていく。
一つの学院へ子供を集めるのではない。
王国中に、子供の話を聞く教師を増やす。
ゼルドが王命で検査網を作るなら。
こちらは教師と家族のつながりで、子供を守る。
その夜。
王城の離れにある小さな寝室へ、一通の手紙が届けられた。
十二歳の新王エミルは、誰もいない部屋で兄からの手紙を読んだ。
首の黒い紋章が、考えることを止めるよう命令する。
兄は敵だ。
エルガ学院は危険だ。
ゼルドに従え。
何度も同じ言葉が頭へ流れ込む。
それでもエミルは、手紙を破らなかった。
机の引き出しから、幼い頃に兄と遊んだ木製の駒を取り出す。
そして初めて、自分自身へ問いかけた。
僕は、本当に王になりたいのだろうか。
首の紋章に、小さな亀裂が入った。
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