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第二十三話 俺を追放した国王は、一年生になった



私を、この学院へ入れてくれ。


新国王は床へ両手をつき、俺を見上げていた。


首元には、服従術式によって刻まれた黒い紋章。


豪華だった服は破れ、王冠もない。


王国で最も高い場所に座っていた男が、今は地下学院の床へ膝をついている。


背後では学院管理人形が、淡々と判定を続けていた。


判断力教育、未修了。


自己決定教育、未修了。


初等課程一年への配属が適切。


国王の顔がわずかに引きつった。


俺は尋ねる。


名前は。


知っているだろう。


入学するなら、自分で名乗れ。


国王はしばらく黙った。


これまで名前を尋ねられることなど、ほとんどなかったのだろう。


誰もが陛下と呼び、彼自身もそれを当然だと思っていた。


やがて小さく息を吐く。


レオン・アルバート。


年齢は。


二十二歳。


何を学びたい。


レオンは答えに詰まった。


王になるための教育は、幼い頃から受けてきたはずだ。


歴史。


法律。


外交。


軍事。


礼儀。


だが、管理人形の判定では初等課程一年。


知識が足りないのではない。


自分で考え、自分で選ぶ訓練を受けていない。


レオンは砕けた王印を見つめた。


正しい命令を出す方法を学びたい。


それは少し違うな。


では、何を。


正しい命令が必ず存在するとは限らない。


同じ命令でも、救われる者と困る者がいる。


何を選び、何を諦め、その結果へどう責任を持つか。


それを学ぶ必要がある。


レオンは黙って俺の言葉を聞いた。


入学には条件がある。


何でも受け入れる。


この学院では、身分による特別扱いはしない。


王であることを理由に、授業を免除しない。


食事も掃除も、他の生徒と同じだ。


レオンの視線がわずかに揺れた。


自分で掃除をした経験は。


ない。


料理は。


ない。


洗濯は。


見たことならある。


後ろにいたガレスが目を伏せた。


元王国騎士団長として、国王の生活がどれほど人任せだったか知っているのだろう。


それからもう一つ。


俺はレオンをまっすぐ見る。


俺を追放したことを理由に、入学を拒否するつもりはない。


だが、謝れば終わりとも思っていない。


お前の決定によって、俺だけでなく大勢の人間が影響を受けた。


その責任から逃げないこと。


レオンは深く頭を下げた。


分かった。


違う。


俺は彼を止める。


理解したふりをするな。


今すぐ分からなくてもいい。


ここで学びながら、自分が何をしたのか考え続けろ。


レオンはゆっくり顔を上げた。


そして今度は、自分の意思で頷いた。


分からない。


だから、学ばせてほしい。


学院管理人形の目が青く光る。


入学意思を確認。


レオン・アルバートを初等課程一年へ登録します。


元王国騎士二百人に続き、現国王まで一年生になった。



入学直後。


アイラとルシアが、レオンの首に刻まれた服従術式を調べた。


黒い糸は、これまで見た誰よりも多かった。


幼少期から少しずつ刻まれていたらしい。


教育院を信頼しろ。


ゼルドの助言を優先しろ。


弱い者へ国費を使うな。


戦えない者には価値がない。


国王は命令を疑うな。


俺を追放した判断にも、術式の影響はあったのだろう。


リリアが黒い紋章を見つめる。


それなら先生を追放した責任は、この者にはないのではありませんか。


レオンが先に首を横へ振った。


いや。


術式があったとしても、命令書へ署名したのは私だ。


アレンが育てた者の記録を、自分で確認しようともしなかった。


ゼルドと宰相の説明だけを聞き、役立たずだと決めた。


考えなかったことは、私の責任だ。


リリアは少し意外そうな顔をした。


俺も同じ意見だった。


操られていたことと、何も考えなかったことは別だ。


ただし、責任を認めることと、自分を罰し続けることも違う。


アイラ。


はい。


危険な命令から、一つずつ外してくれ。


全部ではなくてよいのですか。


一度にすべて消せば、レオン自身の考えまで不安定になるかもしれない。


何年も命令と一緒に生きてきた。


どこからが本人の意思なのか、本人にも分からない状態だ。


まず、ゼルドへ従えという部分だけを外す。


レオン。


術式がなくなっても、ゼルドの言葉を正しいと思うなら従っていい。


アイラが驚いて俺を見る。


止めないのですか。


選ぶのはレオンだ。


術式を外す目的は、俺の命令へ従わせることではない。


自分で決められる状態へ戻すことだ。


アイラが小さく頷く。


紫色の瞳が光り、レオンの首から黒い糸が一本ほどけた。


紋章の一部が薄くなる。


レオンは胸を押さえた。


何か変わったか。


頭の中が、静かになった。


今までは、ゼルドの言葉を思い出すたび、それが正しいと感じていたらしい。


今は、ただの意見として考えられる。


それで十分だ。


残りは急がず外していく。



治療が終わると、レオンには学院の制服が渡された。


王族用ではない。


他の一年生と同じ、簡素な灰色の服だ。


胸には小さく名前が縫われている。


レオン。


自分の名前が服へ直接書かれていることが珍しいのか、何度も見ていた。


その日の最初の仕事は、生活班で夕食の準備だった。


レオンは大鍋の前へ立ち、野菜を手にしている。


何をすればいい。


同じ班の七歳の少女が答えた。


皮をむいてください。


レオンは野菜と小さな刃物を交互に見る。


どちら側からだ。


好きな方からです。


好きな方。


国王は、その言葉だけで止まった。


どちらから皮をむくか。


そんな小さなことまで、自分で選んだ経験がないのかもしれない。


右からでも左からでもいい。


失敗しても食べられる部分は残る。


俺が告げると、レオンは慎重に刃を動かした。


最初の一個は、皮と一緒に半分以上が削れた。


生活班の子供たちから悲鳴が上がる。


レオンの顔が青くなった。


処罰は。


ない。


だが、削りすぎた分は自分で食べろ。


承知した。


二個目。


三個目。


少しずつ皮だけを薄くむけるようになる。


王国の命令書へ署名していた手で、今は夕食の野菜を切っている。


決して立派な仕事ではない。


だが、自分の選択が目の前の誰かへどう影響するのか。


王座にいた頃より、よほど分かりやすく学べるだろう。


夕食の時間。


レオンが削りすぎた野菜は、彼の皿へ山盛りに入れられた。


向かいには、騎士団長だったガレスが座っている。


ガレスも一年生として、焦がしたパンを食べていた。


陛下。


その呼び方は禁止だ。


レオンが答える。


ここでは同じ一年生だ。


では、レオン。


何だ、ガレス。


二人はしばらく顔を見合わせた。


王城では決して生まれなかった関係だろう。


やがてガレスが小さく笑い、レオンも初めて肩の力を抜いた。


その夜。


俺はレオンを呼び、学院長室で一枚の紙を渡した。


今日の課題だ。


紙には二つの質問を書いた。


なぜ王になったのか。


これから、誰を守りたいのか。


騎士たちへ出したものと同じ課題だ。


レオンは紙を見つめる。


私は、生まれたときから王になると決まっていた。


それは質問への答えではない。


なぜ王であり続けようとするのか。


王でなくてもよいなら、何をしたいのか。


期限は決めない。


自分の答えが見つかってから提出しろ。


レオンは紙を折らず、大切そうに両手で持った。


王都へ戻らなくてもよいのか。


それも自分で決めろ。


ただし、逃げるために学院へ残ることは認めない。


王へ戻るなら、自分が何を変えるのか決めてから戻れ。


戻らないなら、王国を誰へ託すのか考えろ。


どちらを選んでも責任は残る。


レオンは長い間、何も言わなかった。


やがて窓の外にいる生徒たちを見る。


分かった。


今度こそ、すぐに分かったとは言わない。


考える。


それが最初の授業だ。



同じ頃。


王都では、国王が逃亡したという報告が広がっていた。


ゼルドは王城の玉座前に立ち、集めた貴族たちを見回す。


国王はエルガ学院に洗脳されました。


王位を捨て、反逆者へ加わったのです。


貴族たちの間に動揺が走る。


王がいなければ、討伐命令は無効になる。


だがゼルドは慌てていなかった。


王家の血を引く者は、レオン一人ではない。


玉座の横へ、一人の少年が連れてこられる。


年齢は十二歳ほど。


レオンの異母弟であり、王位継承順位第二位。


少年の首には、完成したばかりの黒い紋章が刻まれていた。


ゼルドは少年の肩へ手を置く。


新しい王を立てればよいのです。


少年は感情のない目で玉座へ座る。


ゼルドの命令どおりに口を開いた。


兄レオンを王位から追放する。


そして王国のすべての子供に、才能検査を義務づける。


危険な才能を持つ者は、王国教育院が管理する。


ゼルドは満足そうに笑った。


エルガ学院へ子供が集まる前に。


王国中の才能を持つ子供たちを、すべてこちらで確保するつもりだった。


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