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第二十二話 王国全土へ、最初の授業を届けた



教育院長ゼルドは、新国王を操り、エルガ学院への討伐命令を出させようとしている。


秘書を四十一年間務めてきた老女は、そう告げた。


名前はヘレナ。


歴代の教育院長が残した命令記録を管理し、ゼルドが服従術式を使っていることも知っていた。


知りながら、何もできなかったのだという。


王命が発せられるまで、どれくらいある。


俺が尋ねると、ヘレナは王都の時計塔へ目を向けた。


日没です。


王城には、王命の鐘と呼ばれる魔道具があります。


国王が命令を宣言し、鐘を鳴らせば、王国騎士、官僚、各地の領主へ同時に伝わります。


普通の通信魔道具ではないのか。


それだけではありません。


王国へ忠誠を誓った者へ刻まれた術式を、一斉に起動する装置でもあります。


騎士たちに埋め込まれていた服従術式。


それを王国全土で起動させるつもりらしい。


日没まで、残り二時間。


王城へ行き、鐘を壊します。


エリシアが即座に剣を抜いた。


駄目だ。


では、鐘の周囲だけを斬ります。


鐘も一緒に斬れるだろう。


少しだけ。


少しだけ斬られた鐘が使えるとは思えない。


クロエはすでに姿を消しかけていた。


教育院長を先に止めます。


王都へ行くな。


先生。


今回は時間がありません。


だからこそ、ゼルドの思いどおりに動くな。


王城へ向かえば、四十八人の子供を連れて移動できない。


エルガ学院へ戻るのも遅れる。


さらに、ゼルドが王城へ罠を仕掛けている可能性も高い。


鐘を壊しても、別の方法で命令を出されれば終わりだ。


必要なのは、命令を届かなくすることではない。


届いても、従うかどうかを自分で選べるようにすることだ。


ヘレナ。


はい。


王命の鐘が使う通信路へ、こちらから言葉を送れるか。


老女は驚いた顔で俺を見る。


王城以外から王命の通信路を使うことはできません。


エドガーが、部屋の壁に残る学院の紋章へ目を向けた。


いいえ。


この施設が王都分校として復旧した今なら、教育用通信路へ接続できます。


王命の鐘は、もともとエルガ学院が各地の分校へ授業を届けるために作った装置を改造したものです。


王国が奪った仕組みなら、学院側の権限で取り戻せる可能性がある。


エドガーとルシアが、すぐに通信設備を調べ始めた。


俺たちは四十八人の子供を先に転移室へ集める。


転移路は復旧している。


だが、全員を一度に送れば設備へ大きな負担がかかる。


十人ずつ、五回に分けてエルガ学院へ帰すことになった。


最初の十人が転移した直後。


通信室から、激しい魔力音が響いた。


接続できました。


ルシアが叫ぶ。


ただし、こちらの声を王国全土へ届けるには、出力が足りません。


ミレイユの魔力を借りるか。


距離が遠すぎます。


通信路の途中で散ってしまいます。


そのとき、四十八人の中から小さな少女が手を挙げた。


十二歳ほど。


青い髪で、首には声を封じるためにつけられていた布の跡が残っている。


私なら、できるかもしれません。


名前は。


メルです。


少女は自分の喉へ触れた。


私が話すと、声が遠くまで響きます。


どれくらい遠くへ届く。


分かりません。


王都地下で一度叫んだとき、地上の教育院まで窓が割れました。


それは声が届いたというより、衝撃波だ。


俺が才能鑑定を使う。


名前、メル・フェリス。


音響魔法適性、最高。


魔力共鳴適性、測定限界以上。


広域伝達適性、最高。


音量制御適性、最低。


力を押さえ込まれ続けていた、もう一人の生徒だった。


声を小さくしようとするな。


メルが目を瞬かせる。


大きな声を出すと、皆さんに迷惑が。


音を止めるのではなく、通信路だけへ流す。


ミレイユと同じだ。


大きな力には、正しく通る道を作ればいい。


ルシアが通信術式を組み替える。


メルの声を直接、教育用通信路へつなげた。


何を言えばいいですか。


俺の言葉を、そのまま届けてくれ。


メルは緊張した顔で通信魔道具の前へ立つ。


俺は隣へ並んだ。


王国の騎士、兵士、官僚、教師。


この声を聞いているすべての者へ。


メルの口から出た声が、光へ変わった。


王都分校を通り、王城の鐘へ向かう。


さらに王国全土の騎士団詰所、役所、学院へ広がっていく。


エルガ学院への討伐命令が届くかもしれない。


俺は、その命令を拒めとは言わない。


従えとも言わない。


ただ、一つだけ考えてほしい。


その命令は、誰を守るためのものなのか。


学院にいるのは、王国から追い出された子供たちだ。


剣を握れない者。


魔法を使えない者。


力を制御できない者。


彼らを討つことが、本当に王国を守ることになるのか。


命令した者へ、理由を尋ねてほしい。


答えを聞き、自分で選んでほしい。


俺の言葉へ従う必要もない。


自分の剣を誰へ向けるかは、自分で決めることだ。


通信が終わる。


メルの声は暴れなかった。


窓も壁も壊れていない。


少女は自分の喉を押さえ、信じられないような顔をしていた。


できました。


ああ。


初めて、誰も傷つけずに声を届けられました。


メルの目から涙がこぼれる。


施設内にいた四十八人が、彼女の周囲へ集まった。


俺たちは最後の転移へ入る。


王都分校を離れる直前。


遠くから、鐘の音が聞こえた。


日没には、まだ少し早い。


ゼルドが予定を早めたのだ。



王城の謁見室。


新国王は玉座へ座らされていた。


首には黒い紋章。


右手には王国の印章。


その前に立つゼルドが、命令書を差し出す。


エルガ学院を反逆組織と認定する。


全軍をもって討伐せよ。


新国王の口が、命令を繰り返す。


王命の鐘が鳴った。


黒い魔力が王国全土へ広がっていく。


各地の騎士たちが武器を取る。


兵士たちが整列する。


領主たちが出陣命令を書き始める。


だが、誰もすぐには動かなかった。


王都第一騎士団長が、命令書を持つ上官へ尋ねる。


エルガ学院は、誰を攻撃したのですか。


北部軍の指揮官が部下へ命じる。


討伐対象とされた生徒の名簿を確認しろ。


西方騎士団では、一人の若い兵士が剣を置いた。


子供を守ることが騎士の役目ではないのか。


命令へ従えと押しつける者もいた。


黒い術式に操られ、無理に行軍を始める者もいた。


それでも、王国全軍が一斉に動くことはなかった。


一人が疑問を口にすれば、隣の者も考え始める。


アレンの言葉に従ったのではない。


自分で選ぶために、立ち止まったのだ。


王城では、ゼルドが顔を歪めていた。


命令を繰り返してください。


新国王の首元にある紋章が強く光る。


エルガ学院を、討伐せよ。


国王の口が動く。


だが、その声は途中で止まった。


誰を。


ゼルドが眉をひそめる。


何ですか。


誰を、守る命令なのだ。


新国王は、震える手で自分の首を押さえた。


黒い紋章が皮膚を焼いている。


私は王だ。


命令する側だ。


だから、命令が正しいか考える必要などないと思っていた。


最初にアレンを追放したときも。


国王は苦しみながら立ち上がる。


だが、子供を討てという命令が正しいはずがない。


ゼルドが術式を強める。


玉座の周囲から黒い鎖が伸び、国王の身体を拘束した。


考える必要はありません。


王は命令を出すだけでよいのです。


新国王は、自分の右手にある王印を見た。


そして床へ叩きつけた。


王印が砕ける。


黒い鎖が一瞬だけ緩んだ。


国王は玉座の裏に隠されていた緊急転移陣へ飛び込んだ。



俺たちがエルガ学院へ戻った直後。


地下転移室に、新しい光が現れた。


リリアたちが一斉に武器を構える。


光の中から倒れ込んできたのは、新国王だった。


王冠はない。


豪華な服は破れ、首には黒い紋章が残っている。


国王は俺の姿を見つけると、床へ両手をついた。


アレン。


助けを求めに来たのなら、まず治療する。


違う。


国王は顔を上げた。


私は王でありながら、命令を疑うことすら知らなかった。


お前を追放したことも、他人の言葉を信じて決めた。


国王は震える手で、砕けた王印の欠片を差し出す。


エルガ学院長。


私を、この学院へ入れてくれ。


背後で、学院管理人形の目が光った。


入学希望者を確認。


年齢、二十二歳。


判断力教育、未修了。


自己決定教育、未修了。


初等課程一年への配属が適切。


王国を追放された俺が始めた学校へ。


俺を追放した国王が、一年生として入学しようとしていた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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