第二十一話 学院を壊す鍵なら、入る前に生徒へ変えればいい
その子たち全員が。
あなたの学院を内側から破壊する鍵なのです。
教育院長ゼルドの声が、通信魔道具から響く。
四十八人の首輪には、エルガ学院へ入った瞬間、中央魔力炉へ接続する術式が隠されていた。
首輪をつけたまま転移すれば、学院そのものが危険にさらされる。
子供たちの顔が青ざめた。
最初に杖を置いた少女が、首輪を両手で押さえる。
私たちが行ったら、学校が壊れるのですか。
ゼルドが楽しそうに答えた。
正確には、君たちの魔力と学院の魔力炉が接続される。
その後、君たちの能力を一斉に暴走させる。
四十八人が持つ力を、地下学院の中心で解放すれば。
いかに古代の施設でも耐えられないでしょう。
一人の少年が俺から離れた。
なら、僕たちは行けません。
別の少女も首を横に振る。
ここに残ります。
ゼルドの狙いは、学院を破壊することだけではない。
子供たちに、自分たちはどこへ行っても危険だと思わせること。
自分から助けを拒ませることだ。
今まで何度も使ってきた方法なのだろう。
危険だから閉じ込める。
迷惑をかけるから従わせる。
周囲を傷つけるから、自分の意思を持たせない。
だが、今回は違う。
俺は四十八人へ告げた。
全員、学院へ来てもらう。
子供たちが驚いて俺を見る。
ですが。
学校が壊れます。
壊させなければいい。
ゼルドの笑い声が聞こえた。
首輪を外せば処分術式が発動します。
接続命令だけを外せば、その瞬間に学院破壊術式が起動する。
その構造を作ったのは、エドガー。
あなたです。
エドガーの身体が震えた。
はい。
俺が作りました。
正確には、教育院長から渡された設計をもとに組み込んだのだという。
首輪の一番深い場所に、使用者にも見えない術式が隠されていた。
エドガー自身も、誰を対象に使うのかまでは知らされていなかった。
全部、私の責任です。
エドガーは四十八人へ頭を下げた。
どんな命令を受けていたとしても、作ったのは私です。
俺は彼の前へ図面を置いた。
謝るのは後だ。
今は、自分が作ったものを直せ。
エドガーが顔を上げる。
できますか。
分かりません。
なら、分かるところから始めよう。
俺は首輪を一つずつ外す方法を考えていた。
だが、ゼルドはそれも予想している。
首輪に直接触れれば、どの術式が起動するか分からない。
ならば、首輪を外す前に、接続先を変える。
ルシア。
はい。
首輪がエルガ学院を認識する方法は。
賢者ルシアが術式を調べる。
学院の中央魔力炉が持つ、固有の魔力署名です。
同じ署名を別の場所へ作れるか。
完全な複製は不可能です。
ですが。
ルシアが途中で言葉を止め、俺を見る。
学院長権限を使えば、一時的な分校として別の魔力炉を登録できます。
エドガーが転移室の図面を広げた。
この施設にも、小型の魔力炉があります。
首輪が接続するだけなら、出力は十分です。
王都地下特別育成所を、エルガ学院の分校として登録する。
首輪は、子供たちがすでに学院へ入ったと判断する。
その瞬間に起動する破壊術式を、この施設の魔力炉へ流すつもりか。
ゼルドの声が低くなった。
その施設には、まだ多くの職員が残っています。
職員はどこにいる。
俺が尋ねると、エドガーが答えた。
上層階です。
警報が鳴った時点で、全員が避難区画へ集まっているはずです。
この地下十二階には、私たち以外いません。
なら、先に全員を外へ出す。
クロエ。
はい。
上層階に残る者へ避難を伝えろ。
従わない者は。
担いでいい。
クロエの姿が消えた。
エリシアが剣を構える。
私は魔力炉を切り離します。
まだ斬るな。
ですが、暴走した場合は。
そのときだけ頼む。
エリシアは少し残念そうに剣を鞘へ戻した。
ゼルドの声が響く。
施設一つを犠牲にするつもりですか。
犠牲にしない。
壊れる前に、力を逃がす。
テオがいれば地脈へ流せる。
だが、テオはエルガ学院にいる。
遠隔で助けを借りる必要がある。
学院管理人形へ通信をつなげられるか。
エドガーが転移室の設備を操作する。
数十秒後。
壁に青い光が浮かび、エルガ学院の地下が映った。
画面の向こうには、テオ、ティナ、ミレイユ。
さらにリリアたちが並んでいる。
先生。
リリアがすぐに前へ出た。
今からそちらへ。
来るな。
今から王都分校として、この施設を一時登録する。
ミレイユ。
はい。
魔力炉からあふれた力を、こちらへ流せるか。
距離があります。
ですが、転移路がつながっていれば、できると思います。
テオは床へ手をついた。
王都から学院まで続く古い地脈があります。
流れを見つけます。
ティナも工具を構える。
学院側の魔力炉を、受け入れられる形に変えます。
三人とも、俺が説明する前に動き始めた。
以前なら、自分の力を怖がっていた生徒たちだ。
今は誰かを助けるため、自分から使い方を考えている。
ルシア。
分校登録を始めろ。
はい。
王都地下施設の魔力炉へ、エルガ学院の魔力署名が重ねられていく。
古い壁に刻まれていた学院紋章が、百年以上ぶりに光を放った。
旧王都分校を確認。
学院管理人形の声が通信越しに響く。
現学院長による再登録を受理。
王都分校、復旧。
その瞬間。
四十八人の首輪が、一斉に赤く輝いた。
接続先を確認。
エルガ学院。
破壊命令を開始。
子供たちの身体から、膨大な魔力が引き出される。
炎を持つ少女の周囲が赤く染まる。
氷の少年の足元から床が凍る。
毒を生み出す獣人の身体から黒い霧が漏れた。
怖い。
少女が震える。
俺は何をすればいいのですか。
何もしなくていい。
力を止めようとするな。
首輪が勝手に引き出しているだけだ。
お前たちが望んで使っている力ではない。
自分を責める必要はない。
ルシアが王都分校の魔力炉を起動する。
四十八人から放たれた力が、床の術式へ吸い込まれていく。
魔力炉の出力が急上昇。
百二十パーセント。
百五十。
二百。
施設全体が激しく揺れ始めた。
ゼルドの声に、初めて焦りが混じる。
愚かな。
魔力炉が耐えられるはずがない。
テオ。
通信の向こうで少年が地面へ両手をつける。
見つけました。
王都の下を通る大きな地脈。
こちらへつなぎます。
ティナが中央魔力炉へ工具を打ち込む。
王都分校からの流れ、受け入れます。
ミレイユ。
膨大な魔力が来るぞ。
大丈夫です。
ミレイユは深く息を吸った。
私も、余っている力を流す練習をしてきました。
今度は、受け取った力を流します。
王都地下の魔力炉から、一本の光が地脈へ落ちた。
遠く離れたエルガ学院へ流れていく。
画面の向こうで、ミレイユの足元が強く光る。
彼女は力を押さえ込まない。
身体を通し、学院の魔力炉へ流し、余った分をさらに地下の地脈へ返す。
エルガ学院の施設稼働率が急上昇した。
七十六パーセント。
八十二。
九十一。
停止していた工房。
閉じていた教室。
使えなかった農業区画。
百年以上眠っていた設備が、次々と動き始める。
王都地下の揺れが収まった。
四十八人の首輪から、赤い光が消える。
破壊命令、完了。
王都分校の魔力炉、損害なし。
エルガ学院中央魔力炉、施設稼働率九十八パーセント。
ゼルドは何も言わなかった。
学院を壊すために送り込んだ力が、逆に学院をほぼ完全な状態へ戻した。
アイラ。
はい。
今なら首輪を外せるか。
少女は一つの首輪を見つめる。
破壊術式は、一度実行されたことで消えています。
処分術式も魔力を使い切っています。
全部、外せます。
アイラが両手を広げる。
ルシアの魔法陣が、四十八個の首輪をつなぐ。
服従。
処罰。
追跡。
学院破壊。
残っていたすべての糸を、アイラが一つずつほどいていく。
金属の輪が同時に開いた。
床へ落ちる。
四十八人全員の首から、拘束具が消えた。
少女が自分の首元へ触れる。
何も、ありません。
もう命令は届かない。
どこへ行くか。
何を学ぶか。
誰のそばにいるか。
全部、自分で決めていい。
四十八人の子供たちは、しばらく動かなかった。
やがて一人が、落ちた首輪を遠くへ蹴った。
別の少年も投げ捨てる。
床へ落ちる金属音が、次々と響いた。
ゼルド。
俺は通信魔道具を見る。
まだ聞いているんだろう。
返事はない。
子供たちは全員、解放した。
学院も壊れなかった。
次は、お前が何をしてきたのか調べる。
通信が切れかける。
その直前。
ゼルドの声が小さく聞こえた。
やはり、あなたは危険です。
子供に考えさせる教師など、王国には必要ない。
通信が途絶えた。
逃げるつもりだ。
クロエへ連絡を取ろうとした瞬間。
本人が通路の奥から戻ってきた。
施設内の職員、全員避難済み。
それから。
クロエは一人の女性を連れていた。
教育院の制服を着た、白髪の老女。
年齢は七十を超えているだろう。
老女は俺を見ると、ゆっくりと膝をついた。
エルガ学院長。
私は教育院長ゼルドの秘書を、四十一年間務めてきました。
逃げなくていいのか。
そのつもりでした。
ですが、子供たちの首輪が外れるのを見て、考えが変わりました。
老女は分厚い記録帳を差し出した。
教育院長が百年以上受け継いできた、すべての命令記録です。
歴代教育院長の名前。
拘束された子供。
服従術式を埋め込まれた騎士や官僚。
王国の中枢へ送り込まれた者たち。
そのすべてが記録されているという。
そして最後のページには、今日の日付で新しい命令が書かれていた。
王都全域の服従術式を起動。
エルガ学院を王国の敵と認定。
老女が震える声で告げる。
教育院長は、すでに王城へ向かいました。
新国王を操り、エルガ学院への討伐命令を出させるつもりです。
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