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第十六話 最下層にあったのは、命令へ従うことを教える教室だった



誰かが王都から、この学院の最下層を開けようとしている。


学院管理人形の報告を聞き、俺は床を見下ろした。


地下学院のさらに下。


ティナでさえ、百二十三年間一度も入れなかった封印区画。


そこから伸びる赤い糸が、王都へつながっているという。


開放まで、どれくらいかかる。


俺が尋ねると、管理人形の目が明滅した。


外部操作による封印解除率、四十二パーセント。


推定完了時間、三時間十二分。


思ったより短い。


何が封印されている。


回答権限なし。


俺は学院長だぞ。


学院長権限を確認。


回答権限なし。


学院長にも教えられないものを、どうして学院の地下へ置いた。


管理人形は数秒停止した。


当該施設は、学院が設置したものではありません。


周囲の空気が変わる。


ティナが不安そうに工具を抱きしめた。


王国が、あとから作ったのですか。


肯定。


旧王国教育監督院によって建設。


学院側による封印を確認。


つまり、百年以上前の教師たちが王国の施設を封じたのか。


俺は同行者を選ぶことにした。


学院に残る生徒を守る者も必要だ。


リリア、エリシア、セレナ、フィオナ、マリアは地上に残す。


不満は出たが、今回は二百人の騎士までいる。


王都から別の攻撃が来る可能性を考えれば、全員を地下へ連れていけない。


最下層へ向かうのは、俺、ルシア、クロエ、ガレス。


そしてティナ、アイラ、テオの三人だ。


ミレイユも魔力供給役として同行したがった。


だが、封印区画の中身が分からない以上、膨大な魔力を持つ彼女を連れていくのは危険だった。


先生。


ミレイユは心配そうに俺を見る。


何かあれば、すぐ呼んでください。


呼んだら地下ごと吹き飛ばさないか。


今度はきちんと流します。


少し迷ったが、非常時だけ来るよう伝えた。



最下層へ続く道は、中央魔力炉の裏に隠されていた。


ティナが壁へ工具を差し込み、古い機構を動かす。


石壁が左右へ開き、その奥から冷たい空気が流れてきた。


下へ続く階段には、学院のものとは違う紋章が刻まれている。


王冠と鎖。


旧王国教育監督院の紋章だ。


ガレスが眉をひそめる。


今の教育院では使われていない紋章です。


だが、考え方は残っているのかもしれないな。


才能を持つ子供を王国のために管理する。


百年以上経っても、根本は変わっていない。


階段を下りるほど、アイラが見ている赤い糸は太くなった。


王都から流れてくる魔力が、封印扉へ注がれている。


テオが壁へ手を触れる。


この先に、とても大きな部屋があります。


動いているものは。


まだ、ありません。


まだ。


その言葉が少し気になった。


階段の最下部には、黒い金属で作られた扉があった。


扉には何重もの封印が施されている。


学院側の封印は内側へ閉じ込める形。


王国側の術式は、その封印を外から剥がそうとしていた。


解除率、五十一パーセント。


管理人形の声が階段へ響く。


ルシアが杖を構えた。


外部からの魔力を遮断します。


待て。


俺は赤い糸を見つめるアイラへ尋ねた。


糸を完全に切れば、王都側は気づくか。


はい。


前と同じなら、すぐ分かります。


なら、切らずに流れを変える。


テオ。


はい。


王都から来る魔力を、学院の魔力炉へ流せるか。


少年は床へ手をつき、目を閉じた。


赤い糸は地脈ではなく、人工的な魔力路を通っている。


だが、途中で学院の配管と交差している場所が一つあった。


できます。


ただ、流れを変えると封印の方へ圧力がかかります。


ティナ。


耐えられるか。


少女は扉へ近づき、工具で金属を軽く叩いた。


三分なら。


十分だ。


アイラには、王都から送られる命令部分だけを外してもらう。


ルシアは魔力路の形を維持。


クロエとガレスは、何か出てきた場合に備える。


俺たちは同時に作業を始めた。


テオが人工魔力路の向きを変える。


赤い糸が大きく揺れた。


ルシアが術式を固定し、魔力が暴れないよう押さえる。


ティナは扉の前へ工具を次々と差し込み、封印を補強していく。


アイラの紫色の瞳が光った。


命令を見つけました。


何と書かれている。


開け。


それだけです。


単純だからこそ強い。


何度も繰り返し、封印へ同じ命令を送り続けている。


結び目を外せ。


アイラが指先を動かす。


赤い糸の一部がほどけた。


王都から流れてきた魔力は行き先を失い、テオが作った別の道へ流れ込む。


中央魔力炉の稼働率が上昇。


七十一パーセントから七十六パーセント。


管理人形が報告する。


王国が使った魔力で、学院の設備が動いている。


悪くない。


解除率、五十二パーセント。


上昇停止。


外部操作を遮断しました。


成功だ。


だが、その直後。


封印扉の向こうから、鐘の音が響いた。


一度。


二度。


三度。


学院の授業開始を知らせるような、澄んだ音だった。


テオが顔を青ざめさせる。


中で、何かが動きました。


外からの操作は止めた。


だが、一度半分まで解除されたことで、内部の施設が目を覚ましたらしい。


扉の中央へ、赤い文字が浮かぶ。


教育対象を確認。


在籍生徒、三百十七名。


教師見習い、七名。


未登録騎士、二百名。


学院長、一名。


ガレスが剣のない腰へ手を伸ばした。


武器は正門へ預けたままだ。


クロエはどこから取り出したのか、小さな針を両手に持っている。


あとで没収しよう。


赤い文字が続く。


規律違反者、多数。


思想統一教育の実施を開始します。


思想統一。


嫌な言葉だ。


ルシアが古い記録を読み取る。


先生。


この施設は、教室です。


ただし、普通の教室ではありません。


王国の命令へ従わない生徒の考え方を、魔法で書き換えるための場所。


百年以上前の教師たちは、生徒を守るためにここを封印したのだ。


扉の向こうで、重い足音が響く。


一体ではない。


何十体もの何かが、同時にこちらへ近づいている。


管理人形が初めて警告音を発した。


旧王国教育兵器の起動を確認。


教育執行人、三十二体。


俺は扉の横にある封印装置を見る。


再び閉じ込められるか。


ティナは首を横に振った。


一度起動したので、内側から開けられます。


逃げて上の階層を封鎖することはできる。


だが、そうすれば地下学院のどこかへ別の出口を作るかもしれない。


上には三百人以上の生徒がいる。


ここで止めるしかない。


ガレス。


はい。


地上へ戻り、騎士たちを避難させろ。


私も残ります。


武器もないのに何をする。


生徒を守ります。


ガレスは動かなかった。


この三日で、少しは自分で考えることを覚えたらしい。


なら、俺の後ろにいろ。


俺は教師だ。


前に立つのは俺の役目だ。


先生は戦えません。


ルシアが冷静に指摘した。


分かっている。


だが、戦う必要があるとは限らない。


扉の向こうにいるのは、教育を行うために作られた魔導人形だ。


なら、教師として話が通じる可能性がある。


クロエが小さく首を傾げた。


通じなかった場合は。


そのときは、お前たちに任せる。


封印扉が、内側からゆっくり開き始めた。


隙間から赤い光が漏れる。


黒い教師服を模した金属の身体。


手には剣でも杖でもなく、長い指示棒。


三十二体の教育執行人が、整列して立っていた。


中央の一体が、一歩前へ出る。


新任教師を確認。


俺を見ている。


教育方針を提出してください。


俺は少し考え、答えた。


生徒自身が、自分の生き方を選べるようにする。


教育執行人の目が赤く光った。


不適切。


王国の方針へ従う人材の育成を優先します。


俺の後ろで、アイラが小さく息を呑んだ。


教育執行人は指示棒を俺へ向ける。


新任教師の思想に、重大な不備を確認。


再教育対象へ登録します。


どうやら最初の授業を受けるのは、生徒ではなく俺らしい。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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