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第十五話 王国騎士二百人は、全員一年生になった



王国騎士二百人を、生徒として学院へ置いてほしい。


騎士団長ガレスから頼まれた俺は、すぐには答えなかった。


二百人の騎士たちは、正門の外で俺の返事を待っている。


全員が屈強な大人だ。


最年少でも二十歳前後。


中には、俺より年上の者も大勢いる。


この学院に年齢制限はない。


だが、子供たちと同じ生徒として受け入れるには、確認しておくべきことがあった。


ガレス。


はい。


お前たちは、何を学びたい。


ガレスは答えに詰まった。


強くなりたい。


剣術を極めたい。


王国を守りたい。


騎士なら、普段はそう答えるのだろう。


だが今の彼は、自分たちが知らないうちに服従術式を刻まれていたことを知っている。


やがてガレスは、地面へ置かれた自分の剣を見た。


命令が正しいのか、自分で判断する方法を学びたい。


後ろにいた騎士たちが顔を上げた。


ガレスは続ける。


我々は国王と王国を守る騎士です。


命令に従うことが、正しいと教えられてきました。


だから服従術式を使われていても、何も疑わなかった。


術式がなくても、同じ命令を受ければ従っていたかもしれません。


ガレスは俺へ向き直った。


自分の剣を、誰へ向けるべきか。


それを自分で考えられるようになりたい。


十分だ。


俺は正門の横に立つ学院管理人形へ告げた。


二百人を新入生として登録してくれ。


管理人形の目が青く光る。


新入生、二百名。


年齢確認。


十九歳から五十八歳。


最年長の騎士が、気まずそうに咳払いした。


登録に問題なし。


全員を初等課程一年へ配属します。


騎士たちの間に動揺が広がった。


一年。


俺より若い学院長の生徒になる覚悟はしていたが、七歳の子供と同じ一年生になるとは思わなかったらしい。


ガレスが管理人形へ尋ねる。


我々には、騎士としての教育と実戦経験がある。


上級課程ではないのか。


判断力教育、未修了。


対話教育、未修了。


自己決定教育、未修了。


管理人形は淡々と答える。


初等課程一年が適切。


背後で、ミレイユが笑いを堪えていた。


セシリアも口元を押さえている。


王国騎士団長が、自分たちより後輩になったのだ。


ガレスは大きく息を吐いた。


承知した。


受け入れが決まったところで、まず二百人の身体を確認することにした。


アイラによれば、黒い糸は消えている。


だが、術式の残骸が身体に残っている者もいた。


アイラとルシアが一人ずつ調べ、ノエルが弱った身体を回復させる。


テオは地脈を通じ、王都から新しい魔力が送られてこないかを見張った。


百十七人だった生徒たちも、水や椅子を運び、騎士たちを手伝う。


昨日まで王国の調査団だった者たちが、今日は子供たちに世話をされている。


少し奇妙な光景だった。


全員の確認が終わると、俺は騎士たちを地下学院の大教室へ集めた。


二百人が入っても余裕のある部屋だ。


ただし、用意されていた机と椅子は子供用だった。


大柄な騎士たちが、小さな椅子へ無理やり腰掛けている。


膝が机につかえていた。


ガレスだけは、何事もない顔で姿勢を正している。


それでは、最初の授業を始める。


俺は黒板へ一つの文章を書いた。


王国の命令により、エルガ村の食料をすべて徴収する。


騎士たちの表情が変わった。


これは仮の命令だ。


お前たちなら、どうする。


一人の騎士が手を挙げた。


命令書が正式なものであれば、従います。


なぜだ。


国王陛下の命令だからです。


村人が飢えてもか。


騎士が黙る。


別の騎士が手を挙げた。


必要な量だけを徴収し、残りを村へ返します。


命令違反になるぞ。


それでも、すべて奪うよりは。


次々と意見が出始める。


徴収の理由を確認する。


代わりの食料を王国へ要求する。


村長と相談する。


命令を拒否する。


自分たちの食料を村へ渡す。


どれが正解ですか。


最年少の騎士が尋ねた。


一つとは限らない。


俺は黒板の文章を消した。


大切なのは、命令を受けた瞬間に考えることをやめないことだ。


命令した者には、現場が見えていない場合がある。


間違っている場合もある。


悪意を持っている場合すらある。


今回の服従術式のようにな。


教室が静かになる。


騎士たちは、敵へ操られた被害者だ。


だが、命令に疑問を持たなかったことまで術式のせいにはできない。


騎士の役目は、命令を守ることではない。


人を守ることだ。


誰からの命令であっても、その目的を忘れるな。


ガレスが小さく頷いた。


教室の後ろでは、七人の教え子たちも授業を聞いていた。


リリアが真剣な顔で手を挙げる。


先生。


何だ。


先生が危険な場所へ一人で向かおうとした場合、命令を無視してついていくのは正しい判断でしょうか。


それは今の話とは別だ。


ですが、先生の命令が間違っている可能性も。


俺の安全に関することだけ、急に判断力を発揮するな。


七人が揃って納得していない顔をした。


騎士たちの間から、小さな笑い声が上がる。


緊張していた教室の空気が、少しだけ和らいだ。


授業の最後に、俺は全員へ一枚ずつ紙を配った。


今日の課題だ。


紙には、二つの質問だけを書いた。


自分は、なぜ騎士になったのか。


これから、誰を守りたいのか。


ガレスが紙を見つめる。


提出期限は。


決めていない。


自分の答えが出たときに持ってこい。


すぐに書き始める者はいなかった。


何年も騎士を続けてきた者ほど、答えを見つけるのに時間がかかるのかもしれない。


授業が終わると、騎士たちを五つの班へ分けた。


学院警備班。


建築班。


農業班。


生活班。


学習班。


騎士なのに、農業や料理をするのですか。


一人が尋ねた。


生徒百人以上の食事を作れるのか。


できません。


なら学べ。


剣だけ使えても、この学院では役に立たない。


騎士たちは戸惑いながら、それぞれの班へ向かった。


鎧を脱ぎ、畑を耕す者。


子供たちに文字を教わる者。


大鍋を前に、料理の手順を聞く者。


建築班では、剣聖エリシアから木材の切り方を教わっている。


ただし細かすぎて誰も理解できず、ティナが横から説明し直していた。


ガレスは生活班へ配属された。


巨大な身体に前掛けをつけ、野菜の皮をむいている。


剣より難しい。


真剣な表情で呟いていた。


夕方になる頃には、騎士たちも子供たちに混じって笑うようになっていた。


王国騎士団ではなく、エルガ学院の一年生としての最初の一日。


悪くない始まりだったと思う。


先生。


アイラが俺の服を引く。


どうした。


王都へつながっていた黒い糸は、もうありません。


だが、少女の表情は暗かった。


代わりに、別の糸が見えます。


どこからだ。


学院の地下です。


アイラが床を指した。


黒い糸ではない。


赤い糸が一本。


地下学院のさらに深い場所から伸び、王都の方角へつながっているという。


ティナの顔が青ざめた。


そこは、中央魔力炉よりも下です。


何がある。


分かりません。


ティナは小さく首を横に振った。


私も百二十三年間、一度も入れませんでした。


学院管理人形が、突然こちらへ顔を向けた。


地下最下層への接続を確認。


封印区画、外部からの開放操作を検知。


誰かが王都から、この学院の最下層を開けようとしていた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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