第十一話 王国が恐れた子供たち
王国が、才能を持ちすぎた子供たちを恐れたからだ。
白髪の老人が残した言葉に、地下学院が静まり返った。
映像の老人は、百年以上前にこの学院を作った人物らしい。
彼の後ろには、今より新しい状態の教室と、大勢の生徒たちが映っている。
人間だけではない。
獣人。
地精族。
小さな角を持つ魔族。
背中に翼を持つ子供までいた。
老人は話を続ける。
この学院は、既存の教育では扱えない子供を育てるために作られた。
魔力が多すぎる者。
力を制御できない者。
誰にも理解されない能力を持つ者。
周囲から危険だと判断された者。
俺は隣にいるミレイユたちを見る。
まるで、今の生徒たちのことを話しているようだった。
最初、王国は我々を支援した。
優秀な人材が育つと期待していたからだ。
実際、この学院からは多くの騎士、魔術師、技術者が生まれた。
だが、卒業生たちが王国の命令へ従わないことを知ると、態度を変えた。
映像の中で、老人の表情が険しくなる。
王国は、生徒たちを兵士として管理するよう求めた。
拒否すれば、学院を閉鎖すると脅された。
俺たちは拒否した。
教師が育てるのは、国の武器ではない。
自分で生き方を選べる人間だ。
勇者リリアたちが、わずかに息を呑んだ。
彼女たちも、国王へ似たようなことを言ったばかりだ。
俺たちは王国に雇われた兵器ではない。
百年以上前の学院も、同じ問題を抱えていたらしい。
王国は学院への資金を止めた。
商人へ圧力をかけ、食料と教材の取引も妨害した。
最後には、危険な子供を集めた反逆者の学校という噂まで流した。
生徒の多くは、教師たちの助けを借りて国外や地方へ逃れた。
だが、最後までここに残った者が一人いる。
映像の老人が、まっすぐこちらを見る。
ティナ。
俺の背後で、小さく息を吸う音が聞こえた。
ティナは俺の服をつかみ、映像を見つめている。
君は何も悪くない。
我々が最後まで、君に合った教え方を見つけられなかった。
一人で残してしまったことを、許してほしい。
ティナの手が震え始めた。
床も小さく揺れる。
俺は何も言わず、その場へ腰を下ろした。
ティナと同じ高さになる。
逃げなくていい。
泣いてもいい。
地震が起きたら、俺たちで止める。
ミレイユがティナの反対側へ座る。
私も、嬉しくても怖くても爆発します。
爆発と地震を同じにしてよいのかは分からない。
だが、ティナの震えは少しだけ弱くなった。
テオも床へ手をつき、地脈へ流れる魔力を整える。
ノエルはティナだけへ生命活性を向けた。
セシリアは何もせず、すぐ近くへ座った。
四人とも、まだ入学したばかりだ。
それでも、自分にできる方法でティナを支えている。
映像の老人は最後の言葉を残す。
次代の学院長へ。
この場所を再び学校として使うなら、守ってほしい。
子供たちが、誰かの都合で才能を使われない場所を。
学院の権利と管理権限は、最後の生徒が認めた者へ引き継がれる。
老人の姿が薄くなっていく。
どうか今度こそ、この学院を卒業できない子供がいなくなることを願っている。
映像が消えた。
中央魔力炉の音だけが、地下へ響いている。
しばらく誰も口を開かなかった。
最初に動いたのはティナだった。
彼女は工具を床へ置き、中央魔力炉の前へ歩く。
壁から、小さな石板がせり出した。
ティナはそこへ手を置く。
最終在籍生徒、ティナ。
石人形の声が響いた。
学院管理権限の移譲先を指定してください。
ティナが振り返る。
視線の先にいるのは俺だった。
本当に俺でいいのか。
ティナは小さく頷く。
先生は、入ってこなかったから。
何のことだ。
私の部屋へ。
ティナは途切れ途切れに答えた。
昔の人たちは、私を助けると言って、無理に扉を開けました。
先生は、開けなかった。
ただ、外で待ってくれました。
それだけで学院長を決めていいのだろうか。
俺が悩んでいると、リリアたち七人が一斉に頷いていた。
何だ。
当然の判断です。
リリアが答える。
先生以外に、この学院を任せられる者はいません。
ミレイユたちも頷いている。
俺だけが、判断に納得できていない。
だが、この学院を子供たちのために使うには、管理者が必要だ。
分かった。
俺は石板の前へ立つ。
ティナが俺の手へ、自分の小さな手を重ねた。
二人で石板へ触れる。
最終在籍生徒による承認を確認。
アレン・クロフォードを、エルガ総合育成学院の正式な学院長として登録します。
地下全体へ光が走った。
閉ざされていた扉が開き、停止していた設備が次々と動き始める。
施設稼働率、六十四パーセントから七十一パーセントへ上昇。
新学院長へ、保管資産および学院領地の管理権を移譲します。
保管資産。
俺は嫌な予感を覚えた。
地下の壁が左右へ開く。
その向こうには、金貨、魔石、魔導具、希少金属が山のように積まれていた。
ルシアの目が輝く。
先生。
売らないぞ。
まだ何も言っていません。
言おうとしただろう。
この資産があれば、学院の運営費を百年以上確保できます。
クラリスが冷静に計算を始める。
王国の貨幣価値に換算した場合、少なくとも国家予算数年分です。
それほどあるのか。
百年以上、地下で魔力炉が鉱石を精製し続けていたようです。
ティナが小さく手を挙げる。
私も、暇だったので掘りました。
百二十三年分の暇は、国家予算を超えるらしい。
勇者たちは喜んでいる。
これで自分たちの財産を使わず、学校を維持できるからだろう。
だが、簡単に使っていい金ではない。
これは百年以上前の教師と生徒たちが残したものだ。
今いる生徒たちと、これから来る者たちのためだけに使う。
クラリスがすぐに頷く。
用途を学院運営、教育、生活支援に限定します。
記録はすべて公開しろ。
承知しました。
これで、食料と寝床の問題はひとまず解決できる。
地上へ戻り、残っていた生徒たちを地下へ案内することになった。
子供たちは、巨大な食堂や浴場を見て歓声を上げる。
簡易宿舎で眠る予定だった者たちも、今夜から地下寮を使える。
ティナは大勢の子供を見るたび俺の後ろへ隠れた。
それでも、自分の部屋へ戻ろうとはしなかった。
ノエルとミレイユが左右に立ち、少しずつ他の生徒へ紹介している。
百二十三年目にして、ティナの学校生活が再び始まった。
その夜。
クラリスが俺のもとへ、一枚の通信紙を持ってきた。
王都から届きました。
内容は。
地下で大きな魔力反応が確認されたため、王国が調査団を派遣するそうです。
いつ来る。
すでに出発しています。
クラリスは通信紙を裏返した。
そこには新国王の署名と、命令が記されていた。
エルガ学院地下で発見された施設、資産、生徒は、すべて王国の管理下へ置く。
俺はもう一度、最後の一文を見る。
生徒まで、王国の所有物のように書かれている。
先生。
リリアが俺の背後に立っていた。
いつからいた。
今です。
クロエを見る。
天井から黒い髪が垂れている。
あちらは少し前からです。
俺は通信紙を折り畳んだ。
七人とも、武器を置きなさい。
まだ何もしていません。
これからする顔をしている。
王国と戦う必要はない。
だが、子供たちを渡すつもりもない。
俺は学院長として、初めて王国へ返事を書くことにした。
エルガ学院の生徒は、誰の所有物でもない。
調査を希望するなら、武装を解き、教師として門をくぐること。
それができない者を、この学院へ入れるつもりはない。
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