人生が“2度”変わった男
桜の木が風にゆられ、花びらが舞い散る中、空閑は遠い昔の記憶に思いをはせていた。
☆
空閑は中学生の頃、地元で有名なヤンキーだった。
金髪の刈り上げ、虎のスカジャン、銀色のシャカシャカズボン。それが彼のトレードマークだった。
改造したバイクで、友人の平とツーリングすることを好み、それが何よりの楽しみであった。
「風、気持ちいいな!」
空閑が大きな声で言うと、後ろを走る平が笑いながら返す。
「海、綺麗すぎてテンション上がるわぁ!」
海から跳ね返る光を眩しそうにしながら平は言った。
「おい、お前どうせビーチのお姉さん見て喜んでるだけだろ!」
空閑達の走る道路の下にはビーチが広がり、遊泳客や日光浴をする人々で賑わっていた。
「なわけ!俺は海に惚れてんだよ!お前とは違って!」
「馬鹿野郎、んなわけあるか!」
2人は笑いあいながら走り続けた。
海はどこまでも続き、太陽に照らされてどこまでも輝いていた。
「空閑見ろよ!サーフィンやってる人いるぜ!あとで俺らも何やろうぜ!」
「それはいいけどよ......俺、金1000円位しか持ってねぇぞ?」空閑は財布の入った自分のポケットをたたきながら言った。
「げ、俺今日そういや財布忘れたわ」
「ったく、お前さぁ」
「あ!見ろよ空閑!あれやってみたい!」平が指さしたのはバナナボートだった。
「おい!俺の話を聞け!話題変えんな!」
「いいからいいから」
「どれだよ?」
「ほら、ボートの後ろに浮き輪ついてるやつ!」
空閑は一面に広がる海を見渡した。海に来たことがあまりなかった空閑にとって、海もビーチも、全てが新鮮なものであった。彼の目の前に広がる海は、ほんの数刻、彼に全てを忘れさせた。
「あぁ、あれか!」
平の指さすものが分かり、視線を前に戻した瞬間―
目の前に車が止まっていた。
危ない、と思った時には遅かった。
空閑は右に大きくハンドルを切り、地面に投げ出された。
海に見とれていたーーただそれだけの理由で。
だが、その一瞬が俺の人生を変えてしまった。
「息子さんはバイクの事故で頭部に大きな損傷を負い、遷延性意識障害になったと考えられます。いわゆる植物状態です」
医師は頭部の画像を、空閑の両親に見せながら淡々と説明した。
空閑青洲は、話す事も、動く事も、考え、感じる事もできなくなった。
母・美里はひたすら泣き続けた
「青ちゃん......1人じゃないからね......」と。
平は病室に通い、何度も謝り続けた
「ごめんな空閑......俺があの時......」と。
周囲の人々は口々に言った
「中学生なのに可哀想にね......」と。
だが、そんな言葉も空閑青洲には届かなかった。
事故から1年が過ぎようとしていた春。
空閑の母・美里は青洲を車椅子に乗せ、近所のひまわり公園へ連れてきていた。
「青ちゃん、桜が今年も綺麗よ」
車椅子をベンチの隣に止め、桜の方へ向ける。ベンチの前には満開を迎えた桜が、風にのせて花びらを散らしていた。
美里は息子と共に桜を見上げながら、ゆっくりと流れる時間を過ごしていた。
その時―
「こんにちは。隣、良いですか?」
1人の若い女性が声をかけてきた。
青洲と同じぐらいの年頃に見えた。
「えぇ、どうぞ」
美里は端に座りなおした。
「桜、綺麗ですね」
その女性は桜を見上げながら言った。
「えぇ。去年も息子と見に来たんです......元気だった息子と」
美里の声が震えた。
「元気だった...?」
女性は美里の顔を覗き込む。
「あ、ごめんなさいね、何でもないわ」
「いえ...」
女性は一度俯いた後、再び美里の顔を見た。
「あの、もし宜しければ、お話聞かせていただけませんか?」
女性はまっすぐ美里を見つめた。
彼女の名は―影山朔良、そう名乗った。
美里は全てを話した。
朔良は静かに、丁寧に聞き続けた。
話が終わると、2人の間に少しの静寂の時が流れた後、朔良はそっと口を開いた。
「私なら......息子さんの力になれるかもしれません」
朔良の言葉に、美里は息を呑んだ。
「信じていただけないかもしれませんが......私は、触れた人間を“コントロール”できます」
「......え?」
「例えば、今私が息子さんに触れれば、触れている間だけですが――
事故の前のように、思った通りに身体を動かすことが出来ます」
美里は言葉を失った。
にわかに信じがたい話だったが、朔良の真剣な表情が嘘を言っていないことを示していた。
「ただ、聞こえほど万能ではありません。私が出来るのは“脳に関わる部分だけ”です」
「脳に......限る?」
「えぇ。身体そのものを治したり、怪我を治したりは出来ません。
でも、脳が原因で動けない場合―そこに働きかけることは出来るんです」
朔良は少し言いづらそうに続けた。
「正直、私自身もこの力を完全に理解しているわけではありません。触れた人の思考や行動を操れることは前から分かっていましたが......。最近になって、”脳そのもの”にも影響を与える事、“脳の修復”が出来るかもしれない、と気づいたんです」
「脳の......修復?」
「はい。実は私、おばあちゃんと2人で暮らしていて...数年前、おばあちゃんが認知症になりました。私の力のことを知っていて、ある日こう言ったんです。『試しに、私の認知症を治せるかやってみてくれないか』って」
美里は息を呑んだ。
「......それで、治ったの?」
「えぇ。すっかり元通りに。その後、おばあちゃんの親友の紹介で、同じように脳の病気で困っている方に力を使わせてもらいました。もちろん、力の仕組みも限界も全部説明したうえで、です」
朔良は静かに言った。
「その結果、“脳の病気”に限っては、改善できる可能性があるとわかりました。ただし、健康な人には一切効果がありません」
「だから......脳の損傷が原因で動けない息子には、効くかもしれない......?」
「はい。そういうことです」
美里は長い沈黙の後、震える声で言った。
「朔良さん......その力、息子に使っていただけませんか」
少しでも、彼が戻れる可能性があるなら――。
「分かりました。ただ......息子さんのようなケースは初めてです。上手くいくかどうかも、副作用があるかどうかもわかりません」
「えぇ。覚悟の上です」
美里の声は揺れていなかった。
朔良は青洲の手をそっと握り、力を込めた。
その瞬間―
青洲の指がわずかに動き、虚ろだった目に光が戻り始めた。
朔良はそっと手を離した。
「青ちゃん、分かる?」
美里が肩をたたくと、青洲はゆっくりとうなずいた。
美里はその場に崩れ落ち、泣き続けた。
朔良は微笑んだ。
「この力は......私の運命です。だから、誰かの幸せのために使うと決めているんです。」
事故以前のように元気を取り戻した空閑は、影山朔良とよく公園で会うようになった。
空閑が引っ越す日、出会ってから2年が経ち、2人はすっかり仲良くなっていた。
「実は俺、引っ越す前にお前に伝えたいことがあってさ」
公園のベンチに並んで座りながら、空閑は少し照れたように切り出した。
「え、何?愛の告白?」
朔良は笑いながら空閑の顔を覗き込む。
「いや...俺、朔良みたいになりてぇなって。俺には何の力もないけど、朔良に助けてもらった人生を、人のために使いたいなって......。それでさ...警察官目指そうかなって。地域の安全を守って、皆を陰から支える、みたいな」
空閑は照れ隠しに頭を掻いた。
「えぇー!いいじゃん!朔良も守られたーい!」
朔良は目を輝かせた。
「俺、真面目に言ってるんだけど...」
「だから真面目に聞いてるじゃん!おまわりさん!あの私の家を守ってくださいって!ちなみにあの窓が朔良の部屋ー!」
朔良は笑いながら、公園の向かいにある自宅を指さした。
「全然真面目に聞いてないじゃん...って、あそこに住んでるの?」
「そうだよ、おばあちゃんと2人で。言ってなかったっけ?」
「初耳だよ」
「あれそうだっけ?」
朔良は楽しそうに笑った。
向日葵のように明るい彼女は、離れ離れになっても、空閑の心を照らし続けた。




