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触れる罪〜殺人に同行する女〜  作者: 後星/畑中葵
触れる罪

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5/12

人生が“2度”変わった男

桜の木が風にゆられ、花びらが舞い散る中、空閑は遠い昔の記憶に思いをはせていた。



空閑は中学生の頃、地元で有名なヤンキーだった。

金髪の刈り上げ、虎のスカジャン、銀色のシャカシャカズボン。それが彼のトレードマークだった。

改造したバイクで、友人の平とツーリングすることを好み、それが何よりの楽しみであった。


「風、気持ちいいな!」


空閑が大きな声で言うと、後ろを走る平が笑いながら返す。


「海、綺麗すぎてテンション上がるわぁ!」

海から跳ね返る光を眩しそうにしながら平は言った。

「おい、お前どうせビーチのお姉さん見て喜んでるだけだろ!」

空閑達の走る道路の下にはビーチが広がり、遊泳客や日光浴をする人々で賑わっていた。


「なわけ!俺は海に惚れてんだよ!お前とは違って!」


「馬鹿野郎、んなわけあるか!」


2人は笑いあいながら走り続けた。


海はどこまでも続き、太陽に照らされてどこまでも輝いていた。


「空閑見ろよ!サーフィンやってる人いるぜ!あとで俺らも何やろうぜ!」

「それはいいけどよ......俺、金1000円位しか持ってねぇぞ?」空閑は財布の入った自分のポケットをたたきながら言った。

「げ、俺今日そういや財布忘れたわ」

「ったく、お前さぁ」

「あ!見ろよ空閑!あれやってみたい!」平が指さしたのはバナナボートだった。

「おい!俺の話を聞け!話題変えんな!」

「いいからいいから」

「どれだよ?」

「ほら、ボートの後ろに浮き輪ついてるやつ!」


空閑は一面に広がる海を見渡した。海に来たことがあまりなかった空閑にとって、海もビーチも、全てが新鮮なものであった。彼の目の前に広がる海は、ほんの数刻、彼に全てを忘れさせた。


「あぁ、あれか!」


平の指さすものが分かり、視線を前に戻した瞬間―

目の前に車が止まっていた。


危ない、と思った時には遅かった。


空閑は右に大きくハンドルを切り、地面に投げ出された。


海に見とれていたーーただそれだけの理由で。


だが、その一瞬が俺の人生を変えてしまった。




「息子さんはバイクの事故で頭部に大きな損傷を負い、遷延性意識障害になったと考えられます。いわゆる植物状態です」

医師は頭部の画像を、空閑の両親に見せながら淡々と説明した。

空閑青洲は、話す事も、動く事も、考え、感じる事もできなくなった。



母・美里はひたすら泣き続けた

「青ちゃん......1人じゃないからね......」と。

平は病室に通い、何度も謝り続けた

「ごめんな空閑......俺があの時......」と。

周囲の人々は口々に言った

「中学生なのに可哀想にね......」と。



だが、そんな言葉も空閑青洲には届かなかった。



事故から1年が過ぎようとしていた春。

空閑の母・美里は青洲を車椅子に乗せ、近所のひまわり公園へ連れてきていた。


「青ちゃん、桜が今年も綺麗よ」


車椅子をベンチの隣に止め、桜の方へ向ける。ベンチの前には満開を迎えた桜が、風にのせて花びらを散らしていた。

美里は息子と共に桜を見上げながら、ゆっくりと流れる時間を過ごしていた。



その時―

「こんにちは。隣、良いですか?」


1人の若い女性が声をかけてきた。

青洲と同じぐらいの年頃に見えた。


「えぇ、どうぞ」

美里は端に座りなおした。


「桜、綺麗ですね」

その女性は桜を見上げながら言った。


「えぇ。去年も息子と見に来たんです......元気だった息子と」

美里の声が震えた。


「元気だった...?」

女性は美里の顔を覗き込む。


「あ、ごめんなさいね、何でもないわ」


「いえ...」

女性は一度俯いた後、再び美里の顔を見た。


「あの、もし宜しければ、お話聞かせていただけませんか?」

女性はまっすぐ美里を見つめた。


彼女の名は―影山朔良、そう名乗った。



美里は全てを話した。

朔良は静かに、丁寧に聞き続けた。

話が終わると、2人の間に少しの静寂の時が流れた後、朔良はそっと口を開いた。


「私なら......息子さんの力になれるかもしれません」


朔良の言葉に、美里は息を呑んだ。


「信じていただけないかもしれませんが......私は、触れた人間を“コントロール”できます」


「......え?」


「例えば、今私が息子さんに触れれば、触れている間だけですが――

事故の前のように、思った通りに身体を動かすことが出来ます」


美里は言葉を失った。


にわかに信じがたい話だったが、朔良の真剣な表情が嘘を言っていないことを示していた。


「ただ、聞こえほど万能ではありません。私が出来るのは“脳に関わる部分だけ”です」


「脳に......限る?」


「えぇ。身体そのものを治したり、怪我を治したりは出来ません。

でも、脳が原因で動けない場合―そこに働きかけることは出来るんです」

朔良は少し言いづらそうに続けた。


「正直、私自身もこの力を完全に理解しているわけではありません。触れた人の思考や行動を操れることは前から分かっていましたが......。最近になって、”脳そのもの”にも影響を与える事、“脳の修復”が出来るかもしれない、と気づいたんです」


「脳の......修復?」


「はい。実は私、おばあちゃんと2人で暮らしていて...数年前、おばあちゃんが認知症になりました。私の力のことを知っていて、ある日こう言ったんです。『試しに、私の認知症を治せるかやってみてくれないか』って」


美里は息を呑んだ。


「......それで、治ったの?」


「えぇ。すっかり元通りに。その後、おばあちゃんの親友の紹介で、同じように脳の病気で困っている方に力を使わせてもらいました。もちろん、力の仕組みも限界も全部説明したうえで、です」

朔良は静かに言った。


「その結果、“脳の病気”に限っては、改善できる可能性があるとわかりました。ただし、健康な人には一切効果がありません」


「だから......脳の損傷が原因で動けない息子には、効くかもしれない......?」


「はい。そういうことです」



美里は長い沈黙の後、震える声で言った。


「朔良さん......その力、息子に使っていただけませんか」

少しでも、彼が戻れる可能性があるなら――。


「分かりました。ただ......息子さんのようなケースは初めてです。上手くいくかどうかも、副作用があるかどうかもわかりません」


「えぇ。覚悟の上です」

美里の声は揺れていなかった。


朔良は青洲の手をそっと握り、力を込めた。



その瞬間―



青洲の指がわずかに動き、虚ろだった目に光が戻り始めた。

朔良はそっと手を離した。


「青ちゃん、分かる?」


美里が肩をたたくと、青洲はゆっくりとうなずいた。

美里はその場に崩れ落ち、泣き続けた。

朔良は微笑んだ。



「この力は......私の運命です。だから、誰かの幸せのために使うと決めているんです。」



事故以前のように元気を取り戻した空閑は、影山朔良とよく公園で会うようになった。

空閑が引っ越す日、出会ってから2年が経ち、2人はすっかり仲良くなっていた。



「実は俺、引っ越す前にお前に伝えたいことがあってさ」


公園のベンチに並んで座りながら、空閑は少し照れたように切り出した。


「え、何?愛の告白?」

朔良は笑いながら空閑の顔を覗き込む。


「いや...俺、朔良みたいになりてぇなって。俺には何の力もないけど、朔良に助けてもらった人生を、人のために使いたいなって......。それでさ...警察官目指そうかなって。地域の安全を守って、皆を陰から支える、みたいな」

空閑は照れ隠しに頭を掻いた。


「えぇー!いいじゃん!朔良も守られたーい!」

朔良は目を輝かせた。


「俺、真面目に言ってるんだけど...」


「だから真面目に聞いてるじゃん!おまわりさん!あの私の家を守ってくださいって!ちなみにあの窓が朔良の部屋ー!」

朔良は笑いながら、公園の向かいにある自宅を指さした。


「全然真面目に聞いてないじゃん...って、あそこに住んでるの?」

「そうだよ、おばあちゃんと2人で。言ってなかったっけ?」

「初耳だよ」

「あれそうだっけ?」

朔良は楽しそうに笑った。

向日葵のように明るい彼女は、離れ離れになっても、空閑の心を照らし続けた。

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