モデルのような客
佐々木國則は店内に綺麗に並べられた、靴の数々を見渡していた。
彼がオーダーメイド靴の店“SASAKI”を銀座に開店したのは3年前。
それまでは大手靴屋の販売員として働いていたが、意を決して退職し、貯金を全てつぎ込んで念願の店を構えたのがこの”SASAKI”であった。
最初は遠かった客足も、少しずつ常連が増え、完成した靴を嬉しそうに持ち帰る客を見るたびに、佐々木はこの仕事に満足していた。
カランカラン―。
入口の鈴が鳴り、佐々木は振り返った。
「いらっしゃいませ」
にこやかに声をかけると、そこには茶色いロングコートを着た男が立っていた。スーツに黒い革靴、整った顔立ちとスタイルの良さから、佐々木は思わず「モデルみたいだな」と思った。
「革靴のオーダーメイドでしょうか?」
「あぁ、いえ」
男は少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「実は友人に靴をプレゼントしようと思っていまして。スニーカーを」
「ほほう。それは良いですね」
さぞかし大切な友人なんだろうな、と佐々木は思った。
「どのようなスニーカーになさいますか?」
佐々木はスニーカーの展示棚へ客を案内した。
「うーん、柄は... あぁ、これ良いデザインですね」
男が指さしたのは、藍染めされたエレファントレザーのロートップスニーカーだった。
「そちらは藍染めのエレファントレザーを使ったスニーカーになります。綺麗な群青色ですよね」
「実に綺麗だ......これにしようかな」
男は靴を手に取り、感触を確かめながらつぶやいた。
「足のサイズはどうなさいますか?」
「確か...... 26cm位だったかな。身長は僕より少し小さめで......そう、あなたぐらいの」
男は佐々木を見て言った。
「では26.5cmでお作りしますね。26cmの方でも問題なくお履きいただけるかと思います」
佐々木は26.5cmとメモを取った。
「全てを1から制作するか、既存の木型を使用するか、どちらになさいますか?」
佐々木はオーダーメニューについて書かれた紙を見せながら尋ねた。
「あまり時間がなくて......既存のものを使っていただこうかな」
男は“made to order”のプランを指さした。
「承知しました。完成まで2〜3か月ほどいただきますので、4月下旬頃になります。完成致しましたらご連絡差し上げますので、お名前とご連絡先をお願いします」
佐々木は紙を挟んだボードとペンを手渡した。男は名前と電話番号を書き、佐々木にボードを返した。
「ありがとうございます。受け取りの際はこちらの紙をお持ちください」
佐々木はそう言い、”お客様控え 東雲様”と書かれた紙を手渡した。
★
「ただいま」
霧島昴は玄関で黒い革靴を脱ぎ、茶色いロングコートを脱ぎながら部屋へ入った。
「おかえり」
ソファでくつろいでいた影山朔良が振り返る。
「“良い靴”見つかった?」
「あぁ。藍染めの靴で、綺麗な群青色をしていたよ。しかし完成までに2〜3か月かかるらしい」
昴はコートを椅子に掛け、朔良の隣に腰をおろした。
「やっぱり、オーダーメイドだとそれぐらいかかるのね、普通のスニーカーでも良かったんじゃない?」朔良は大きな目で昴を見つめる。
「朔良、これは僕の“芸術”のためさ」
昴は強い口調で言い、彼女の肩に左腕を回した。スーツの袖に隠れていた手首の傷跡がわずかに見えた。
「楽しみにしてる」
朔良は昴の左手を両手で包み、自分の頬にそっとあてた。
彼女はどこか寂しげな目をしていた。




