右肩に赤い塗料のついた不気味な死体
「朝っぱらから殺しの現場見るの勘弁してほしいですよ......」
直らない寝ぐせをなでながら、空閑青洲は不満げにぼやいた。ゆがんだネクタイが、彼の気分をそのまま体現しているようであった。
空閑は、同じく捜査一課で上司の氷室と共に、とある殺人現場となったアパートの前に来ていた。
「お前はもっとシャキッとせぇや。そんなんだから彼女の1人もできんのや」
氷室はオールバックに整えた髪に、派手なオレンジと黒の縞々のネクタイ、そして完璧に着こなしたスーツ姿で、いつも通り隙のない出で立ちであった。
「朝から電話でたたき起こされたっていうのに、どこにそんな時間があったんですか...てかなんで氷室さんはそんなにいつも通りキマッてるんですか」
空閑は自分のネクタイを正しながら、怪訝な顔を向けた。
「聞きたいか?それはな......って、こんな話してる場合ちゃうわ」氷室は一つ咳払いをした。
「行くぞ」
氷室は非常階段へ続く扉を開けた。2人は赤く錆びた非常階段を登り始めた。
「今分かっていることを教えろ」
「ああ、そうでした」
空閑はスーツのポケットから手帳を取り出し、走り書きされた文字を読み上げ始めた。
「前島実。今朝、アパート屋上の扉の前で亡くなっているのを住民により発見されました。死亡推定時刻は本日0時から2時。死因は拳銃で頭部を撃たれた事によるものです。また、腹部を刃渡り12cmほどのナイフで刺されていますが、出血量から見て、これは死後に刺されたものと考えられています」
「それってまさか...」
「ええ、ライヨールナイフで間違いないそうです。背に蜂(Bee)の装飾が入っていました。遺体の状態も類似しています」
「また“Bee”か......」
氷室は顔をしかめた。
遺体が両腕を上げ、左足を屈曲させているという奇妙な姿勢、そして腹部のライヨールナイフ。蜂の装飾にちなみ、警察は犯人を“Bee”と呼称していた。
「しかし死体は屋上の手前だろ?発見者は屋上に用事でもあったんか?」
氷室は数段下を歩く空閑に声をかける。
「いえ、それが...被害者の右肩に赤い塗料が大量にふりかけられており、その塗料が下の非常階段の手すりに垂れていたんです。これです」
空閑は手すりに数箇所こびりついた赤い塗料を指差した。
「上から垂れてきている塗料に気づいた住民が、不審に思って階段を登り、被害者を発見したとのことです」
2人は階段を登りきり、現場にたどり着いた。狭い空間で鑑識が忙しく動きまわっている。
「頭部に銃創、腹部にナイフ、右肩に赤い塗料...ねぇ...。わざわざ塗料を持ってきたってことだよな」
「はい。被害者は“マエジマ塗装”という塗装屋の個人経営者で、その塗料が使われているのではないか、とのことです」
空閑は氷室に1枚の写真を見せた。にこやかな顔の前島が店の前でピースをしていた。
「塗装屋のおっちゃんが......可哀想にな」
氷室は深く息を吐いた。
★
時計の針が時を刻む音だけが響く。しわくちゃな白いパジャマは空閑のお気に入りであった。
ベッドの上で天井を見つめ、思考を巡らせていた。
—“Bee”の第1の事件。
被害者は野上圭。28歳。自宅で遺体となっているのを同僚が発見。死因は腹部をナイフで刺されたことによる刺殺。
手がかりは両腕を上げ、左足を曲げた姿勢。右手に握られた野球バット。そして、腹部に刺されたライヨールナイフ。
腹部にはもう1つ、別のナイフによる刺し傷。その刺し傷からの出血が多く、これが致命傷となったと考えられ、死後ライヨールナイフは刺されたと考えられる。
死後1週間以上経っていたこと、交友関係が極端に狭かった事等から有益な情報が集まらず、捜査は難航。
“Bee”の第2の事件。
被害者は真北祐介。45歳。拳銃の密輸人。彼の仕事場で遺体となっているのを匿名の通報により発見。死因は頭部を拳銃で撃たれたことによる銃殺。
手がかりは第1の事件と同じ遺体の姿勢。腹部のライヨールナイフ。そして、左腕にまとうようにかけられた彼の上着。
現場は真北本人に関連する情報、証拠品となり得るものが回収された後と考えられ、親戚身寄りの情報も乏しく操作は難航。得られた情報は彼が拳銃の密輸人であったという情報だけ。おそらく匿名の通報は同業者によるもので、通報前に密輸に関連する証拠品を回収されたのか?
そして“Bee”の第3の事件。
被害者は前島実。52歳。アパートの屋上扉前で遺体となっているのを住民が発見。死因は真北と同じ銃殺。死体の状態も類似しているが、違うのは右肩の赤い塗料。使用された拳銃は第2の事件と同一のもの。
被害者の姿勢は、右腕を真上に挙げ、左腕は斜めに挙げている、という点も一致している。
バットに、上着に、赤い塗料。そしてすべてに共通するライヨールナイフ。
第1の事件だけ刺殺、他は銃殺。全員銃殺したければ真北(第2の被害者)を殺してから、野上(第1の被害者)を殺せば良いものをー。
第1の事件だけ、犯人の計画外だった?
だとすれば、探るべきは第1の事件の関係者か?
しかし野上(第1の被害者)は家族とも疎遠で、交友関係も少なすぎる。というか、被害者3人とも身寄りや交友関係が狭すぎるから、犯人はわざわざそういう人間を狙っているのかもしれない。
3つの現場に共通して、黒い傘の人物がカメラに写っていたが、身長180cm前後の男、以外の情報は得られていなかった。
そういえば――。
野上はカメラで写真を撮るのが好きだった、と同僚が話していたっけ。しかし彼のものと思われるカメラからはデータが抜かれていた。
野上は撮られては困るものを撮った?
そして口封じで殺したのか?
第2、第3の事件で同じ銃が使われているのも気になる。もし拳銃を入手するために第2の事件を起こしたのなら、今回も塗料を入手するために第3の事件を起こしたのか?
だが、塗料は殺さなくとも手に入る。
別に何か目的が......?
空閑は髪をかきむしった。
「まずは第1の事件を調べるか......」




