殺しを楽しむ男と殺しに付き添う女
「はぁ、はぁ...頼む、待ってくれ、俺は何も...!」
夜の非常階段に、荒い息と足音だけが響きわたる。
錆びついた赤い階段を、前島実は必死に駆け上がる。彼の白かったジャージも、土汚れで茶色くなり、靴のブーツも先についた泥汚れが目立つ。
「前島さん?もうそちらは行き止まりですよ」
冷ややかに愉悦を含んだ声が下から追いかけてくる。
茶色いロングコートを着た霧島昴が、ゆっくりと階段を上ってきていた。
前島は階段を登りきり、屋上へと続く錆びたドアに飛びつく。
だが、ドアノブは固く閉ざされている。
「おい開けよ......なんで開かねぇんだよ......くそっ!」
必死に何度もドアノブを回すが、ドアはびくともしない。
「だから言ったじゃないですか、そちらは行き止まりだと」
昴がゆっくりと近づいてくる。右手に銃を持ち、左手はコートのポケットに手を入れている。
「待て!俺は何もしてない、何も知らない!頼む、待ってくれ!」前島は扉を背に、必死に叫ぶ。
「あなたの話は聞いてませんよ。僕があなたを殺すと決めた。それだけの事だ」
昴の声は弾んでいた。近くの電球が、彼の微笑んだ白い歯を不気味に照らす。サイレンサー付きの銃口を、前島の額へと近づける。
「さようなら、前島さん」
乾いた銃声が、静かな夜にかすかに響いた。
★
「終わった?」
昴が駐車場に戻ると、柱の影から茶色く長い髪を束ねたポニーテールの女が静かに現れた。全身黒い服に身を包み、帽子を深く被っている。
「あぁ。“完璧”だよ」
昴はまだ興奮の残る声で答え、彼女のそばに立つ。
女は昴の前に立ち、右手で昴の頬にそっと触れ、じっと見つめた。昴は一度目を閉じ、深く息を吸ってから目を開き、彼女に微笑み返した。女も同じように微笑んだ。
「そう、良かった」
女はゆっくりと手を下した。
「さぁ行こうか、朔良」
昴は落ち着いた声で言い、彼女の腰に手を回した。
朔良はその腕に身を預け、2人は黒いセダンへと歩いて行った。




