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触れる罪〜殺人に同行する女〜  作者: 後星/畑中葵
触れる罪

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10/12

壊れた男と壊した女

朔良の“力”は、触れている間だけ相手の思考・行動をコントロール出来る。

昴が辛い時、朔良が気づけば、もしくは昴が助けを求めれば、“力”で自傷行為を止められる。ただ、昴が助けを求める保証もない上、半永久的に朔良が近くにいなくてはならず、根本的な治療とは言えなかった。


それでも――

朔良は決意した。

昴のそばにい続け、彼の心を守るために力を使い続けよう。

ネガティブな思考を消し、彼自身を好きになれるように――

この先楽しい人生を送れるように――



昴は朔良の話を全て聞き、静かに言った。

「ありがとう、朔良」

昴は朔良の頬に触れ、優しく微笑んだ。




それから朔良は、昴のそばにいる時間を増やした。

手を繋ぎ、寄り添い、触れ続けた。

“ネガティブな思考を消して”

“自分を好きになれるようにして”

朔良は力を惜しみなく使い続けた。


やがて昴の自傷行為は止まり、手首の傷も少しずつ治っていった。

2人は穏やかな日常を取り戻した――かに見えた。



昴は、以前より、夜になると窓の外をじっと見つめることが増えた。

「何見てるの?」と聞くと、

「......星の位置を確認してるだけさ」と彼は笑った。


けれど、それは朔良の知る「彼」の笑顔ではなかった。




朔良の胸の奥で、正体不明のざわめきが広がり始めた。

まるで、水に落とされた絵の具のように。

けれど、それが何なのかまだ言葉に出来なかった。


その頃、朔良の周囲では別の不穏な影が蠢いていた。

中学時代の元カレ・野上圭との偶然の再会。

復縁を拒む朔良に対し、野上の執着は常軌を逸していた。

門扉の前に立つ影、深夜に届く無言の着信、背後で光るフラッシュ。

本来なら、恐怖に身を震わせる事態だ。

しかし、この時の朔良には、外側から迫るストーカー被害に割く余裕など、なかった。



ある日、昴がカサカサと音を立てるビニール袋を提げて帰宅した。

「朔良、見てくれ。美しいナイフを見つけたんだ」

彼が袋から取り出したのは、背に繊細な蜂の装飾が施されたナイフだった。彼はライヨールナイフというフランス製のナイフだ、と朔良に教えた。

磨きあげられた鋼が、部屋の灯りを冷たく跳ね返す。


だが、異常なのはその数だった。

半透明の袋の中には、全く同じナイフが、重なり合うようにして大量に詰め込まれていた。


「......こんなにたくさん、何に使うの?」

朔良の声はかすかに震えていた。

それに対し、昴は陶酔したような瞳で、刃の鋭利な曲線をなぞる。


「時が来たら、教えるさ」


その言葉が、約束なのか、あるいは宣告なのか。

朔良の胸のざわめきは、もはや無視できないほどの鼓動となっていた。



――見なかったことにしたかった。

  変わってしまった彼も。

  変えてしまったのが私かもしれないってことも。



そのわずか1か月後のことだった。

朔良は仕事から帰ってきて、ソファで寝転がりながらのんびりしていた。


「ただいま、朔良」

昴が明るい声で言った。

何かいいことでもあったのかな、と朔良は嬉しく思った。


「おかえり」

ソファから起き上がり、笑顔で振り返ったが――

その笑顔は一瞬で消えた。


昴のシャツが、真っ赤に染まっていた。


「どうしたの...それ?」


「これ?これは...僕が罰を下した者の血だよ」

昴は楽しそうに微笑み、白い歯を見せた。


「どういう事...?殺したの?」

朔良は込みあがる色んな感情を押し殺しながら、震える声で尋ねた。


「あぁ、君に付きまとっていた男。野上圭だったかな」

昴は恐ろしいほどに平然とした顔で言った。野上圭は朔良に付きまとっていたストーカーの名であった。


「彼に、僕から最高に美しい“芸術”をプレゼントしたんだ。まぁ、僕の芸術をもってしても、警察はまだ僕に辿りつけないさ」

昴の目は、まるで新しい玩具を手に入れた子供のように輝いていた。


朔良はその夜、頭がぐちゃぐちゃになるほど考え続けた。



昴は...

私が“力”を使う前の昴は...

人の痛みが分からず、殺しを楽しむような冷徹な人間ではなかった。


苦しみながらも人の痛みが分かる人だった。


優しくて、温かい人だった。


それを変えてしまったのは、私の“力”。



確かに、彼は明るくなった...彼は彼自身を好きになれた...

けど、彼の人格は変わってしまった。手をつけられないほどに...

彼を変えてしまったのは私だ。

彼を殺人鬼にしてしまったのは私だ...

人を助けるため、人を幸せにするために使うと誓ったこの力は...

昴を...最愛の人を...殺人鬼に変えてしまった。



私は、殺人者だ。



人殺しをやめてほしい、と朔良は昴に向かって何度も言おうとした。

だがその言葉は彼女自身を苦しめた。人殺しにしたのは自分自身であり、彼はその被害者である、と。



昴を警察に突き出すか...

いや、法律は昴を裁けても、私は裁けない。

では私が自殺でもするか...

いや、昴から目を背けて逃げるなんて、身勝手すぎる。

ではもう一度私の“力”を使って...

愛する人をこんなにも変えてしまったのに?

私が好きだった彼を、もっと彼ではなくしてしまうかもしれないのに?



朔良は考え続けた。何時間も。何日も。

だが、どの選択も正しいと思えなかった。

昴だけを地獄に落とすことも、朔良だけが地獄に落ちることも、どちらも間違っている気がした。



そして朔良はーー

一つの結論にたどり着いた。

自分が引き起こした罪の、昴の罪の、“共犯者”になろう。

彼と共に罪を背負い、彼と共に地獄へ行こう。

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