ダンカンの悩み(上)
ヴィーラの表情は暗かった。
具合も悪いようだ。
歩く時に足元がおぼつかない。
アランが寄り添うように支えている。
理由は巨神兵が動き出したことだろう。
自分の父親、アルベリッヒ上級王が神々をこの世界に招き入れたことは間違いないからだ。
アルベリッヒ上級王にはアルベリッヒ上級王の考えがあるのだろうが、この世界の大半の住人にとって神々がこの世界に降り立ったということは世界滅亡の兆しに他ならない。
狂気の沙汰と言っても過言ではない。
それを自分の父親がやってしまったんだ。
それでなくともヴィーラは頑なにオークやゴブリンとの共生を拒む父親の行状を快く思わず、自分と心を通わせたオークの少女ヴァーナを惨殺した父親に叛意があった。
密かに同じ志を持つライオスエルフを集め緑の党を結成し、クーデターを企んでいたんだ。
ヴィーラとて父親を愛する気持ちはあるに違いない。
だから、その父親に叛意を持つことについては葛藤があっただろう。
今回の神々の降臨はそれに追い打ちをかけたわけだ。
思えば、神々の宿木でアルベリッヒ上級王が神殿に籠り何者かと話し合っているような物音を聞きつけた時からこのことを危惧していたのかもしれない。
あの後からヴィーラにはどこか暗い影がつきまとっていた。
俺は緑の党の一員、メルヴェルから聞いた緑の党に属する者が数多く殺されたこと、彼が命を賭して自分を逃がしたことが原因と思っていたが、父親の愚行への危惧も彼女を苛んでいたに違いない。
アランとの再会で少し明るさを取り戻していたから、立ち直りつつあったようにも思えたのに…
「召喚者と巨神兵、どちらも父の仕業だわ。」
「…」
誰にともなくつぶやき続けるヴィーラにかける言葉がない。
「父は本当にライオスエルフ以外の人々を滅ぼすつもりかしら?きっとそうだわ。父は昔から上古の時代の再現を夢見ていたから。」
「あまり、そのことを考えるな。お前が悪いわけではない。」
アランの言葉でヴィーラは独り言を止めたが、暫くするとまた始めた。
「父は全てを滅ぼす気よ。召喚者と巨神兵がいればそれも可能だわ。きっと皆滅ばされてしまう。ブラドもクロンドロイも…」
アランはあやすようにその肩に手をまわして、落ち着かせようとしている。
アランがヴィーラを部屋に連れていくのを見送ると俺達は薬屋に行った。
他の仲間達と待ち合わせをしていた。
薬屋へ向かう街路の両側には多くの野宿する難民がいた。
今やヴァラキアの南半分が王国軍に奪われてしまった。
それらの地域から逃げてきた難民がブラドには溢れている。
魔王様は随時、更に後方の地へ彼らを避難させるよう手配を進めているが、ブラドから避難できた難民よりも、ブラドへ逃げ込んできた難民の方が圧倒的に多いんだ。
事前に避難を進めていたルーテシア国境付近の住人はまだマシだが、多くの地域で避難が間に合っていない。
そんな地域では王国軍による恐ろしいオークやゴブリンへの虐殺が行われている。
ヒト族でも彼らに同情的なものに対しては同様のことが行われているようだ。
ヴァラキア軍は現在の拠点を維持するのが精一杯で彼らを助けに行ける状態にはない。
戦況はかなり厳しいんだ。
夜の薬屋も以前のように騒がしくはない。
王国軍が近づいて来て、いつも騒いでいたバランとその配下達は前線に出てしまっている。
ンダギ、ブロウ、フレッド達によれば練兵場もかなり寂しくなっているようだ。
以前はこのブラドに駐屯している兵士達が多くいたが、今は必要最低限の衛兵を残して皆出陣してしまっている。
「おい、ダンカン?聞いているのか?」
「あぁ?すまん。考え事をしていた。なんだって?」
フレッドの奴が露骨に溜息をついた。
「ジャン王の話さ。実は魔王様の頼みを断っていたって言う。」
さっきからソニアが半神レネの私室で出た話を皆にしていたんだ。
俺はその話をするのは気が進まなかった。
「あぁ。本当だ。そう言ってた。」
もう一度フレッドが溜息をついた。
俺はまた考え事に帰っていった。
前の人生をやり直せる。
やり直せるなら、どこでやり直す?
早く考えなきゃダメだ。
この戦いは先が見えている。
巨神兵とは即ち神々だ。
勝てるわけがない。
遠からず、召喚者共の率いる軍勢と巨神兵達がこのブラドに攻め寄せるだろう。
召喚者共と巨神兵。
この両者を何とかしなければならないんだ。
そんなの無理ゲーだ。
ブラドは陥落する。
俺も死ぬだろう。
そして、俺は再び転生する。
どこからやり直す?
どうやり直す?
考えがすぐにはまとまらない。
あぁ、何故俺は転生時にこのことを教えてもらえなかったんだ?
転生した時から知っていれば、もっと時間をかけて考えられたのに。
もっと準備できたのに。
ジャン王だってそうさ。
ジャン王の前世がどんなものだったかはわからない。
でも、この世で賢王として振る舞い、理想の世界を創ろうとしたのはきっと来たるべき転生後の人生に向けてのテストプレイだったに違いない。
あぁ、俺にも時間が欲しい…
「…、おい!ダンカン!」
「うん?あぁ?すまん。なんだ?」
「まったく…」
フレッドがまた溜息をついた。




