ダンカンの悩み(下)
俺は灰色の毎日を送っていた。
ブラドは美しい黒基調の街並みだが、俺には空を覆う曇天に溶け込むような灰色に見えた。
「違う。精霊に命ずるな。もっと精霊に寄りそえ。魔力を無駄使うな。」
半神レネの言葉が鞭のように短く、鋭く、響く。
今日も半神レネから魔法を教わっている。
俺は魔法の修行よりも考えたいことがあるんだが、ソニアが強く言ってくるから、引き続き魔法を教わっている。
ソニアは俺が半神レネから魔法を学ぶことに異様にこだわった。
大切な『お父様』を俺が独占するより、自分が『お父様』と過ごす方が良いんじゃないか?
ソニアの様子がおかしい。
何かあったんだろうか?
駄目だ。
今は魔法に集中しよう。
レネは情のないとされている半神だが、意外と短気なところがある。
俺は自分の前の虚空に意識を集中し、(目には見えないが)そこにいる火の精霊を探った。
ここまでは以前と同じだ。
漠然とだが火の精霊を感じるとその精霊に更に意識を集中した。
今までなら、ここで炎の玉を意識し始めたが、半神レネに言わせるとそれでは魔力の浪費だと言う。
精霊魔法は二つの魔力消費がある。
一つは精霊の活動に伴う魔力消費だ。
精霊に自然とは異なる何らかのアクションを起こさせれば、それに伴うその活動は全て魔力を消費し、その魔力は術者の魔力を吸収して賄うんだ。
もう一つは精霊に意思を伝える時に消費する魔力だ。
通信費みたいなものだな。
俺は今、その通信費を抑制する技術を教わっている。
半神レネの教える古代魔法では精霊に意識を沿わせる事でこの通信費を節約できると言うんだ。
高い国際電話ではなく安い国内電話で精霊と交信する…ようなものかな。
口で言うと簡単に思えるかもしれないが、難しい。
だって、精霊に意識を沿わせろと言われて、『あぁ、こうか。』なんて思えるか?
しかし、現代魔法の使い手にしては感覚で魔法をかける傾向のある俺には向いていると半神レネは言う。
なかなか、できないんだけどな。
仄かに感じる火の精霊に自分の意識を沿わせてみた。
と言うより、これが意識を沿わせるって奴か?と思われる事をした。
以前にカルテンブールから王都クロンドロイへ向かう街道で盗賊と戦った時、俺は会心の出来で稲妻の術を使った。
あの時、俺は精霊と一体化し、確かに精霊の視点でものが見えた。
その話を半神レネにすると、それこそが意識を沿わせたということらしい。
あの時は効果を上げたくて魔法に没入していた。
没入。
そうだ。
余計な事を考えるな。
今は魔法に集中しろ。
「そうじゃない。やり直せ。」
半神レネの言葉が再び鞭のようにピシリと響いた。
昼頃には俺はヘトヘトだった。
「少し休みにしよう。食事をとるが良い。」
半神レネは簡単に解放してくれるつもりはないらしい。
今日は一日コースかもしれない。
俺としては早く、薬屋に行って葡萄の蒸留酒が飲みたい。
もっとも今の時間は店名通り本当に薬屋だ。
あそこが酒場になるのは日が落ちてからだ。
あのクルズニスミツァ産の葡萄の蒸留酒はいつまで飲んでいられるだろう?
ブラドは陥落に近づいている。
テルデサード王国の軍による包囲網は少しずつ縮まっている。
ルセ平野では戦下手が露呈した召喚者共だが、少しは戦を学んだのか、それとも周囲の者の言うことを聞くようになったのか、確実に局地戦で勝利を重ねて来ている。
奴等のことだから、後者はないか。
かと言って、前者でも困るけどな。
圧倒的な力を誇る召喚者共に付け入る隙があるとしたら、奴等の不慣れや無知に付け込むことくらいなんだ。
こちらにも奴等に匹敵する強大な力はある。
魔王様と半神レネだ。
二人も自ら度々出陣している。
魔王様は不死身だ。
召喚者共は不死身ではないが、ほぼ不死身だ。
散々魔法を打ち込んで、更に散々矢を打ち込んで生きていた。
首を刎ねたりしない限り、死なないんだろう。
魔王様もこれまで一度も召喚者を討ち取ったことはない。
今、召喚者共の軍は周辺の町や村をしらみつぶしに攻めている。
おかげでブラドにはまだ到達していない。
奴等の軍がこちらにくるまでに俺は逃げ出したい気分だ。
どうせなら、東に逃げてクルズニスミツァに行くのはどうだろう?
せめてあのうまい葡萄の蒸留酒を作る国へ行って、目一杯飲んでから死んだ方がマシだ。
そう。
どうせ死ぬんだ。
そこまで逃げても召喚者共はやってくるだろう。
ノルデル伯の予想ではフィリップはヴァラキアを滅ぼした後、他のヒトの国にも攻めいることを企図している。
召喚者共だけでなく巨神兵まで動き出したんだ。
全ての国が滅ぼされるだろう。
巨神兵のことに思い至った時、俺は再び深く悩んだ。
そうだ。
召喚者共だけではない。
巨神兵もやってくる。
フィリップは巨神兵のことをどう思っているんだ?
強力な味方とでも?
馬鹿な。
ヴィーラの予測ではアルベリッヒ上級王はヴァラキアどころかライオスエルフを除く全てを滅ぼそうとしているんだ。
きっとフィリップも騙されているんだろう。
誰かがフィリップにこのことを伝えることもブラド宮での会議では検討された。
ソニアがその役を買って出たが、結局は沙汰止みになった。
フィリップが信じるかは怪しい。
それどころか、ソニアを捕らえてしまうだろう。
フィリップがソニアを捕らえたことを知ればアルベリッヒ上級王は、また何かを吹き込んでソニアの身柄を押さえるに違いない。
送還の鍵はアルベリッヒ上級王が持っていると考えられる。
テルデサード王家の血を引くソニアがアルベリッヒ上級王の手に渡れば、彼の野望が叶えられてしまう。
このままでは皆死ぬ。
俺も死ぬ。
そして俺は転生する。
俺は選ばなければならない、前の人生をどこから、どうやり直すのか?
あぁ…
もっと考える時間が欲しい。
今までの人生は何だ?
ジャン王のように転生した時に知らされていれば、もっと前からじっくり考えたのに。
こっちでの人生も変わっただろう。
やり直す人生のことを考え、それに向けてこっちで練習するんだ。
魔法使いの経験も、傭兵の経験も向こうでは役に立たない。
もっとこう…
「食事が終わってから、まったく集中できていないな。」
半神レネは無表情で何を考えているのかよくわからない。
しかし、今はわかる。
機嫌が悪い。
頭を切り替えよう。
精霊に寄りそうんだ…
結局、日が暮れる直前まで、半神レネの教えは続いた。
さぁ、薬屋に行って飲むか。
葡萄の蒸留酒だ。
クルズニスミツァ産のうまいやつだ。
どうせ今すぐクルズニスミツァには行けそうにないしな。
俺はそんなことを考えて背を向けた俺の背後から半神レネの声がした。
「明日の夜、少し話そう。」
え?




